くまみ

映画と西洋絵画が好きな会社員。本が増えてすぎて本棚を増やすことにしたよ。

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映画と西洋絵画が好きな会社員。本が増えてすぎて本棚を増やすことにしたよ。

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ビニールを解いて

安い賃貸だからなのかドアが閉まる音がやけに大きく響く。 こんな深夜から始まる遊びを飽きもせずよく行けるものだと、感心してしまう。大学2年生の夏なんてそんなものなんだろう。賭けて遊ぶだけなんて楽しさがわからないけれど。 一人残された部屋は居心地が悪い。本を開こうにも物がないし、映画を見ようにも真司とは趣味が違うから並んでいるタイトルでげんなりした。テレビは嫌い。ほんの1年くらいテレビがない生活をしていたら、番組の面白さから取り残されてしまった。 することがない。微塵も。 家は

    • 心を見せてほしい『セイント・フランシス』

      元気がない時は映画を観るに限る。 予告で「私は賢い!私は勇気がある!私はカッコいい!」と新学期にフランシスを送り出したブリジットに多分元気づけてもらえるのではないか。そんな気持ちで『セイント・フランシス』を観てきた。 「これ面白そうだね」と言葉を交わしたような気もする。でも、一人分の席をとる。 いろんなことを突きつけられる映画だった。 身体のこと。 女性として生きること。 愛する人とのrelationship。 宙ぶらりんな生活。 それらにまつわる感情。 ブリジット

      • かの家に明かりが灯る日は

        あと数日で祖父は逝ってしまうらしい。あまりいい状態ではなくなってきていたことは、前の年からわかっていたことだった。 母からのLINEはあっさりとしていた。 「じいじそろそろやばいです。でも帰ってこなくて大丈夫。」 昨年、父方の祖父を亡くした時もそうだった。「帰ってこなくていい」 コロナのせいもあって、葬儀に呼ぶのもかなり数を絞ったらしい。 オンライン葬儀だとはしゃいだカメラに端っこには、椅子に座って肩を落としている風に映り込んだ父がいた。 母はこんな時でも空気を読まない。

        • 平たくなってくのなら

          私には苦手なことがたくさんある。 苦手なことが迫ってくると、つい感情的になる。 そんな自分のことも受け入れがたく、仲良くやっていけるイメージが持てない。苦手な子。 今回もまた怒ってしまった。毎回思う「今度こそ上手くやろう」変わってないのはどっちだろう。 私が変わってない。そう思うのと同時に、「こういう私」を理解してもらえてない、そう思ってしまうとどうしても悲しかった。 30年以上付き合ってきた私ですら理解し難い、「私」のことを理解するなんて無茶苦茶なことを言ってるのはわかっ

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        ビニールを解いて

          ぜんぶを飛びこすクルマ

          「いっちゃーん!」 遠くから、以前より随分と逞しくなった声が聞こえた。スケートボードに乗っているのか体をフラフラさせながら、ゆっくりと小さな影が近づいてくる。 遠くからでもわかる、赤ちゃんの頃のようなむっちりとした姿は見る影もなく、幼児の体になっていた。夏の日差しで眩しいだけではないといったように、いつきは目を細めた。 「いっちゃん、ごめんごめん。お待たせ!久しぶりだね。本当に遊び来てよかった?」 「いっちゃん、見てー!ママが買ったー!」 似た顔の二人が一斉に話しかけてくるも

          ぜんぶを飛びこすクルマ

          泣いてから決める

          私はずっと泣き虫だった。 1人の部屋が与えられてから、いっそう泣き虫として成長してきた。 7歳のクリスマスイブは不運にも真夜中に目を覚ましてしまった。寝返りを打つと頭に固い何かがぶつかった。それは、サンタさんからのプレゼントだった。 その年に父親を介して、サンタさんに書いた手紙には水でなぞると水彩絵具のように溶ける色鉛筆をお願いした。その頃、絵を描くのがとても好きだったからだ。 思わず綺麗にラッピングされた包みの表面をなぞると真っ平らで厚みがない。それに店でその色鉛筆のセッ

          泣いてから決める

          鶴と亀の計算式

          鼻先の冷えた感覚に薄目を開けると、真っ白で何も見えない。驚いて身を起こすと、勢いにびくつくようにシートベルトが体に食い込んだ。 車の中。 横を見ると、亜季が険しい顔でハンドルを握っていた。1メートル先も見えないほど、もやる道をハイビームで照らし、結構なスピードを出して進んでいる。 「やっと起きたか。こんな日に運転させんなよ」 もぞもぞと動き出したのに気づいたのか、道をまっすぐ見据えたまま亜季が話しかけてくる。 「おはよ。頭ぐわんぐわんする。これどこ行こうとしてんの?」 「昨

          鶴と亀の計算式

          リンゴにけむり

          「ねえ、その漫画面白い?」 読んでいたページに影がかかって見上げると大学生ぐらいの女が話しかけていた。 「耳ぶっ壊れてる?耳栓?ねえそれ面白い?」 今度はもう少し大きくゆっくりと話しかけてくる見知らぬ女のタメ口に「知り合いだったか」と記憶をたどる。知らないはずだ。何なんだろう、この女。 「お、感情が生きてる」 けたけたと笑いながら、ソファーの隣に腰かけてくる。なおも漫画が気になっているのか、どんな話か、どこまで読んだかと矢継ぎ早に質問をしてくる。 「…お会いしたこと、ありま

          リンゴにけむり

          鏡にはそばかすが映るし、腰の骨はちょっとずれてる『I feel Pretty』

          小さいときは大きくなっていくことが楽しみだった。 背が高くて、勉強はそこそこできる。いい友達のおかげで優しくなれた。面白いことをたくさん見せてくれる友達が多かったから、たくさんのことに興味があって、眠るのが惜しいほどいろんなことに没頭した。仲良くなりたいから知りたい。分かりたいから、関わりたい。 なんでもできるとは思わなかったけど、それが気にならないくらい満足していた。 大人になっていくとその一つひとつが無くなってしまうんだろうか。 毎年変わっていく心にも体にも戸惑うことば

          鏡にはそばかすが映るし、腰の骨はちょっとずれてる『I feel Pretty』

          ハッピーホーム、ハッピーアイスクリーム

          幾度も首筋に口づけを落とされながら、窓を見やると夕焼けもいよいよ夜の色を帯び始めていた。休みをいいことにほとんどの時間をこのベッドの上で過ごしていた。会話もそぞろに熱っぽい視線を絡ませながら、瞳に映る自分をぼんやりと眺める。 半年。 出会いからこの短い期間で急速に縮まった仲に一人感心してしまう。時間が許せばこの部屋で会っていたせいか、ずいぶん長い時間を過ごしたようにも思ったけれど、二人で全ての季節を過ごしてすらいないのだった。冬を越し、春を通り過ぎた。日が長くなってきたこ

          ハッピーホーム、ハッピーアイスクリーム

          向こう岸のあなたのこと

          おおよそ規則正しい寝息が聞こえる。 忙しそうに駆け回っていたし、私といる間はきっと私のためにたくさんのことを考えてくれていただろうから、こうして自分だけのために時間を使っていてくれるとほっとする。 繋がれたままの左手が寝ている人の体温にあてられてじんわりと汗ばむほど熱をもっている。 今までだったらぱっと解いて汗をぬぐったりしていただろうに、そんなのも気にならないくらいしっかりと握っていた。 初めて手を繋いだ時も左手だった。形のいい爪がそろう長い指にすっぽりとおさまるようにし

          向こう岸のあなたのこと

          口の中の甘さ

          「あれ?これ期間限定のやつ?くーちゃん変わった味食べるの珍しいね」 「ん。友だちがくれた。誕生日だからって」 「一昨日だったもんね。おめでと」 自分のことのように嬉しそうな顔を向ける彼女に、さっきまでの波立った気持ちが少し凪ぐ。 「そんなに物欲しそうな目しなくてもあげるよ。残り全部食べて」 「プレゼントなのに悪いよ。嫌いな味だったの?」 「期間限定って、あんまり好きじゃない。お祝いの気持ちは受け取ったし」 口の開いたチョコの袋を置いて、自室へ上がる。 あーさんはいただき物を食

          口の中の甘さ

          耳元の温度

          桜を散らす雨も、足元を這い上がるような冷たい風もなぐ頃。 いよいよ日も長くなって、窓を開けていることも多くなる。隅々まで掃除をして、洗濯も終わって寝転ぶと、陽気にうとうとしてきて大きく伸びをした。 少しだけ微睡むつもりが寄せた毛布の塊からブランケットを引っ張り出してくるまり始めてしまう。足の指の腹で布の感触をなぞるのは、眠りに落ちそうな時にする癖だ。これから夕食の支度もあると頭ではわかっているのに、なぞるのがやめられない。ふかこーりょくってやつだ。 その時、枕元で携帯がムー

          耳元の温度

          若芽に光

          3日前から連絡が途絶えている。いつもはうるさいほど話を聞けとまとわりついてくるのに。 くーちゃんはこうして時々燃料が切れてしまうことがある。振り回すだけ振り回して、自分は雲か霞のようにぱっと消える。かと思えば、野良猫が腹を空かせてすり寄るようにいつの間にか現れる。付き合いは長いけれど、いつまで経っても掴めない人だった。 そんなくーちゃんが連れてくる人はみんなくーちゃんみたいに掴みどころのない人たちだった。つまり、私から見れば信用に足らない。 「ねぇ、次はどこに流れ着いたの?

          若芽に光

          ふるふるのやわやわ

          LINEに返事がない。 様子を見に行くと、感情移入しすぎてまた泣いていたようだった。 「悲しい話?」部屋に入ってきたのも気づかなかったのか、かけられた声に照れながら「胸がいっぱいになっちゃって」と顔を上げた。 「本でよく泣くよね」 「この作家さんって、すごくいい表現をするんだよ。中の人と一緒にいるみたい。今回の話は残された家族の日々を追っていく話なんだけど、様々な葛藤を柔らかくしなやかに見つめていくんだよね。お父さんの語り口は淡々としているのにすごくあったかくて」 言いながら

          ふるふるのやわやわ

          水面のきらめき

          いつものようにボタンを押し進めていくと、あるページで止まる。 もうこの時期か。 更新はこれで何回目になるだろう。窓口でシールを張り替える手続きをしてたけれど、いつのまにか画面で完結するよう変わっていった。いつまでも一昨年くらいに感じてた「あの時」はそろそろ8年前になる。 ねぇ、本江くんは今も更新してる? 「本江先生。いつも一生懸命にね、指導レポート書いてるのわかるよ。だけどね、これお父さんお母さんがこの字見たらどう?」 ただでさえ甲高い室長の声がいつにも増して教室中に響き

          水面のきらめき