Radio TeRec 第三週
前回
「はぁ・・・・」
窓の外に広がる灰色の空を眺めながら、一花は大きなため息をついた。
退院を1週間後になったと言うのに、一花の心は外界と同様に晴れ渡ることはなかった。
「どうして・・・こんなことに・・・・」
あれから静江とは会っていない。
向こうからの連絡もなければ、面会の希望も来ていない。
一花はいつも病院にお願いして、面会時間をたっぷり確保している。
先週まではそんな感じで2人でたわいのない話をするのが楽しかった。
それがここ2~3日はお預けを食らっている状態と言える。
そもそも一花の心境からしても、そこまで明るく慣れない心境だった。
「そういえば新しいテープ・・・・。入れてもらってたんだっけ・・・・。」
最後に静江と張ったとき、次におゆきと繋がった時のためにと、ラジオに新しいテープを入れてもらっていた。静江には、会話が始まったら赤いボタンを押すようにと言われていた。
今はラジオからなんの音も発されていない。
それなのに一花はその赤いボタンを押した。こうすればきっと誰かが聞いてくれると思ったのだろうか。
「・・・・私が・・・間違えていたのかな・・・私が静江のことをもっと思ってあげられなかったから・・・・私が考えなしに突っ走るから・・・だから・・・・だから・・・・」
「・・〈ザーーー〉・・き・・る・(ザーー)・・な・・・しい・・(ザザッ)・・が・・・・」
1週間ぶりに聞こえる声。
一花にとって安定剤とも言えるような声が病室内に響き渡った。
「あぁ・・・おゆきか・・・そういえば1週間前だっけ、最後に話たの」
もはやラジオからおゆきの声が聞こえてくることにもう驚かなくなっていた。
そして、その声に心から安堵した。
「やっぱりだ。一花の声だ。
10年経っても若々しくて、羨ましいだよ。」
やはりというか、おゆきの声はより歳を重ねたことを感じ取ることができる。
その一方で、前回同様おゆきの声から感じる安心感は、厳しい時代を生きている人とは思えないくらいののものだった。
「おゆき・・・なんか一段と大人になったって感じだね・・・・。」
一花は覇気のないトーンで言った。それは病気からくるものではない
「一花のとこはやっぱり1週間しか経ってないんだべ?」
「そういうおゆきのところは10年経ったの?」
「そだ・・・すっかししわも増えたべ・・・・」
「ん?どうしたの?」
「・・・元気ないな?」
「へ?」
「今の一花のことだ。よくないことがあったんだべ」
「・・・・わかる?」
「なんとなくな・・・・
10年・・・じゃなかった、1週間前はもっと元気だった気がするし、2週間前はどっちかというと苦しそうな感じがした。
でも今は違う。何か嫌なことでもあったんじゃないか。」
「そんなところ・・・」
先週もそうだったが、改めておゆきの人の気持ちを察する能力の高さを思い知った。
「病気のことで何かあったのか?それとも家族のことか?」
「・・・なくはないけど、そこまでじゃない」
「・・・・静江だな・・・・」
「・・・・」
「やっぱりな。静江と喧嘩したんだべ。」
「・・・うん」
やっぱり隠し事はできないか・・・と言うかバレて当然か・・・
そもそも一花ははなから抵抗する気はなかった。
「話したくないなら、無理には聞かない。
ただ、どうしても吐き出したいなら、わにも話てくれねぇか?
一花も静江もわにとっては友人なんだから」
それは一花にとっても同じだった。
話した時間は数時間程度でしかないが、それでも長年連れ添った親友のように感じていたからだ。たとえ歳の差が離れてしまったとしても
「・・・何から話せばいいかな・・・」
誰かにこのことを話したかった。でも聞いてくれる相手がいなかった。
だから独り言のように呟いたのだった。
「あれば・・・今から4日前のことよ・・・」
「再来週には一時帰宅してもいいって先生が言ってたんだよ。
やっと、やっと退屈な病院から出られる~」
容態がある程度安定してきたので、主治医の判断により、来週から家に帰ってもいいことになったのだ。
「これだけ良くしてもらっているのに退屈だなんて、本当に贅沢よね
視野が狭いと言うか、お気楽と言うか・・・」
無邪気にはしゃぐ一花に静江は呆れながら言った。
「薬も減ってきたし、院内を歩くこともできるようになったし、これで外に出られるようになったら、学校まであと少しだね。」
学校が特別好きというわけではないが、学校で友達と遊ぶことが多い一花にとっては、病院より居心地の良い場所だった。
「私には理解できないけどねぇ。学校が楽しいなんて。私はむしろ病院で静かに本読んでる方がいいわ。静かで落ち着くし。」
静江は逆に人の多いところが苦手なので、勉強以外で学校に価値を見出していない。
だからこそ一花や先生と話す以外は、ずっと学校の図書室に篭っている。
「本は私も好きになったけど、やっぱ体を動かす方が好きだなぁ~。」
「心肺機能が危ない人が言うセリフとは思えないわね。無理は禁物よ。」
先週の胸の痛みは強めに負荷がかかっただけで、症状は幸い悪化していなかった。
退院は予定通りでいいと言われている。
「肺に水が溜まりやすい状態なんだし、激しい運動は控えないとダメなのよ。
わかっているわね」
「はーい」
「それはそうと一花。
卒業後の進路はどうするつもり?
昨日一花の先生から、近々進路相談をしたいって言われたのよね」
2人の高校でのクラスは別々なのだが、一花の両親が忙しいのもあって、一花の先生は、何かあれば、静江にいつも伝えているのだ。
「進路か~。深く考えたことないなぁ~」
「でも、いずれは考えなければいけない話よ。
いずれ社会に出るのならね」
「でもな~。将来のことなんて、小学校の時以来考えなくなったんだけどなぁ~」
一花の小学校時代の夢は体育教師になることだった。体育の時間が好きで、そんな体育の時間を仕切っている先生に憧れていたのだ
だが肺の症状が出て以降、運動が制限されるようになったので、諦めていたのだ。
「・・・明日はどうなるかわからないのに、5年後、10年のことなんて・・・
今が良ければいいのよ。今が良ければ・・・・。」
一花は若干投げやりな調子で言った。
「でもこうやって病院での治療のおかげで学校に戻るんだから、いずれは大学に進学するか、就職するかしないといけないでしょ。いくら病気持ちだからといって何もしないでフラフラしているのは、いくらなんでも許容しかねるわ。今からでも考えておくといいわ。」
「うーん。めんどくさいなぁ。意味があるかわからないしな~
そんなことより学校に戻ってから何するか考えたいなぁ~
バスケ部や卓球部に顔出したいし、生徒会や物理研究部の手伝いもしたいし・・・」
「そう言う活動に精を出すのもいいけど、もう少し先のことを考えた方がいいわよ。こないだのおゆきとの話もそうだけど、一花は向こう見ずに動くとこが多すぎよ。
だから、この進路相談も、社会復帰のためのリハビリだと思えばいいのよ」
「そんなこと言われても・・・私、このところ病気やおゆきの話でいっぱいいっぱいで、余裕なんかなかったんだよ。そこまで焦って決めなくてもいいんないの・・・?」
「そう言う考えの人に限って問題を先延ばしにする癖がついてしまうのよ。このままだと本当に卒業後は何もできない人になってしまうわよ」
一花の煮え切らない態度に心なしか静江はイライラし始めていた。そのせいか語気も荒くなっていた
「・・・私がいけないというの?」
静江のイライラに当てられたのか、耐えられなくなったのか、一花の何かが弾けた。
「・・・・私がいけないって言うの?」
「え?」
「私がいけないというの?こうやって何もないところで、病院のベットで横になって、なんら成長も見出せない私が悪いって言うの?」
「わ、私は・・・何もそこまで・・・」
「私は静江より頭良くないし、考えるより先に口が動いちゃうけど、だからって悩まないわけないんだからね!」
「な・・・悩んでいるのは・・・・知って・・・いる・・・だから・・・私は・・・一花が新しい道を見つけられるように・・・」
一花の剣幕に静江は防戦一方となった。
「わかっているなら、なんでそこまで人を追い詰めることができるの?
明日生きるのも精一杯の人間にかける言葉がこれなの?
いつもいつも口うるさく言うくせに、肝心な時には何も話せなかったじゃない!」
この一言が静江の自制心を吹き飛ばした
「何よ・・こっちが何度も余計なことを言わないように再三注意したのにそれを無視して勝手に余計なことまで喋って!!
一花が・・・一花が不用意なことを言ったせいで歴史が変わったかもしれないのよ!」
二人はいつしか進路の話を忘れて、前回のラジオでの不満を言い合うようになった。
「あの時は緊急事態だったんだよ!
だから喋れる人間が喋るしかなかったじゃない!!
いくら注意して話せと言われても、私は静江ほど戦国時代の津軽なんて知らないから、
ああするしかなかったんだよ!」
「それを100歩ゆずったとしても、あなたの発言は軽率過ぎなのよ!
いくらおゆきが理解のある人だからといって、現代の話をしすぎなのよ!
それが歴史になんの影響も与えないなんて本気で思っているの?」
「わ・・私は少しでも場をほぐしたかっただけだもん・・」
「だからと言ってはしゃぎ過ぎよ!もう少し考えて話しなさいよ!」
「静江だって歴史の話なった瞬間すごい得意気に話してたじゃん!
まるで自分が私より賢いのをひけらかすように!」
「はぁ?
一花から言い出したことでしょ、元はといえば一花のわがままから始まったことでしょ!
おゆきのためにと言いながら、自分の満足のためだけに私に縋ったじゃない!」
「静江だって自己満じゃん!
勝手に自分で得た知識をひけらかして、それを私に押し付けて勝手に満足して!
静江が気持ちいいだけじゃん。私は静江に助けてなんて・・・」
ここまで言って一花は自分が今まで何を言っているのか自覚した
だが、もう遅かった
「・・・そう・・・今まで私がやってきたことは、全部一花にとっていらないことだったんだ・・・。私なんて一花にとっていらない人だったんだ・・・
もう一花なんて知らない!!
そのまま病気で遠くにいっちゃえば良いんだ!!」
そのセリフを最後に静江は病室から去っていった。
「あれから静江とは会ってない・・。もう3日は経っているの・・・。」
ここまで一花の話をおゆきは黙って聞いていた。そしてこう切り出した。
「それで。一花はどうしたいだ?これから。」
「・・・・静江にあって・・・誤りたい・・・・。」
「何についてだ?」
「あの時の私は・・・本当に言いすぎた。
静江はいつも私のことを思って話してくれるの。
基本的に厳しいことしか言わないけど、それでも私のためになることばかりで・・・」
先ほど長々と話た一花だが、おゆきの一言で再度思いが溢れ出した。
そしておゆきはその大水をさえぎることはなかった。
「静江は・・・最初は文学部に進みたかったの。
本が好きだからね。でも私が病気で倒れてからは、『私は医者になるんだ』といって、医学部を目指すようになったの。
静江は私のために、進路を変えたのよ。
それだけ決意の強い静江に・・・少し嫉妬もしていたのかな・・・・
私のこと、すごく思ってくれて選択したのに・・・・」
一花の感情は更に昂ってきた。
「そうよ!静江は何も間違ったこと言ってない。
静江の言う通り、自己満なのは私よ!
あれだけ自分を殺して私のために動いてくれているのに、
私のちっぽけな嫉妬心で、あそこまで静江を傷つけてしまうなんて・・・・
本当に・・・本当に・・・・」
とうとう一花は泣き出してしまった。自責の念と後悔と・・・いろんなものが入り混じった涙が溢れ出てきた。
泣いた。ひたすら泣きじゃくった。
その時、ふと誰かに撫でられたような感じがした。
いや、包み込まれているような感じだった。
「・・大丈夫・・・大丈夫だ一花。
一花はいい子だ・・・・
だから・・・だから・・・なんとかなるだ・・・」
おゆきだ・・・・おゆきの優しい声が包容力を伴って一花を包み込んでいたのだ。
「どうだ?落ち着いたか?」
「うん。」
しばらく泣き腫らしたことで、一花はようやく落ち着きを取り戻した。
「ごめん・・・おゆき。
さっきからずっと私ばっかり話して・・・。」
静江が聞いていたら『また時代にそぐわない話して』と、怒られるだろうなぁ
そう思った。
「いいだいいだ。たんげ気持ち溜まってたはんで、吐き出しさないと、心の毒だべ」
おゆきはあくまでも冷静で、それでいて優しく答えてくれた。
「やっぱり静江に謝る。私は間違ってた。間違ってたんだ・・・・。」
「その方がええ。お互いに自分の今の気持ちを伝え合った方がいい。
どんな形であれ、思いを伝えないと後悔したままさなってまる」
「でも・・・静江は私とあってくれるかな・・・・。あんなに酷いこと言って・・・
きっと静江は許してくれないわ・・・」
「・・・多分静江の方も後悔してるべ。同じく酷いこと言ったって。」
それまで穏やかだったおゆきの雰囲気が少しだけ引き締まった感じがした。
だが、それは突き放すような冷たさではない
「厳しいこと言うが、確かに一花は酷いことを言った。
自分のことを思って行動してくれた人に自分本位だと言うのは、本来あってはならないことだ。」
「・・・そうだね・・・」
「だが同じことは静江にも言える。一花は病気だ。
病で苦しんでいる人間にあそこまで厳しい言葉を使う必要はねぇ。
特に最後の言葉に至っては・・・・」
「・・・」
「だからこそ静江は自分の言った言葉に後悔しているはずだ。
一花がここで泣いて後悔したように・・・。」
おゆきは察していた。2人が本意でない発言をしてしまったことを。
そして、そのことを悔いていることを。
それはおゆきの経験からきていると言える。
「とにかく一回会ってみへ。多分向こうも同じように謝ってくるはんで」
「そう・・・かな・・・」
「ちゃんと謝ればな」
おゆきの声は、再び明るく優しいトーンに戻った。
「そうだね・・・。ちゃんと謝るよ。・・・ありがとね・・・おゆき。」
「なーになれたもんさ。それにわの話も喧嘩の一因さなっているから、わも責任感じるだよ。」
そう言っておゆきは苦笑した。
「・・・おゆきは悪くないよ・・・」
「良い悪いは別さしても、
二人が仲違いしたままなのは嫌なんでな。
・・・それにこれはわの感なんだけど、静江はもう一花に会いにきているかもしれねぇど」
「「え?」」
おゆきの一言に、2人分の声がこだました。
一花が病室の入り口を見ると、そこには、こちらをばつの悪そうに覗き込んでいる静江の姿があった。
「・・・・」
恐る恐る病室に入ってきた静江。やはりというかなんというか、とても気まずそうにしている。
何をいえばいいのか迷っているようだった。
「・・・・・静江・・・・」
「・・・・一花・・・・」
「「ごめん!!」」
二人の声は再び交わるように病室に響き渡った。
「・・・・静江。
あの時の私はどうかしていた。
あそこまで強く言ってくれるのは静江が私のことを思ってくれているからなのに、その場の感情とちっぽけな嫉妬心で、『そんなのいらない』だの『自分勝手な自己満足』だの言って・・・
静江はあの時からずっと自分のことより私のことを考えて動いてくれているのに。
それなのに、それなのに!!」
一花は鼻声になりながらも、精一杯の懺悔を行なった。
「・・・私は・・・いつも一花のためになることは何かを考えていた。
少しでも一花の体調が良くなれば、少しでも一花の学力が上がれば、少しでも一花の人生が良いものになれば・・・・。いつもそれを基準に考えていた。
考えていたと思っていた。
でもあの時の私はそんな初心を忘れて、自分の気持ちだけ押し付けていた。一花の気持ちを失念していた。一花にはちゃんとやりたいことがあったことを、そして病気のせいでそれを諦めなくきゃならなくなったことを。ずっとそのことで悩んでいたことを・・・
それを私は・・・・私は!!」
ここまで言うと静江は泣き出してしまった。一花も釣られるように泣き出した。
二人ともお互いのことを思ってはいた。
でも溜まりに溜まったストレスが、大きなすれ違いを生んでしまった。
それが二人の感情を大きくかき乱してしまったのだ。
「あはははは。今日はみんな泣いてばかりだな。」
おゆきはそんな二人を優しく宥めてくれた。
「うっぐ・・・うっぐ・・・ほんとごめんなさい・・・さっきからずっと・・・・。」
一花は涙まじりに謝った、静江は声を出すことはできなかったが、頭を下げるモーションで謝罪の意を伝えるように言った。
おゆきはそんな二人が落ち着くまでひたすら宥めてくれた。
「・・・どうだ?二人とも。」
「・・・お陰様でなんとか・・・。ありがとう・何度も何度も」
「本当にお見苦しいものをお見せして申し訳ないわ・・」
なんとか落ち着いた二人は、改めておゆきへの感謝と謝罪を行なった。
「こういう揉め事が起きたら、うまくいかないことも多いんだが、2人の仲を考えると、今回はなんとかなる気がしただよ。
でも、あまり時間がかかりすぎると、取り返しがつかなくなる。
だから二人が仲直りしてくれてよかっただよ」
そういうおゆきの言い方には何か含みがあるように聞こえた。
「ねぇおゆき・・・・」
「ん?なんだ?」
「もしかしておゆきにもそんな経験あるの?
なんか今の話かただとまるで自分が”うまくいかない”事例に何回かあってるように聞こえるけど」
もしかしたらおゆきも聞いてほしいのでは?
そんな感じが一花にはしていた。
こう言う感が働く点で、一花とおゆきは似ているのかもしれない。
「そんなふうに聞こえたか?」
「うん。私に説教していた時も、どこか自分がそんな思いをしたことがあるようにも聞こえたし・・・。」
「悲しいものだ・・・・。
初めてあった時は同じような年頃で、同じように純粋だったはずなのに・・・
わだけ老け込んでしまっただよ・・・」
「・・・・聞かせてくれない?
おゆきがどんな経験をしてきたのか。
どんな目に遭ってきたのか。」
「ちょっと一花!!」
「おゆきは私たちの醜い喧嘩を受け止めてくれたんだよ。
でもそんなおゆきがずっと抱え込んでいることがあるんだよ。
だから・・・」
静江の制止にも物おじせず切り込む一花。静江も先週のような剣幕で叱るのではなく、お転婆娘を嗜める若い母親のような調子だった。
「でも私たちはまだ子供みたいなものよ。
おゆきが抱えている問題は、聞くことこそできても、解決はできないと思うわ。
申し訳ないけど」
「でもその問題を吐き出して少しでも楽になってもらえたら、そんな形でもおゆきの力になれるなら・・・・私は話を聞きたい!」
自分は助けてもらってばかりだ。そんな思いが一花をここまで駆り立てていた。
おゆきは少し考え込んだ後、何かを決意したかのように話出した。
「なんか一花は純粋だな。
わの子供達と同じくらい頑固だべ。
だからこそほっとけないんだけどな・・・。」
「・・・話をしてくれるの?」
「心配するな静江。
とうの昔に終わった話だ。
二人がこのことで背負い込む必要はねぇ。
・・・そうだな。ばっちゃの昔話を聞く感じでねまりながら聞くといいさ。」
こうしておゆきの激動の半生が語られ始めた
「・・・・何から話すのがいいかな。
色々あったからなぁ・・・・。
一花と初めてあった頃からにするか・・・。」
一花にとっては2週間前の話だが、おゆきにとっては20年も前の話になる。
「あの時村で生き残っていたのは、ほとんどわげものばかりで、みんな血の気が多かっただ。
わもあの時は余裕なかったしな」
確かに一花が最初に聞いたおゆきの声はせっぱつまった感じだった。
「だからわが一花から聞いた、他の村で働きながら種籾をもらうという提案を巡って酷い言い争いさなったべ。
そりゃそうだ、自分の村を一時的とはいえ捨てるだなんて、そう簡単に受け入れられないべ」
一花がこの提案をしたとき、おゆきは激昂したのだ。
同じことを血の気の多い若者に話せば、激怒だけでは済まないだろう。
それがたとえ必要な提案だったとしても。
「わも腹が立って、結構酷いことを言った記憶もある。
言った後で殴られたから、おあいこになったけどな」
これでもおゆきはだいぶオブラートに包んでいる方だろう。
この時代での言い争いは下手したら生死に関わることすらあるのだから。
「それでも殴られたり罵られたりするくらいなら耐えられただ。
親友のから絶縁を伝えられるのに比べたらな・・・。」
その親友はおゆきにとって幼い頃からの付き合いで、お互いのことはよくわかっていた。わかっていたはずだった・・・。
「彼女は一花や静江みたいに気が合う中で、よく大人の目を盗んで一緒に遊んでただ。
でも、20年前のあの時は、わもめくらさなってただ。あの子の気持ちば無視して、もう少し村の未来のことば考えろじゃとか、おめのやり方だとみんな飢え死にだの、一方的に罵ってしまっただ。だから彼女はわの元を去った・・・。
村のことを第一に考えていると言いながら、身近な人のことば見えてなかっただよ」
おゆきはこれ以外にも多くの揉め事や別れを経験しているのだが、彼女との別れは、今でもよく思い出すそうだ。
そういった思いを繰り返したくないからこそ、一花と静江が仲直りできるように力添えしてくれたのだ。
「でも悲しんでる暇はなかっただ。
落ち込んだままだとみんな飢え死にしてしまう。
話し合いを続けて、最後はみんな納得してもらえただ。
ただこれは始まりに過ぎねぇ。今度は他の村と話し合わないとならねぇ。
でもこのままだと村での言い争いの二の舞さなってまる。
だから決めただ。自分の言いたいことばかり相手さ押し付けるでねく、相手の話ばしかと聞いて、相手の望みを知ってから、こっちの望みを話し始めようって。」
おゆきが基本的に一花や静江の話を聞いた上で、要所要所で助言をしてくれたのは、この時の決意から来ているようだった。
「それから先のことは10年前に話した通りだ。
全ての村が納得してくれたわけではねぇが、協力をしてもらえるようになり、最終的に十腰の復興さこぎつけ、巡り巡って為信様さ使えることさなっただ。」
一花はその前回の話でどうしても気になっていたことがあった。おゆきが最後に言ったあの言葉・・・。
「その前回話たとき、おゆきは子供がいるって言ってたよね。
その話詳しくは聞いてないんだけど・・・・。
教えてくれる?」
「おっと。
いけねいけね。つい話したきさなっていただ。
そうだな。あの時は二番目の次郎が生まれたばかりの時だな・・・」
「え?うそ!2人目だったの?あの時すでに!」
「んだんだ。子供達は村のものさ預かって、もらっているだ・・・。」
一花はこの時おゆきがいい籠ったように聞こえたが、おゆきは何事もなかったかのように話を続けた
「今までわが産んだ子供は4人なんだが、そのとっちゃはは為信様の家来だった。
わが十腰と大浦を行き来する時に警護してくれてな、最初は口数も少なく、わが話しかけることで、ようやく話してくれるような感じで、そこまでいい気がしなかっただ。これなら村のわげものでいいと思ってただよ。
ただ、ある日大浦からの帰り道に、野盗に襲われた時の彼の刀さばきは惚れ惚れするものがあっただ。多分その時に惚れたんだべた・・・。」
ところどころ言い淀むところは一花だけでなく静江も気がついた。
きっと・・・この後・・・。
「子供が生まれた後は、跡取りして大浦で育てるようにと言われるかと思ったけど、とっちゃには正室がいたはんで、村で子供を育てていいと言われただ。」
「え?それってふり・・・いてて」
「それは私たちの価値観の話。身分が高い人ほど側室がいるものよ。
しきたりに則っているなら、問題はないわ」
ついつい現在の常識で判断してしまう一花を軽くこづいて嗜める静江。
先週のような剣幕は感じられない。
「ま、そたらわけで、武士の妾になったからと言って、十腰を離れた場所に住むことはなかっただ。
月に2~3度、為信様の相談役のために十腰と大浦を行き来しながら、農作業に巫女・・・・そして子供の面倒・・・。みんなと協力しあって、今までやってきただ・・・」
「やってきた・・・」
「最初の頃はやることも少なかったし、争いも少なかったから、そたらに大変ではなかっただ。ただ、大浦の戦況が芳しくなくなってきてから、ここ2~3年はわの村も厳しい選択を迫られているだ。」
おゆきの声のトーンは少しづつ暗いものになってきた。
それもそうだ。この時期は津軽史を紐解けば、かなり混沌とした状況だったのだから。
一花達と為信が会話をしてから2年後、大浦為信は、南部高信への奇襲を皮切りに、津軽地方を手中に収めるべる戦を重ねていた。
当初は反南部氏の勢力と手を結ぶことで勢力拡大を図ることができたが、天正6年の浪岡御所攻略により、時の日の本将軍である安藤氏の逆鱗に触れ、少しづつ劣勢に立たされるようになってしまった。
「十腰も今は緊張状態が続いている。為信様の部下もわんどの仲間もだいぶなくなっただ・・・」
「旦那さんは?」
「つい先日亡くなっただ。
不幸中の幸い、正室の息子が元服して跡目を継いでいる。ただ・・・寂しいものだ・・・」
同じ境遇の人はそこら中にいる。だらか自分一人が悲しんでも仕方がない。
そうおゆきはいうが、それでも一花と静江にとっては結構くるものがあった。いくら聞く前に覚悟をしていたとはいえ。
「それでも為信様達はわの村を中心に津軽を守ってくれると信じている。
まぁ一花や静江から教わったことも頼りにはしているんだけどな。
子供達が、村が少しでも無事でいられるように今も毎日頑張っているだ。」
おゆきはそう言って笑った。自分を奮い立たせようとするような笑いだった。
「やっぱりおゆきってすごいなぁ・・・私たちより遥かに上にいるよ。
私たちがこんなに醜い言い争いをしている間に、村や子供達のために手を尽くしているんだから。」
「・・・そたらにすごくねぇ。わだっていまだに未熟ものだ・・・」
おゆきの声のトーンが誰の耳で聞いてもわかるレベルで落ち込んだ。親友や旦那がいなくなった時以上に
「十腰が荒れる2~3年前から、わは村のまとめ役になって欲しいと言われるようになっただ。村長みたいなものだ。飢饉の時や為信様とのやり取りを見て、みんながそれを望んだだ」
但し、厳密には村長ではないという。まだ男性社会だったこの時代に女性の首長は皆無であり、十腰内も例外ではない。世間体を考えて村長は男性がなって、おゆきはその補佐という建前で運用しているそうだ。
「農作業、相談役、巫女・・・・
仕事の内容も増えてきて、子供と話す時間が少しづつ減ってきてしまっただ。」
十腰内の村人もおゆきが村長代理になる前から依存傾向が見られたが、村長代理になったことで、一層頼られるようになったという。
「だからだろうな1番上の子・・・・太郎を追い詰めてしまったのは」
おゆきは懺悔というより自傷しているような調子で話を続けた。
「太郎はな・・・本当できた子でな・・・。
わがいない時には下の子たちの面倒を見てくれるくらいしっかり者だっただ。
だから忙しかったのもあって、太郎に下の子達の面倒を全て投げてしまっていただ。
もっと・・・もっとまめに声をかけてやるべくだっただ。」
他の村人の支えがあったとはいえ、親と中々会えないのは苦痛だったのだろう。
弟達の気持ちを背負う長男という立場なら尚更だ。
「そして十腰がいよいよ危険になってきた時、太郎が突然戦に参加すると言い出しただ。」
この時代、若くして戦にでる若者は少なくない。
だからと言って、それを望まない母親も少なからずいる。
おゆきもその一人だった。
「わは全力で反対しただ。
『まだ元服前なのに何生意気なことを言っているんだ。それに太郎は十腰で農家を継ぐんでねぇのか!』ってな
あの時はかなり厳しい言葉を使っていた気がする。普段は気をつけているのにな」
歳を重ね、感情をうまくコントロールしてきたはずのおゆきだが、子供のことになると、どうしても冷静でいられなくなってしまうみたいだった。
「村の衆とも協力して、なんとか説得できた。
できたと思ってただ。
その日の晩、わは太郎さ呼び出されただ。」
「こたら夜中さなにしてるだ。
もうとっくに寝る時間だぞ。
まさかまた戦さでるとか言うんでねぇか?」
「・・・・」
「なんでわばここさ呼んだ?」
「かっちゃ(母)・・・かっちゃは、わのことばどう思っているだ?」
「そりゃわにとっては、太郎も次郎も三郎も四郎も全員わのめごい息子達だべ。
一人たりともかけて欲しくねぇだ」
「本当にそう思ってるか?」
「あぁ」
「ならばなしてわんど兄弟を置いて寄り合いや殿様のところばかりに行くんだ?
みんなかっちゃと一緒にいたいって、口には出してないが、思ってるだ。」
おゆきにとってこれは痛い話だった。
十腰内の村長代理として、為信の相談役として、多くの時間を取られ、隙間時間も農作業や巫女としての仕事で埋まってしまい、側から見ても詰め込みすぎな量の仕事をこなしていた。
だからこそ、自分の子供達との時間を削ってしまい、それが子供達の精神状態に悪影響を与えていた。その現実を今ここで突きつけられた形だ。当の息子によって・・・。
「わは太郎達のかっちゃで間違いない。だが同時にこの十腰の、そして津軽の安全を担っているだ・・・。
わがここでこの仕事を辞めてまれば、巡り巡っておめたちの明日すらなくなってしまうだ。」
「・・・なぜかっちゃがそこまで村のことば背負い込んでるんだ!
村にはかっちゃより歳をとった男衆はいっぱいいるべな。
なんでかっちゃばっか働かねばならねえんだ?」
「・・・男衆は農作業や村の守りで忙しいだ。
しかも村をまとめられる人が中々育ってねぇだ。
・・・そのせいで太郎達に迷惑を変えているのは、本当に申し訳ない。」
「・・・・だからこそだ!
だからこそわがかっちゃの代わりになるだ!!
早く独立して、もっと力をつけて、戦で名を上げて、そして村をまとめ上げてやるだ!
とっちゃより偉くなれば、村の男衆も認めてくれるようさなるだ!!」
「話を急ぐな!
その話はさきたしたばかりだろ!
太郎はまだ元服前なんだ!もっと後になってからでも遅くねぇだ!」
太郎が再び村を出て戦に向かおうとしていることを知り、おゆきの語気は荒くなった。
「わが独立するのはかっちゃの為を思ってだ!!
それはさっき言っただ!
なのにかっちゃは何も聞いてくれねぇ!何もわかってねぇ!
わたちのことはやっぱりどうでもいいんでねぇか!」
そういうと太郎は村の外へと駆け出した。
「ちょっと!待つだ!太郎!!
話をちゃんと聞くだ!このまま外に出れば野盗さ襲われてまるだ!!
戻ってくるだ!太郎!!」
おゆきは必死になって太郎を追っかけた。
だが太郎の姿はあっという間に闇夜へと消えていった。
「親友を失ってから、わは可能な限り人の気持ちを尊重して話すように心がけてただ。
その結果、村をまとめることはできただ。
だが・・・肝心の・・・肝心のわの息子達の気持ちは汲み取れていなかった。」
おゆきはここまで一気に話たあと、少しだけ深呼吸をした。
内容が内容なだけあって、心身ともに疲れたのだろう。
「次の日、村を挙げて太郎を探し回ったけど、見つからなかっただ。
そのうち時間を取ることができなくなってきたのもあって、捜索は打ち切りさなっただ。
・・・・そして1年経ったある日、太郎の亡骸が見つかっただ。
一通の手紙を握りしめたままの・・・。」
心なしか、おゆきの声が少し涙まじりになったように聞こえたが、それでもおゆきは気丈に話し続けた。
「手紙には、あの場では勢いで話してしまったことを後悔していると。
勝手に村を飛び出して、わや弟達に迷惑をかけてしまったことを謝りたいと。
そして、もし村に戻れるなら、1から村をまとめるためのやり方を学びたいと書かれてあっただ。」
おゆきはここまで話し終えると、また一呼吸おいた。
というのも・・・・。
「ま~た泣いているのか二人とも。
本当何回目だかな。」
「だってぇ・・・だってぇ・・・おゆきも太郎君も悪くないのに・・・なんで・・・なんで・・・」
「どうして・・・どうして神様は、こんな残酷な仕打ちを・・・・」
「本当二人ともめごい奴らだなぁ。
まぁわがばさまになってまっただけなのかもな。はははは・・。」
2つの涙に混じる穏やかな笑い声。それがこの日の全てだった。
「まぁ太郎のことはわが至らないせいで招いた話なのは間違いない。
もっと男衆に村のことば任せられるように色々教育するべきだったし、
為信様の所や神社に行くときも、子供達を連れて行くという手段もとれたはずだった。
あの夜の太郎とのやり取りだって、わがもう少し太郎に寄り添った言い方ができていたら、太郎があんなことになることもなかったろうに・・・。」
「そんな・・・おゆきがそこまで背負い込まなくてもいいでしょ・・・。
おゆきはみんなの為に必死にやってきたのに、そこまで自分を悪く言わなくてもいいじゃない。」
「これはわに対しての戒めだ。
同じ過ちを繰り返さないためにな。
それにもう一人で完璧にこなそうという気はねぇ。
そこまで詰め込めば、同じことの繰り返しさなってまる。」
「・・・・本当逞しいね・・・おゆきは」
「そうか?
今でも時々落ち込むど。
まぁさっきは2人が居たおかげで少し楽になったけどな」
おゆきは少し照れくさそうに笑った。二人も釣られて笑った
「あまり湿っぽい話を続けるのもよくねぇな。この話はこれでしまいだ。
聞いてくれてありがとな。一花、静江。」
「そんなことないよ・・・私が話してほしいって言ったんだし」
「知りたいたかったことを教えてもらえたし、おゆきの負担が減ったなら、それでよかったと思うわ。」
「あははは・・・わだけでねぇ。
人は誰でもこれくらいの荷物を背負っているものさ。
ある程度の年になったらな・・・
あとは戦さえ終わってくれれば、これ以上犠牲者が出なくて済むのだが・・・。」
「・・・あと2年・・・」
おゆきが話終わるタイミングで静江がつぶやいた。
「え?静江?なんか言った?」
「あと2年したら、きっと戦は落ち着く。前にも言った偉い人・・・太閤様に認めてもらえれば・・・。きっと津軽に平和が訪れるはず。」
「太閤?」
「名前で言った方がいいわね。
豊臣秀吉という、日本全土を支配することになる男よ。
彼とのつながりを作ることで、津軽は独立することができるわ。
10年前に言った、野駆けで取れた鷹を献上品として送れば、独立しやすくなるわ」
「し、静江!大丈夫なの?
こんなに話して?」
「さぁね・・・。でもきっと誤差の範囲内に収まるわよ。
もう歴史改変がどうのと悩むのはやめた。
どうせこうやっておゆきたちの時代と話ができている時点で、歴史に影響は出ているに決まっているわ。でもそれをいちいち悩んでたって、私たちにはどうすることもできないわ。
そんなことより、おゆきが助けてくれた上に、ここまで心を打ち明けてくれたのよ。
こっちもここまで話さないと対等じゃない・・でしょ」
「いいんか?静江?」
「ええ・・・」
静江は意を結したように頷いた
「ありがとな静江・・・。戦の終わりが見えただけでも心が楽さなっただ。
あと2年すれば。十腰に平和が訪れる」
「私も嬉しいけどなんか複雑だな~
静江がここまで澱みなく説明できるようになると、私の出番無くなりそう。」
「せっかくだし次のお告げも私がやろうかしらね。
私は一花と違って、今までの知識を基に話をするから、話が明後日の方向に行くことはないわよ~」
「ブーブー。それってアドリブに弱いことの裏返しじゃない~」
「それよそれ。直感だけで話すから迷子になるのよ」
「あはははは。いずれにせよ2人ともその場限りの軽率な発言には気をつけような。
まぁわも人のことを言えないんだがな。」
ようやく戻ってきた二人の日常に対して、おゆきは自戒の念を込めて釘を刺した。
「みんな落ち着くために柴胡の根っこでも齧るか!
きっと気持ちも軽くなるべ。」
「それ・・今の津軽にないでしょ。きっと。」
「流石だな静江。明から入ってくるものしかねぇだ」
「ま~た私を置いてきぼりにして~。少しは私にもわかる話題にしてよ~」
「あ、明といえば、こないだ鯵ヶ沢に明の船が流れ着いただ。
残念ながら船員はみんな亡くなっていただ。
当然積荷もほとんどやられてまったのだが、無事だったものもあって、それは為信様への献上品さなっただ。
その中に、さっき言ってた柴胡と、あの、あのりんごがあっただよ!
わもひとつだけ分けてもらったんだが、これがうめぇのなんの。
こたら甘くて美味しい果物初めて食っただよ」
「とうとうりんご食べることができたんだ🎵
やっぱいいよね~甘くて程よく酸味があって、シャキシャキして」
「私たちが食べているりんごとどこまで同じかわからないけど、りんごの話題を共有できるようになったのは、喜ばしいことね。」
「あれれ~静江ちょっと硬くなってない~」
「んだんだ~もっと気楽にするべ~」
「んも~2人ともちゃかさないでよ~」
何かとおゆきと縁のあるおゆきとりんごだが、20年の時を経てようやく巡り会えたみたいだ。
「まぁ殿様は気に入らなかったみたいだけどな。
おかげでわんどはりんごにありつけたべ。
あ、でも息子の信建様は美味しそうに食べてたっけな。」
「え?息子?おゆきの?何番目の?」
「違うわ・・・きっと為信様の嫡男の・・・」
「あぁ。静江の言うとおりだ。やはり詳しいべな」
「ちょっとだけだけどね」
静江でも名前しか知らない為信の嫡男。調べておく必要がありそうだ。
「信建は為信様と違って気弱な感じはするが、聡明なお子様だ。たまに身体を壊すことがあるけど、わんどがしっかり見守ってるだ。
太郎や次郎で犯した過ちは、残った子供達だろうと信建様だろうと、するつもりはねぇべ。」
この話ぶりでは、おゆきは信建の乳母に近い立場にもいるのだろう。入れ込み方が実の息子に匹敵するようにみえる。
「ちなみにりんごはわの息子達も食べたぞ。三郎も四郎も大層喜んどったで。
・・・・・なんかそろそろ終わりの時間がきたんでねぇか?
10年前も・・(ザザッ)・このくらいの時間だったはずだ・・・。」
おゆきがそういうと同時に音が乱れ始めた。終了の合図だ。
「・・・本当。とんだ神通力ね」
静江は半ばあきれるように言った。
「あはははは。本当にそんな力があったら、もっと上手く物事を進められているだよ。
ま、上手くいかねぇのもまた運命ってやつだけどな。」
そう言っておゆきは笑った。その声も少しづつ聞こえづらくなってくる。
「また・・・話せるといいなぁ・・・。」
「さぁどうだべな・(ザーー)・・。わが生きて・(ザーー)・・・るかもな・〈ザーーー〉・・」
「も~。そんな不吉なこと言わないでよ~」
「な~に。なる・・〈ザーーー〉・しかならん。だか・・〈ザーーー〉・互い・〈ザーーー〉・・ぱい。生きるべ!!」
その声を最後におゆきの声は聞こえなくなった。
まるで次もあるかのような調子で・・・・
「結構話したのに、今回も話し足りなかったなぁ~」
「時間的には十分すぎるほど話しているんだろうけどね。
でも私も、もっと話したかったわ。
あんなお見苦しいものをお見せしなければ、もっと話せたろうに」
静江は先ほどの号泣を思い出して赤面した。
「あはは。お見苦しいのは私もだね。私も。
・・・・・よし!決めた!」
「何?」
「私ね・・ちゃんと歴史の勉強して、将来歴史がく・・・」
そこまで口にするかしないかのタイミングで一花の意識は遠のいていった。
沈みゆく意識の中。静江の叫び声が聞こえたが、一花にはどうすることもできなかった・・・。
次回