実家と同じ柔軟剤
駅に行くまでの通り道に、実家と同じ柔軟剤を使っている家がある。
実際に使っている所を確認した訳ではないのだが、
その香りに連れられて、実家にいた時の記憶が鮮明に蘇ってきたので、ほぼ間違いないと思う。
香りというのは不思議なもので、その当時の記憶と気持ち、
考えていたことまで連れてくる。芋づる方式に、次々と。
新卒で入社した企業は、実家から通っていた。
私の家は市内から離れた田舎だったので、最寄りの駅までも歩いて40分はかかる距離であった。
そのため、車通勤の父に駅まで送ってもらい、
電車に揺られ、到着したと思ったらそこからまた20分会社まで歩いて毎日通勤していた。
都心に住んでいる人は、満員電車に疲れるのだろう。
一方私は田舎に疲れていた。1時間に数本しかない電車に、
乗り遅れられない。1本見送ったら帰りが1時間遅くなる。
どちらにしろ業務以外で疲れることは、なんだか損した気分になる。そして、その業務も上手くこなせていなかった。
夏はとても暑く、冬はとても寒く、雨の日は靴の中までびっしょり濡れながら、通勤していた。
そんな時、ずっとあの香りと共にいたのである。
汗をかいたり、雨に濡れたり、
今日は行きたくないなぁ、という日でも洋服に袖を通すと
香ってきたあの香り。
母はいつでもきれいに洗ってくれていた。
毎日どんよりとした顔で帰ってくる娘の為にご飯を用意してくれていた。
今となっては、自分の生活ことだけを考えていられるなんて
どれだけ幸せなんだと思う。
仕事に行って帰ってくる。それだけで身の回りのことは
してくれているのである。
当たり前じゃないんだ、そう気づいた時には、
既に違う柔軟剤を使っていたのであった。