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【著者インタビュー】「作中では母と娘の相性の悪いタイプを想定して、そういう人にとって一番辛いだろうシーンを重ねました」

『あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした』

 今回のインタビューでは宝島社より8月11日に発売する『あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした』 についてのお話を伺っていきます。
 四六版ソフトカバーという判型で、いわゆる一般文芸として書店に並びます。

 本作は第8回ネット小説大賞を受賞した作品です。この小説賞は、クラウドゲートという会社が主催となって、小説家になろうさんと提携したもので、たくさんの出版社が同時に受賞作品を選ぶ形式で行われました。

 その中にあった『星に願う ~娘は発達障害でした~』という作品に、編集者の岡田が注目し、他の編集者が異世界ものとか恋愛ものとかチョイスしている中で、発達障害を扱ったヒューマンドラマを選出しました。

 カバーイラストを担当してくださったのはまつもとみなみさん。あえて表情の見えなくしたイラストを描く方で、その雰囲気が作品とマッチしていますね。特設サイトも公開されていて、こちらではプロローグの一部を試し読みすることができます。


――今回のインタビューでお話を伺うのは、著者である遠宮にけさんです。それでは簡単に自己紹介をお願いします。

遠宮にけ(以下、遠宮):こんにちは。遠宮にけです。 ご紹介ありがとうございます。普段は主に小説家になろうで活動しています。

――まず、この作品の成り立ちについて教えてください。

遠宮:『星に願う』は『黒いネコの友達』という中学生の男の子・南朋を語り手とした小説の前日譚として生まれました。

『黒いネコの友達』では発達障害を持つ少女・七緒は、小学校でのひどいいじめを受けていた関係で、隣町の中学校に越境して通っています。七緒はそこで「友達に虐められたのも、なにもかも普通じゃない自分がだめだったんだ」と思い込んで「普通になろう、そして友達を作らないと」と努力していました。

 南朋をはじめ周囲の大小様々な問題を抱えた子どもたちは七緒を誤解し、わからなさに困惑しながらもしだいに彼女の一所懸命さ、一途さ、発想のユニークさに刺激を受け、友達として迎え入れていきます。そこに様々な誤解もあり、これまで七緒の友人関係で散々心配してきた母・夕子が介入してくるんです。「また騙されている」「この子にはまともな判断はできない」「何処に行っても結局同じ。娘が普通じゃないからつけこまれる」とか。結局「私が娘を守らなきゃ」と思い込んでいるお母さんなんですね。

――『黒いネコの友達』だと夕子がラスボス的立ち位置なんですよね。

遠宮:そうなんです。その母に七緒は抵抗できません。「娘のために良かれと信じて支配し、ありのままではダメ、自分ではないものになりなさい」と伝えてしまう夕子はどのような人物なのか、七緒の過去とともに描いてみたくなりました。そうして書かれたのが『星に願う』でした。

――『星に願う』は本編のスピンオフとして書かれた作品なんですよね。これは僕も思っていたことなんですが『スターウォーズ』で言うところの、ダースベイダーの物語を描くエピソード1~3のような立ち位置の作品なんですよね。

遠宮:そうですそうです(笑)

――その夕子の娘である七緒は、発達障害だと診断されるんですよね。七緒の発達障害の傾向はどのようなものか、教えてください。

遠宮:七緒はひとつのことが気になるとそこに吸い込まれるように熱中して、周りが見えなくなる傾向が強いですね。のめり込むと身体感覚を含めてあらゆる刺激が鈍麻してしまうので、人にぶつかっても気づかなかったり、注意されても聞こえてなかったりします。なので誤解をうけやすいんです。

 七緒はヤモリや虫など生き物が大好きで、小さな学者のように観察しています。それ以外の、ごっこ遊びやゲームなどには自分の興味が優先してしまって退屈してしまいます。反対に七緒の興味に応えてくれる相手とはとても親しくなります。他の子どもたちよりも用務員の人と仲良くなる様子も、本編内では描かれています。

 他の特徴としては、言われたことを真に受けやすく冗談やからかいがわかりません。また相手がどう受け取るかを想像しにくいので、思ったことを何でも素直に口にしてしまいトラブルになりやすいです。

――本編中でも説明がありますが、七緒の発達傾向はASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠陥・多動性障害)の両方の傾向があると言われます。ASDの特徴として、こだわりが強い、ひとつのことしか集中できない、言葉の意味の捉え方が独特、といった傾向があります。対してADHDは注意散漫、衝動的、じっとしていられないなどの傾向があります。これらに加えて、七緒は身体を動かすのが苦手なんですよね。

遠宮:そうなんです。身体感覚が鈍いのも発達障害の傾向のひとつのようです。集中してしまうと、怪我をしても気にならなくなることもあるんです。

――発達障害だと逆に、感覚が過敏になりすぎることもあります。光に敏感だったり、音が聞き取りづらかったり、皮膚感覚が過敏だったり。人混みが苦手というのはよく聞きますね。

遠宮:目を動かすことが苦手というパターンもありますね。七緒がそうで、目で物を追うことが難しくて、途中で先読みしてしまうというか、視線を固定できないというか。指で見る方向を示しても、指先を見てしまってその方向を向けないし、興味を持てないんですよね。

――本編中での発達障害の描き方が特徴です。監修をしてくださった本田秀夫先生の事例にもあった、「黒ひげ危機一発」の遊び方もASD的でした。本来のルールである、一人ずつ剣を刺していく遊び方だと退屈してしまうんですよね。

遠宮:七緒も最初はルール通りにやるんですけど、待っているときは参加していない気持ちになってしまうんですよね。興味は剣を刺すと黒ひげが飛ぶことであって、なぜ飛ぶのかどんなふうに飛ぶのかを追究したくなってくるんです。誰が剣を刺して黒ひげを飛ばしてしまうのか、みたいなドキドキ感は求めていない。「黒ひげ危機一発」というおもちゃのデータを取る検査になっていくのが印象的です。

――そんな七緒の母親となるのが本作の主人公である、夕子です。彼女はどんな人物なのですか?

遠宮:夕子はどんな人なのかなと想像したときに、七緒のように普通の子どもとは異なった言動をされると、一番しんどく感じるタイプの人にしようと考えていました。繊細で傷つきやすくて、ついつい他の子どもと比較して、周りの目を気にしてしまう。気遣い上手で真面目なのだけど、周囲から浮くのが嫌なタイプですね。七緒はそういう人にとってしんどいだろうなと思いました。

 七緒は「みんなと同じ」ができないけれど、文字を読んだり計算をしたり、人よりもできる部分も多いんです。だからこそ夕子も期待をしてしまうんですよね。普通になれるんじゃないか、って。

 でも七緒は人の気持ちを汲むことが難しくて嫌な思いをさせてしまうことが多いので、そんな娘を見るといたたまれなくなるタイプの人なんです。

 作中では母と娘の相性の悪いタイプを想定して、そういう人にとって一番辛いだろうシーン(周囲に責められる。負の意味で目立つ行動をする)を重ねました。描きながら、夕子なりに一所懸命七緒を愛しているし、対応できない「自分がだめだ」と感じているのかと気付きました。ただ「だめな自分」と感じたときに、夕子は七緒をコントロールしようとしてしまうんです。

――夕子は自分がそつなくこなせるし、優秀だからこそ、“普通”を保とうとしてしまうんですよね。

遠宮:そうですね。夕子が大事だと思っていることを、七緒は大事にしません。それが心配になってしまって、自分の思う「うまく生きていく方法」を、同じようにやりなさいとコントロールしようとしてしまうんですよね。七緒は自分の意志が強いですから、夕子にとっては相手するのがつらいんですよね。

――Web版との違いをお聞きしたいです。いま振り返ると、Web版はどのような物語だったと思いますか?

遠宮:Web版の場合は『黒いネコの友達』に繋がる話として、夕子がダースベーダーのように思考が囚われていくまでを描こうと思っていました。ただ、その文脈がなければ「発達障害の子どもに苦労したお母さんのお話」で終わってしまうと気がつきました。一番相性が悪いだろう相手として夕子を考えだしたので「親子として出会ってしまってお互い運が良くなかったね」みたいなふうに伝わってしまうとも思いました。

 Web版でも夕子の完璧主義や娘を受け入れられない状態から、すこしは改善していく終わり方にはしていたのですが、結局はコントロールしてしまうクセは残ったままにしているんですよね。

 それが『黒ネコ』で描きたかったテーマとは真逆の方向です。『黒ネコ』では、様々な問題を抱えた子どもたちが、自分の理解を超えるところでの多様さを受け入れていくお話です。いろいろ事情があっても、それを嫌だと思わずに(嫌だとは思っていいんだけど……ありのまま受け止めて)受け入れていく課程を描くことがテーマだったので。

 このテーマ性を考えるとWeb版『星に願う』はせっかく受賞したけれど、このまま単独で出すわけには行かないなと思いました。メッセージごと書き換えないといけなかったんです。

――書籍版として改稿するにあたっては、夕子の内面を見直しましたね。夕子も育ってきた環境に問題があって「アダルトチルドレン」としての傾向があると探っていたと思います。

遠宮:最初は、夕子がセンシティブな人だから、敏感に物事を感じ取ってつらいのかなと思っていましたが、彼女の性質は生育歴が確実に関係しているだろうと考えて、アダルトチルドレンとして描くやり方に変えました。夕子の繊細さや傷つきやすさは、生来のものもあったと思うのですが、家庭環境から比較癖や周りに合わせて気を遣う性質が身についていったと感じます。Web版では夕子にフォーカスしていて、周りの人を深掘りできていなかったのですが、改稿では夕子に関わる人々の性質を変えていくようにしていました。

――本作で出てくる人々は、仰るとおりに印象が大きく変わったと思います。夫の誠司は、最初とても理解のある人物だと捉えていましたが、自分勝手で子どもっぽい一面も見えてきました。

遠宮:Web版では、夕子がどんどん落ち込んでいくので、夫の誠司はそれを支える理想的な存在でないといけないと思っていました。七緒が素直に育っているので、理解者としての理想のお父さんが誠司でした。もともと誠司は鈍感で、七緒の性質に近い設定だったんです。だから仕事に集中すると他のことに気が向かなくなったり、思ったことをズバズバ言ったり、そういった夫に描き直して言っています。七緒のことは大好きだし、夕子のことはちゃんと想っている人なんですけどね。

――夕子の妹の朝子も、最初は不良な妹という印象だったのですが、多様性を理解した、軸を持った女性になっていると感じました。

遠宮:朝子は自分の感情を親にでも素直に出せる子で、客観視できるんですよね。夕子は親の機嫌を伺ったり自責してしまうのですが、朝子は自分の感情で考えられる。ただ、夕子に対して引け目を持っていて、朝子自身も課題を持っているんです。

――その姉妹の母親である「ばぁば」(夏希)はどうでしょうか。心配性で過干渉、気の強い母親だと思います。個人的に一番キツいと感じたキャラクターです。

遠宮:母である夏希は、将来的に夕子も同じようになるだろうと思いながら書いていました。表面的に夕子は自分を引っ込めて「自分が悪い」と思っているんですが、夏希は「自分が正しい」と思わないとやってられない。表裏の関係なんですよね。「私の言うことを聞いていればうまくいくんだから」と押しつけてコントロールしてくる。ただ、それが本当の自信からではなく、虚勢を張らないといけなかった。それが「じぃじ」の達弘の影響もあります。この夫婦の歪さも本編で読み取ってみてください。

――母にされて嫌だったことを、夕子も無意識に娘に対してしてしまっているんですよね。

遠宮:不思議なことに、連鎖していることに気づいていないんです。夕子がこの自分の思考や言動をどう受けとめていくのか、書籍版ではしっかり深掘りできたと思います。

――書籍版の改稿では、プロローグは全面的に書き換えをしていきましたね。

遠宮:そうですね。七緒の強いこだわりがよくわかるシーンになりましたし、七緒の性質にどういうふうに夕子が対応し、考えているのかを入れ込みました。七緒のこだわりがよく現れている「最初からやりなおして!」という気持ちが、なぜ湧いてくるかを考えました。自閉傾向が強いと、想定外の出来事が起きると、受け入れがたいんですよね。時間が1分でも過ぎたら世界の終わりくらいに不安になってしまう。

 “普通”に考えれば「こうすればいいじゃん」ということに、必死にならないといけない理由があるんですね。私が思うに、自閉傾向がある子どもは親と自分などの自他境界が曖昧な時期が長いんですよね。自分と他者は違う存在、ということを意識できなくて、だからこそ「誰かに頼る」ということができなくなってしまう。

――不安が強いとも取れますね。自他境界がないことは「アンとサリーの問題」などでも示されています。本来は3歳頃から、自分と他者は違う存在で、見聞きしている情報が違うと理解するそうなのですが、自閉傾向があるとその理解が遅くなる、と。

遠宮:そういった世界の見え方はつらいと思いますね。他人がわからない、というだけでなく、自然な状態に身を委ねることができないんじゃないかと。親という存在が認識できずに、頼れる存在がいないと同じですからね。

――世界の物理法則への反抗みたいな感覚もありますよね。例として出ているのは「コップの水をこぼしたら、その水を戻してほしいと泣く」とか。

遠宮:小さい子だとそういった癇癪を起こすこともあるとは思いますが、苛烈に泣き喚くのが七緒の性質なのかな、と。

――書籍版で描かれる、七緒のしゃべり方、僕は好きなんですよね。とても大人ぶっているというか、しっかりとしたしゃべり方なんです。

遠宮:自分が見ているものを相手も見ている前提のしゃべり方になるように書きましたね。相手にわかるような情報を入れていないんですよね。それが書いていて可愛らしいと思いました。

――このような形で、書籍版の改稿では七緒の発達障害の描き方や、夕子の複雑な心の動きを精緻に描いています。Web版とは読後の感覚が大きく変わると思います。ぜひ『あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした』をお買い求めいただけると幸いです。本日はありがとうございました。

遠宮:ありがとうございました。



■参考文献


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