大壹神楽闇夜 1章 倭 5決戦3
戦場には多くの死体が転がっていた。其の多くは八重兵と娘達である。本来なら其れ以外の死体があってはならなかった。だが、戦場には倭兵の死体も数多く転がっている。高天原(たかまのはら)での戦は言わばゲリラ戦であった。不意をつかれ、罠に掛かり少なからずの倭兵を失った。此の損失は策によるものである。だが、此の戦は違う。ガチンコの殺し合いである。
なら…。
倭人が殺される可能性はゼロであっても不思議では無い。
否、弓兵の力を加味すれば…。其れでも僅かに変わる位である。理由は力も速さもまったく違うからだ。其れに武器も鎧も相手は旧時代の武器を使っている。つまり負ける理由がないわけだ。
なのに…。
「なんだこの有様は !」
倭兵の死体を見やり陽(よう)が叫んだ。下っ端の兵であっても倭人は倭人である。しかも娘達は鎧も着けずに戦場に出てきているのだ。その様な者達に此の様である。
「これが…。長きに渡り戦から遠ざかって来た結果か…。」
と、陽(よう)は周りを見やる。明らかに倭兵よりも秦兵の方が強い様に見えた。将軍黄仙人(こうせんい)が打ち取られた事が大きいのかも知れない。
だが…。
此のままでは秦兵が反旗を翻(ひるがえ)す可能性もある。今は黙って項雲(こううん)も麃公(ひょうこう)や楊端和(ようたんわ)も従って入るが此の不細工な状況が続けばどうなるかは分からない。陽(よう)は心底焦りを感じた。
「聞け ! 我は陽戒嚴(ようかいげん)倭軍の大将軍である !」
と、陽(よう)は大きな声で叫んだ。此の声は非常に大きく砦迄聞こえた程である。倭兵は大将軍の登場に少し士気を取り戻す。
「八重兵よ ! 我を討ち取ってみよ !」
と、陽(よう)は八重兵に向かって行った。陽(よう)が娘達でなく八重兵に向かって行ったのは女子を殺す事に躊躇(ためら)いがあったからである。陽(よう)と共に倭兵が八重兵に向かって行く。八重兵は大将軍の登場に心底困った。秦兵の強さに翻弄されている中で倭軍の大将軍が名乗りを上げて向かって来るのだ。此れはただ事では無い。
榊(さかき)も娘達を援護に向かわせたいがそう簡単にはいかない。秦兵がガンガン攻めて来る。倭兵の様に頑丈では無いが倭兵の様に腑抜けでは無い。倭兵は生まれ持っての頑丈な体、身体能力による強さだが、秦兵は長い戦いの末に天下を取った実力派。其の強さは正に見事であった。だが、其れは対する秦兵も同じ気持ちだった。使えぬ武器だからと八重兵と娘達は此方の武器を奪い使っているのだ。盾も奪い既に何人もの兵が自分の物として使っている。そして城壁から放たれる矢は確実に仕留めて来る一流揃い。当初の予定は手を抜いて戦う予定だった。
だが…。
八重兵も娘達も強かった。麃煎(ひょうせん)達は前戦より少し下がった所で戦況を見やり困っていた。
「王嘉…。何か策は無いか ?」
麃煎(ひょうせん)が問うた。
「ありません…。手を抜けば此方が全滅します。」
「だな…。高天原の時とは勝手が違う。」
楊端和(ようたんわ)が言う。
「奇襲はありませんからね。其れと三佳貞の情報が優位に働いているのでしょう…。」
「勝てるか ?」
麃煎(ひょうせん)が言った。
「長引けば負けます。此方は兵糧も少なく、兵も少ない。」
「其れは其れで有難い。此処で負ければ秦国での行動が取りやすくなる。」
項雲(こううん)が言う。
「始皇帝がですか ? 」
「そうだ。増援も此方に来る。と、なれば本国を攻めるも容易だ。」
「秦兵も同じ数が八重国に来ます。勿論、秦国の民を乗せて…。」
「つまり… ?」
麃煎(ひょうせん)が問う。
「長引けば長引く程秦国は弱体化していき他国から攻められる事になります。兎に角八重国の一部を早急に落とさねば我等が滅亡してしまう。」
と、王嘉は戦場を見やる。
「落とすか…。」
ボソリと麃煎(ひょうせん)が言った。
「将軍。良いですか。三佳貞は話は迂駕耶(うがや)に行ってからだと言いました。つまり、我等の話は既に八重国は知っているはずなのです。」
「知っている…か…。知っても敵対するしかないのか。」
項雲(こううん)が言った。
「そうです。」
「つまり、交渉は決裂と言う事か…。」
「はい。此方に人質がいる限り。」
と、王嘉は麃煎(ひょうせん)と項雲(こううん)、楊端和(ようたんわ)を見やる。
「今は敵対するしかない。其れが最善の策か…。」
項雲(こううん)が言った。
「はい。」
「なら、戦うか…。」
と、麃煎(ひょうせん)と楊端和(ようたんわ)は前戦に向かって行った。前戦は既に血の海である。陽(よう)が襲い来る八重兵を次々に殺しているのだ。そして陽(よう)が従える倭兵も其の強さは折紙付きである。陽(よう)が連れているだけの事はあり其の強さは圧巻であった。
其の軍勢が戦場で暴れ回る。剣を振り下ろせば盾で弾かれ、振り下ろして来る剣を盾で防げば簡単に体制を崩される。鎧を掴み投げ飛ばされ、蹴りが入れば後方に飛んで行く。顔面にパンチが入れば頭蓋骨が砕けてしまう。
そして陽(よう)は更に強い。剣を振り下ろせば其の腕を切り落とされ、盾で防ぐ前に切り殺される。矛で突きに行っても軽く交わされ顔面を突き殺される。
「なんじゃ…。あの男は…。」
と、城壁から見やっている津馬姫(つばき)が言った。
「あれが倭軍の大将軍か…。」
大吼比(だいくひ)が言う。
「やばいじゃかよ…。神楽は休憩中じゃし…。」
「いや…。神楽殿ばかりに頼る訳にはいかぬ。」
と、大吼比(だいくひ)は梯子を降りる。
「大吼比(だいくひ)…。何処に行くじゃか ?」
「我が行く…。」
「まだ早いじゃかよ…。」
津馬姫(つばき)が言った。津馬姫(つばき)は砦が陥落すると読んでいる。だから、大吼比(だいくひ)の役目は此処では無いと睨んでいる。
「向こうは大将軍が出て来ているんだぞ。我が行かねば話にならぬ。」
「駄目じゃ…。此の戦はまだ前哨戦じゃかよ。今より倭族は船に乗ってまだまだ来よるんじゃ…。命を賭けるは未だ先じゃ。」
と、津馬姫(つばき)が言ったので大吼比(だいくひ)は思い留まった。代わりに出雲の中でも優秀な軍隊を持つ末国(まつこく)の兵を向かわせた。
「末国の兵が出て行きおったぞ…。」
団子を食べながら水豆菜(みずな)が言った。
「大将軍が出て来たからのぅ…。」
花水をガブガブ飲みながら神楽が言う。
「秦兵も来よったらしいじゃかよ。」
月三子の巫沙妓(ふさぎ)が言った。
「秦兵は味方であろう ?」
神楽が問う。
「まだ敵じゃ…。人質を解放するまでは殺さねばいけん。」
と、水豆菜(みずな)も花水を飲む。
「ややこしいのぅ…。」
と、神楽は助菜山(ジョナサン)の所に向かって行った。
「ふぅ…。大人しく助菜山(ジョナサン)の所に行ってくれよったじゃか。」
と、巫沙妓(ふさぎ)は神楽を見やる。
「まったくじゃ…。大将軍が出て来た時はヒヤヒヤしよったぞ。」
「飛び出して行きそうじゃったからのぅ…。」
「休まさねばいけんからの。戦は此れからじゃ…。」
と、水豆菜(みずな)は娘達を見やる。戦場に出て行った娘は千人。戻って来た娘は三百…。第一陣は完敗である。だが、心理戦では勝った。倭兵は戦意を喪失し下がって行ったからだ。だが、其れも一瞬の出来事であった。新たに秦兵が上陸し、大将軍が出て来たからだ。此処で六万の兵を全て投入すればとも思うが、此の浜辺に六万もの兵を投入すれば間違いなく身動きが取れない状況になる。だから、代わる代わる兵を投入しているのだ。そうする事で少しでも兵を休ませる事が出来る。だから、倭軍も一気に兵を投入して来ないのだと水豆菜(みずな)達は思っていた。
「少し伊都瀬(いとせ)の容態を見て来よる。」
と、水豆菜(みずな)は伊都瀬(いとせ)が休んでいる屋敷に向かった。屋敷と言っても今は負傷兵を運び込む場所として使用しているので多くの負傷兵がその屋敷にいる。
八重兵も娘達も皆ボロボロである。腕のない者、目が潰れた者様々である。殴られ蹴られ瀕死な者…。連れて戻れる者達は極力連れ戻したが、其の多くは未だ戦場に置き去りである。
負傷兵の手当ては待機組の娘達が行っている。血を拭い、薬草を煎じ、傷口に薬草を塗ったり出来る限りの事をしていた。ただ…。其の表情は怒っていた。
「伊都瀬(いとせ)…。もぅ良いのか ?」
水豆菜(みずな)が問うた。伊都瀬(いとせ)は娘達と共に負傷兵の手当てをしていた。
「我は大丈夫じゃ…。」
と、伊都瀬(いとせ)は元気無く答えた。
「安心しよった…。」
「じゃが、我も年じゃかのぅ…。」
と、更に伊都瀬(いとせ)は元気を無くす。
「何を言うておる。」
「ババアとか言われてしまいよった…。」
「……。は ?」
「は ? では無いじゃかよ ! 我は未だ三十七じゃ。何がババアじゃ ! 」
と、伊都瀬(いとせ)は怒り心頭である。と、伊都瀬(いとせ)のつまらぬ愚痴を聞いているまにまに…。何やら外が騒がしい。水豆菜(みずな)は慌てて外に出やると更に八重兵が追加出動ナンジャラホイ。津馬姫(つばき)が鐘を鳴らして巫沙妓(ふさぎ)を呼んでいる。
「な、何ごとじゃ… ?」
と、水豆菜(みずな)は城壁に向かう。途中城壁に向かう月三子の多江夏(たえか)と出会い一緒に城壁に向かった。
鐘がガンガンと鳴り響く。
ガンガン、ガンガンと鳴る。
「津馬姫(つばき) ! どうしたじゃかよ。」
巫沙妓(ふさぎ)が慌てて梯子を登って来る。
「榊(さかき)がやばい。強すぎじゃ。」
と、津馬姫(つばき)は急いで梯子を降りる。正門前には既に娘達が待機している。其処に助菜山(ジョナサン)に乗って神楽が駆けて行った。
「神楽 !」
と、言っても神楽が止まるなんて事は無い。何故なら戦場には吼玖利(くくり)がいるからだ。
「吼玖利(くくり) !」
神楽は叫び乍浜に向かう。浜には陽(よう)が八重兵を殺し続け、士気を取り戻した倭兵が暴れまくっている。
そして…。
蘭泓穎(らんおうえい)が率いる侍女部隊(総勢三百)が娘達を虐殺していた。吼玖利(くくり)も必死に向かって行くが侍女部隊は強い。特に蘭泓穎(らんおうえい)は強すぎた。榊(さかき)も鐘を鳴らしている余裕等無く皆と共に戦う事を余儀なくされる。此れは泓穎(おうえい)が鐘を鳴らす榊(さかき)を先に集中攻撃させたからだ。此れにより娘に指示を出せず娘達は個々の意思で動くしか無くなったのだ。
そして、泓穎(おうえい)は娘達を殺しまくる。先の戦で娘達のしつこさは知っている。だからしっかりと死ぬ様に首を刎ね、顔面を突き刺す。
「此れが黄仙人(こうせんい)を殺したのか ?」
と、泓穎(おうえい)は首を傾げる。此の泓穎(おうえい)の強さに侍女達の士気は非常に高くなっている。しかも侍女は世界の強豪が務めているのだから滅茶苦茶強いのだ。特に花螺無姫(からむじ)は頭一つ強い。真筋肉拳は武器を持たせても一流なのだ。吼玖利(くくり)は花螺無姫(からむじ)に苦戦中である。
「強いのぅ…。」
吼玖利(くくり)が花螺無姫(からむじ)を睨め付ける。
「お前も強い…。油芽果(ゆめか)より強いかもな。」
「油芽果(ゆめか) ? 何処の油芽果(ゆめか)じゃ。」
「油芽果(ゆめか)は油芽果(ゆめか)だ。」
「油芽果(ゆめか)は一杯いよる。」
吼玖利(くくり)の言う通り油芽果(ゆめか)の名を持つ娘は沢山いた。
「西南に来た油芽果(ゆめか)だ。」
「知らぬ…。」
と、吼玖利(くくり)は攻撃を仕掛けるが何故か花螺無姫(からむじ)は吼玖利(くくり)の動きを読んでいる。吼玖利(くくり)の動きが遅い訳では無い。吼玖利(くくり)が上手く死角に入ろうとしても花螺無姫(からむじ)は其れを見越して位置をずらして来る。此方の受け流しを巧みに利用してくる。何故か花螺無姫(からむじ)は受け流しを使って来る。
其の全て…。
油芽果(ゆめか)の所為である。
油芽果(ゆめか)が宝樹城にいた三月の間、泓穎(おうえい)達に技を伝授していたのだ。此の所為で娘達は苦戦させられているのだ。特に花螺無姫(からむじ)は自身の筋肉拳に岐頭術(きとうじゅつ)を組み合わせた真筋肉拳を作り上げていた。つまり、油芽果(ゆめか)と対戦した時よりも強くなっているのだ。
「なんじゃか…。動きが読まれておる。」
と、吼玖利(くくり)は深呼吸をして頭をリセットした。
そして又攻撃を仕掛ける。だが、矢張り花螺無姫(からむじ)は吼玖利(くくり)の動きを読んでいる。否…。矢張り知っているのだ…。と、吼玖利(くくり)は思った。
初めは技が似ているのかと思っていた。だが、違う。何処の油芽果(ゆめか)と知り合いなのかは知らないが花螺無姫(からむじ)は油芽果(ゆめか)から岐頭術(きとうじゅつ)を習ったのだと確信した。と、言っても岐頭術(きとうじゅつ)の全てを知っている訳では無さそうだが、基本は知っている様だ。
だが…。
其れは別子(べつこ)の技だ。
「我等の技に良く似ておる。」
「気のせいだ。」
「なら、ええんじゃがのぅ。」
「フン…。あの世で悩め。」
と、花螺無姫(からむじ)は剣を構え切りかかる。吼玖利(くくり)は一歩踏み出し其れを受け流す。が、其れを読んでいたのか花螺無姫(からむじ)は其処から来る剣撃を避けた。だが、吼玖利(くくり)は更に剣を振り下ろす。それを今度は花螺無姫(からむじ)が受け流した。様に見えたが吼玖利(くくり)は其れを読んで花螺無姫(からむじ)の右手首を切り落とした。
「矢張り…。我等が技を知っておるか…。」
剣をクルクル振り回し乍ら吼玖利(くくり)が言った。
「うぐぐ…。」
手首を押さえ乍ら花螺無姫(からむじ)は吼玖利(くくり)を睨め付ける。
「まったく…。強い訳じゃ。じゃが其れは失敗じゃ。」
「な、何を…。」
「我等が技は我等が一番知っておる。つまり、交わし方も知っておる。」
「確かめたのか…。」
「じゃよ…。カラクリを知れば簡単じゃかよ。」
と、吼玖利(くくり)は花螺無姫(からむじ)の首を刎ねた。
生前油芽果(ゆめか)は言った…。
この技は三子には使ってはいけないと…。
三子に使えば必ず負けると言っていた。
其の言葉は単に教えた事がバレるからだと花螺無姫(からむじ)は思っていた。
まったく…。
使わなければ良かった…。
後悔し乍花螺無姫(からむじ)は絶命した。
「皆よ ! 娘達は我等が技を使いよる。」
そして吼玖利(くくり)が大きな声で叫んだ。此の一声が戦況を更に変える事になる。苦戦していた娘達が苦戦しなくなったのだ。
「よう見ておるじゃかよ…。流石は将来の月三子じゃか。」
と、榊(さかき)は襲い来る侍女を薙ぎ倒して行く。榊(さかき)も既に其の事は知ってはいたのだが次々に襲い来る侍女に手一杯で伝える事が出来なかったのだ。
「我等が力を見せつけよ ! 」
そして、剣を振り上げ吼玖利(くくり)は泓穎(おうえい)に向かって行った。
「フフフ…。中々言うではないか。」
泓穎(おうえい)も娘達を殺し乍ら吼玖利(くくり)に向かって行く。二人の距離が狭まって行き先に吼玖利(くくり)が剣を振り下ろした。泓穎(おうえい)は其れを受け流さず力で弾く。強い力で剣を弾かれた吼玖利(くくり)の腕は高く上がり隙だらけとなった。其処に泓穎(おうえい)が剣を振り下ろす。完一発上体を逸らし一命は取り留めるが切先が吼玖利(くくり)の体を切り裂き紬がハラリとはだけ血が滲み出る。
泓穎(おうえい)はニヤリと笑みを浮かべ更に襲い来る。吼玖利(くくり)のピンチに近くの娘が援護に来るが状況は何も変わらない。一人が二人。二人が三人になろうと泓穎(おうえい)は余裕なのである。吼玖利(くくり)達は負けるものかと向かって行くが一人二人と泓穎(おうえい)は娘を殺して行く。
「此の娘…。強いじゃかよ。」
と、吼玖利(くくり)達は再度構えを取り泓穎(おうえい)を見やる。泓穎(おうえい)は余裕の表情である。吼玖利(くくり)達はジリジリと間合いを取る。だが、どの様に攻めようと勝てる気がしない。此れは困ったと吼玖利(くくり)達は戦う相手を侍女に変更した。
「あ…。」
と、自分から逃げて行く吼玖利(くくり)達を見やり思わず声が出た。
そして神楽は吼玖利(くくり)の元に向かう。巫沙妓(ふさぎ)がガンガンと鐘を鳴らす。此の鐘は娘達に鳴らしているのではない。神楽に吼玖利(くくり)達の位置を教えているのだ。神楽は鐘が示す方に助菜山(ジョナサン)を走らせる。やがて前方に榊(さかき)の姿が見えた。榊(さかき)は六人の侍女を相手に善戦していた。戦場での榊(さかき)の役目は司令塔であるが、戦場のど真ん中で鐘を鳴らし指示を出す彼女達は常に攻撃の的になり続けるのだ。その為彼女達には知性と強さが要求される事になる。
世界の豪傑女子を何人も相手に未だ生きているのは榊(さかき)がそれだけ強いと言う事である。が、流石に世界の豪傑女子を何人も相手にするのは至難の技である。相手の攻撃を受け流し、避けるだけで既に一杯一杯である。
だが、其れもそろそろ限界である。向かって来る侍女を殺し続けて後三人…。切られ、突かれ、殴られ、蹴られて投げ飛ばされる。此の状況で何故生きているのか榊(さかき)自身不思議であった。其処に牛に跨り神楽がやって来る。神楽は榊(さかき)がピンチだと助菜山(ジョナサン)の上に立ち、侍女に飛び掛かると其のまま喉を突き刺し殺した。侍女達は突然の神楽の登場に驚いたが、直ぐに矛先を神楽に変更し襲い掛かる。が、一人を蹴り飛ばし、黄仙人(こうせんい)から奪った大きな槍でもう一人の首をアッサリと跳ね飛ばした。
「榊(さかき)大丈夫じゃか ?」
と、神楽は榊(さかき)を見やる。
「なんとかのぅ…。助かりよったぞ。其れより皆を…。」
「分かっておる。榊(さかき)は鐘じゃ。津馬姫(つばき)の組がじき来よる。」
「分かりよった。」
「助菜山(ジョナサン)…。榊(さかき)を乗せてやるのじゃ。」
と、神楽が言うと神楽は皆の所に猛進して行った。助菜山(ジョナサン)はモーと鳴いて倒れている侍女の顔にウンチを落とした。
「じ…助菜山(ジョナサン)。其れはいけんじゃか…。」
と、言って榊(さかき)は鐘を拾いに行った。
そして侍女達と戦闘を繰り広げている最前線。吼玖利(くくり)は又も泓穎(おうえい)に苦しめられていた。逃げて行った吼玖利(くくり)を追いかけて来たのだ。
そして更に吼玖利(くくり)は両方の太腿(ふともも)を突き刺され右肩も突き刺されての大ピンチである。吼玖利(くくり)は既に立つ事もままならず地面に両膝を落としている。娘達は吼玖利(くくり)のピンチに助けに入りたいが侍女が其れを阻害している。泓穎(おうえい)は剣を振り上げそして吼玖利(くくり)の首めがけて剣を振り下ろす。其の大ピンチに現れるのが神楽である。
本能のままに駆けつけて来て正解であった。少しでも出動を躊躇っていたら吼玖利(くくり)は殺されていた。神楽は泓穎(おうえい)の顔面を槍で突く。泓穎(おうえい)は咄嗟に其れを避ける。
「神楽…。」
と、吼玖利(くくり)はポロリと涙を流す。
「遅れてしまいよった…。」
「大丈夫じゃ。我は感動じゃかよ…。」
「良い。吼玖利(くくり)は皆と砦でに戻ると良い。」
「我は足が痛(いと)うて無理じゃ。」
「なら、待ってると良い。」
と、神楽は泓穎(おうえい)を見やる。泓穎(おうえい)は神楽が持っている大きな槍を見やり少し本気になった。
「黄仙人(こうせんい)を殺したは其方か ?」
泓穎(おうえい)が問うた。
「誰じゃか其れは ?」
「其の槍の持ち主だ。」
と、泓穎(おうえい)が言うと神楽は大きな槍をジッと見やり言った。
「此れは我のじゃ。」
「聞き方が悪かったか ?」
と、泓穎(おうえい)は首を傾げる。
「何がじゃ ?」
と、神楽も首を傾げた。
「其の槍を何処で手に入れたと聞いている。」
「此処じゃ…。」
「拾ったのか ?」
「奪った…。」
「成る程…。其方が鬼か…。」
と、泓穎(おうえい)は構えを取ると神楽も左構えでグッと腰を落とした。
「其方…。三子ではないのか ?」
「何故じゃ ?」
「三子は右構えが基本であろう。」
「よう知っておる…。じゃが、技は沢山ありよる。」
と、神楽は槍を振り回し泓穎(おうえい)に向かって行く。泓穎(おうえい)は剣を構え向かえ打つ。そして二人の激しい戦いが始まった。
戦いが始まる迄泓穎(おうえい)は気持ちの何処かで神楽を舐めていた。だが、黄仙人(こうせんい)を討ち取った神楽の実力は本物だったと思い知らされる事となる。知らず知らず、自分でも気づかない内に本気でやり合っていた。否、本気でやらねば神楽の速さについて行けなかったのだ。しかも其の力は強く神楽の薙払いを力で弾くが泓穎(おうえい)も又其の反発で弾かれてしまう。隙を見て蹴りを入れても大袈裟に飛んで行くが感触は薄い。其れはパンチを入れても同じ感覚だった。神楽は力が突き抜けて行く方向に体を動かしているのだ。
其れが出来ると言う事はつまり…。
見えていると言う事なのだ。
見えている…。
と、泓穎(おうえい)は自分の矢を弾かれた事を思い出した。
「此の娘か…。」
と、泓穎(おうえい)は手を抜いてはいけないと自分に言い聞かす。そして、更に更に技をくしして戦いに挑む。上段攻撃からの膝を曲げての足払い。だが、神楽はヒョイっと其れを避ける。だが、更に立ち上がるついでからの上段回し蹴りを繰り出すが神楽は膝を落とし其れを避けると泓穎(おうえい)が使った足払いを決めて来る。
泓穎(おうえい)は仰向けに倒れ、神楽は其処に槍を振り下ろして来る。泓穎(おうえい)はグルリと回って其れを避けると直ぐに体勢を整える。が、其処に更に薙払い攻撃がやって来る。
「うお !」
思わず声が出た。此れは危なかった。首を刎ね飛ばされる所だった。と、泓穎(おうえい)は直ぐに立ち上がり攻撃を再開する。神楽の攻撃を無理矢理弾き体を当てる。体勢を崩した所に蹴りを入れる。更にもう一撃からの剣を薙払うが神楽は其れを槍で受け止めるとすかさず蹴りを入れて来る。
そして、此の二人の戦いは周りの侍女や娘達の戦いを中断させ、皆を釘付けにしていた。榊(さかき)組の娘も津馬姫(つばき)組の娘も皆がこの戦いを見やっていたのだ。特に侍女達は泓穎(おうえい)と互角にやり合う神楽を英雄的存在として見ていた。
圧倒的な強さを誇る蘭泓穎(らんおうえい)。未だかつて蘭泓穎(らんおうえい)を本気にした娘は存在していなかった。あの花螺無姫(からむじ)でさへ相手にもならなかった。戦う倭族の女は矢張り圧倒的な強さを持っていたのだ。それがどうだ…。こんな名も知れない小さな国の小さな娘が蘭泓穎(らんおうえい)の力に負けず、蘭泓穎(らんおうえい)の速さに劣らず、蘭泓穎(らんおうえい)の頑丈な体をよろけさせている。此の神楽の強さに敵である筈の侍女達は心の中で神楽を応援し始めていたのだ。
つまり…。
倭族だから強い。
倭族だから特別である。
倭族だから…。
倭族だから…と。
神楽の強さは此の考えを否定する強さなのだ。
だが、此の戦いにも終わりは訪れる。砦から激しく鐘が鳴ったのだ。ガンガン、ガンガンと其の音は激しく響き渡る。神楽と泓穎(おうえい)はピタリと動きを止めた。
神楽はチロリと砦を見やる。と、砦上空の空に無数の矢が放たれ砦に降り注ぐのが見えた。砦の崖を登っていた部隊が矢を放ったのだ。鐘は尚もガンガンと鳴り続ける。
「皆よ ! 砦に戻れ !」
榊(さかき)と津馬姫(つばき)が声を荒げ叫ぶ。
「戻れ ! 砦を守れ !」
と、更に更に榊(さかき)と津馬姫(つばき)が叫ぶ。が、神楽は動かない。否、未だ動けない。吼玖利(くくり)も又足が痛いから動けない。だから、榊(さかき)と津馬姫(つばき)は二人を置いて砦に戻って行った。
「其方…。強いのぅ。名は何と言う ?」
泓穎(おうえい)が問うた。
「我は卑国のか…。」
「良い ! 知っておる。」
と、泓穎(おうえい)は遮った。
「何故知っておる。」
「有名だ。」
「じゃかぁぁ…。」
と、有名と言われ神楽は少しニンマリ。
「真逆こんなに早く会えるとは思わなんだぞ。坂耳帆梁蛾 !」
と、泓穎(おうえい)が言うと神楽はムッとした表情を浮かべ渾身の左掌底を泓穎(おうえい)の顔面に入れた。
「誰が坂耳帆梁蛾じゃ ! ボケ !」
と、神楽は怒り心頭で怒鳴りつけた。泓穎(おうえい)は後方に吹っ飛ばされそのまま地面に落ちて、弾かれ落ちて弾かれ落ちてそのまま気を失った。
「まったく…。失礼な娘じゃかよ。」
と、神楽はブツブツ。
侍女達はポカーン。
吼玖利(くくり)はニンマリご機嫌さんである。
「さて、吼玖利(くくり)。砦がピンチじゃ。」
「じゃよ…。」
と、吼玖利(くくり)は左腕をのばす。抱っこしろとせがんでいるのだ。
「そんな余裕は無いぞ。」
と、神楽は助菜山(ジョナサン)を探すが助菜山(ジョナサン)は榊(さかき)を乗せて砦でに戻っている。神楽は何かいないかとキョロキョロしていると、波打ち際の方に大きな生き物が一杯いた。
「あれはなんじゃ ?」
神楽は侍女達に問うと、侍女達は馬だと言った。泓穎(おうえい)を一撃で倒した神楽を前に誰も逆らう事はしなかった。だから、侍女達は馬を一頭連れて来ると気持ち良く其れをくれた。
「良いのか ?」
「良い…。」
と言って侍女達は泓穎(おうえい)を船迄運んで行った。神楽は後ろに吼玖利(くくり)を乗せると砦に向かって馬を走らせた。
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