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真夏のバス停で初めて会った奥様と相合傘をしたアチチな話

今年の夏もあっつ〜いですね。そんなあっつ〜いの真っ只中にお盆がありましたので、僕は地元に帰省していました。毎年帰省はしているのですが、今年の夏は地元で『思いもよらぬ出逢い』をすることになりましたので、今日はそのお話をしていきます。もしかしたら、ちょっと『アチチ』な物語かもしれませんね。

地元に帰省して、やることもなかったので街をうろうろ走っている循環バスに乗って、ちょいと観光めいた事をしようと思いました。地元って意外とそういうスポットの事を知らずにいるんですよね。なんせ僕は大学進学を機に他県に移り住んだため、18歳までしかいなかったので無理もありません。地元の名所は『実家』であり、地元で美味しいご飯は『実家のご飯』なのです。なので、地元にあるベタな観光地に行くのは、意外にも楽しい行為というわけです。

ここで物語の場面は屋外に切り替わります。
かな〜りあっつ〜い中で、屋根の無いバス停で1時間に1本しか無いバスを僕は待っていました。と言っても、実家から徒歩数分の場所にバス停があったため、実際バスを待った時間は10分弱だったと思います。
屋根もなく、かろうじてベンチのあるバス停でした。
10分弱とは言え、『暑さ』は避けたい苦ではあるため、かろうじてバス停から伸びていた影の中で涼んだりもしました。しかし圧倒的に自分の横幅・縦幅の方が太かったため、すぐにやめました。諦めて日差しの中でイヤホンを付け、ラジオを聴きながら過ごしました。

バスの残り時間まで数分となった頃、道路の向こう側のバス停に婦人がやって参りました。ここでは敬意を込めて、『奥様』と呼ぶことにしましょう。
奥様は当然ながら、日傘を差しておられました。何と言っても近年の夏の必需品ですからね。僕みたいに日傘もささずに直日で(うぅ…)と堪えていては、もはや危険行為ですからね。

バスが来るまでスマホを触って過ごしていたら、僕のいる場所にふっと影ができました。突然の影に「む?何事か!」と驚きつつ上を見上げてみると、何と奥様が僕の隣にいるではありませんか!そんな気配を一切見せず、僕に気づかれることもなく、音もなく僕の元に近付いてきました。武士ならとっくに斬られている間合です。奥様の日傘が日本刀でなくて本当に良かったと思います。

その日傘の影の中に僕を入れてくれていたのです。

戸惑いつつ、付けていたAirpodsを外すと、
「ちょっとだけでもね。有るのと無いのとでは違うから…」
と話しかけてもらいました。

…何ということでしょう。
こんなに世界は美しかったのでしょうか。それに僕はやっと気づいたのでしょうか。日に晒されながらラジオを聴き、面白くてややニヤついていた僕にこんなに優しくしてくれる人がこの街には住んでおられるのか。
ちょっと暑すぎる陽だまりの中にできた小さな影の中で2人、バスが来るまで楽しく過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。

いや、しかし、ちょっとだけここまでの流れに『違和感』があったんですね。
ここで終わってはいけない心の動きが確かにありました。
それは何かというと、あの…非常に申し訳にくいんですけれど、ちょっと、距離がぁ…、近すぎて…。
いや、めちゃありがたいんですよ!熱中症は危険な病気ですから!それには日よけが大事な要素ですから!
でも、あの…、2人の距離が本当に…、なんだ?例えて言うなれば…、その…。
いや、例えるまでもなくて…。そりゃ傘の中に2人の人間がいるわけで、それは『相合傘』という状態であって…。
少女漫画でも最初はきっと避けられますよね?それは徐々に距離が詰まっていくのが醍醐味だからであって…。
例えばですね、学校から帰ろうとしてヒロイン(ウミカ(仮名))が靴を履いて校舎の外に出た時に雨がザーって降っていて、それにそこで気づいて(どうしよう…。帰れない…。)と、足止めを喰らうシーンがあります。そこに通りかかったくっそイケメンのサッカー部エースのジュンヤ(仮名)が、

「ほら、ウミカ。俺の。使えよ。」
「え!でも、ジュンヤはどうすンのさ…。」
「俺は良いんだよ。足、速えっから。」
そう言って、雨の中、鞄を頭に乗せて走り出すジュンヤ。
「もう…。ジュンヤのバカ…。」
雨に滲んだ砂の中にできた彼の足跡の上を、その傘に守ってもらいながら、ウミカはなぞるように噛み締めるように歩いて帰りました。

というシーンがあるくらいです。アチチですね。

奥様!それくらい傘の中は狭いのですぞ!
(私はベンチに座っており、奥様は立っておられる!でも!ちょっと!距離が!近いです!パーソナルスペースがぁ!PS!PS!)
という心の声はもちろん漏らしません。大人ですからね、えぇ。

さて、バスが時間通りにやってきて、2人でバスに乗り込みました。
「涼しぃ〜〜!公共交通機関、ありがとう〜〜!」と言う顔をしながら、僕は一番後ろの長椅子の端に座りました。奥様はその斜め前の2人がけの席に鎮座されました。そしてドアが閉まり、バスは動き始めます。

3分くらい走ったでしょうか。
再びラジオを聴きながら窓の外を眺めていた僕ですが、前方の奥様に動きがありました。何と鞄の中から『汗拭きシート(スースーするやつ)』を1枚取り出し、僕にくれたのです。「はい、涼しくなるからね。」と声をかけてもらえました。

…何ということでしょう。
こんなに世界は美しかったのでしょうか。それに僕はやっと気づいたのでしょうか。汗を拭くと体の外側は冷たく、同時に心の内側に温かなものを抱きながら、僕と奥様を乗せたバスは同じ方向の、違う目的地に向かうのでした。
めでたしめでたし。

いや、しかし、ちょっとだけ話をさせてください。
まずは!基本的には!感謝を述べたい!奥様!初めてお目にかかった私目に対してここまで厚いお恵みを頂き!あぁ!感謝!感謝!

(…拭いた後のシート、どうしよう。)

無粋な僕の心には、こんな言葉が浮かんで参りました。
僕は基本的に手ぶらです。その日はリュックすら背負っていませんでした。
ポケットがあって良かったな僕の人生は、といつも思っています。

そうなのです。拭いた後の汗拭きシートが行き場を失ってしまっているのです。
ゴミはゴミでも、レシートとかならまぁポケットに突っ込んだりするじゃ無いですか。んで、そのまま洗濯とかしちゃうじゃ無いですか。
でも、冷感シートとなればやや話は別ですね。自分の汗と言えど、夏場にかいたややしっかり目の汗を吸い取ってしまっています。
これをポケットに入れるとなると、流石に抵抗があります。
いや、待って!奥様!基本は感謝ですぞ!あ〜感謝!止まない〜!

ここまで読んだあなたはこう思ったのではないでしょうか。
「奥様が拭いた後のシート、回収してくれたんじゃね〜の?」

…何をおっしゃりますか!拭いた後のシートを回収するとなれば、相当な間柄です!!血のつながり…!永遠の愛…!それほどの行為なのですよ!拭いた後のシートの回収は!ジュンヤとウミカだってきっと、拭いた後の汗拭きシートはまだ渡し合っていません。(ウミカは密かにそういう行為を望んでいることが6話で発覚します。ジュンヤの遠征に付いていく回です。)
結局僕はこの汗拭きシートを、ハンカチの間に包み込み、カフェで捨てるまでずっと所持していることになります。

でも実際は(ここで「ほら、捨てておくからちょうだい!」と奥様に言われたらどうしよう…。)とも思っていました。「奥様…。それは、できません…!ウミカですら…、まだなのですから…!」と地域の循環バスの中で涙を流すことになっていたかもしれません。

実際、ゴミは要求されませんでした。ホッとしたのも束の間。このゴミどうすんねん問題はそのままです。もし僕を操作する上位存在が今アイテム欄を開いたら、びっくりするでしょうね。身に覚えのないゴミがアイテム欄に入っているのですからね。そのまま「すてる」コマンドを選択してくれたら楽なのですけどね。おい、上位存在!聞いているか!

さて、数駅過ぎたところで、奥様が『次、停まります』ボタンを押しました。
僕よりも早く目的地に着いたようです。ここまでの経緯を鑑みるに、きっと降りるときにまだ『何か』があるに違いありません。

①塩あめをくれる(理由:暑い時に塩あめを舐めると嬉しいから)
②「暑いから気をつけてね!」と声をかけてくれる(理由:暑いので気をつけて欲しいから)
③降り側に手を振ってくれる(理由:手を振ると、振られた側も嬉しいから)

などが考えられるでしょう。
なので奥様が降りる駅の手前あたりで僕もソワソワし始めました。
①〜③のどの行動が選択されても、スマートに対応しなければなりません。
対応を間違えれば好感度の下落に直結します。恋愛シミュレーションゲームであれば、奥様ルートが潰えてしまいます。

奥様が席を立ちました!僕は奥様の方をやんわりと眺めています!
さぁ!何でも来い!スマートに返してやるぞ!

そのまま奥様は、こちらを見ることもなくバスを降りて行きましたとさ。
めでたしめでたし。


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