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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 6

「暇じゃ…。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は流れる雲を見やり大層不機嫌である。毎日、毎日何もする事がない。無理矢理何をしたかと考えれば、朝起きて川原にオシッコをするついでにツチノコを取って来た事ぐらいである。
「我の人生はツチノコじゃか。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は木槌を鳴らした。暇だから将軍を招集したのだ。
 こんな事が最近は頻繁に起きている。まぁ、将軍連中も暇だから何も文句は言わないのだが、呼ばれて八つ当たりされるのはかなわない。
「葉月(はつき)…。」
「何じゃ ?」
「又夏夜蘭(かやら)が呼んでおる。」
「知っておる。」
 と、葉月(はつき)も困った顔で答える。
「又八つ当たりじゃか。」
「じゃよ…。しかし、そろそろ何処ぞの国にファイトしに行かねば爆発してしまいよるぞ。」
 と、葉月(はつき)は空を見やった。
「あ…。鳩じゃ。」
 葉月(はつき)が言った。
「鳩 ? 左主の鳩じゃか ?」
「定期報告じゃか…。」
 と、飛んで行く鳩を目で追った。
 鳩はパタパタと大変そうにせっせと飛び賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の下にパタパタと飛ぶ。

 パタパタ、

 パタパタと飛んでやがて賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の頭の上に止まった。
「ムムム…。クルッポ〜じゃか。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は鳩をヒョイっと掴むと首からぶら下げている木の皮を取った。
「ご苦労であった。其方は今から一杯オヤツを食べると良い。」
 と、鳩を離すと報告書を読みながら竪穴式住居に入って行った。其れから暫し報告書に目を通しながらクスクスと笑い、やがてケラケラと笑いながらゴロゴロと転がった。
「かや…。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 。何をしておるんじゃ。」
 幼子の様にケラケラと笑い転げている賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) を見やり葉月(はつき)が言った。
「ムムム…。な、何もしておらん。」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は転げるのをやめて、何事も無かったように座った。
「まったく…。其れで今日は何の話しじゃか ?」
 葉月(はつき)達も座り言った。
「話し ?」
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は首を傾げた。
「呼んだじゃかよ。」
「呼びよったか ?」
「呼んだ。」
「じゃかぁ…。」
「用がないなら戻りよる。」
 と、葉月(はつき)達が立ち上がるのを止める様に賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が報告書を葉月(はつき)に見せた。
「其方等を呼びよったんは此れじゃ。」
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った。が、勿論違う。賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は暇だから将軍を呼んだのだ。ただ、報告書に夢中で忘れていただけである。
「報告書がどうしたんじゃ ?」
 と、言いながら葉月(はつき)は報告書を見やった。将軍連中も葉月(はつき)の下に集まり一緒に読み始めた。

 そしてニヤリ。

「面白いであろう。」  
 賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) が言った。
「笑ってしまいよる。」
「じゃよ…。」
「其れで賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は何方を選びよるんじゃ ?」
 菜香夜(なかや)が問うた。
「両方じゃ。」
「両方 ? 実儺瀨(みなせ)はどっちかと言うておるじゃかよ。」
「フフフ…。実儺瀨(みなせ)もまだまだ甘いじゃかよ。」  
 と、賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) は不敵な笑みを浮かべ皆を見やった。そして又クスクスと笑い出しゲラゲラと笑い転げた。


        伊波礼毘古

 伊波礼毘古(いわれびこ)は優男だが、頼りない訳ではないし、やせ細った貧弱者でも無い。娘達は勘違いしているが、強さの中に優しさがある男なのだ。
 五瀨は伊波礼毘古(いわれびこ)の優しさを甘さだと思っているが、伊波礼毘古(いわれびこ)は甘さとは弱さであると考えている。だから、優しいから甘いと言う五瀨の考えは間違っていると思っているのだ。
 だから、伊波礼毘古(いわれびこ)は先住民を奴婢とせず共に歩む道を選んだ。其の所為で文明は発達せず富は非常に少なかった。逆に先住民を奴婢とし、日々過酷な労働を強いる五瀨の国は少しずつだが文明が発達し始め富はドカンと上がった。
 どちらが正しいのか ?
 今を見やれば五瀨の方である。
 奴婢に重労働を課す事で、田畑は広がり集落も大きくなって行く。島から呼ばれた人々は監視をするだけなので時間の余裕が出来た。其の余裕から文明は開花されて行くのである。だから、豪華な服を作らせたり、装飾品を作らせ着飾る事を覚えて行ったのだ。そして、五瀨は其れ等を父迂駕耶(うがや)と母である正妻、そして伊波礼毘古(いわれびこ)と其の正妻にプレゼントしたのだ。勿論これ等は如何に自分が正しいかを示す為である。
 迂駕耶(うがや)と正妻は其れを着る事無く箱に締まったが、伊波礼毘古(いわれびこ)と其の正妻はチャカリと着ている。だが、此れは長兄である五瀨が拗ねるからである。まぁ、着心地も良いしシッカリと作られているので有難いのは有難い。何より、プレゼントされた服と今まで着ていた服を見比べれば、今迄自分達は一体何を着ていたのかと思えて来る程である。其れでも伊波礼毘古(いわれびこ)は文明を求めようとはしなかった。否、求めようとしなかったのでは無く未だ早いと思っているのだ。
「伊波礼毘古(いわれびこ)…。」
 竹簡を持ってテクテクと正妻がやって来た。伊波礼毘古(いわれびこ)は石に腰を下ろしてホッコリ中である。
「どうした ?」
 幼い正妻を見やり伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「母様から…。」
 と、正妻は竹簡を渡す。
「今度は母上か…。其れで何と ?」
 竹簡を広げながら問うた。
「女会議をするみたい。」
「女会議を ? まったく…。」
「姉上がプンプンしてるから…。」
 伊波礼毘古(いわれびこ)の正妻は五瀨の正妻の事を姉上と呼んでいるのだが、本当の姉では無い。
「兄弟全員に抗議の書状を送りつけた程だからな。」
「ですよ…。此の服も着るなと。」
 と、正妻は襟をクイっと引っ張った。
「書いてあったな。だが、兄上が怒るぞ。」
「ですよ…。だから、女会議をするのです。」
「成る程。其れでいつ此処をたつんだ ?」
「明日です。」
「明日か…。なら、私も共に行こう。」
「駄目です。」
「何故 ?」
「女会議だから。」
「あ、否…。私は父上に話がある。」
「父上 ? なら、かまいません。」
 と、正妻はチョコンと伊波礼毘古(いわれびこ)の膝に腰を下ろした。
 幼い正妻は伊波礼毘古(いわれびこ)の事が大好きである。五瀨の正妻の事も好きである。だから、五瀨の正妻の言う事は素直に聞く。今回も着るなと言われれば着ないのだが、伊波礼毘古(いわれびこ)の言う様に五瀨が怒るかもしれない。五瀨が怒ると伊波礼毘古(いわれびこ)が責められる。正妻は其れが嫌だからプクッと口を膨らませて見せた。
「其方は姉上の言う事を聞いておれば良い。兄上の事は気にするな。」
「気にします。」
「フフフ…。兄上には兄上なりの考えがあるのだ。姉上には姉上なりの考えがある様にな…。」
「何方が正しいのです ?」
「さぁな…。その内分かる。」
「伊波礼毘古(いわれびこ)は何故兄上の様にしないのです ? 姉上の考えが当っているからでしょう。」
「否…。私には私なりの考えがあるからだ。」
「伊波礼毘古(いわれびこ)のやり方は刻が掛かります。」
「そうだな…。だが、これで良い。」
「何故です ?」
「国とは人が作る物だからだ。人が作るからこそ強くなる。奴婢で作る国に価値は無い。」
「私もそう思います。」
 と、正妻はピョンと膝から降りると旅支度をしに竪穴式住居に戻って行った。伊波礼毘古(いわれびこ)は正妻の後ろ姿を見やり苦笑いを浮かべた。
 伊波礼毘古(いわれびこ)は正妻から渡された竹簡を見やり、いつかは此の様な日が来るだろうと思っていた。五瀨の正妻は五瀨とは真逆の人なのだ。五瀨が如何に隠そうと正妻は籠の鳥では無い。だから、何はバレル。バレルのだがバレルのが早すぎた。 

 否…。
 イ国が攻められなければ何とかなった…。

 まったく…。
 頃合いを見てバラス予定だったのが…。

 と、伊波礼毘古(いわれびこ)は腰を上げ畑を耕しに行った。
 此の国では王も人も同じである。皆で国を作り上げるのだ。だから、先住民も入植者も等しく頑張ってくれる。今は未だ入植者と先住民は一つには成りきれていないが何は一つになる。一つになれば国は強く強固なものとなる。伊波礼毘古(いわれびこ)は強くそう信じているし、父迂駕耶(うがや)も其れを強く望んでいる。だが、正妻の言う様に時間が掛かる。時間が掛かれば又海を越え攻め入られてしまうかも知れない。だから、五瀨の様に滅した国の人を奴婢にし、サッサと入植者達で国を纏める方が容易い。

 だが、奴婢は兵にはならぬ。
 物として扱えば必ず裏切られる。

 兵士は無限では無いし、無敵でも無い。戦えば必ず兵士の数は減る。先住民の力無く其れを補うのは簡単では無い。勿論、今の国で良いなら其れも構わぬだろう。五瀨の治める国が其の大きさのままで良いのなら…。だが、五瀨の治める国は八重国の一国であり単独の国では無い。五瀨は理解していないのかもしれないが、既に兵力は八つに分散されている。だから、奇襲であろうとイ国は簡単に落とされたのだ。
 と、畑を耕す伊波礼毘古(いわれびこ)を見やり左主の娘達はクスリと笑った。主では無く王と名乗る者が畑を耕しているからである。
「女…。何か面白い事でも ?」
 娘達を見やり伊波礼毘古(いわれびこ)が言った。
「王様と畑を耕せるのが嬉しくて。」
「私もだ。」
「私も ? 王は貴方よ。」
 と、娘達は首を傾げた。
「否…。此の国に住む人は皆が王だ。」
「皆が ?」
「そうだ。私一人では国は作れない。人がいるから国になる。だから、此処は私の国では無い。皆の国なんだ。」
 と、伊波礼毘古(いわれびこ)はニコリと微笑みセッセコと畑を耕した。娘達は良く分からなかったので、取り敢えずオシッコをしに川原に向かってテクテクと歩いて行った。

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