Radio TeRec 2年後
前回
「はぁはぁはぁ・・・・」
「もーっ静江ったら~
どうしてこんなところでバテてるの~
まだ神社は先だよ~」
「ま、待ちなさいよ一花・・・。
貴方まだ病人なんだから、もっとゆっくり歩きなさいよ。
いつまた再発するかわからないんだから・・・」
軽々と先を行く一花に、息も絶え絶えになりながら、静江は言った。
いくら病気で運動が禁止されているとはいえ、基礎体力はそれなりにあるからか、なんの苦もなく坂道を登る一花とは対照的に文学少女であるがゆえに、坂道を登るのに慣れていない静江。
体力、知力は正反対だが、気の合う二人。
ここは十腰内地区にある巌鬼山神社手前。
2人は電車とバスを乗り継ぎ、バス停からは歩いてここまできた。
一花の体調を考えると、車での移動が望ましいのだが、一花の両親が仕事で忙しいのと、何より一花の強い要望により、こうした移動手段をとることになった。
「本当に無茶よね。こんなに歩くことになるなんて。」
「いいじゃんいいじゃん。健康第一健康第一♫」
「これじゃあ健康を害するでしょ・・・一花の場合」
万が一のことがあれば、最低限のことができるように、処置の仕方を医師から聴いてはいるが、基本的には何も起きない方がいいのだ。
もっとも、ここに来ることが、一花にとって最高の薬になるだろうとも思っているので、静江も一花の提案を受け入れたのだ。
「さぁ着いた着いた♫
いや~意外と県道3号線から近くにあったよね~
もっと山奥かと思ったよ~」
ポツポツと点在する住宅から少し小道に入り、緑に覆われた一本道をひたすら突き進むと、巌鬼山神社に辿り着く。
観光客が頻繁に訪れる神社と違い、人気は皆無に等しい。
地元の人間や歴史が好きな人など、一部の人間を除いて、この場所に事前情報もなく辿り着くのは難しい。
「はぁはぁはぁ・・・
やっぱり車で来た方が・・無難じゃない?
帰りもこんだけ歩くのはしんどいよ・・・。」
「全く静江はだらしないなぁ~
このままだともやしっこになっちゃうよ~
あ、今もそうか!」
「数年前までジャガイモだった人に言われたくないです~
そもそも一花だって息あがっているじゃない。」
「全盛期はこれくらいへっちゃらだったもん。
それに今は皮がむけてツルツルだよ~ん」
2人はそんな軽口を叩き合いながら、鳥居を潜った。
一花が肺高血圧で入院してから2年が経とうとしていた。
ICUに入っていた一花が、最終的に退院できるようになるまで回復するまで、1ヶ月はかかった。
本来ここまで急激に回復することはないので、医師からは本当不思議な子だと呆れられていた。
その後、リハビリをを何ヶ月か繰り返したのち、こうやってフィールドワークができるまでには回復したのだ。
とはいえ、まだ完治したわけではないので、2年経った今でも慎重に行動する必要はある。
「結構綺麗だよね~。
おゆきが掃除してくれたのかな~」
「今の管理人さんに決まっているでしょ。」
「もーっ静江ったらデリカシーがないなー。
せっかくのロマンチックな雰囲気が台無しになっちゃうよ~」
「ロマンなんて私たちには縁遠い概念でしょ。
でもまぁね。おゆきたち先人たちの努力でこの神社が残っていると思うと、感慨深いものがあるわね。」
病院入院中から受験まで静江と二人三脚で猛勉強をしたので、一花はなんとか地元の大学に進学することができた。明確な目標ができたので、習熟速度が早く、受験の頃には合格ラインに届くまで成績が上がっていた。
静江は静江で、同じ大学の医学部に入学した。
本当はもっと上の大学にも行けたのだが、学費の関係と、どうしても一花が心配なので、同じ大学を選んだのだ。
「あ。これね。静江が言っていた信建って」
「そう。おゆきが面倒を見ていたと言ってたね。」
「改めてその人生を見ると、居た堪れなくなるなぁ・・・」
神社の入り口近くにある立札を見ながら、二人はおゆきのいってた信建のことを再確認していた。
おゆきが面倒を見たという津軽信建は、おゆきとの最後のやりとりの後、石田三成の後見を得て元服、ゆくゆくは二代目津軽藩主となるはずだった男だ。
だが、周知の通り、石田三成が関ヶ原で敗北したことで、信建の名は津軽藩史から消されることになってしまった。現在彼についての記述がある資料は少ない。
「この事実をおゆきに話そうかと思ったけど、おゆきの希望もあって、伝えることはなかったわ。」
「こんな感じで、おゆきの足跡も歴史から消えてしまったということなのかな・・・。」
「どうかしら・・・そもそも一介の農民のまま終わる可能性だってあったわけだし、なんだかんだで残っているかもよ。信建様だってここにこうやって資料が残っているわけだし。」
「そうだよね。それを信じているから、私たちは今ここに来ているわけだし」
「うふふ。そうね、おゆきを信じましょう」
そう言って、2人は境内の横にある杉林へと向かった。
「どこにあるのかなぁ。おゆきが声を聞いた杉の木って」
「そんなに簡単に見つかるなら、すでに誰かが見つけているわ。
最悪今日一日では見つからないことも覚悟しましょう」
「それもそっか。地道に探すしかないかぁ~」
そう言って2人は”おゆき”がどこにあるのかを探し始めた。
途中で休憩を挟みながら調査すること4時間。
「ねぇ?」
「ん?」
「この杉怪しくない?」
「うーん。確かにそんな気がするわね。調べてみましょう。」
2人はここに来る前に事前調査を行なっていたが、その際、おゆきが何か目標を残してくれているのではという話になり、いくつか候補を検討してからここに来たのだ。
そして、境内から離れた杉の木に、二人が想像した通りの目標を見つけたのだ、
杉の木の幹にうっすらと浮かび上がったりんごのマークを
2人はその木に狙いを定めて、根本の土を掘り始めた。
「あ、あった!あったよ!」
「確かに・・・これは・・・間違いなさそう・・・」
杉の木の根本のかなり深い所に、檜の箱のようなものが埋まっていた。
壊さないように、慎重に箱を開けてみると、中には一通の手紙が入っていた。
意外なことに、古書特有の黄ばんだ状態ではなかった。
保存状態は良かったみたいだ。
慎重に開いてみると・・・。
「よ・・・読めない」
「当たり前でしょ。本来おゆきと私たちでは、言葉そのものが通じるわけないんだから。」
「そうでした。ラジオさまさまでした。」
おゆきとのやりとりは、今まで一花のラジオを通じてしか行われていない。
そのラジオによる雑な翻訳のおかげでかろうじて会話ができていたのだ。
もし本当にタイムスリップをして対話しようとしたら、お互いに何を言っているかわからなくて、会話にならなかっただろう。
手紙に書かれた文字が読めないのがその証拠の一つだ。
癖が強く、単語の意味もよくわからない。
ただ一つだけ読めるところがあった。
「あ、あった!あったよ!私たちの名前!」
「確かにあった。そして書いてある。おゆきの名前も・・」
そこには確かに二人の名前とおゆきの名前が書かれてあった。
「あぁ持って帰りたいなぁ。この手紙~」
「ダメなのはわかっているでしょ。ここに来る前にも散々釘を刺されてきたんだから。
今日は写真を撮って、この手紙は元の場所に戻しましょう。」
「は~い。そうですよね~。ごめんねおゆき~」
2人はここに来る前に神社の管理を行なっている人達と相談して、現状著しく毀損しないこと、必ず元の状態に復元することを条件に、境内横の杉林でフィールドワークを行うことを許してもらえたのだ。杉の木の根本を掘るのは、本来微妙な話であり、ましてやそこで見つけたものを持ち帰ることは、条件に反することになってしまう。ましてやこの文章は歴史的にも重要な文章になるかもしれないし、下手したら時間干渉の証拠として2人の人生にすら影響を与える可能性すらある。面倒なことになるかもしれないので、最適解とはいえないが、この手紙は元の場所に戻した方が、今後のためにもいいだろう。2人はあらかじめそこまで考えた上で、今回のフィールドワークを計画したのだ。
2人は手紙を写真に納めたあと、元の箱に納めて、土の中に戻した。
「帰ったらすぐに翻訳作業ね~」
「その前に休みましょうよ~。ただでさえ移動でへとへとなんだから。」
いきと同じルートを同じように戻らないと行けないので、静江はうんざりしながらいった。
正直一花も疲れていたので、今日は無理せず家に戻って休むことにした。
バス停まで戻ると、周りにはいっぱいのりんご畑が広がっていた。
「このりんご畑はおゆきが作ったってことでいいのかしら」
「ん~。おゆきの時代じゃりんご畑は広がらなかったんじゃないかなぁ。
余裕もなかっただろうし。本当にりんご畑ができたのは明治時代じゃなかったっけ。」
「畑は作れなかったとしても、口伝で作るように伝えてるかもしれないでしょ?」
「そっかなぁ?」
「そっちの方がロマンがあっていいでしょ?」
「え~。さっきロマンチックとは縁遠いって言いてたのに~」
「それは私たち自身の話。これは物語の話。」
「ぶーぶー。あーいえばこういう~」
軽口を叩き合いながら、2人はあることだけは同じように信じていた。
おゆき達が頑張ったからこそ、この豊かな十腰内があり続けていることを。
「う~ん。これはこんな感じの訳でいいのかな?」
「どうかしら?この資料によると・・・」
1週間後、2人は大学の資料室にこもって、おゆきの手紙の翻訳作業に勤しんでいた。
なかなか大変だったが、2人は根気よく作業を進めていた。
「嘘!なんでそんなことまで気が回るの!予言者?」
「当時から問題になっていたってことでしょ。
いつの時代もあるのよ、そういうこと。」
「成る程~そうやってこの局面を乗り切ったんだ~」
「・・・そうなんだ・・・だから歴史的には・・・・」
「・・・三郎君・・・四郎君・・・」
「伝わって良かった・・・・」
最後の会話からこの手紙が書かれるまでの間。本当にいろんなことがあった。
それをおゆきの手紙から感じることができた。
「やっと。やっとおゆきのメッセージを受け取ることができたわね。」
「本当時間かかったけど、やって良かったわね。」
「やっぱおゆきはすごいよ。最後まで驚かされたよ」
「おゆきが手紙の後、何年生きたのかはわからないけど、この手紙を残したということは、最終的には平和な時代を迎えることがいえそうね。おゆき自身が」
2年前の最後の会話以降、ラジオからおゆきの声を聞いたことはない。
多分これからもラジオからおゆきの声が聞こえることはないだろう。
それでも一花に撮っては大切なものなので、今でも家に飾ってある。
祖父やおゆきとの大切な思い出が詰まったラジオなのだから。
「さて・・・私は一生をかけて調べ上げるぞ!
おゆきが十腰内の、ひいては津軽のりんご畑の源流だってことを」
「無理はしないでね。私はそんな一花が早死にしないように。そしてまた運動ができるように、強皮病の最新の治療法を学んでいくつもりよ」
「うふふ・・・頼もしいなぁ」
「もちろんおゆきのことを調べるのも手伝うつもりよ。一花って大学生になってもどこか抜けているんだから。」
「もーっ!前向きって言ってよ~」
2人はこれからも困難にぶつかるかもしれない。
それでもおゆきと話した時間、おゆきからの手紙は、2人が人生を諦めずに進むための”一葉”となった。
いつかその木の枝から黄金の果実が実る可能性を感じさせて。
訳文
一花!静江!元気してるか?
まぁわには二人がどうなっているかはわからねぇけど、わは一花が無事に治ったと信じている。静江も元気さしてるべ。
多分2人が知りたがっていると思うはんで、最後に二人と話した後、何があったかを、ここに書くことさする。まぁわが話したいのもあるんだけどな
あの日からもう10年以上の月日が経っただ。
この話をする前に、一つだけ注意点があるんだが、この手紙は、この巌鬼山神社の地主のものさなるはずだ。本音をいえば、この手紙は、2人にもらって欲しいが、だからと言って、地主とは揉めてほしくねぇ。
だからこの文は地主と相談の上で、写させてもらうだ。
そうすれば、わの言いたいことは、手元さ残るべ。
前置きがなくなったが、早速話っこ始めるべか。
信建様は順調に成長され、元服する頃には、あの太閤様にもお目見えできるようさなっただ。
ただなぁ・・・。元服の際に太閤様からの信頼の厚い三成様を烏帽子親としたことで、暗雲が立ち込めるようさなっただ。
多分2人は知っているだろうが、太閤様亡きあと、大老の一人だった家康様と三成様が戦を初めて、三成様は負けてまっただ。
為信様は家康様とも仲良くしてたはんで、津軽藩は無事だっただ。
ただ、戻ってきた為信様と信建様はこの戦を重く受け止めていただ。
信建様の烏帽子親が三成様だという事実が、将軍さなった家康様を筆頭とした江戸城の人々にとって、心象が良くないのではないか。このまま信建様が津軽藩主さなったら、いずれ取り潰されてまうのではないか。その不安は為信様達だけでなく、大浦城内に瞬く間に広がっただ。
なんとかみんなで話し合っただ。切腹の案も出たが、それはわが止めた。
流石にわが目掛けた信建様をそんな形で失いたくなかっただ。
そうやって何度も揉めていたら、意外な提案が信建様自身から出てきただ。
死なないまでも、自分を廃嫡さして、3男の信枚様を2代目さするべきだと。
家臣の中には、反対するものもいたが、わは生き延びてくれさえすれば良かったから、反対しなかっただ。
そしてみんなの意見を踏まえた上で、為信様はこう決断しただ。
将軍様が信建様の件について追求されなかったら、気づかないふりをして信建様を2代目に据える。追求されるようになったら、信建様のいう通り、廃嫡にして、信枚様を2代目とする。
この話は信建様、信枚様ともに受け入れただ。
それでも尚納得していない家臣はおったが、とりあえずその場は収まって、わの肩の荷もおりただ。
今。将軍様のお咎めがないのもあって、信建様は2代目としての事業の一環で、高岡に大層立派なお城を建てることさなっただ。この城が完成する頃にわが生きているかどうかわからねぇが、少し区切りがついたはんで、こうやって一花と静江のための手紙を書くことさしただ。
後のことは残念ながらわからねぇ。
ただわより先に信建様がなくなることは、きっとないだろうな。
そしてそれは三郎と四郎についても同じだ。
三郎も四郎もなんとか一人前さなって、村長の補佐ができるまでさなっただ。
嫁っこももらって、子供こさえて、わの家もたんげ賑やかさなっただ。
十腰内ではもう前みたいに、一人に任せっきりにすることはなく、みんなで協力して、物事を決めることが普通さなっただ。だから今の村長や三郎、四郎の負担もそこまで多くねぇだ。
だから、万が一どこかの家で、一大事が起きたとしても、他の人間が代わりを務めることができるから、大事さなっている家族も、問題の解決さ専念できるようさなっただ。
これで太郎や次郎も浮かばれるはずだ・・・。
最後に・・・。
一花さ約束したりんごだが、この話はわの子供や孫たちさ語り継いでいる最中だ。
今はまだ木を育てるまではできてねぇけど、わが生きている間に、1本でも植えて、育ててみてえと思っているだ。いつか畑になる程増えることを願ってな。
もしかしたらわの孫ですら育てることができねぇかもしれん。だが、その子供、その孫と、語り継いでいけば、いつか必ず十腰内でりんごが育てれるようさなるかもしれねぇ
そしたら、十腰内をりんごの木でいっぱいさできる。
ただ子供達や孫達に本当のことを言っても、理解できねぇだろうから、あくまでもばっちゃの我儘で、りんご畑が欲しいから作って欲しい。というふうに伝えているだ。
孫達は流石に本気さしてなかったが、それでいい。
語り継いでさえもらえれば、一花と静江の時代までには、きっと十腰内はりんごの木で溢れている。それを見れば、一花の病も治ってくれる。それを信じて、毎日子や孫達さ語っているだ。
他にも色々あったけど、これ以上貴重な紙を使うわけにはいかねぇはんで、一言だけ。
一花!静江!2人と話っこできて、わは幸せだったじゃ!
(完)
参考文献
・みちのく農民譚(日本経済評論社)
・津軽平野開拓史
・津軽史辞典(弘前大学国史研究会編)
・図説 弘前・黒石・中南津軽の歴史(郷土出版社)