こよりさん「学校行く・行かない、で母は揺れない修行中」を読んで思うこと
私もやしが勤める学校はやりたいことをやる珍しい学校。
3歳から12歳の子供が週5日登校して
やりたいことから日々学んでいる。
こよりさんの記事
こよりさんの記事を読ませてもらった。
私の考えを押し付けや評価、批判したい訳ではありません。
学校に行きたい気持ちと行きたくない気持ちで葛藤する次女ちゃんと
子どもに寄り添う、こよりさんの心情がとても伝わってきた。
学校には魅了的部分と(繋がりの中で遊べる楽しさとか?)
嫌な部分(無理にやらされること、集団行動とか?)
が両方あるのかな?
自分の気持ちに気づく
この記事の中で
自分の気持ちを見つめ理解している
こよりさんの言葉をみて、とても共感した。
下記文章
こよりさんは
子どもの理解や寄り添いをすることはもちろん
自分への理解や寄り添いもいている。
なぜ自分の気持ちの理解が大切なの?
教育の分野に限らず、色々な分野において
情報が溢れている。
どれを信じていいか分からなくなる。
正しいと思っていたことが1年後には「間違っていた。」
または「もっといい方法が見つかった。」ということはいくらでもある。
何が正しいかではなく
「自分がどうしたいのか、どう成長して欲しいか」
に気づくこと。
例えば
嫌なことがあった時、どんな大人に成長して欲しいか。
嫌なことがあったら、それに立ち向かい乗り越えられる大人になって欲しい
嫌なことがあったら、無理せずに自分の生き生きできる場所を見つけて欲しい
嫌なことがあったら、方法はどうであれ自ら考え行動して決めて欲しい
このように自分がどう思っているのかひとつひとつ向き合うことが大切。
知識は大切。けど振り回されない。
次は今できること。今したいことを考える。
ここで知識や情報を手に入れることで選択肢が増える。
だが決めるのはあくまで自分。
また、「この知識が正解である」と決めつけるのも具合が悪い。
知識ばかり身につけて
正解を追い求めると
終わりの見えない迷路に迷い込む。
まずは
自分で決めて→行動して→よくよく様子をみて→振り返る
この繰り返しである。
もやしも日々学んで行動して失敗して振り返って
正解が見えないからこそ迷って、苦しいこともある。
このやり方は違ったと落ち込むこともあるし
子どもの変化を感じることもある。
子どもに学ばせてもらっている。
最後に
別の記事で書かれていた
学童の指導員の行動。
「適度なストレスが大切」という知識から
無理やり次女ちゃんを連れて行き
・泣く
・泣き止んだ後は友達と楽しく遊ぶ
・無理やりは嫌だったと主張
・学童に行かなくなる
などの行動を見て、振り返る。
学童の指導員さんは
「嫌なことを乗り越えてまた遊びにきて欲しい」と思っていたのかな?