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待ち受け画面は何ですか?(マンゴー編)


子どもたちの七五三写真です。


つまらない……意外性がなさすぎる………。


しかし、なぜ母親たちは、四六時中一緒にいるであろう子どもの写真を、わざわざ四六時中一緒であろうスマホの画面に設定しているのでしょうか?

それって、母親の愛なの、なんなの?と疑問に思い、そのへんの自分のインサイトをのぞいてみることにしました。

↓  ↓  ↓

仮説

スマホ自体、パーソナルな情報がぎゅっと収まっていて、第二の自分みたいなもの。

スマホの待ち受け画面=壁紙は、自分の内部への第一の扉。
服や化粧のように外部の人間を「やんわり意識した」手のひらサイズの自分広告や名刺なのではないか。

オフィスで、通勤電車の行きかえり、カフェでコーヒーを飲んでいるとき、私たちは意外と複数の他人のなかでスマホをいじるので、スマホは他者の視線にさらされます。

SNSのポップアップ機能をオンにしていれば、そのお知らせと一緒に待ち受け画面が現れます。一瞬だけですが、1枚のビジュアルは他者に何かを伝えるのにじゅうぶんな情報量だと思うのです。


では待ち受け画面が子どもの写真であるならば、持ち主はどんな表明をしたいのでしょうか。
実際そうであってもなくても、「子どもをいつくしんでいる母親」と見られたいから、かもしれません。

私についていえば、「七五三で写真撮っちゃう、いい母してるんですよ~」という無意識の宣伝をしているんじゃないかとガクブルちびるのであります。何この闇。

だって、たまに取引先の方や初対面の方から「お子さんですかー?かわいいですね~」とか言われるわけです。たしかに、実物より写真の子どもたちは動かないので、エネルギーを割かれず余裕をもってかわいいと思えます。

でも、そのかわいさを誰かと共有したいんじゃないんです。

待ち受け画面を子どもにしちゃう、「無難で、親ばかで、母親という属性に生きる私」を演出しているのかもしれせん。「親バカな愛あふれる母親」というポジションに自分を位置付けることで、何かの免罪符としたいんじゃないか……。

例えば「こんな母親なんで、ガツガツ仕事ばかりできませんのでよろしく」とか。
「子どもに対して実はそこまで愛にあふれていない、後ろめたい心」を隠すためとか。
もし私が異性にモテて困っているのであったら「男除け」の意味もあったかも(一度困る体験してみたい)……と自分の心の闇をのぞいたように思って、ほんといまちびりそうです。


あ、ひとつ心当たりがありました。
「壁紙にしてないと子持ちだって忘れる」から。

スマホを触るたびに子どもたちが出現すると、「ん?この人たちだれだっけ?あ、こどもだ」と0.1秒かけて脳のシナプスが反応している気がします。わたし、すぐ忘れるんで。

……でも、どうして子持ちだって覚えていないといけないのか。
「母親の責任」とか「母親はいつなんどきも子を愛するもの」という世間と自分の呪縛にとらわれているのか?
心の闇深いな!


なんだか今回は、inに陰に行きますね……つか、スマホ待ち受け占いとか、スマホ壁紙心理テストとかあるだろうな~うん、あったわー(文末に記載)。


と、根暗に展開してまいりましたが、先日、
スマホ待ち受けを子どもに設定しておいて超絶イイコトがありました。

忘れたスマホを届けてくれた。


待ち受けの子どもたちの写真から親(私)特定
→忘年会の会場に置き忘れたスマホをママ友が届けてくれる
しかも夜中に!マジありがとうございます、すんませんでしたっ(陳謝)!!

っあーー、子どもの待ち受けバンザイ!
(あ、でも見知らぬ人に拾われたらアブナイやん。)

とにもかくにも、スマホの待ち受け画面は自分広告、名刺になると確信。
ただいま忘年会シーズン真っ只中、「他者から分かりやすい待ち受け」に設定することをオススメしたい平成最後の冬であります。

あ、むしろ、名刺を待ち受け画面にしておこうかな。



■「スマホ画面でわかる〇〇/心理テスト」という群

https://latte.la/column/83953904

https://cancam.jp/archives/249573

http://street.camfortune.com/information/detail/451


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