大壹神楽闇夜 1章 倭 5決戦2
「向かえ打て !」
水豆菜(みずな)が鐘を鳴らし叫ぶ。娘達は城壁の上から矢を放ち、八重兵は城壁の上で五枚重ねにした盾を構え飛来する矢を防ぐ。
「狙うは弓兵だ !」
水豆菜(みずな)が指示をだす。伊都瀬(いとせ)は黙ったまま敵を見やっている。
此方の弓兵は城壁の上からであれば隙間を狙い射抜く事が出来る。と、言っても流石に砦から敵船迄は遠い。確実に射抜くにはかなりの技術がいる。だが、届かぬ訳ではなく矢はしっかりと届く。だから、射抜けなくとも牽制は出来る。何より矢を放ち続ける事で上陸して来た倭兵は矢を警戒して猛進して来ない。
だが、倭兵は続々と船から降りて来る。既に波打ち際は倭兵で埋もれ始めていた。そんな中、神楽(かぐら)は助菜山(ジョナサン)から降りて助菜山(ジョナサン)に待機する様に伝えている。助菜山(ジョナサン)はモーと鳴いてウンチを落とす。
「これ助菜山(ジョナサン)。こんな所にウンチをしてはいけん。」
と、神楽は助菜山(ジョナサン)を嗜める。其れを見やり吼玖利(くくり)がクスリと笑う。笑うのだが吼玖利(くくり)の表情は重い。
「神楽…。いよいよじゃかよ。」
吼玖利(くくり)が言った。
そう言った吼玖利(くくり)は神楽とは組が違う。吼玖利(くくり)は榊(さかき)の組である。つまり吼玖利(くくり)は神楽に会いに来ているのだ。神楽の組が先発隊で出て行くので心配で顔を見に来ていた。と、此れは吼玖利(くくり)に限った事では無く、娘達は先発隊で出て行く娘達が心配で顔を見に来ている。なにせ卑国の娘達は同性愛者ばかりだから其れはもう大変である。愛しの娘が戦場に出て行くのだ。胸が張り裂けそうになっている。お陰で正門前はナンジャラホイな状況となり、誰が誰の組なのか分からなくなっている。
「我はグサグサしてきよる。」
と、神楽は矛で突く仕草を見せる。
「じゃよ…。じゃが、我は心配じゃぞ。」
「何がじゃ ?」
「神楽が死んでしまいよるかも知れよらんじゃかよ。」
と、吼玖利(くくり)の目から涙がポロリ。
「かもじゃ…。じゃが、其れは我等の滅亡を意味しよる。」
と、恐るべき自信である。
「分かっておる。じゃが心配なんじゃ…。」
否定しない吼玖利(くくり)も相当である。
「フフフ…。我等の恐ろしさを見せてやるじゃかよ。」
「じゃよ。」
「良い…。なら、心配はいらぬ。此れは戦ぞ。敵を殺す事だけを考えよ。」
力強く神楽が言った。
「分かりよった。」
と、吼玖利(くくり)はギュッと神楽を抱きしめた。神楽は吼玖利(くくり)を抱きしめ乍ら外に耳を傾ける。ザワザワと浜が騒がしくなって来ている。
倭兵はユックリと刻一刻と迫り来る。船上からはまだ無数の矢が飛来して来る。其れを重ねた盾で防ぎその隙間から八重兵と娘達が矢を射り続ける。時折迫り来る倭兵に矢を放ち牽制し動きを鈍らせる。
「水豆菜(みずな)。まだじゃか。」
神楽が言う。
「まだじゃ…。まだ矢を射ってきよる。」
水豆菜(みずな)が答える。神楽はウズウズしながら待つ。
「フフフ…。神楽は我慢の限界じゃか。」
と、伊都瀬(いとせ)が笑う。かく言う伊都瀬(いとせ)もウズウズしている。
「そろそろ我も用意しよるか…。」
「伊都瀬(いとせ)は未だじゃ。先ずは我等が行きよる。」
と、水豆菜(みずな)は下を見やる。娘を掻き分け榊(さかき)が此方に向かって来ているのが見えた。
「こら ! 其方らは何をしておる。さっさと持ち場に戻られよ。」
と、榊(さかき)が大声で叫ぶ。榊(さかき)は娘が持ち場にいなかったので、水豆菜(みずな)と交代する次いでに見に来たのだ。
「うるさいじゃか。邪魔するでない。」
「そうじゃ、そうじゃ ! 邪魔するでないぞ。」
と、娘達はヤイノヤイノ。榊(さかき)はやれやれと言った感じで城壁に登っていく。
「まったく…。なんじゃかこれは ?」
と、言いながら榊(さかき)は梯子を登る。
「良いではないか…。今より先は殺し合い。別れを惜しむは当然じゃ。」
と、伊都瀬(いとせ)はニコリと笑みを浮かべ言った。
「じゃなぁ…。」
と、榊(さかき)は浜を見やる。倭兵に埋め尽くされた浜は異様な感じに包まれている。其の光景を瞳に映し、戦が始まったのだと実感させられる。
「矢がとまりよった…。」
水豆菜(みずな)が言った。
「じゃな…。」
「さて、交代じゃ。」
と、水豆菜(みずな)は梯子を降りる。代わりに榊(さかき)が城壁から外を見やり、伊都瀬(いとせ)はジッと水豆菜(みずな)を見やる。
「皆殺しじゃ。」
伊都瀬(いとせ)が言った。
「応…。」
と、水豆菜(みずな)は神楽達のもとに行き言った。
「さぁ、皆よ気持ちを入れ替えよ ! 此の門の先は戦場ぞ。持ち場に戻れ。」
と、水豆菜(みずな)が言うと娘達は持ち場に戻って行った。其れを見やり水豆菜(みずな)は続けた。
「良い…。皆よ。我等が出番じゃ。」
「応じゃ !」
と、娘達は矛で土を突く。
「忘れるな ! 我等は三人一組じゃ !」
「応じゃ !」
「鐘には従え !」
「応じゃ !」
「首が飛ぶ迄死ぬな !」
「応じゃ !」
「良い ! 出陣じゃ !」
水豆菜(みずな)が言うと千人の娘が浜に向かって走り出した。其れに続く様に八重兵が飛び出して行く。そして水豆菜(みずな)は牛に跨り鐘を鳴らし乍戦場に出る。
「うりゃぁぁぁぁぁ !」
そして、神楽は倭兵に向かって突進して行った。
「水豆菜(みずな) ! 大変じゃ ! 神楽が一人で行きよった。」
「な…。良い。神楽はほっておけ。」
「駄目じゃ。我等が二人になってしまいよる。」
「なら、追え !」
「応じゃ。」
と、二人の娘は神楽を追う。だが、既に神楽は何処へやら。しかも此方の動きに合わせて倭兵も猛進して来る。そして神楽は倭兵の前で飛び跳ねる。そのまま天を一歩二歩と駆けて来る。倭兵達は何をする気かと剣を構え神楽を見やる。
神楽は三歩四歩……七歩と天を駆け倭兵の目前迄来るとグッと腕を引き倭兵に向かって矛を突き出す。だが、倭兵は此れを読んでいた。が、神楽が突き出した矛に難なく首の骨を折られた。
倭兵達に戦慄が走った。空を駆けて来た事も理解出来ないが、其れよりも神楽が腕を引いてから矛を突き出す迄の速さと其の威力だ。喉を突かれた倭兵は間違い無く。ジャストなタイミングで剣を振り上げた。だが、その瞬間矛が喉を突いていた。
そして…。
倭兵は死んだ。
異様な迄の速さ、しかも矛が刺さって死んだのではない。矛で殴られ首の骨が折れたのだ。しかも、空中を走って来ての攻撃である。本来ならそんな力の入らぬ攻撃等どうって事は無い。しかも、矛で突かれただけでは倭人の首の骨を折るなんて事は出来ないのだ。
と…。
倭人達は思っていた。
だが、其れは間違いだった様だ。倭兵にそう思わせた神楽は攻撃の手を緩める事なく、着地と共に矛を薙払い倭兵の頭部を殴りつけ、別の倭兵に蹴りを入れる。其の攻撃は重く倭兵は後方に飛ばされた。そして神楽は又矛を突く。此れはマズイと倭兵は反撃に出るがヒラリと避けられ、受け流され掌底や蹴りを入れられる。また其の攻撃が脳天に迄響いてくるのだ。ほんの僅かな間合いであっても神楽の攻撃は体を突き抜けて行くのである。矛で突き、薙払い神楽は瞬く間に五人の倭兵を殺し、五人の倭兵をぶっ飛ばした。
だが、まだまだ神楽の攻撃は止まらない。娘だと舐めていた倭兵も本気で攻めに行くが矢張り神楽は難なく受け流しからのヒザカックン。態勢を崩した倭兵の背中を蹴りつける。其処に倭兵が剣を振り下ろして来るが、其れを避けると倭兵の顎に掌底アッパーが決まる。だが、神楽の矛では受け流しからの矛攻撃を決めても殺せない。だから、神楽は矛を投げつけ落ちている倭兵の剣を拾った。
ズシリとくる重さの剣を神楽はものともせず振り回す。長い袖がヒラヒラと舞い倭兵の視界を遮り、スパスパと切れる剣は首を切り裂き喉を突く。飛び散る血が紬を真っ赤に染めて行く。
其の光景は正に殺戮其のものである。神楽は表情を変える事なく静かな目で相手を見やり、確実に倭兵を殺していった。其の強さは圧巻である。此れは高天原での戦を経験した倭兵からすると想定外の話であった。なにせ高天原で出会った娘達は強く無かったと認識しているからだ。確かにゲリラ戦法に翻弄されはしたが、其れがなければ相手にもならない相手だった。
だがしかし…。
此の娘は違う。
否…。
此れは娘では無い。娘の姿をした鬼だと倭兵は確信した。つまり、神楽の自信は根拠の無い自信では無く。根拠のある自信だったのだ。
神楽を取り囲み倭兵の動きが止まる。
戦場には既に多くの娘達と八重兵が殺し合いを始めている。倭兵達は其の様子をチラリと見やる。
何かが違う。
そう、明らかに違った。
娘達も八重兵も強く無いのだ。娘達は三人一組で一人の倭兵を狙っているが其の攻撃は遅く、弱いものである様に見えた。逆に倭兵は強く娘達の攻撃を避け、腹に剣を刺し、其の隙をついてくる娘を蹴りとばしている。其の力は強くまともに腹に入れば内臓が破裂してしまう。つまり、倭兵が殺されるよりも遥かに娘や八重兵が死んで行く方が多いのだ。
なのに…。
なんだこれは ?
数十人でかかっていっても擦りもしない。其れ所か神楽の周りは倭兵の死体一杯ナンジャラホイ。真っ赤に染まった袖をヒラヒラさせて静かに倭兵を見やっている。神楽を前に倭兵は動かない。だから、神楽はスッと一歩踏み出し喉を突く。そして更に…。
更に…。
と、周りを見やると神楽を囲んでいた倭兵はいなくなっていた。数十人で囲んでも勝てない神楽の相手をするよりも効率よく倒せる相手を倭兵は選んだのだ。
「な、なんと…。誰もおらんじゃか。」
と、神楽は戦場でポツリ。ただボーっと立っていた。
其の間も戦局は大きく揺れ動く。水豆菜(みずな)が牛に跨り鐘を鳴らしながら走り回る。此の鐘が非常に重要なのだ。作戦の指示をリアルタイムに伝え効率良く攻めに行く。だが、倭兵ほ強く娘達はバタバタと倒れて行く。倒れて行くが砦は落とせない。城壁の上から弓兵が矢を射って来るからだ。
城壁の上では榊(さかき)が鐘を鳴らし指示を出している。伊都瀬(いとせ)はウズウズし乍梯子を降りて行く。
「行きよるじゃか ?」
榊(さかき)が問う。
「フフフ…。我は限界じゃよ。」
と、不適な笑みを浮かべ伊都瀬(いとせ)が言った。下には既に伊都瀬(いとせ)の無敵部隊が発進を待っている。彼女達も又戦場の賑わいにウズウズしているのだ。
戦場で激しく鐘が鳴る。其れはバタバタと倒れて行った娘達を起こす様にガンガンと鳴り響く。
「何を呑気に死んでおる。其方らは未だ首が着いておるであろう !」
水豆菜(みずな)は叫び鐘を鳴らす。
ガンガンと鐘が鳴る。
ガンガン、ガンガン
ガンガン、ガンガンと鳴り響く。
「起きよ娘達 ! 敵はまだ生きておる。 オヤツの刻じゃぁ !」
すると娘達はフラフラな体をムクリと起こし口から血を吐き出しながら合口を握る。突き刺された場所からは血がダラダラと流れ続け紬は真っ赤である。
ゾンビパラダイス…。此の様な言葉があるが正に其の様な光景である。其の光景を見やり倭兵は恐怖した。起き上がった娘達はおぼつかない足取りで倭兵に向かって行く。切っても突いても娘は歩みを止めず、フラフラと何人もの娘が近づいて来る。蹴り飛ばし、殴り飛ばしても別の娘がフラフラと…。其の隙にまだ元気な娘が喉を突いてくる。
振り払っても娘は離れない。一人又一人と体を掴んでくる。切っても切っても娘は死なず襲いかかり又一人倭兵が殺される。既に娘達は痛みを感じていない。否、意識がないのかもしれない。娘達を動かしているのは恐ろしい迄の気力なのだ。
「まともじゃ無い…。」
此の光景を見やり倭兵が言った。
「首だ首を刎ねよ。」
別の倭兵が叫んでいた。
「了解じゃ。」
と、神楽が其の倭兵の首を刎ねた。神楽は自ら倭兵の元に行き虐殺を繰り返していた。
「鬼が来た !」
「離れろ !」
と、倭兵は又神楽から離れて行く。
「うぉ ! 又逃げて行きおった !」
と、神楽は又一人ポツン。そして既に自分から向かってくる倭兵はいなかった。世には強いと言う言葉がある。此の言葉は相手がいて初めて成立する言葉である。つまり、相手無くして勝敗無し。如何に強き英雄であっても誰もかかって来なければただの娘である。だから、神楽は自ら倭兵の元に走って行った。
なんとも奇妙な光景である。何より此の戦場は異様だった。鬼が暴れ回り、屍が戦場を徘徊する。将軍黄仙人(こうせんい)は困った。高天原の話を元に簡単に砦を陥落させる事が出来ると考えていたからだ。
「なんだ此れは…。」
黄仙人(こうせんい)が言った。
「じ、地獄だ。我等は地獄に来たのです。」
倭兵が言う。
「かも、しれぬ。だが、屍を操っているのはあの娘だ。」
と、黄仙人(こうせんい)は水豆菜(みずな)を指差し言った。
「鐘を鳴らしている娘ですか ?」
「そうだ。鐘で布陣を変更し、娘を誘導して死んだ娘を操っている。」
「真逆…。」
「否、あの娘がじゃまだ。」
そう言うと黄仙人(こうせんい)は馬に跨り水豆菜(みずな)に向かって走って行った。そして其れに合わせる様に牛に跨り伊都瀬(いとせ)も戦場に出てきた。
「伊都瀬(いとせ)…。」
水豆菜(みずな)が言った。
「流石に強いのぅ…。ワクワクしよる。」
伊都瀬(いとせ)が言う。
「まったく…。まだ早いじゃかよ。」
「良いではないか。其れより神楽は ?」
「神楽は…。好き放題殺しておる。」
と、水豆菜(みずな)が神楽を指差し言うと伊都瀬(いとせ)は神楽を見やり首を傾げた。理由は神楽が倭兵を追いかけ、そして倭兵は神楽から逃げて行くからだ。
此処は戦場である。
敗残兵に追い討ちをかけている訳ではない。
何故追いかける ?
何故逃げる ?
と、伊都瀬(いとせ)はケラケラと笑う。
「敵も逃げ出すか…。」
と、伊都瀬(いとせ)は無敵部隊(八人)を引き連れ群れの中に進んで行く。其処に将軍黄仙人(こうせんい)が駆けてくる。
「怖気付くな ! 我等が力を見せつけよ !」
黄仙人(こうせんい)は声を荒げ戦場を駆けている。娘達の行動が倭兵の士気を下げているからだ。無敵の強さと言われる倭軍。古代の世界を圧倒的な力で征服した倭族。だが、其れから数千年。訓練はすれど実戦経験は無い。つまり、教科書を読み世界を知ったつもりでいるのと同じ。現実を目の前に彼等は恐怖していたのだ。
「首を刎ねよ。足を切り落とせ !」
黄仙人(こうせんい)は戦場を駆けながら大きな槍で次々と娘の首を切り落とし続けた。此の黄仙人(こうせんい)の行動により倭兵の士気は又盛り返す。高天原ではお留守番からの船を沈められると言う大失態を犯した男だが、実は其の実力は大将軍の右腕を務める程なのである。
伊都瀬(いとせ)は黄仙人(こうせんい)に矛を突き出す。黄仙人(こうせんい)はサッと避けると馬をクルリと回らせピタリと止まる。
「大将発見じゃ。」
と、伊都瀬(いとせ)は黄仙人(こうせんい)に向かって牛を走らせる。黄仙人(こうせんい)も又伊都瀬(いとせ)に向かって馬を走らせる。
パカパカとテコテコとお互いの距離が狭まって行く。伊都瀬(いとせ)はヒョイっと牛の上に立ち黄仙人(こうせんい)に飛び掛かる。黄仙人(こうせんい)は真逆の行動に焦ったが何とかその攻撃をかわした。
「身軽なババアだ…。」
と、黄仙人(こうせんい)は馬から降りる。
「残念じゃが…。我はまだギャルじゃ。」
と、伊都瀬(いとせ)は構えをとる。
「……。そうか…。鐘の娘を殺してやろうと思うておったが、先に図々しいババアを殺してやる。」
と、黄仙人(こうせんい)は大きな槍を振り回し向かって来た。伊都瀬(いとせ)の無敵部隊が其処に割って入り黄仙人(こうせんい)を殺しに行く。だが、黄仙人(こうせんい)は強かった。大きな槍で先ずは一人の首を刎ねる。続いて娘の攻撃を避け槍を薙払い乍ら回し蹴りを繰り出して来る。口から血を吐き出しながら娘が飛ばされて行く。負けじと娘達が次から次と向かって行くが相手にもならなかった。アッと言う間に無敵部隊の娘二人の首を刎ね二人を瀕死にしてしまった。
「桁外れじゃな…。」
と、伊都瀬(いとせ)も戦闘にまじるが黄仙人(こうせんい)は圧倒的な強さを見せる。伊都瀬(いとせ)の攻撃を難なく避け反撃に来る。大きな槍の薙払いをギリギリかわす。だが、黄仙人(こうせんい)は直ぐに其れを振り下ろす。
「いけん !」
と、無敵部隊の娘が伊都瀬(いとせ)を庇いザクっと切り殺される。
「矢緒唎(しおり)…。」
伊都瀬(いとせ)は矢緒唎を見やるが既に矢緒唎は絶命している。
「死ね…。」
と、瀕死の娘が黄仙人(こうせんい)に向かって行く。まだ、元気な四人の娘も負けじと向かって行くが、一人又一人と黄仙人(こうせんい)は首を刎ねて行く。
「此れが倭人じゃか…。」
と、伊都瀬(いとせ)は矛を捨て合口を握ると再度黄仙人(こうせんい)に向かって行く。黄仙人(こうせんい)は娘達を蹴散らし伊都瀬(いとせ)を突きに来る。何ともな速さで突いて来る其の攻撃は異様である。だが、伊都瀬(いとせ)は此の時に備えて神楽との手合わせを何度も何度も繰り返し行っていた。
その神楽の速さに比べたら…。
「ノロマじゃ…。」
と、伊都瀬(いとせ)はヒラリとかわし腹に左掌底を入れる。黄仙人(こうせんい)の動きがピタリと止まると、続けて腹に、顎に、腹に更に腹に連打の蹴りを入れた。伊都瀬(いとせ)の放つ気が足を伝わり黄仙人(こうせんい)の体に初めて味わう衝撃を与える。
グラリト体が揺らぐ。其処に娘達が追い討ちをかけに行く。黄仙人(こうせんい)は堪らず防御力を上げる。地面に転がり体を守る。娘達はひたすら黄仙人(こうせんい)をボコボコに殴る。其れを見ていた倭兵が応戦に来ると娘達はピタリと止め倭兵に矛先を変える。其処に水豆菜(みずな)が鐘を鳴らし娘達を伊都瀬(いとせ)の元に向かわせた。
「ふぅ…。死ぬかと思うたぞ。」
と、黄仙人(こうせんい)はのっそりと立ち上がる。
「どの道其方は死ぬ。」
「自惚れるな。」
と、黄仙人(こうせんい)は大きな槍を振り下ろす。伊都瀬(いとせ)は合口で其れを見事に受け流すと左掌底を顔面に入れる。黄仙人(こうせんい)の顔面が後方に弾かれ軽い鞭打ちになった。其処にすかさず合口で喉を突きに行くが、其れを黄仙人(こうせんい)は手の平で止めた。切先が手の平に刺さる…。が、其れ以上は刺さって行かない。
「惜しかったな…。」
と、伊都瀬(いとせ)を蹴り飛ばす。伊都瀬(いとせ)は威力を殺す為に自ら後方に飛んだ。が、其れでも体に伝わるダメージはきつい。頭がフワリと揺れる。体が言う事をきかない。立ちあがろうにも力が入らないのだ。其処に黄仙人(こうせんい)が腹に蹴りを入れると伊都瀬(いとせ)は軽く浮き上がり地面に突っ伏した。
「伊都瀬(いとせ)がピンチじゃ !」
と、娘達が叫ぶが倭兵が邪魔で救いにいけない。
「死ね。」
と、黄仙人(こうせんい)が大きな槍を振り下ろす。
「其方が死ね !」
と、後方から神楽が岐頭術(きとうじゅつ)最終奥義丸太を黄仙人(こうせんい)に決めた。黄仙人(こうせんい)は其のまま伊都瀬(いとせ)を飛び越え地面に顔面から落ちた。岐頭術(きとうじゅつ)最終奥義丸太とは簡単に言えば渾身のドロップキックである。
「伊都瀬(いとせ)…。何をのんびり寝ておるじゃか。」
と、都合よく現れた神楽は伊都瀬(いとせ)を立たせてやる。まぁ、神楽が此処に来たのは水豆菜(みずな)の鐘の指示に従ったからである。
「我は瀕死じゃ…。」
「なんと…。伊都瀬(いとせ)を瀕死にしよるとは…。あいつじゃか…。」
と、神楽は黄仙人(こうせんい)を見やる。黄仙人(こうせんい)は顔面をおさえ乍らたちあがる。
「お前か !」
黄仙人(こうせんい)が叫ぶ。黄仙人(こうせんい)は後ろから蹴られたのでご立腹である。が、其処に居たのが紬(つむぎ)を真っ赤に染めた神楽だったので直ぐに構えをとった。後方から見ていただけだが黄仙人(こうせんい)も神楽の強さを理解しているからだ。
「我じゃ…。」
と、神楽も槍を持ち地に足をつけグッと腰を落とし構える。
そして大きな槍を振り回し黄仙人(こうせんい)が向かって来た。神楽は槍を突き出し黄仙人(こうせんい)は其れを大きな槍で弾く。其処から二人の一進一退の攻防が始まった。
「一騎討ちじゃ !」
其れを見やり娘が叫ぶ。
「倭兵の将軍と神楽の一騎討ちじゃ !」
と、娘達が輪を作り二人を囲み始める。すると敵味方関係なく輪を作り始め、皆が此の一騎討ちの行く末を見守り始めた。つまり疲れたのでひと休憩と言う事である。
二人は突いて、薙払い、蹴りを入れパンチを入れ…。避けて避けて転がって…。二人の戦いは壮絶であった。だが、何方も攻撃をヒットさす事は出来ない。流石に強い神楽であっても将軍相手には手こずると言う事なのか…。神楽は思う様に動けていない様に見えた。
「伊都瀬(いとせ)…。神楽の使うておる技はなんじゃ ?」
戦いを見やっている無敵部隊の娘が問うた。
「倭族の技じゃ。」
「倭族の ! 」
「じゃよ…。」
「何故敵の技を使うておる ? と言うか神楽は何処で覚えたんじゃ ?」
と、娘は首を傾げる。
「此処でじゃ…。」
「此処で !」
「じゃよ…。戦い乍ら覚えたんじゃ。」
「じゃぁ良いよっても…。其れは不利じゃぞ。」
「神楽は同じ土俵で勝ちたがるからのぅ。」
と、牛に跨りやって来た水豆菜(みずな)が言った。
「はぁぁ…。」
と、娘は神楽を見やる。神楽は相変わらず思う様に動けていない。まだ完璧に覚えていないからだ。と、神楽の攻撃を交わし黄仙人(こうせんい)は足を引っ掛け神楽を転ばした。其処に渾身の振り下ろしが来るが其れをゴロンと避けて体勢をととのえる。
「其の様な技もありよるか…。」
神楽がボソリ。
「矢張り我等の技か…。何処で知った ?」
「我は何でも知っておる。」
と、神楽は槍を振り回し向かって行く。そして又チンチンバラバラと今度は神楽が黄仙人(こうせんい)に足を引っ掛け転ばした。
「これは中々良い技じゃ。簡単に転びよるぞ。」
と、神楽はニンマリ笑みを浮かべる。
「ふん。偶々出来たからと調子になるな。」
と、黄仙人(こうせんい)が言ったので其れから神楽は何度も何度も其の技を決めて見せた。黄仙人(こうせんい)は何度も転ばされ少しグッタリである。
「この…。ぬすっとが…。」
「クス…。なら、我等の技を盗むと良い。」
静かな目で神楽が言う。
「お前達の ? 詰まらぬ技に興味等あるか…。」
と、黄仙人(こうせんい)はノッソリト立ち上がる。
「ほぉ…。我等が技が詰まらぬと申すか。」
「詰まらぬから我等の技を真似る。」
と、黄仙人(こうせんい)は構えをとる。其れを聞いていた娘達は困った表情で黄仙人(こうせんい)を見やった。
「いけん…。」
「うむ…。あの男は言うてはいけん事を言いよった。」
「死屍確定じゃ。」
と、娘達が言う様に神楽は右腕、右足を前に…。爪先立ちで構えをとっていた。
「良い…。見せてやりよる。来い。」
神楽が言った。
「殺してやる。」
黄仙人(こうせんい)は大きな槍を振り回し、目前で薙払う。神楽は上体を逸らし其れを避けると次いでにクルリと一回転…。からの中段跳び蹴り、後方に飛ばされる黄仙人(こうせんい)の鎧を掴み引き寄せからの石突き(槍の一番下の部分)での喉突き。そのまま右足で黄仙人(こうせんい)の左膝内側に蹴りを入れ膝を潰す、からの右腕を掴み右脇に蹴り上げで肩関節を外す。そのまま更に右蹴りが顎を蹴り上げる。
此の時点で黄仙人(こうせんい)の意識は吹っ飛んでいた。尚、此の連撃の全てを目で追えた者は伊都瀬(いとせ)と水豆菜(みずな)位であった。
黄仙人(こうせんい)はグラリと崩れおちる。神楽は其の瞬間に黄仙人(こうせんい)の首を刎ねた。刎ねた首を掲げ神楽は倭兵を見やる。倭兵は此の圧倒的な強さの前に完全に戦意を奪われた形となった。
「其方らが大将を討ち取った。」
と、神楽は黄仙人(こうせんい)の首を波打ち際に向かって放り投げた。
「な、なんて事だ…。将軍が打ち取られたぞ。」
「一旦退却だ…。」
と、倭兵は船に戻っていく。八重兵と娘達は歓喜の声を上げて去って行く倭兵に石を投げた。
「見事だ神楽…。」
伊都瀬(いとせ)が言った。そして皆が神楽を讃えやいのやいの…。城壁の上から見ていた榊(さかき)達もやいのやいのの大興奮である。
だが、その様子を遠くから見ていた泓穎(おうえい)は怒り心頭である。泓穎(おうえい)は圧倒的な勝利を期待していたのだ。其れがなんだ…。良くは分からないが倭兵が後退を始めているではないか…。
「此れは…。ちと、違うのではないか。」
と、泓穎(おうえい)はボソリ。
「予想外に強いな。」
陽(よう)が言う。
「矢張り妾が行かねばならぬか…。」
「否、其れはまだ早い。下っ端の兵相手に善戦しているだけだ。」
と、陽(よう)は砦を見やる。
「下っ端 ? 黄仙人(こうせんい)は下っ端の将軍では無いであろう。」
「黄仙人(こうせんい)は違う。だが、連れているのは下っ端だ。黄仙人(こうせんい)の本体は西南に置いて来たからな。」
「其れで苦戦しておるは言い訳にならぬ。」
「仕方ないだろう…。本気で戦をする気なんかなかったんだ。だが、策はちゃんと打ってある。」
と、陽は砦の端を見やる。砦は浜より一段高い場所にある。正面は高い城壁に囲まれ、横はグルリと崖に囲まれている天然の要塞。陽(よう)は戦闘が始まると気づかれない様に崖に移動する様に指示を出していた。勿論崖を上がり其処から、砦を攻略する為である。
右の部隊を宗躰儒(そうたいじゅ)左の部隊に汎紋亥(はんもんい)に任せた。一部隊に二千合計四千の倭兵が崖をあがっている。幸いな事に八重兵は未だ気づいていない。そして陽(よう)は意識が正面に集中する様に大鼓を鳴らす。と、其処に秦兵が一気に攻め込んで来た。後退を始める倭兵にまだまだ進めと言わんばかりに秦兵が攻め込んで来る。
「更に増援じゃか…。」
と、此処で榊(さかき)が鐘を鳴らす。交代せよと言っているのである。水豆菜(みずな)は皆を見やり交代の鐘を鳴らす。
「交代じゃか…。」
神楽が言った。
「じゃよ…。伊都瀬(いとせ)を中に。」
と、水豆菜(みずな)が言う。改めて周りを見やるとおびただしい数の死体が其処にはあった。神楽の活躍あって尚死傷者数は圧倒的にこちら側だったのだ。
「分かりよった。」
と、神楽は無敵部隊の残党と共に伊都瀬(いとせ)を連れて戻って行く。中からは気合い入れを終えた娘達が出て来る。
「神楽…。お疲れじゃぁ。」
神楽を見つけ、吼玖利(くくり)が言った。
「吼玖利(くくり)頑張ってじゃ。」
と、神楽は剣を渡した。
「なんじゃかこの剣は ?」
「倭兵の剣じゃ。よう切れよる。」
「有難うじゃぁ…。」
と、吼玖利(くくり)は戦場に走って行った。
そして、旗艦が動き出す。
蘭泓穎(らんおうえい)の船が浜に…。離れていて良くは分からなかったが此れは許し難い光景であった。多くの八重兵や娘達の骸が転がる中倭兵も又同じ様に殺されている。
「なんだ此れは…。」
泓穎(おうえい)は歯を食いしばり敵を睨め付ける。陽(よう)は黙ったまま船を降りると黄仙人(こうせんい)を探した。此の失態の理由を聞く為である。だが、黄仙人(こうせんい)の姿が見当たらない。陽(よう)はオロオロとしている倭兵を捕まえ状況を聞く。そして陽(よう)は自分の耳を疑った。
「どう言う事だ ?」
胸ぐらを掴み言う。
「だから、将軍は討死した…。」
「黄仙人(こうせんい)が討死した ? 冗談を言うでないぞ。」
「ほ、本当だ…。」
「百人相手に死んだか…。」
船から降りて来た泓穎(おうえい)が言った。
「鬼だ…。此の国には鬼がいる。其の鬼が将軍も仲間も皆んな殺した !」
怯えた目で倭兵が言う。
「鬼… ?」
陽(よう)が問う。
「そうだ。娘の姿をした鬼だ。」
「其の鬼が黄仙人(こうせんい)を殺したのか ?」
「そうだ…。一騎討ちで…。あっと言う間だった。」
「真逆…。」
「否、その真逆だ…。」
と、泓穎(おうえい)は戦場を見やる。
「帥升…。何を。」
「フフフ…。矢張りおったのか。坂耳帆梁蛾(さかみみぼやんが)。」
「いるわけないだろう !」
と、怒り心頭で陽(よう)は兵を引き連れ戦場に向かって行った。
次のお話
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