生活と道具と自然と みちのく民俗村へ(岩手県北上市)
岩手県北上市にある「みちのく民俗村」という場所へ行ってきた。
村内には茅葺(かやぶき)の民家がたくさん並んでいて、昔の家ってこんな風だったんだなぁという感想を持ちながら眺めていた。
いわゆる校外学習的な見学に終始してしまいそうな場所なのだが、せっかく来たのだしもっとこの場所を見て楽しもうと思った。
茅葺屋根とは白川郷などが有名だが、屋根を見てみると、文字通りかやで作られた屋根であることがわかる。
かやとは「ススキ、ヨシ、藁、イネ」などのことを言うらしい。普通に木の板で屋根を作ってもいいのにどうしてかやなのだろう。
調べてみると何本ものかやを葺くことで防水性や保温性、通気性などが非常に高くなるのだという。なるほど、理にかなった建物なのだということわかり、勉強になる。
家の中には、囲炉裏があった。家の中で常時バーベキューをできるということである。煙は出るはずだが、茅葺の通気性の良さから一酸化炭素中毒にはならないのだろう。これも勉強になった。
村には学校を改装した博物館があった。大正建築の佇まいを残した旧黒沢尻高等女学校という学校らしい。
校内にはわらで作った草履や服、農具などさまざまなものが展示されている。ここにあるものはすべて生活のための道具である。
普段自分が使っている道具も生活のための道具であるのだけど、ここにある道具はの多くがDIY的に作られた道具で、商品性を帯びてない無骨さを強く感じた。
普段生活していると、生活しているという感覚がなくなるときがある。それは何のせいだろう。パソコンとか、スマホとか電子機器的なものに取り囲まれて、生活の実感がなくなっているのかもしれない。それはステレオタイプな認識かもしれないが、たしかにあるだろう。
みちのく民俗村ができた1992年(平成4年)の開村宣言にこんな文章があった
自然と人間がしっかりと結びついていた時とはいつなのだろう。そもそも人間が言語を持った時点で、思考の抽象性は生まれているわけだから、人間は現実から遊離した存在だといえる。だから単に「自然に帰れ」ということは少し物事を単純化しすぎているといえる。
しかし人間がそのような存在にあっても、自然が生活の近くにあることで、バランスをとることができていたのかもしれない。自然物から生み出す物体から道具を作り、暮らすこと。観念的になりがちな思考から、地面に足場を戻すことができていたのだろう。
村にはヤギがいた。水平方向の瞳孔の奇妙さ。そういった動物の存在を通しても、自然との結びつきがあったのだろう。
ちなみに村の入場料は無料だ。無料とはお金がかからないことである。お金がかからないとはすばらしいことである
みちのく民俗村
〒024-0043 岩手県北上市立花14-62-3
http://michinoku-fv.net/