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お寿司を諦める人を1人でも減らしたい。/がん治療中の母に送ったお寿司
2022年5月、Twitter(X)で1通のDMが届いた。
満面の笑みで加熱寿司を頬張っている女性の写真と、加熱寿司への感謝の言葉が添えられていた。そして「母が亡くなった」と書かれていた。お寿司を頬張る女性の娘にあたる方からのお礼と訃報だった。
自分の生み出した商品・体験が、明確に価値として受け止められた事実に、心と脳を揺さぶられるような感覚だった。センシティブな内容でもあるので、執筆を迷ったのも事実であるが、当該の女性からも、救われる方が必ずいるから発信してほしいと背中を押していただき、筆を執った。
加熱寿司は2022年11月22日(いい夫婦の日)に正式販売を開始し、もう少しで2年が経つ。事業を推進する中で、立ち上げ時に想定していた「妊娠中の人」とは異なる方々が、価値を見出してくれることが増えてきた。提供者としては、加熱寿司の価値を適切に理解し、広めていくことを大事にしたい。
このnoteは以下のような目的で書きたいと思う。
・家族や友人など、大切な人が病気の治療中で、何かできることがないか探している方に実際の体験談を届けたい
・受け手の価値体験を通じて得た示唆を、記録に残すことで、提供者側として事業価値を狭めないようにしたい
実際にあった体験談を、読んでもらえたら嬉しいです。
衝撃:最後のお寿司になりました
2022年5月、息子の出産から1年が経ち、プロトタイプとして、クラウドファンディングを通して加熱寿司を全国に届けた時期だった。新卒から8年間勤めた日清食品株式会社を退職し、加熱寿司に100%注力することを決めた。当時は妊娠中の方以外にも、生ものに配慮が必要な方がいるというのは理解しつつも、正直解像度が低い状態だった。
そのような中で、このメッセージと生前のお母さまが加熱寿司を笑顔で頬張る写真を受け取った。本業として加熱寿司1本に注力するか、副業として継続するか、少し前まで悩んでいた自分にとっては、これ以上に自分の意思決定を確かなものとして信じられる言葉は他に無かった。
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知る:がんという病
このメッセージをきっかけに、その後色々とやり取りを重ねており、当時の体験を改めて聞かせていただく機会をいただいた。お仕事としてインタビューさせていただいたはずが、お話を聞きながら、嬉しさと安堵で涙が出そうになった。話していた女性も当時の喜びを思い出しながら目に涙を浮かべながら話してくれたため、初対面の2人が涙を堪えながら話す、という不思議な場となった。(掲載許可済み)
当時、息子2人を育てつつ、医療従事者として働いて、あわただしい毎日をおくっていた。そんな中、遠方に住む母が救急車で運ばれ、急性骨髄性白血病ということが判明した。母を大切に思っていたし、自分も力になりたかった。でも、コロナ渦かつ、やんちゃな息子2人を連れて病気の母のもとに会いに行くことはできず、日々何もできない無力感を感じていた。母と一緒に住んでいる父の疲労も気になっていた。
そのような中で、Xで加熱寿司を見つけた。その時の驚きと感動は今でも忘れない。「これだ!」と思い、とにかく検索して情報を集めた。白血病の母は加熱寿司のメインユーザーではない中で、限られたクラファンの枠を埋めていいのか悩んだが、どうしても届けたく応援購入した。
母は元々生粋のお寿司好きだった。だからこそ、治療で食べられなくなり本当に悲しみ、落ち込んでいた。だからこそ、Xで加熱寿司を見つけて、「やっと自分にできることが見つかった!」と、飛び上がるほど嬉しかった。加熱寿司が到着後、母から満面の笑みで加熱寿司を頬張る写真が届き、自分の想いがやっと届いた、本当によかったなと。加熱寿司によって、母はもちろん、私自身も救われた。
その後母は亡くなってしまったが、最後に大好きなお寿司を食べることができて本当に良かった。母も私も救われた。後日談として、当時母と一緒に生もの立ちをしていた父にも2人で食べられるように2人前を送ったはずが、冷凍庫の中にもう1食残っていたことがわかった。娘としては父にも一緒に食べてほしかったという気持ちと同時に、父が母に全部あげたいと思ったんだろうな、というのがわかって心が温かくなった。自分にとって忘れられない体験を、本当にありがとうございました。
病に対しては適切な治療を行うことは大前提でありながらも、今ある時間をできる限り穏やかな気持ちで過ごせるか、という観点の大事さも教えていただいた。そのための選択肢があることで、患者の方はもちろん、そのご家族も救われることがあることを知った。
整理:己の生業への考え方
前職で食品メーカーの営業・マーケ・海外事業開発を経験する中で感じてきたことだが、現在の日本は、物質的に十分に豊かだと感じている。その満たされた社会において、現場では競合他社との競争やカテゴリーにおけるシェアの奪い合いが起きている。事業者側が前年の売上・利益のために、その上澄みをすくって、既に十分に満たされてる人の、残りの隙間を満たそうとする、少なくとも私はそのような実情を感じた。
自分のライフスタイルの変化に伴い、このような競争の激化する事業より、マイノリティも豊かに暮らせるよう、自分の手で手触り感のある事業に携わりたいという心境の変化があった。
「その商品が無くなって困る人はいるのか?」
私自身は、現在多くの制約やストレスの中で困っている人の生活が少しでも底上げされる手助けをしたいと思っている。社会的に見ては少数派であり、大企業の多くが目を向けない方々に届けられる価値があるのなら、なおさら私がそれをやる意義がある。
挑戦:新たな価値提供
食のストレスで苦しんでいる方の支えになれるなら、価値を届けたい。今振り返ると、事業がまだ形になる前から、がん患者の方・あるいはそのご家族からの問い合わせは継続的に届いていた。私自身の大学院の同僚の旦那さまも白血病になり、状況を聞きながら、退院祝いとして加熱寿司をお贈りしたこともあった。自分なりにがん患者の方の食事制限について勉強したが、医療職や栄養士でもない自分個人だけの知識や経験で安易に手を出して良い領域ではないと感じた。事業を営む者として、恥ずかしながらあまりに無知な領域で、身動きができない状態でいた。
そのような中、友人の同僚という加熱寿司とは直接関係のないご縁から、ご自身もがん患者であり加熱寿司の意義を感じてくれている方と出会った。驚いたことに、がん患者の方が集まるXのスペースで加熱寿司が話題になっていたと教えていただいた。その後、私自身が勉強不足であった、がんという病や治療の副作用・後遺症、それらに起因する食事や生活の問題について、多く学ばせていただいている。実際に血液内科医の先生、がん患者の方を対象にした管理栄養士、看護師の方々等、がん患者の方を支える医療従事者の方と加熱寿司について議論させていただく機会をいただいた。
皆さん口をそろえておっしゃるのは、がん患者の方からお寿司の話題が絶えない、というお話であった。「お寿司を食べたい」「いつになったらお寿司を食べていいか」という質問をされる、病院食でちらし寿司を出したら普段食欲のない方も喜んで食べられた、など私が想像する以上に現場でお寿司に関する話題は絶えなかった。医療側としても加熱寿司という選択肢を自信をもって患者さんに提案できれば、これまでの曖昧な回答しかできずくすぶっていた自分も救われる、と応援いただき、今がん患者の方向けに必要な情報の整備等を進めている。
がんといっても多様であること、生ものが食べられる人食べられない人がいること、をこれからもっと知っていきたいし、患者さんやご家族が穏やかに過ごす一助になること以上に嬉しいことはない。がんなどの病気で生ものを控える必要がある方、あるいはそのご家族の方等には、ぜひ加熱寿司に関する希望やご意見などあれば、聞かせていただきたい。
これからも、自分が考えた価値に閉じず、周囲の声に耳を傾け、価値ある場所に適切に・継続的にお届けし続けるサービスとして、尽力していく。食の我慢・ストレスで苦しんでいる方を1人でも減らし、皆が食を楽しめる世の中に。