Radio TeRec 第一週
「それでなぁ~五郎兵衛に言い寄られているんだけどな、わ(私)の中ではあれはいけずな(嫌な)やつだから、断ってやっただ。したら昨日から付き纏いがうるさくてうるさくて~」
「あははは・・・そうなんだ~」
すっかり話に夢中になっているおゆきに一花はついていくのに精一杯になっていた。
さっきまで深刻な話をしていたのがまるで嘘のようだった。一花が話すのが困難な状況下なので、色々話してくれるのは助かるのだが、ここまで勢いづくとは思いもよらなかった。
別の話も聞いてみたいのだが、向こうの情報を”声”と”音”でしか知ることができないので、どんな話題が通じるのかは手探りにならざる得ない。
どこかに地雷があったらどうしょうとも思うが、そもそもこの人に地雷はあるのだろうか・・・・。
(う~ん。どうしてこんなことになったんだっけ?ただのラジオだったのに・・・)
一方通行で会話が進むラジオ番組のように、止めどもなく流れ続ける話をぼんやりと聞きながら、一花はことの始まりについて思い出していた。
「しばらく入院する必要があります。」
大道寺一花が高校3年生になってから半年が経ったある日、授業中に倒れてしまい、かかりつけの病院で処置を受けた後、医師からこう告げられた。
自分は普通の人と違い、無理できないのはわかってるつもりだし、幼い頃からの付き合いの病だから、倒れないように対処できていたはずだった。だから倒れた理由は正直自分でもよくわからない。
検査の結果、肺に水が溜まっていたらしく、心臓にも負荷がかかっていたらしいので、いろんな機器を身につける必要があり、身動きが取れなくなっていた。
一応スマホは持ち込めるのだが、治療の影響で、指を動かすのも億劫だった。
だから窓の外の木を眺めることが日課となっていた。
そんなある日・・・・
「なんか最近減ってきたな~。葉っぱの数・・・・」
すっかり色づいた木の葉っぱの数を数えながら、いつものようにぼんやりと外を眺めていた。
すると
「〈ザーーー〉・神様・・〈ザーーー〉・・の神様。どうか・・〈ザーーー〉の村ば救ってけねか?」
ノイズ混じりの奇妙な声が静かな空間に響き渡った。切羽詰まったような、それでいて妙な親しみやすさを感じる声が。
「あれ?いつから電話つながったのかな?
ていうかなんでノイズが混じっているの?
誰だろう?お母さん?静江?」
辛い体に鞭打って、スマホを手にとってみるが、何故か通話になっていない。そもそも今の電話で、ここまでノイズが混じることなんて考えられない。音の主はもっと別の場所だ。
「!!!
神様!答えてくれたのかい!わの願いを聞いてくれるのかい。でんわだののいずだのよくわからねぇ言葉言ってたけど、答えてくれるんか?」
一花の声が聞こえていたのか、奇妙な声の主は興奮して捲し立てた。
途切れることのない声のおかげで、一花はその声の発信源を突き止めることができた。
それは祖父の形見であるラジオだった。
一花は祖父のことが好きで、幼い頃はよく祖父に遊んでもらっていた。病気であることがわかった時も、色々と手を尽くしてくれた。
そんな祖父が亡くなる前に一花にプレゼントしてくれたのが、このラジオだった。
すでに壊れて機能していないポータブルラジオだったが、レトロなデザインが気に入ったのと、何より祖父のプレゼントということで、お守りのように家で保管していた。
今回入院するときも、両親にお願いして、持ってきてもらったのだ。
さて、そのラジオがなんの偶然で聴けるようになったことは受け入れたとしても、自分の声がラジオを通じて向こうに通じることは普通に考えてもありえない。今のスマホから聴くものならいざ知らず、昭和の遺物感満載のポータブルラジオにそんな機能あるはずがない。
つまりこれはどこかのラジオ番組を偶然受信して、それが偶然会話しているっぽく聞こえていると考えるのが自然だ。
「あははは・・・偶然って怖いね・・・。おじいちゃんからのプレゼントかな・・・。できればトーク番組じゃなくて、ヒーリングミュージックの方が聞きたかったなぁ・・・・」
ラジオを手に取り、色々ボタンやダイアルをいじりながら、独り言のつもりで呟いた。
「ん?ひーりんぐ?
神様?言ってることの意味がわからねぇよ。
というか、わの訴え聞いてくれてるのか?」
「なんか微妙に訛ってると言うことは、地元のコミュニティーラジオかな?でもあまり方言が全面に出ていないから、ポットキャストのことも考慮してるのかな?」
「らじお?きゃすと?なんのことだ?それって神様の名前だか?なんだか異国の人の名前みてぇだな。でも声はここのおなご(女の子)っぽいし、なんだか訳がわかんねぇな~」
「せめてBGMがバックにかかってくれてもいいんじゃないかなぁ。だからといってトークだけの番組を否定してるわけじゃないんだけどね~」
「んんんん?なんか訳わからねえで否定された気がするなぁ。さきたからわけわかんね言葉ばっか喋るなぁ。びーじーえむ?とーく?異国の神様か?」
「じょ、冗談よね・・・」
流石にここまでやり取りが成り立つのは無視できなかった。これは地元のコミュニティーFMのコーナーなどではない。このラジオは向こうにも声が通じているのだ。
さて、ラジオで他人とやり取りできることを受け入れたとして、このまま会話を続けていいものか。何せ相手の情報がなさすぎて、何を話せばいいのかわからない。この子は誰で、いったい何を求めているのか。それを知らないことには、会話は成り立たない。そもそも現在の一花の体力的に、長く話すことはできない。
どうやって情報を引き出せばいいのだろうか・・・。
ただ、悩んでいたら、ただでさえ怪しまれているのに、かえってラジオの向こうの人に不信感を与えてしまう。ただでさえ変な空気が流れ出しているのだ。幸い願い事があると言ってたので、その願いを聴きつつ、情報を聞き出すことにした。
「ごめんなさい。ぼーっとしてたから異国の言葉を話してしまったみたい。あなたの相談とやらをもう一度言ってもらえる?」
「はぁ・・神様でもふなこくんか?」
「まぁそんなところかな。それで一つよろしく。」
「なんか神様の割に随分と軽い感じがするなぁ・・・。わんどと同じ年頃の娘の声にも聞こえるし、うーん」
(ドキドキ、ドキドキ)
声の主に怪しまれてしまっているが、ラジオの向こうの人が、どうも親しみやすい感じがしたのもあってか、あまり敬語になれなかった。悪い意味で緊張感が持てなかったと言える
「・・・・・まぁいい。とにかくわの不安を聞いてくれるなら、異国の神様でもなんでもいい。
聞いてくれるんだよな?」
「(ほっ)も、もちろんよ。まぁ私がわかる範囲ならなんでも」
とりあえず受け入れてはくれたみたいだ。
「でだ、わの村のことを・・・」
「ちょっと待って。流石にいきなり相談されても状況が飲み込めないよ!
まずは名前と住んでる場所を教えてくれないかな?
まずはそこから!」
「そんなものか?神様だからわとわの村のことは知ってると思ってただが・・・・
まぁ知ってたら最初からこんな酷いことになってねぇか・・・
わは”ゆき”って名前だ。みんなからは”おゆき”と呼ばれているだ。
とこしでこめ作ってるだ。」
とこしという地名には聞き覚えがあった。かつて親友の深見静江と鬼について話をした時に、青森には、秋田のなまはげと同様に人を助ける鬼の伝説があり、その鬼を祀っている神社があるという。その神社があったのが、十腰内(とこしない)だったはず。
このおゆきと名乗る少女は、その神社、巌鬼山神社にいるのだろう。
いずれにせよ、とこしと言っているのだから、十腰内周辺に住んでいることだけは間違いないはずだ。
静江が言っていたのだが、あそこら辺はりんご畑が中心で、田んぼはあまりなかったはずではないか・・・
「お米ね~。最近の青森のお米は美味しいからね~」
「へ?あおもり?
どこだいそこ?わの住んでるのは十腰いうたろ?」
青森という地名を言われてわからないということは、少なくとも現在の日本ではない。
明治以前。もしかしたらその前かもしれない。
そのことは歴史がそこまで得意でない一花でも理解している。
つまりこの少女は、過去の十腰内村にある神社を通じて話しているということだ。
過去の人と話ができるというのは、本来ありえないことだが、壊れたラジオがラジオの本分とはかけ離れた・・そう、電話のような働きをしているのだ。もはや何が起きても驚くほどではないだろう。
今はそれより、このおゆきの要望を聞くことに専念しよう。
「ごめんごめん。十腰内だったわね。それで相談事って何?」
「実はな・・・こないだ大水があってな。村の籾の大半がなくなってしまっただ。それだけでねぇ。村人もほとんど流されてまって、人手も足りなくなってまっただ。このままではみんな飢え死にしてしまうだ。」
「なるほど。大水で種も人も減ってしまったから、田んぼを耕すことができない。そういうことでいい?」
「んだ」
さて困った。親族に農業をやっている人はいるのだが、一花自身はそこまで専門家というわけではない。今よりはるかに劣悪な環境で、これだけ酷い条件から、村の田んぼを復旧させるのは、一筋縄ではいかない。
だからと言って、このままごめん分かりませんで終わらせるのは、なんか嫌だ。
困っている人を可能な限り放っておきたくない。
今はおゆきの話を掘り下げながら、打開策を考えるしかない。
「まずなんだけど、種籾はどれだけ残っているの?」
「よくはわからねぇだが、多分俵1つ分になるかならねぇかしかなかったはずだ。」
昔親戚の手伝いをした時に聞いたのだが、田んぼ1反には半俵くらいの種籾が必要と言われた。
確か収穫量は、当時の基準で6俵になる。これでは1家族を維持するのすら困難である。多分残った十腰内の村人は、少なく見積もっても、数十人はいるはずだ。おゆきが言うとおり、本当に全員飢え死にしてしまう。しかも大水(洪水)により、担い手が不足している状態なので、この状況をどのように打開すればいいか、案を出すのも困難だろう。
この村だけで、この問題は解決できないだろう。この村だけで行おうとすればだが
「十腰の周りにも村はあるよね?そこはどんな状況なの?」
「どこもみんな同じだ。人もいなければ籾もねぇ。あったとしても、余裕はねぇから、助けはもらえねと思うで。」
自分で一杯一杯になっている人は、生きることに必死で、とても人助けなんてできない。それは村の単位でも同様だ。
助けとは、余裕があるからこそできるのだ。
(う~ん。どこも余裕ないのか~。これじゃあ助けてもらうことはできないかぁ・・・・大水さえなければなぁ・・・・。あれ?大水の被害って・・)
一花の頭の中に、解決の糸口になりそうなことが浮かんだ。一花とおゆきだけでは無理でも、あるいは・・・。
「十腰やその周りの村が大水の被害にあったことは分かった。なら少し離れたところにある村なら、大水は起きていないかもしれない。もしかしたらそこに行けばなんとかなるかもしれないよ。それこそ村の田んぼを復活させることができる稲を育ててるとか…
おゆきは噂とか聞いたことない?
最近近くの村で大水以外に起きた出来事とか。」
「う~ん。なんかあったかなぁ・・・・。そういえば大浦でお殿様に新しい子供っこが生まれて、米がたくさん収められたって話聞いたなぁ。羨ましいべ。わんどにも分けてほしいべ」
「流石に殿様からは恵んでもらえないでしょうね~。残念ながら頼ることはできないよ」
「あと、鯵ヶ沢の海辺さ、明の船が流れ着いたらしいで。積荷にはうめぇ食べ物が山ほど積んであって、鯵ヶ沢の連中がみんな食ってまって、役人にこっぴどく怒られたらしいで。怒られてもいいから食ってみたかったなぁ~」
「流石に毎回船は流れつかないでしょ。あと勝手に人のものを取るのは感心しないね」
「あはは。神様の前でこれは御法度か」
おゆきの態度は、とても神様を相手にしているように見えないが、それは一花の話かたが、どうしても威厳のあるものではないせいかもしれない。一花は特別格式のある話し方ができないわけではないが、おゆきの言語外に感じられる親しみやすい、実家のような空気感に、安堵して砕けた口調になってしまったのかもしれない。
「もうないの?他の村の噂話は?」
「う~ん・・・あ、そういえば駒越は大水の被害がなかったのもあって、去年と同じくらい米が取れたって言ってたな。しかも1束の稲からかなりの量の米が取れるって言ってたな。あと寒さに強い稲もあるって言ってたな」
「え?」
「大浦にこめを納めた後も、まだ十分すぎるくらいの米俵があるって言ってたな。」
「それだ!それ!ごほっ!ごほっ!ごほっ!」
あまりの興奮に咳き込んでしまったが、ようやくなんとかなりそうな情報が手に入ったので、無理もない。
「大丈夫か?駒越に何かあるのか?」
「えぇなんとか。十腰内から駒越まで行くとしたら、どれくらいかかりそう?」
「まぁ急げば半日で行けるばて、普通なら1~2日はかかるてな」
「どう?仮に今から行ってと言われたら行けそう?」
「急がなくていいならなんとかなるべ。わはこれでも足腰は強い方だ。」
「それなら、駒越に行って、籾を分けてもらうの。十腰内だけじゃなくて、大水の被害にあった村々にも声をかけて、一緒に交渉するの」
「うーん。難しい話かもしれねぇなぁ。わの村では今の所ないけど、他の村の連中はよく喧嘩してるだ。さっき言った鯵ヶ沢でも、積荷の分け前の件で揉めたって言ってただよ。駒越についてはよくわからねぇけど、同じように揉めるかもしれねぇなぁ。」
「そうね。多分話を聞いてくれない村もあるかもしれない。でもおゆきみたいになんとかしたいと思って耳を貸す人は必ずいるわ。だから、そう言う人たちと協力し合えばいいよ。そして、その人たちと一緒に駒越まで行って交渉するの。この時、駒越の人たちが協力したくなるものを見つけることができたら、きっとうまく行くきがする」
「そんなものかなぁ?」
「残念ながら私も確実にうまく行くとはいえないけど、可能な限り手は尽くした方がいいと思うわ。そういえば十腰内にりんごの木って生えていない?」
「へ?りんご?聞いたことねぇなぁ」
「ごめん。聞かなかったことにして。まめしとぎは作ってる?」
「あぁしとぎやほしもちなら、わんどの村でも作ってるで。そんなもので納得してもらえるか?」
「物物交換は成り立たないのかなぁ」
「それこそ駒越でも作ってるべ」
「ぐぬぬ~」
そもそもお菓子レベルのものとお米では等価交換にはならない。交渉が生じるかどうか怪しいものである。情に訴えることもできないので、他に魅力的なものを見つけないことには、助けは得られないだろう。
「いっそのこと、そのしとぎは手土産ってことにするしかないわね。本当に駒込にあげるものは、もっと魅力的なものにすれば、きっと協力してもらえるはず。
こんな時に欲しがられるのは・・・労働力かな?」
「ん?どうゆうことだ?」
「いくら駒越が潤っているからと言って、農作業を行うための人手は、多ければ多いほどいいと思うの。だから駒越に十腰内で働ける人たちをみんな移住させて、そこで働かせて貰えばいいんじゃないかな」
「わの村を捨てろと言うのか!!
神様はそたら薄情なこと言うか!十腰の田んぼは、わのばっちゃ(祖母)の頃から守ってきた大事な田んぼだ!!」
「待って!落ち着いて!
まだ話の途中だよ!これが十腰内を元に戻すために必要なことなんだから、話を最後まで聞いてちょうだい!」
村を失うかもしれないと言うことで、おゆきは声を荒らげたが、一花は必死になってそれを宥めた。この案が本当に十腰内を救うものになるかどうか、その確信は一花にはない。でも、もしかしたらこれが最適解かもしれない。そんな根拠のない思いが、一花の途切れそうになる息を繋いでいた。なんとかこのアイディアを全て伝え切りたい。その上で審判を受けよう
「流石に動けない人もいるだろうから、その人たちは可能な限り村に残るの。残った種籾と田んぼを維持する人も必要だしね。でも働ける人は、駒越に限らず余力のある村に出稼ぎに行くの。もちろんこっちだってただ食べ物もらって働くだけじゃなくて、その沢山お米が取れる稲の育てかたや種籾の保管方法などを学ぶの。もちろん種籾も少しづつ分けてもらうのも忘れずにね。そうやって、駒越を中心にして、いろんな村から籾を分けてもらいながら、何年もかけて十腰内だけでやっていけるだけの種籾を融通してもらうのよ。いや融通というより稼いでくると言った方が適切かな。」
「あまり長ったらしくてよーわからねぇなぁ」
「要するに駒越で働きながらいねの育てかたを学んで、同時に籾を少しづつ分けてもらうのよ。籾は・・・寒さに強い方をもらったほうが、後々のこと考えると良いかもしれないわね。10年もあれば、きっと十腰内の田んぼも回復するはずよ。」
「じゅうねんというのがどれだけ長いのかわからねぇが、なんか気が遠くなるような話っこだな。借子(かりこ=借金をすること)になって働くって、なんか惨めったらしいなぁ」
「確かに最初は辛いかもしれない。でもこのまま手をこまねいて死ぬよりいいんじゃない。最終的にはちゃんと自分の田んぼに戻って来れるかもしれないなら、長い目でみれば、その我慢は一瞬のものじゃない?」
一花は自分の病気のことを忘れて捲し立てた。不思議とこの間の息苦しさは感じなかった。
「・・・・確かに、わんどのところだけで悩んでたってかちゃくちゃねぇ(ごちゃごちゃする)もんな。ごんぼほって(ごねて)ねぇで、借子さなるしかねぇか」
「流石に無策で行くと、永遠に下働きになるかもしれないから、ちゃんと村中で話し合って、少しづつ十腰内に戻れるような算段は立てておくこと。もちろん籾を十腰内に持ち帰るのも忘れずにね。そして、さっきも言ったように、十腰内だけでやっていけるだけの籾が揃ったら、独立のために交渉を行うの。その時、きっと揉める可能性があるから、腕の立つお侍さんを雇うといいわ。食べるのに困っているお侍さんなら、ご飯をお腹いっぱい食べれるから助けてっていえば、きっと助けてくれるはず。」
一花のこのアイディアは、実体験によるのもあるが、かつて見た映画から得た知識もヒントになっている。もっともその映画みたいに野武士に襲われることはないだろうが。
「まぁなんというか。うまく行くかどうかわからねぇ案だな。
でもなんか妙な説得力がある。
あ、神様だもんな。そりゃ説得力あって当たり前だな。
なんかあまりにも砕けた話方だから、同い年の友達と話してるみたいな感じがしただ。」
「あははは」
「とりあえず。神様の言う言葉信じて駒越さ行ってみるだ」
「よかった~そう言ってもらえて。それで相談に答えた甲斐があるわ」
「とりあえず話っこ聞いてくれてありがとうな神様。」
「う~ん神様か~。私は神様ってわけじゃないんだけどなぁ~。まぁ神様みたいなものなのかなぁ・・・・う~ん。なんかこそばゆいなぁ。神様だなんて・・・。」
「ん?どう言うことだ?」
「えーっと。できれば名前で呼んでほしいなぁって思っちゃったの。」
話がひと段落したので、冷静になって、神様と呼ばれていることに違和感を感じ、ついこんなことを言ってしまった。
何せ、いつもの何十倍も頭を回転させて話をしたせいで、すっかり緩んでしまったのだ。
「名前?そういえば神様には普通名前っこあって当然だもんな。なんかさっき言ってたらじおとかってのが名前か?それともりんごっていうやつが名前か?」
「そ、それは名前じゃないよ。確かにそんな名前の人もいるけど・・・
う~ん、なんて説明すればいいんだろう。」
「ん?説明っこが必要なものなのか?神様の名前っこは」
「・・・・そういえばおゆきはおゆきは今私の声をどこから聞いているの?」
「ん?神社の境内で話っこば聞いてるんだが・・・ん?なんかよく考えたら、境内じゃないところから聞こえてるような気がするだ。ちょっと待つれ」
そう言っておゆきは何かを探し始めた。一花はその間、乱れ始めていた呼吸を整えていた。
「う~ん違うな・・・・ここでもない。ここでもない・・・・」
「ふぅ~はぁ~ふぅ~」
「・・・あ、聞こえた!ここだここ。神様の息遣いが聞こえるべ」
どうやら声の元に辿り着いたようだ。
「私の声が聞こえる場所・・・見つかった?」
「あぁ間違いない。ここだ。大きな杉っこから聞こえるだ。」
「杉の木・・・・そっか。杉の木から聞こえているんだ・・・」
「神様は自分の姿が見えねぇのか?」
「うん。実はおゆきも声しか聞こえてないの。」
「めくら(目が見えない)ってことか?神様なのに?」
「私は別に杉の木そのものじゃないの、杉の木を通じておゆきと話しているのよ。」
「はぁ」
「おゆきが杉の木から私の声を聞いているように。私もあるものを通じておゆきの声を聞いているの。そのものの名前がラジオっていうの」
「つまり神様のところにもこの杉っこみたいなのがあって、それを神様はラジオって言ってるだか。なんかよくわからないがわかった気がするだ」
「あははは・・・・まぁそんな感じでいいよ」
正直電話だのラジオだのの概念はうまく共有できるものではないのだが、とりあえず自分の名前をラジオにされる危機だけは避けることができたようだ。
「そういえば神様の名前っこ聞いてなかったな。なんて名前だ?」
「あははは。盛大に寄り道しちゃったからね・・・
一花。一つの花って書いて一花って言うんだ。」
「いちか・・・花・・・たげめごい(とても可愛い)名前っこだな」
「そう?」
「なんか神様っぽくない名前っこだな」
「・・・・そうだね」
「さっきも思ったけど、話していると神様というより友達と話している感じがしてならねぇし・・・」
「・・・」
さっき否定したんだし、このまま神様ではないことを納得してもらえるのなら、確かに気は楽になる。ただこの時代で、不可思議な現象に出会った場合、神様ではなかったら、物怪の仕業とされる可能性がある。変に持ち上げられるのも苦手だが、だからと言って、せっかくここまで相談に乗った子と、ここで仲違いになるのだけはできるだけ避けたかった。それくらい一花はおゆきにひかれていた。
「ま、いっか。なんかわを騙そうとしているもっけ(物怪)なら、神様だって言い張るだろうし、それに声の感じからしても悪い子じゃなさそうだべ」
「そう?」
「あそこまでわの話っこさ真剣に向き合ってくれたんだ。そたらこともっけも神様もせんべ」
「いい?神様でなくても?」
「あぁ一花は悪いもんじゃねぇ。だから神様でなくても信じる」
「あ、ありがとう・・・・こんな得体もしれない話を信じてくれ・・・ごほっごほっ!」
安心したせいか、ついさっきまで肺に水が溜まってきたせいなのか、ここにきて無理したのが一気に出た。
「!!
どうした一花!!苦しいのか?病か?」
自分の病気について説明するにはとても息が続くものではない。そもそも、自分の病気は、おゆきの時代にもあったものなのだろうか。
「・・・・考えろ・・・・考えろ・・・。ばっちゃがいいてたべ。確か・・・・」
今の症状は、おゆきと話すのに集中しすぎて、肺に過剰に負荷がかかってしまったのが原因だった。安静にしていれば、回復していくだろう。
「そうだ!思い出した!!あれだ。あれを使えばいいだ!
のう一花。今息が苦しいんだよな?」
「・・・うん。そうだけど・・・」
一花が咳き込んでから、ぶつぶつとつぶやいていたおゆきだが、何か思いついたようだ。
「息が苦しくなった時には乾燥したなつめの実とオケラ、おもだかの根っこ、あと生姜がいいってばっちゃが言ってただ。」
おゆきの祖母はかつて村で薬師をしていたらしく、野草から、輸入品やらいろんなものを仕入れては、村で治療を行っていたらしい。それを横で見ていたおゆきも時々教えてもらっていたそうだ。
現代の医療技術で見てみると役に立つかどうか不明だが、そういう心遣いだけでも、一花には嬉しいものだった。
「あ・・・・ありがとうおゆき・・・。今度先生にあったら相談してみるよ。今はこのままでもなんとかなると思う」
「本当か?声は最初より弱々しいし、息も苦しそうだから、あまり安心できねぇなぁ」
「確かに・・・少しだけ苦しいかもしれな・・・・ゴホッゴホッ」
「あまし無理して喋るな。」
「でもね・・・なんかおゆきと話しているとなんか安心するんだよね・・・・根拠はないんだけど。」
「あはは。わもなんか一花と話してたら楽しいだ。多分わと一花は友さなれるべ。最初は神様と思ってたけどな」
「ありがとう・・・・なんかもうあまり話できない気がする。少し休ませてもらっていい?」
「いいっていいって。その代わりわの村であった話っこたくさんして、一花の気持ちっこばよくしてやるだ」
「あはは・・・ありがとう・・・」
「じゃあ今のわの村のわげもの(若者)たちの話だけど・・・」
「なんとかふってやっただが、正三ってやつもほんじなし(意気地なし)でな。とっちゃ(父)の頭ばわけて貰えばいいばて、それでわと釣り合うかって言われたら、なんか微妙なきもするてな」
「あはは・・・そうなんだ。」
かれこれ1時間はおゆきの話に付き合っている。一方的に話してくれるので、気晴らしのラジオになっていいのだが、おゆきが話に夢中になってしまったので、どこで話を切ればいいのかわからなくなっていた。ただ、そんなおゆきの声に安心感も感じていたのもあって、なんかこのままでもいいのかなぁとぼんやり思っていた。
「そういえば一花にはそういう相手はいるんか?
っていけねぇ病人さこたら繊細な話っこ聞くべき出なかったな。」
「え?あ~言い寄られる経験ね。
そういえばあんまりないな~。友達ならいるけど」
容姿に関してはそこそこなので、声をかけられたこともあるが、病気のこともあって、怖気付いている男子の方が多い。それは同性の友達についても同様で、一花から話しかけた数人以外とは、あまり交流はない感じだ。一花自身はその点については、そこまで悩んでいない。
「でもこんな感じで話せるのは一人しかいないかなぁ~。今この瞬間まではね」
そう言って一花は自然とはにかんだ。そういえば静江ともこんな感じで真剣な話をして、それから仲良くなっていったんだっけ・・・・。そう思いながら。
「わもこたらに気楽に話せるのはあまりいねぇ。まぁいるにはいるんだがな。
こやってまた新しい友っこができたのは、(ザザッ)神様の思し召しだな(ザザッ)」
「そうだね。やっぱり神様っているんだね。それを確認できた・・・あれ?」
なんか少し向こうの”声”が遠くなったような感じがした。
もしかしたら・・・・この通話もここでおしまいなのかもしれない。
そして、それは一花だけが感じたものではなかった。
「なぁ一花・・・もしかして〈ザーーー〉わの声〈ザーーー〉」
「うん・・・聞こえづらくなってる。
もうお終いなのかもしれない。」
「これで終わりなんて〈ザーーー〉、なんか寂しいなぁ・〈ザーーー〉・・」
「私も寂しい。もっと元気だったら、おゆきともっとお話したかったのに・・・」
「なんかすまねえなぁ。わばっかかちゃいで(騒いで)。とにかくわがいった薬っこのんで、早く治すんだど」
「うん。なんとかするよ。おゆきも十腰内が元の豊かな田んぼに戻るといいね。」
「最初は神様になんとかしてもらうつもりだったけど、一花と話すことで、わんどでなんとかしてみようって気になったべ」
ここでラジオが途切れたら、二度と話すことができないかもしれない。
そんな思いからか、二人は思い残すことがないように話し出した。
一花も病気のことがあるので、話せるだけ話ておきたかった。
「そういえば最後にいいか?」
「ん?なに?」
「さっきからなんか頭の中に引っかかってて離れねえんだけど、りんごってなんのことだ?」
「!!!」
ここに来てりんごの話に戻るとは思っていなかった。
先ほどもりんごを一花の名前と勘違いしてただけあって、
どうしても知りたいらしい。
「えーっとぉ~。なんて言えばいいのかなぁ~。
あ、そうだ。赤い色をした、とっても甘い果物で、多分海の向こう側で育てられてるはず」
この時代にりんごが日本にあったかどうが、一花にはわからないが、仮になかったとしても、りんごの話を少ししたくらいで歴史が変わることはないだろうと思った。
御伽話の一種だと思ってもらえたら儲け物だ、
「そうかぁ・(ザザッ)・・しとぎより甘い果物だってんなら、食ってみてえなぁ。
〈ザーーー〉いつか食えるといいなぁ・・まぁまずは・・・(ザーッ)・け・・
(ザーッ)・ね・・」
「あ・・・」
どうやらタイムリミットらしい
「一花!・・・ど・(ザーッ)・さ・〈ザーーー〉・いて・・てな。だから・〈ザーーー〉・」
この言葉を最後にラジオは沈黙した。
こうして若干煮え切らない思いを残したまま、一花とおゆきの交流は終わったのである。
次回