Radio TeRec 第二週
前回
「それでね~そのおゆきがホントおしゃべりでね~
一度恋バナ話し始めたら止まらないったら止まらないの~」
「はいはいわかった、わかったから。落ち着いて落ち着いて。
スローダウンスローダウン。あんまりまくしたてるとまた先週みたいに
チューブまみれになってしまうわよ!」
病状が回復したのも相まって、一花は話したかったことを思い切りまくしたてた。
昨日もあれだけ話したのに、まだ話たりないらしい。
一花の両親や医師の配慮で長めの面会時間を貰っているが、
このままでは昨日みたいに、一花の話を聞くだけで1日が終わってしまうかもしれない。
「それにしても、本当無茶するんだから・・・」
一花の話の内容について、静江はただただあきれるしかなかった
過去の人間と話をする。それ自体も荒唐無稽でしかないのだが、
一花の話し方自体が、過去の人間に対するものとしては、
余りにも不適切だった。
今日はその点について説教するつもりでいたのだが、
一花の話の勢いに押し切られているのが現状だった。
「まー何とかなったんだからいいでしょ~。なるようになる🎵」
「本当にもう・・・」
「それにしても良く信じてくれたね。今回の話」
「そりゃあんな証拠を突き付けられたらねぇ・・・」
静江は当初、一花の話を全く信じていなかった。
とはいえ、一花の話を聞くのは病人介護一環だと思っていたので、黙って聞くことにしていた。
だが、帰りに一花が声を聴いたというラジオを調べてみたところ、
録音ボタンがあることに気が付いた。
そして、ラジオの中には案の定カセットテープが入っていた。
どうやら一花の祖父が持っていたのは、当時では珍しい、
ポータブルラジカセというものらしい。
静江は一花に断って、このテープを借り、自宅にあったレコーダー
に入れて聞いてみたら、一花がおゆきと名乗る少女と会話しているのが
ばっちり録音されていたのだ。
会話の途中から録音されていたのだが、少なくとも昨日一花が話した内容は、
妄想ではないことは否が応でも理解できた。
「まさかおじいちゃんのラジオは電話(Tell)だけでなく録音(Rec)も
できるなんてね~。万能文化女中みたい」
「ラジオにそんな機能あるわけないでしょ。
そもそも過去との通話なんて、現在の技術ですらできないんだから。
こんなの女中じゃなくて霊界通信機でしょ」
「うーん。それはそれでロマンがあっていいねぇ」
「オカルトのどこがロマンなのよ。まったく・・・」
「ぶーぶー。静江は洒落が通じないなぁ~」
「だったら洒落が通じるように、もっと慎重に行動してよ。
先週の一花の行動は、心臓に悪いわ。」
一花は歴史に影響を与えないように慎重に話したと言っていたが、
録音された会話を聞く限り、かなり歴史に影響を与えそうな
発言がちらほらと見受けられた。
ただ、おゆきと名乗る少女の言葉も、当時のものとはとても
思えない言い回しが多くみられたので、たぶんラジオがお互いの会話を
雑に翻訳していると推測される。
しかし、おゆきの知らない単語を一花がちょくちょく使っていたせいで、
どうしても綱渡りのような会話になっており、
静江は生きた心地がしなかった
「あんなやり取りして、よく揉めなかったわよね。
まぁ少しはもめたけど、思ってたより穏便に済んだし。
おまけに今の所歴史に影響がみられないなんて、本当信じられない話よ!」
「結果おーらいだよ♪こうやって私は無事だったんだし。
しかしなぁ~またおゆきと話したいなぁ~。
意外とおゆきと話していると、ヒーリング効果があるのか、
結構呼吸が楽になるんだよね~。
あ、静江と話すのも楽しいよ。元気出るし」
「なんかおまけみたいで釈然としないわね。
とにかくあなたは病人と思えないほど、だいたいとなんとなくで
やり取りし過ぎているのよ。」
「あはは。そこまで行ってくれるのは静江だけだよ・・・」
一花の友達は静江以外にもいるが、基本的に一花に話を合わせたり、
勝手に自分の話をするような人が多いので、お互いの性格にまで
口出しするのは静江以外はいない。
一花はそれが恵まれた事であるのを自覚していて、あえて甘えているわけだ。
「じゃあ次いでに言わせてもらうけど、あの時、すごい咳込んでいたじゃない。
今回はたまたま助かったけど、一歩間違えたら、学校に戻れなくなるほど
重症になってた可能性だってあったんだからね!」
一花は強皮病という、一見すると大したことがなさそうな病気にかかっている。
実際、症状は皮膚を中心に表れるので、初動で治療に失敗しなければ、
日常生活に支障がでることはない。
ただし、詳しい原因は不明だが、稀に肺や心臓にまで症状が及ぶことがあり、
最悪の場合、死に至ることもある。
小学生までの一花はいたって元気な女の子で、いつも外でみんなと
遊びまわっていた。
だが、中学校に入った辺りで、肺の症状が出始めたので、
病院のお世話になることが多くなった。
高校生になって、割と病院に通う機会は少なくなっていたのだが、
今回は久しぶりにひどく症状がでたのだった。
「うーん。反省してまーす。」
「なんか軽いわね。もう少し危機意識をもってねぇ・・・」
「大丈夫だよ。普段は走ったり、息のあがる運動をしないように
気を付けているんだからさぁ~。
それにしても、おゆきはいいなぁ~村から神社まで走っても息切れしないくらい
体力があるんだもん」
そういって一花はおゆきと話した時のことを思い出していた。
自分も病気じゃなかったら、おゆきと同じ、いやそれ以上に
走れたはずなのに・・・・
そう思っていると・・
〈ザーーー〉〈ザーーー〉〈ザーーー〉
あのノイズがかった音が、病室内に響き渡った。
「あれ?何か音がしない?」
「えぇ。確かに聞こえるわ。」
そういって二人は、一斉にラジオのほうを向いた。
先週奇妙な交流を演出したあのラジオを
「またラジオが動いた!もしかしたらまたおゆきと話せるかも!」
「そんなに都合がいいことが・・・起こったのよね。先週。
まさか本当に動くとは。ちょっと待ってて。」
そういうと静江はラジオに新しいテープをセットした。
万が一再度ラジオが動いたらと思い、あらかじめ持って来たのだ。
「・〈ザーーー〉・・れ・〈ザーーー〉・・が・(ザーッ)・な・(ザーッ)・・こえ・・・」
ノイズに交じりながら、一花にとって1週間ぶりとなる声が聞こえて来た。
「おゆき!もしかしておゆきなの?」
「ちょっと。まだつながったのが巌鬼山って決まったわけじゃないでしょ」
静江が早まる一花をたしなめたが、その必要はなかった。ノイズ
が無くなった後に聞こえて来たのは、先週聞いたばかりのあの親しみやすい声だ。
「その声・・・・やはりか!
一花!一花か!?本当に聞こえた!
無事だったか。よかった治って!」
「こっちもだよおゆき!よかった!また話せた!
前回でもうおしまいかと思ったよ!」
その声を聴いただけで通じる。たった数時間話しただけなのに、
もう長年連れ添った親友かの如く、二人は再開を喜びあった。
だがおゆきの声質は変っていた。明らかに少女だった先週と違い、
だいぶ大人びた雰囲気を帯びていた。
切羽詰まったような前回の感じもなりを潜め、
力強くも、穏やかな雰囲気を感じられた。
「たしかにわもあの時は今生の別れだと思ってただよ」
「わかるわかる。正直こんな奇跡。何度も起こるものじゃないからね。」
「めったに起こらないから奇跡って言うらしいもんな。
それにしても一花が元気そうでなによりだ。」
「えへへ。おかげさまで~
私は普段こんな感じなんだ~」
「でも少し息が乱れることがあるな。本調子じゃないべ」
「え?わかるの?」
「まぁな。ここ2~3年は村の子やじさまやばさまの調子を見るのも
日課さなってるべ。だから息の調子で体調もなんとなくわかるだ。」
「すごいね~そんなこともわかるん・・・
あれ?いま2~3年っていいた?」
さっきからおゆきの声質といい、雰囲気といい、何か違和感を感じていた
一花だが、ここにきて決定的な話を聞いた気がした。
「そうだ。なんかおかしいか?」
「だっておかしいでしょ。だって・・・て痛い痛い」
このまま突っ走りそうだったのを静江がつねって止めた。
(ちょっと静江!なんでとめるのさ)
(止めるに決まっているでしょ。その質問の仕方は良くないわ。
あとで説明するからとりあえずこうやって質問しなさい)
2人はおゆきに聞こえない声量で、おゆきへの質問内容について話し合った。
「なぁ一花。もしかしてとなりさもう一人いるべ?
さっきからひそひそと相談してどうした。」
これだけあからさまに怪しい行動をしているのに、おゆきは
疑問を抱きつつも、不振がってはいないようだった。
「え、えーっとね。確かに横にもう一人いるけど、その人は
私の友達だから大丈夫。あとで紹介するね。まず聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「おゆきと私たちが最後に話してから、何年たったっけ?」
一花は静江と話し合った質問を恐る恐る訪ねた。
そんなおびえた調子の一花と違い。おゆきは落ち着いた調子で答えた。
「あぁあの時からか。そうだな。あの時からもう10年は立ってるんでねぇか?」
「10・・・ねん・・・・」
あまりの衝撃的事実に、一花は絶句してしまった。
静江の方を見ると、確かに驚いているが、一花ほど同様している様子はない。
(10年・・・あれから10年・・・・)
(前回の話も十分信じられないけど、今回もなかなかね)
(ていうか静江あまりびっくりしている感じないんだけど、
静江にはわかるの)
(わかるというかSFでたまに見かけるパターンだから・・・)
「・・・その様子だとそっちはそんなに時間たってなさそうだな」
「「!!」」
二人のひそひそ話で何かを察したおゆきがこう言い放った。
「な、なんで・・・」
「一花の声がどう考えても若いおなごのままだったんでな。
わと同い年じゃない気がしてな。たぶん1年もたってねぇんでねぇか?」
「1週間・・・1週間しかたっていない・・・」
おゆきの霊感とも思える推測に、一花は観念したようにいった
「そっかぁ・・・わだけ年取ってまったわけか・・・
なんかくるものがあるなぁ・・・」
「・・・びっくりしないの?」
「そりゃびっくりしたさ。だって10年前と同じ声の一花に会えばな。
でもこうやって杉の木を通じて一花と話せているんだから、何があっても驚かねぇ。」
おゆきはまるで動じることなく答えて見せた。
(なんか肝が据わっているわね。テープで聞いた時より。)
(まさか私たちが1週間過ごしている間に、おゆきの時間が10年も進んでいるなんて思いもよらなかったよ)
(そりゃ誰だってそうよ。まぁこれでこのラジオの法則が少し見えてきたわね。)
(法則?)
「わに聞かせられない話っこしたいのはわかるけんど、できればそろそろ、一花の横にいるおなごば紹介してくれねぇかな。せっかくならわも一緒さ話たいべ」
2人が性懲りも無く内緒話をしてるのにたまりかねて、おゆきがこう切り出した。
ただ、それは責め立てる調子ではなく、ぐずっている赤子をあやすような調子だった。
「ごめんごめん。すっかりおゆきを置いてきぼりにしちゃったみたい。
どうしても信じられないことが多くて、私混乱してるみたいなんだ。」
「大丈夫た。わも10年前だったら取り乱してただ。」
「あ、改めて・・」
「静江よ。深見静江。よろしくおゆきさん」
若干混乱している。一花と違い、極めて冷静に静江は名乗った。
「おう!よろしく。10年・・・いや1週間前に一花から聞いていた友ってのがおめか?」
「そうです。先日は一花が大変ご迷惑をおかけしました。先日のお二人のやりとりを拝見したところ、随分と軽率な言動を繰り返していたみたいで、おゆきさんは随分困惑されたと思いますが、これも一花の個性なので、一つ多めにみていただけると助かります。今回は私が横についておりますので、何かあれば、お申しつけていただけたらと」
「ちょ、ちょっと静江~硬すぎない?おゆきはそこまで気難しい人じゃないよ。今までのやりとり聞いてわかっているでしょ?」
「ダメよ。親しき中にも礼儀あり。一花こそ年上に対して、敬語を使う努力はした方がいいわよ。今回は多めに見てあげるけど」
「あ~いいていいて。図らずも年上さなってまったばて、一花は友だとわは思っているだ。だから、畏まらなくたっていいだ。
静江も別に野良言葉でも構わねぇで。わはそたらにえらい人でもねぇし」
「お言葉に甘えさせていただきたいのは山々ですが、どうしてもなかなか難しいので、少し段階を踏んで対応させてもらいます。」
静江はあくまでも頑なな姿勢を崩さなかった。静江は一花とその親以外には、なかなか心を開くことはない。
「あぁもう。静江ったら、ガチガチに固まっちゃって。おゆきごめんね。静江ってこういうところが生真面目なんだ」
「いいでしょ。私だって緊張しているのだし」
「ははは。
仲良しで何よりだ。しかし静江は話ぶりをみるに、中々賢いおなごと見た。」
「どうでしょう?少なくとも一花よりは勉強できます」
「ちょ!静江~」
「事実でしょ」
「言い方~」
一花が悔しそうにいうのを受けて、静江は少しだけ砕けた調子で答えて見せた。
その様子を子供達が戯れているのを伺うように、おゆきは聞いていた。
「あははは。聞いてた通り、二人は仲良しだな。これはいいことだ。
さてと、せっかく久しぶりに話せるようになっただ。積もる話をしたいところだが、ちょぺっと面倒なことさなっているだ。一花。改めて体調は大丈夫か?わが教えた薬っこは飲んだか?」
「うん。おかげさまでなんとか元気になったよ。元気元気🎵」
「でもさっきおゆきさんが指摘した通り、まだまだ予断は許さない状態でしょ。無茶はしないでね。」
混乱から回復して、戯け始める一花を静江は嗜めた。
おゆきが一花に教えた薬は、とっくの昔に一花に処方されている薬だった。おゆきが話た生薬は、現在では、「五苓散」という名前の製剤で、市販もされており、当然肺水が溜まることが稀にある一花にとっては必須と言ってもいい薬だった。
先週の状態から回復したのは、おゆきが教えた薬の力でも、最新医療技術でもなく、一花本人の生命力によるところが大きいだろう。
「ま、無理はさせるつもりはねえべ。
元々わ一人で解決するつもりの案件だったばて」
「ん?何かあったの?」
「あぁこれからあるだ。そもそもここさきたのは・・」
おゆきがばつの悪そうに話をしようとしたその時。
「おい!ゆきよ!なかなか戻ってこないと思ったら、こんなところで何をしている!
早く境内に戻って、神託を承ってくるのだ。
為信様も早く答えを聞かせろとおしゃっているのだぞ」
「!!!」
突然ラジオから、おゆき以外の声が響き渡った。それも男の声だった。
そして、彼の話を聞いて、静江は思わず叫びそうになってしまった。
これは、思っている以上に大ごとになる。そんな予感がしたのだ。
「わかってますわかってますよ。ただちょっとまってくだせえ。
今神様は境内じゃなくて杉の木で休んでいるみたいだして、早く戻ってもらえるようさ、説得してる最中だで。ちょぺっとだけ時間恵んで欲しいだ」
「それは本当か。嘘ならタダでは済まされないぞ」
「大丈夫だ。必ず神様にはお目覚めいただいて、境内で為信様のためになる信託をしていただくだ。」
横柄な態度の男に対しても、決して慌てずにおゆきは対応して見せた。
「まぁいいだろう。確かにさっき杉の木から声がしたし、今はそこにいるのは間違いなさそうだ。
だがあまり時間をかけすぎるな。為信様は他にも多くの政を抱えておられるのだからな」
そう言って男は去っていったようだ。
「ねぇ。今の話って本当なの。」
男がその場から離れたのを確認した上で、静江はおゆきに尋ねた。
「あぁ。間違いない。今日神社さきたのは、半分はそのためだはんでな」
「え?なに静江?
どうしてそこまで深刻そうな顔しているの?
私たち男の人の前ではそんな不味い事言ってないよね?」
「そういう問題じゃない!!とにかくおゆきさんの事情を聞きましょう!」
これから起きるかもしれないことを想像して、静江は声を荒らげた。少し余裕がなくなってきたみたいだ。
一花は何が何だかわからず、ただ戸惑うだけだった。
「とりあえず。長話さなりすぎないように、簡潔に伝える。如何せんあまり時間がなさそうだでな。一花と話してから、色々あって村は危機を出しただが、その経緯で今大浦の殿様さなった為信様に召し抱えられるようさなったってことだ。で、わが神社の信託を受ける巫女みたいな仕事をするように命じられて、定期的に殿様の相談さのってるべ」
「すごいじゃないおゆき!大出世じゃない!」
「まだ話の途中でしょ!全く。
それで今日もおゆきさんは為信様のために神託を賜るために、この巌鬼山神社に来たんですね?」
「あぁ。静江はかしこだな。この短い内容で、そこまでわかってもらえるとはな。ただ安心してけれ。普段からわ一人で考えて、神託を賜ったことさして話してるだ。だから二人はなんも話す必要はねぇ。わが為信様たちとやりとりばしてくるちょぺっとの間、黙っててくれさえすれば、全て穏便さ終わるべな」
「え?いいの。私たち何もしなくても」
「大丈夫だ。いつものことだはんで。元々境内で準備している最中に声が聞こえたから、ついつち杉の木さ来たんであって、本来は全部境内の中で解決するだ。それに今の静江の様子をみるに、あまし負荷をかけるべきではねぇだろ」
おゆきの言う通り、静江は明らかに動揺していた。おゆきと話す以上に歴史に影響を与えかねない事態であることに相当プレッシャーを感じているみたいだ。
流石に一花もまずい事態なことは飲み込めてきた。
「確かにそうだね。1週・・10年前みたいに軽く話せる相手じゃなさそうだしね」
「あぁその通りだべ。さて、そろそろ戻らねぇと、殿様も痺れをきらすでな。
境内さ戻るべ」
おゆきがそう言って、杉の木を離れようとしたその時。
「おぉ!部下から話を聞いて、気になって来てみれば、確かに杉の木から声がするではないか!
なんと奇怪なことか!」
再びラジオからおゆき以外の声が響いた。しかも先ほどの男と違い、威勢はいいが、どこか品を感じる声が。
「全く。こんな面白いことは、城の中にいるだけでは体験できるものではない。部下の制止を振り切ってきた甲斐があったではないか」
「ちょ!殿!どうしてこたらとこまで来たですか?
殿のような方が、このような場所さわざわざ来る必要はねぇです
神託は境内で行うので、どうかお供のいるところまで戻ってくだせぇ」
「お前たちの心配も一理はある。だが自分の目で確かめられるものは確かめてみたいんでな。
ゆきよ。お主は最初に神の声を杉の木から聞いたと申していたが、それはこの木で間違いないな?」
「あ、あぁ間違いねぇです。普段はこちらで休んでおられるんですよ」
男の問いに若干動揺しながら、おゆきが答えた。
一方一花と静江は、再び声のボリュームを下げて相談を始めた
(ど、どうしよう。なんかまた新しい人来たよ・・・しかも殿様って言ってたよ・・・なんでこんなところに来たんだろう)
(わ、私が聞きたいくらいよ・・・あぁ。ここで下手なこと言えないしな~このままではまずいことになってしまう・・・おゆきに任せることができるかと思ったのに、どんどん事態が悪くなっていく・・・)
「む!ゆきよ!杉の木から2人の女人の声がするぞ。神はこの杉の木に2人宿っているということか?」
「「!!」」
「え、えーっと、これには説明がいるだ。少し待ってくんろ殿様」
どうやらこのラジオ、ひいては杉の木は声を認識する能力が高いみたいだ。さっきから二人の小声で行っている相談が向こうに伝わっているらしい。内容まで伝わっているわけではないみたいだが。
とはいえ、この短い時間で杉の木から聞こえる声が2人分であることを見抜いた”殿”と言われる男は、鋭い感性を持っているようだ。
静江はこの指摘が原因かどうか知らないが、かなり混乱して来ているみたいだ。
おゆきもなんて説明しようか、悩んでいる感じがする。
そう言う一花はなぜか落ち着いてきた。さっき散々パニックになっていた反動か、割と冷静になっているみたいだ。
(こうなったら私がなんとかしないと)
さっき静江に怒られたばかりだが、ここで黙ったままでは良くない。
そう思って一花はその”殿”と言われた男に話しかけることにした。
「いかにも私・・私達は杉の木に宿った神だ。
10年前。ゆきに告を行ったとき、私はまだ生まれたばかりで、その時は1人だった。
それから時間を経ることによって、2つの心を持つようになったのだ。
ゆきもそれを今知った。だから動揺しているのだ」
自分でも無茶苦茶なことを言っているのはわかっている。
でもこの場を取り繕うためにでたアイディアはこれくらいしかなかった。
ちらっと静江の方を見ると、半分怒り、半分動揺しているような表情。一言で言うとパニック寸前の表情だった。残念ながら、静江に頼ることは、今は出来なさそうだ。
「お!今度ははっきりと聞こえたな!!して、生まれたばかりとはどう言うことだ?」
「為信様。実はですね、元いた巌鬼山の神様は、岩木山の方に集められたらしく、その時に自分の分身をこの杉の木さ宿らせたみたいです。わと話をしたのもその時らしいので、だからこの神様は生まれたばかりらしいです」
「つまり、生まれたばかりで十腰内とその周辺の村々をまとめ上げるほどの告を行うことができたと。なるほど、それはそれで相談しがいがあるではないか!
はっはっはっはっっは!」
おゆきの説明で納得したのか、”殿”は豪快に笑った
「は、はい!そうです。最初にお伝えするべきでしたが・・・・すみません。」
「良い!やはり私が見込んだ通り、お主はなかなか良いものを持っておるな。まさに神に導かれとと言えるほどのものをな」
「そんなもったいないお言葉・・・・。」
おゆきのとりなしもあって、なんとか神様であると偽装はできたのだが、多分これはまだ第一関門を突破したに過ぎないのだろう。一花は次の”殿”の言葉に構えた
「さて、あまり長話しても部下に心配をかけるだけだ。簡潔に話そう。
私の名は大浦為信と申す。大浦城の城主をしているのだが、近々南部から独立をしようと思っている。最近我が大浦ノ屋形はかなりの勢力となってきて、みんなが独立を望んでいる。どうだ。できそうか?」
「ひぃっ!!」
為信の問いを聞いて静江は悲鳴のような声をあげた。
(ちょ、ちょっと静江!流石に悲鳴はまずいよ。一応今の私たちは神様なんだから!)
(だって・・・・だって・・・・)
一花がなんとか宥めるが、静江の動揺は止まらない。
そんな動揺に気づいたのかどうか知らないが、おゆきがそっと為信に言い寄った
「為信様。先ほどお話にありましたように、この杉の木の神様は生まれたばかりで、少し混乱しておられるので、少しだけ時間をもらっていいですか?」
「む、神でも混乱するのか?」
「先ほどわが伺ったところ、2人に分かれたのもつい最近らしく、まだ考えがまとまっていないそうです・・・・なぁ神様」
「え、お、そ、そうだ!すまぬが少しだけ時間をもらおうではないか。」
おゆきのパスのおかげで一花はなんとか言葉を捻り出すことができた。
「というわけだ、殿!少しだけ考える時間をくんろ」
「なんか釈然とせんな・・・・。まぁいい。巫女代行となったお主の言うことは、いつも参考になっているからな。私は席を外すとしよう」
そういって為信はその場を離れてくれた。
「さて、わも少しだけ境内さ戻るかな。
あちこち痛んでるからうまぐねぇし。」
そういっておゆきは杉の木から距離をとってくれたみたいだ。
心なしか、目配せしてくれたようにも感じられた。
「とりあえず二人はいなくなったみたいだね。
静江・・・深呼吸しょ。深呼吸、深呼吸・・・。」
「はぁ~~ふぅ~~、はぁ~~ふぅ~~」
「どう?落ち着いた?」
「・・・・・」
「まだ厳しい?」
「・・・・・!!!」
「??」
「・・・・・・・・・あぁぁぁぁぁ!もう!!!」
少し落ち着いたと思った静江が、何か火がついたように怒り狂い出した。
「び、びっくりした・・・静江、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ!一大事なのよ!
おゆきと一緒にいた男が本当に大浦為信だって言うならね!!」
「へ?どう言う意味?」
「どう言う意味もこう言う意味もないわよ!!
あーっもう!説明するには時間が足りない!
クソクソクソクソクソクソ!」
ひとしきり怒りを撒き散らしたあと、静江は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「短くまとめると、私たちの一言で歴史が変わってしまうかもしれないと言うこと。」
「ほ、本当なの?」
流石に一花レベルの知識でも安易な発言が歴史に影響を与える可能性があることはわかる。ただどの要素がどのレベルで影響を与えるのかがわからないだけだった。
「えぇ。一歩間違えたら弘前城がなくなるレベルの問題なのよ! 」
「ヒェ~~」
「あぁぁぁ!なんて回答すればいいんだろう!あぁあぁあぁl!」
一旦落ち着いたと思っていたが、静江はまた混乱してきた。一花とちがい、予想外の事態に静江は弱いのだ。
「とにかく質問は独立するかしないかの話だよね?
それにだけ答えればいいんだよね?
答えさえ教えてくれたら、あとは私がなんとかするよ」
混乱し続ける静江にとは対照的に一花は冷静になっていた。
「でも!もし独立するタイミングを間違えたら・・・」
「落ち着いて落ち着いて!
とにかくその為信様やらとは私が話す。きっと結論さえ聞いたら納得してもらえるよ。
やばそうな質問が飛んできたら、静江がカンペ作って私に見せてよ。
私はソレみながらなんとか話してみるから」
「でも・・・そこまでのこと・・・」
「大丈夫。きっとなんとかなる。というかなんとかする!
それにきっとおゆきもなんとかフォローしてくれるよ
さっきだってなんとかしてくれたし。」
本当は静江にじっくり時間を与えてあげたいのだが、現状ではそうはいかない。
混乱している静江をなんとか宥めつつ、一花はこのあとの為信との応対をどうするべきかを話し合った。静江はまだ納得しきれていないが、今できる最善はこれしかない
「おゆ・・・ゆきよ!近くにおるか?」
「ん?神様か?ゆきはおそばにおりますよ!」
一花の声に、待っていたかのようにおゆきは返事をした。
どこか、心配しなくてもいいよと言っているようにも聞こえた。
「話がまとまった。為信とやらを呼んでくれないか?」
「承知しました。為信様を呼んで参ります。」
そういうとおゆきは為信のもとへと走った。
一花はここで一旦深呼吸をした。幸い呼吸の乱れはない。
いくら先週より良くなっているとはいえ、油断は禁物だ。
「待っていたぞ!
余りにも遅くなるなら、野駆けにでも出かけようかと思っていたところだ」
戻ってきた為信は、先ほどと変わらず、威勢のいい感じで話し始めた
「すまない。2人になったばかりなのか、中々考えがまとまらないものでな。」
取り繕う言葉をなんとか紡ぎながら一花は静江の方をみた。
静江はさっきよりは落ち着きを取り戻してきたが、まだ混乱気味だった。
とにかく、先ほど作ったカンペをみながら話を進めることにする。
「えっと・・今南部では家督争いが起きているはずだ。
1~2年もすればその争いは、かなり大きなものになるはずだ。
それが期だ。」
あの短い時間でここまで話をまとめることができたのだから、落ち着いているときの静江は本当に頼りになる。
アドリブに弱いという欠点がなければいいのだが
「確かに今、南部では跡目を巡って息子たちが争いになりそうだという情報を得ている。
だからこそ、今が期ではないのか?」
一花の話を聞いて、為信はこう切り返した。なんか質問をしているというより、試しているような口ぶりだった。
静江の方を見ると、すでに新しいカンペが用意されていた。
どうやら想定内の質問だったらしい。
「確かに、この状況でも其方の力があれば、独立は可能だろう。
だが、今反旗を翻せば、南部は団結し、其方たちは大きな損失を被ることになるだろう」
一花の話をふむふむと頷きながら聞いていた為信。心なしか嬉しそうな感じすら伝わってくる。
「なるほどな。つまり一年以上待てば、南部での混乱は拡大するから、その隙をつくのがいいというわけだな。」
「そ、そうだ」
まるで答え合わせをしているような受け答えに、一花の方が面食らってしまった。
「やはり独立は叶いそうだな。時期はまだ早かったみたいだがな。
まぁ1~2年くらいなら待つのも悪くないな。わっはっはっはっは」
自分の判断が正しいと確信し、為信はまた高笑いをした。
拍子抜けするほどすんなり話が進んで、一花も静江もキョトンとしていた。
「まぁ遅かれ早かれ独立をするつもりではいたが、最終確認のつもりでゆきを通じて神と話すつもりだったのだが、まさか直接話すことができるとはな。南部の混乱が予想以上に長引くこともわかったし、実に有意義な時間だった。
しかし、私らにここまで肩入れしてくれるとは、これは、この神社の修繕も徹底的にやろうではないか。わっはっはっはっはっは。」
その話を聞いて、静江は可能な限り小さなため息をついた。
確かに神はここまで一人の人間に肩入れなんてしない。
「さて、いい話も聞けたし、私は城に帰るとするか。
あまり長居すると、部下にも心配されるしな。わっはっはっはっは」
為信は最後まで豪快に笑いながら去っていった。
「ふぅ・・・どっと疲れた~」
「すまんすまん。だが2人のおかげで、今日1番の用事が終わったよ」
為信が去ったあと、3人はようやく気軽に話せるようになった。
「さて、静江。
今度こそ落ち着いた?」
「・・・・」
一花の呼びかけに、最初静江は無反応だった。
やがて・・・
「・・・・・・はぁ~~
まだ頭の中を無数の蟻が駆けずり回っているような騒々しさだけど、
まぁマシになったかな」
「あちゃ~こりゃ静江も入院だねこりゃ。」
「じゃあお言葉に甘えようかしら。その代わりに費用は一花のお小遣いからいただくことにするから」
「ひーん。ひどいよ静江~。私ただでさえ金欠なのに~」
なんとか平常に戻ったみたいだ。
「あははは。落ち着いたみたいだな。」
「今度こそね」
「お恥ずかしながら・・・」
「まぁいいって。
さてと、どこまで話したっけな。」
「確か・・・・」
「ごめ~ん。色々ありすぎて何話してたか思い出せないから、できれば何があったか最初から話してほしいなぁ~」
「ちょっと!一花!」
軽い感じでおねだりする一花を嗜める静江。そんな2人のやり取りを微笑みながらきくおゆき。
視覚的に見ることはできないが、場の空気が和んだ、そんな気が3人にはしていた。
「そだな。確かに色々あって最初の話忘れてまっても仕方ねぇな。
んじゃ一花と別れてから何があったか話すとするか。
まぁ途中で終わっちまったらごめんな」
「いいっていいって。どーせ私なんて1週間な~んにもなかったんだし」
「できれば方程式の一つでも覚えてくれたらよかったんだけどねぇ~」
「お!なんか静江も砕けてきたな。」
当初はおゆきの前で畏まっていた静江も、すっかり打ち解けたみたいだ
「そうね。さっきあれだけ取り乱したんだし、今更取り繕うのもなんか馬鹿らしくってね。
おゆきも気にしてないみたいだし・・・って、やだ、私つい敬称、敬語を外してた」
「そんなさん付け今更しなくていいよ。ねぇおゆき~」
「んだんだ。わは最初からそたらものいらねって言ってるだよ」
「じゃあお言葉に甘えるね。おゆき」
普通だったら静江がここまで打ち解けるのには時間がかかるのだが、危機的状況を共に乗り越えたのと、何よりおゆきの人柄もあってか、かなり短時間でここまで砕けることができたみたいだ。
こんなたわいも無い話を経て、おゆきは10年間の出来事を語り始めた。
「さて。一花と最後に話たのは10年前になるんだが、あの時は確か大水で稲が全滅してたんだっけな」
「そうだそうだ。あの時おゆきすごい焦ってたよね。」
「そだ。あの後、一花に聞いた通り、他の村に声をかけて見ただ。十面沢、鼻和、八幡・・・。話を聞いてくれないところも沢山あったけど、なんとか協力し合える人が集まっただ。」
おゆきの声は心なしか暗い感じがする。話づらいことがあったのだろう。
「種籾は幸い駒込を中心に、いろんなところが融通してくれただ。もちろん一花が言ったように、駒込とかの農作業を協力することが条件だったけどな。不満は村の中でも外でも出たけど、ここでの経験を活かせば、自分の村を復興させることができるということで、なんだかんだで協力してくれただ。」
おゆきの言い回し的に全員が協力できたわけではないようだ。
「何人もの人がおっけてまただ。村から離れたものも何人もいただ。
でも残ったわんどは諦めなかった。いつか、十腰を稲でいっぱいにするために。
腹一杯米を食べれるようにするために。
そういう思いで必死に働いただ。
そして4年経ったあたりでようやく十腰だけでも稲を育てることができるようになっただ。」
「そっか。これで十腰内も安泰」
「だったらよかったんだがなぁ~」
一花の喜びは一瞬で糠送りとなった。
「5年目の夏・・・今までに無いくらい凍れただ。多くの村が不作で苦しんだだ。
飢え死にも沢山あったと聞いている。
幸いわんどをはじめ、駒込に協力した村は生き延びることができただ。
一花が言ってた寒さに強い籾のおかげでな。」
水害で危機に晒された村々が、冷害を危なげもなく乗り越える。運命のイタズラと言っていいのかどうか。
「ただなぁ。不作にこそならなかったけど、飢えた人たちが、他の村の人々を襲うようになっただ。襲う人の中には侍だったものもいるらしいと聞いた。
このままではわんどの村もめちゃくちゃにされてまう。
だから用心棒になってくれる人を探すことにしただ。
そこで、一花が言ってたように、『お米が食べさせてあげるから、村を守って欲しい』と触れ回っただ。そしたら結構集まってきてくれただ」
「あれね!しちにんの・・・痛てて!」
一花が余計な事を言いそうになったので、静江が思わず腕をつねった。
ひと段落した安心感もあってか、また迂闊な発言が出てしまったようだ。
「ブーブー。いいでしょ~これくらいは~」
「そーゆー些細な積み重ねが、厄介ごとに繋がるのよ
ごめんなさいね。おゆき。」
「いいっていいって。
最初は戦あがりの流人が守ってくれただが、同じくらい襲ってくる手練れも多くてな。
倉庫を守りきれなかったことも何度かあっただ。
このままでは米が全て奪われるのも時間の問題だっただ。
だからもっと大きな力に頼ることさしただ。」
「それがさっき話した大浦城の若き城主。大浦為信ってわけね」
おゆきの話を受けて、静江がため息混じりにいった。
大浦為信。のちの津軽藩初代藩主、津軽為信こそが、おゆきたちが頼った先というわけだ。
「わざわざ大浦まで行ったの?」
「それがな・・・なんの偶然か、その話が上がり出したのとほぼ同時期に大浦城から使いが来ただ。」
「なんで向こうから来たの?」
「どうやらその使者たちは、冷害を乗り切った村を訪ねて、その秘訣を聞いて回っていたらしい。」
「おゆきの村にもその秘訣とやらを聞きに来たってわけね」
「と思ってたんだけどな・・。
もうすでに他の村で大半の話を聞いた後だったらしい。
そしてそこで、冷害を乗りきれたのが、わの指揮によるものだという噂を聞いたらしく、
それを確かめに十腰さ来たらしい。」
おゆきは恥ずかしそうに言った。冷害を乗り切ったのも、寒さに強い稲を生み出したのも、おゆきだけの力ではない。これも伝言ゲームによる情報のすり替えでも生じたのだろう。
「凄い!なんかおゆき英雄みたいじゃない。
確かに周りの村と協力したり駒込との交渉したりで大活躍だったもんね。
そんなおゆきに会いたくてきたんだね」
「そんな単純じゃ無いでしょ。村々に伝わってる噂の真偽を確認しに来た。そんなところでしょ」
「んだ。確かにわだけの力で全部成し遂げたみたいな噂になっていて、それを否定してこなかったわも悪いんだがな。いずれにせよ誤解だったから、その点は可能な限り訂正の必要があったでな。可能な限り訂正してお伝えしただ。
あくまでみんなで協力して乗り切ったというふうにな。
この話はここでおしまいにして、この流れで、わの村の窮状を訴えて行こうかと思ってただ。
そしたらなぁ・・・・
使者が続けてこう質問してきただ
『お前が神とやり取りしているというのは本当か?』
とな」
「え?あの時のやりとり見られてたの?」
「さぁな。見られてたのか、それともただの憶測か。その点については重要じゃねぇ
この時のわは、言葉に詰まってまったんだ。
その違和感を使者は見逃さなかっただ。」
「それで白状したと。一花とのやりとりを。少し脚色した形で」
「そだ。流石に神様じゃないなんて言ったら、それこそかまどけし(家を失う)さなってまうだ。
幸い一花のことを最初は神様と思って話していたのもあったはんで、そのまま神様と話っこしたってことさしただ。
巌鬼山の神様からのお告げを元に、十腰内を中心とした村々をまとめ、水害、冷害を乗り切ったってな。」
「それで協力してもらえるようになったんだね」
「いや。話を聞いた使者は、腑に落ちない感じで帰っていっただ。十腰を守ってもらう約束をすることも叶わなかっただ。
ただそれからしばらくして、また大浦から使者が来ただ。若い城主が話を聞きたいと」
一度は閉じられた交渉への門は再び開かれたようだ。
「流石に最初は緊張しただ。わとそたらにかわらねぇ年頃とはいえ、殿様だ。機嫌を損ねたら、今度こそおけてまる」
津軽藩の初代藩主となるような男だ。今で言うところのベンチャー企業の社長みたいなものだ。感情は読みづらいだろう。声だけでも対峙した一花や静江にも、その底知れなさを感じることが出来た。
「お会いするなり早速聞かれただよ
『なぜここに呼ばれたかわかるか』
ってな。
まぁ今までの流れから、何を問われているかは流石にわかっただ。
『神の声についてですか』
そう答えたら
『そうだ。まぁ正確には神の声を聞いたというお主についてだがな』
って返されただ」
「え?おゆき本人の話なの?」
「んだ。流石のわもたまげてこう返しただ
『なして神様でなく、わごとき農家の女さ興味を示しただ。もっとよき人おるはずだ』
したら殿は怒るどころか笑ってこう言っただ
『いや。お前は気がついているはずだ。確信が持てないから言い淀んでおるだろう。無礼を許すから言いてみろ』」
「う~ん。なんだろ。可愛いから?」
「そんなわけないでしょ。村々の中心となって水害や冷害を乗り切った実績があるんだから、それで興味持たれたんでしょ」
「あぁ。使者が最初に聞いてきたのもその話だったからな。特に冷害の時に他の村に、寒さに強い稲を広めて回ったことには興味心身だったべ」
「へー。そんなこともしていたんだ。」
「一花が教えてくれたおかげだ」
「あれ?私そんなこと言ってたっけ?」
「寒さに強い籾をもらってくるように言ってたじゃない。なんで一花が忘れてて、私が覚えているのよ」
一花は感情に任せて話すことも多々あるので、自分の言ったことをよく忘れており、静江はその内容を記憶しておくことが多い。
今の話も、録音していた会話にあったからだ。
「とはいえ。一花が言ってたのは籾の話で、冷害がくるなんて話はしてなかったよね。なんでそんな話を周りにしてたの?」
「一花との話が終わったあと、なんか引っかかってな。もしかしたら寒さに強い稲は、冷害がくる知らせなんでねぇかって。それで、駒込や他の村の人たちに言って、この籾をもっと増やそうって提案しただ。」
「すんなり受け入れてくれたの?」
「全員ではないがな。
また米がとれなくなるのは嫌だということで、結構な人が協力してくれただ」
流石にここまで危機的な経験をしてきた人々だけに、備えるという意識は強かったみたい。
「おゆきがそう言って回っていたのが『神様の声が聞こえる』という噂に繋がったのかしら。だから為信様もおゆきに興味を持ったと」
「うーん。興味を持った理由はそれだけじゃなかっただよ。」
おゆきはバツが悪そうに言った。
「為信様がいうには、みんなを説得して危機を乗り切った、危機が来るのを予知をしたと言った話だけではなく、もっと決定的な話があると言ってただ。」
「そ、それって・・・」
嫌な予感がした一花が恐る恐る訪ねた
「・・・・りんごだ」
「り、りんご?」
「そう。りんごだ」
「・・・まさか、あの時の・・・」
「そだ。寒さに強い籾と同じくらい、りんごのことが忘れられなくてな。いろんなところで聞いて回っただ。それが為信様の耳に入ったのが決定的だったらしい。農家の娘がりんごに興味を持っているってことでな」
飢饉を救うために奔走し、環境に適した稲の普及、育成に尽力し、さらに希少な果物についても知っているとくれば、流石にどんな人物か、興味が出てくるだろ。
「そりゃ一部の武家やお寺でしか育てられてないりんごについて知っているって、神様抜きに聞いてみたいわね。」
りんごは一応明治以前にも生育していたが、沢山あるわけではなく、高貴な身分の人への献上品としてしか使われていなかった。
「静江から聞いたときはびっくりしたよ。この時期にもりんごがあったなんて」
「ま、怪我の功名というかなんというかね。こういうのは。
そういえば素朴な疑問なんだけど、為信様って神様のこと信じておゆきのことを起用したのかしら?」
「え?静江。どういこと。」
「さっきの為信様の口ぶりを思い返してみると、なんか神の声が聞こえるということにそこまで固執している感じがないのよ。だからおゆきを召し抱えたのって、おゆきの伸び代を見込んでじゃないかなって」
先ほどのやり取りの時も、2人が混乱気味な中、為信との間に入ってうまく調節を行なってくれたのだ。神様抜きにしても、そばに置いておきたいだろう。特に独立を目論んでいる人間なら、優秀な人はいくらでも欲しいものだ。
「まぁ半々と言ったところだな。丸っと信じているわけではねえばって、完全否定もしてねぇだ。ただ、わの話を一通り聞いた後、為信様は、巌鬼山の巫女になるように命じられただ。」
「改めて凄いよね~いきなり殿様付きの巫女になるなんて。」
「まぁ元々人のいない神社だったから、意外とあっさり任されただよ。」
「まぁこの時はそこまで厳密じゃなかっただろうしね」
戦国時代と呼ばれていたおゆきの時代は、秩序が半分以上崩壊しているのもあり、モグリで巫女になっても、咎められることはなかった。咎める余裕すらなかったのかもしれない。
「というわけでわは巌鬼山の巫女さなっただ。
と言っても毎日巫女やってるわけでねくて、普段は十腰で農作業しているだよ。
神社に聞くのは週に二回、主に掃除と勉強をしているだ。」
「勉強?」
「あぁ。いくら神様からお告げを聞いてることになっているばて、学がねぇからな。
だから為信様の教育をしていたという人が、わに色々教えてくれてるんだべ。」
「なるほど。だから前より語彙が増えているわけね」
以前おゆきと会話した時は、謎の力による雑な言語変換があったにも関わらず、あまりにも幼い感じだった。
だが今のおゆきは、多少の方言は残っているものの、大人の女性と言える話し方となっている。
「いいね。専属の教師。私にも素晴らしい専属教師がいるから、とても頼もしいよ
でもさっきみたいに困った時に知恵を貸してくれるから、軍師というほうが正しいかな?
おまけで思い切り話せるし♫」
「できればもっと慎重になって欲しいと思っているんだけどね。勢いで解決できた話があることは認めるけど」
静江にしてみれば一花のその場のノリで物事を解決する手法に不満を感じる一方、羨ましくも感じている。
「そういえば10年前のわよりかしこいべな。さきたも中々きもの座った話っぷりだったし」
どうやら先ほどのイタコ芸見たなものを高く評価してもらえたみたいだ。
「それでおゆきは神のお告げを聴く巫女になったわけだけど、一花とは10年もあってい状態で、お告げの方はどうやって乗り切っていたの?」
「わも最初は、どんな相談が来るか心配だったけど、いらぬ失敗だっただよ。殿の相談はわでも答えられる内容のものがほとんどだ」
おゆきが聞かれたことは、領地に漂着した異国人の取り扱いや村同士の揉め事をどう収めるかなど、おゆき自身の知識と経験でなんとかできる話が多かったとのことだ。
「最初にも話したけど、あの時もわ一人でなんとかしようと思ってただよ。たまたまあの時は一花たちがいたからお願いする羽目になったけどな。」
「本当ヒヤヒヤしたよ~。静江の知識とおゆきのフォローなかったらどうなってただろう。」
「本当、生きた心地しなかったわよ。
でも冷静になって思い返せば、なんとかなってたかもしれないわね
あの時の為信様は割と結論ありきで話しているような気がしたし」
パニック状態から復帰した静江は、やり取りを思い出した上で、そのような結論に至ったみたいだ。
「そうだ。為信様は、そういうところが結構あるだ。ある意味霊感でもあるんでねぇかと疑うこともあるだよ。まぁ今回は予想外の情報が手に入って喜んでいたがな」
ちなみに、普段は使者にお告げを聞かせているらしいが、今回は願掛けを兼ねて神社に直接きたとのことだ。
「うーん。私の話を聞いて決心したわけじゃないんだなぁ~少し残念~」
「現実主義の人は、自分の意見を補強してくれる情報を欲しているのよ。神仏への祈りもその一環というわけよ。為信様もきっとそんな人間の一人よ」
初代となる人物は基本的に他者に依存した行動はとらないというわけだ。
「ま、こんな感じでわは他の村や為信様たち大浦の人たちとやり取りをして日々を過ごしているだ。忙しいんけど、まぁやりがいもあるだよ」
「なんかたくましくなったなぁ・・・おゆきは」
以前にあった切羽詰まったような感じはなくなり、落ち着いていて、それでいて肝が座ったような雰囲気を感じて、一花は嬉しくもあり、羨ましくも思っていた。
自分より遥かに先を生きているおゆきに・・・
「今まで生きてこれたのは、周りの力添えもあったが、神様の思し召しもあったと思っている。ただ今後はどうなるかはわからねぇ。毎日毎日が勝負だべな。一花の元気になった姿を観れるかどうかな」
飢饉や揉めごとに巻き込まれる。野党に襲われる。病気にかかるなどしていつ死ぬかわからない環境で、それでも生き延びてきたのは、将来おゆきが持ち合わせた運命力もあるのかもしれない。ただ、それを持っているからと言って、この先を生きていけることは証明できない。いくら未来の人間である一花や静江でも、おゆきの趨勢は調べることはできない。為信のような歴史に名前が刻まれた人ならいざ知らず、1農村の娘の記録など、基本的に残っているわけがないのだから。だからこそ今ここでおゆきの未来を正確に知る人間はいない。
「でも今後もこんな綱渡りみたいなやり続けるのはなんか観てられないなぁ。
少なくとも私は心配だよ。おゆきが殿様に疑われて捨てられないか」
「捨てられたら、その時はその時だべ。もちろん役に立つための努力は惜しまねぇつもりだがな。
最近思うんだが、人生って稲造りと同じでねぇかと思い始めているだよ。どんなに良い稲だと思ってもうまく育たないことや、これはダメだと思った籾がよく実ったりとか、そういうことが多々あるべ。だから考えすぎないようにはしているだよ。」
「でもなぁ~なんかこのままで終わるのもなぁ~。少しだけでも、今のおゆきが知ることでなんとかなるリスクは教えてあげれればいいんだけどなぁ~」
そう言いながら一花はチラチラ静江の方を見ていた。
静江は大きなため息をついた
「あのねぇ。ただでさえ今日の私たちは話すぎよ。いくらおゆきのことが心配だからと言って、これ以上余計なことを言うと、今度こそどうなるかわからないのよ」
「え~でも~」
「でももだってもないわよ。私は責任追いきれないわよ」
一花をなんとか説得しようと思ったのだが、なかなか折れてくれない。
早く諦めて欲しいのだが、一花は妙に頑固だった。
静江はしばらく悩んだのち
「・・・これだけは言えるかしら。為信様の独立は直ぐに叶うものではなく、前途多難ではあるけど、最終的に中央にいる偉い人に認めてもらうことで、独立は果たすことができるわ。その偉い人には、野駆けで取れたものを献上すれば、意外とうまくいくと思うわ」
ここら辺までなら地元の資料にも載っている話なので、大きな歪みは起きないだろう。そう願うしかなかった。
「ありがとう静江~。この情報きっと役に立つよおゆき♫
どういう意味か、私はわかんないけど♫」
「どうだかねぇ~。私、やけっぱちで話しちゃったし。これ、本当におゆきの役に立つのかしら」
2人の話をきたおゆきは少し間をおいたうえで、
「為信様がどこまでこの話を欲しがるかわからねぇけど、知らないよりは知ってた方が、動きやすくなるかもな。どちらにせよ、2人の心遣いはとてもありがたいだよ、
ありがとな。2人とも」
おゆきにしてみれば、こんな感じで気楽に話せる人がいるだけでもありがたいのだ。
「それより静江。なんか息切れしてるみたいだが、大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃないわね。いろんな意味で・・・。」
さっきから頭を抱えるような話ばかり対応をしてきたのだ。静江にとっては慣れないフルマラソンになんの準備もせずに挑んだレベルの疲労を感じていた。
「静江に効くかわからねぇけど、桂枝や地黄あたりを食べると気力が回復するかもしれねぇ。
あ、人参もいいかもな」
「お気遣いありがとう。参考にさせてもらうわね。」
おゆきの助言に、気持ちだけは受け取りますという感じで、静江は答えた。
静江は医学部志望なので、おゆきが取り上げた生薬にどんな効果があるのかよくわかっていた。無駄とは言わないが、静江にはなくても問題ないもので、一花にはこれだけでは不十分なものだった。
「そういえば一花は大丈夫なのか?今のところ落ち着いているけど、前のこともあるから、無理しねぇ方がいいぞ」
「今のところなんともないかなぁ~。少し胸が痛むことはあるけど、それ以外は特に何もないよ。」
一花のその一言を聞いた瞬間、静江の顔色が変わった。
「ちょっと!胸って、心臓のこと?それとも肺?
症状が進行しているかもしれないじゃない!!
早く先生に見てもらわないと!!」
今日はたまたま症状は出ていなかったが、実は静かに症状が進行していた可能性もある。
悪い芽は早く摘まないといけない。
「そ、そこまで苦しいわけじゃないから。
多分今すぐ先生に見てもらわないといけないものじゃないよ。きっと。」
「万が一ってことがあるじゃない!!
この前だってそう言って教室で倒れたじゃない!!
すぐに診てもらわないとだめよ!!」
先ほどの鬱憤を晴らすかのように静江は捲し立てた。
「だ、大丈夫だよ。ほら、あの時とは違うんだし、きっと問題ないよ。
ねぇ、おゆきもそう思うでしょ?」
「・・・静江の言うとおりだ。一花、医者様に診てもらった方がいいべ。わの周りにも、そう言って仏さなったものがたくさんおるだ。大事になってからしまいだ。」
おゆきは少し強めの語調で諭した。怒っていると言うより、一花を案じているような調子だった。
「わかった。そこまで言われたらちゃんと先生に診てもらうよ」
一花は観念したように言った。
「すまん。一花が病んでいることを忘れてただ。面目ねぇ」
「私も配慮が足りなかったわ。私がもう少し人前で話すことができていたなら・・・」
2人は一転して申し訳なさそうに謝り出した。
「いいよいいよ。2人のおかげで私は元気なんだよ。元気元気🎵」
おゆきが二人に救われたと思ったのと同じくらい、一花は二人に救われてると思っている。
「一花に効くかどうかわからねぇけど、胸の不調には付子(ぶし)が効くことがあるとばっちゃが言ってた。慎重に使えと言われてたがな」
「必要とあらば使うことになるかもね。」
「とにかく良くなって・・(ザザッ)・る・・(ザザッ)・を・(ザーー)・・あれ?」
「あ。そっか」
どうやらタイムリミットが来たようだ。割と長い間話すことができたのだが、それでも3人にとっては物足りなさを感じるようなものだった。
「ありがとな。一花、静江。
2人のおかげで元気が出ただ。
2人が考えてくれた未来のことも、きっと役にたつ気がするだよ
改めて感謝だ」
「こっちこそいろんな話聞けて楽しかったよ。」
「私は取り乱したり怒ったりと、忙しなくて申し訳なかったわ
万が一次があるなら・・・ちゃんとする」
静江にしてみれば、今日一日で10年分の恥をかいた気分だった
「次かぁ・・〈ザーーー〉・確かに次があったら、また話したいことがあるなぁ〈ザーーー〉
まだ話していないこともあるでなぁ。
わの子供の話とか・〈ザーーー〉・」
「「え?」」
最後におゆきが言った言葉に2人は思わず同時に声を上げた。
2人がこの件について問いただそうとした頃にはもう遅し、おゆきの声は完全に聞こえなくなってしまった。