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道理とは、人間が都合のいいようにはなっていない

この世界には道理というものが存在する。


人間、無視しても嫌でも在る。


在るのだから、その道理通りに事が進む。


いくら避けても、自分の思う通りにしようと思っても、万物は、この道理の力には逆らうことは出来ない。


道理の世界は、必ず答えが出る。


云うなれば因果応報。


やったらやられるの世界であり、全ての事象には原因がある。


であれば、その道理が何であるか、知りたくはないか?


この道理の世界を理解し、実践することが出来れば、人間、自ら意識が変わり、全く別の正の人格に変わる。


なぜならば、道理とは真善美だからだ。


従って、道理でない生き方は、偽悪醜となる。


己はどちらがお好みか?



例えば、会社における巷の社員教育。


これ、大概が、自社に都合のいい、使い勝手のいい人材を育てるだけ。


更に云うならば、この未熟な人間社会に適合する人材を量産するための教育。


これでは会社や社会の未来永劫の安定と発展は望めない。


即ち、道理とは、人間が都合のいいようにはなっていないということだ。


なぜ、会社の社員教育や学校教育に、生きる基となる道理を教える課目が見当たらないのか。


それは、お題を作るのも、教えるのも未熟な人間が応じているからだ。


道理を学び身に付けていない人間に、道理を教えることは出来ないということだ。


巷の社員教育や学校教育は、天から見れば、雑学の雑学。


未熟な人間が拵えた自己流だらけのもの。


それを浴び続ければ浴び続ける程、未熟な人間が腐敗していく始末となる。


では、どうすれば道理を知り、学びを得ることが出来るのか。


そう。


そのためには、まずは道理を学ぼう、学びたいとする姿勢と心掛け次第。


そもそも、道理はそこに在る。


それを無視し、遠ざけているのは寧ろお主らの方。


これ、真摯に向き合えば、何人にも自然と降りてくる。





即ち、道理は自然流。そのことを肝に銘じ、日々の営みの中で、自分自身を清め、自然の流れを感じ、真の道理が見えるようになるまで一心不乱に修行を続けます。





有難う御座います。

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Hiroto
幸せを呼ぶそよ風チャリダー/サステナビリティイノベーティブコンサルタント。「感謝感動を世界に地球に」のカングロ代表、ザッポス研究会、イノベーションサロンZ、システムD研究会、サステナ塾、セブメディ創設者