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グループkasy(金土豊、他)
2018年8月1日 00:21
東京都千代田区一番町の通りに面する、8階建ての雑居ビルの3階と4階のフロアにある出版社、草案社。築40年を越える古びた雑居ビルだが、出版社や編集プロダクションの集まる千代田区では、ごくありふれた建物だ。その草案社が出版している、月刊ミスト編集部に水落圭介は呼ばれた。水落圭介は現在30歳で、フリーのルポライターを5年やっている。都内の私立大学文学部を卒業した後、ある大
2018年8月1日 11:03
水落圭介はさらに、資料に目を通していった。それによると、その島は地元の人でも怖れて近づかない、無人島らしかった。地元民が怖れる理由は、その島では、たびたび兵士の亡霊が姿が目撃され、その姿を見た者の中には、生きて帰って来なかった者もいるということらしい。その島には名前もついておらず、古来から『名無しの島』と呼ばれているという。兵士の亡霊か・・・古臭いネタだな。圭
2018年8月2日 16:11
草案社を辞去した水落圭介は、東京都目黒区にある、自宅マンションに帰った。20平米ほどのワンルームで、事務所兼書斎兼居間でもある。一人暮らし用の小さなキッチン、ユニットバス、東側の壁にはクローゼットがある。仕事用のデスクには、21インチモニターとデスクトップパソコン。南側には小さなベランダに続く大きな窓。その窓際にはシングルの簡素なパイプベッドが置かれている。フローリ
2018年8月3日 20:25
翌日、水落圭介は『名無しの島』へ行く準備を始めた。部屋のクローゼットから、愛用の登山用大型リュックを取り出す。中には食料品、飲料水以外は以前、屋久島に取材に行ったときのままにしていた。スェーデンのモーラ社製のナイフ。刃渡り20センチ、厚みは3ミリ以上ある丈夫で、切れ味のいいものだ。これで薪さえ切れる。それとスイス製のアーミーナイフ。缶切りや爪やすりなどがついたキャ
2018年8月4日 09:29
鹿児島県枕崎市の漁港は、枕崎市自体の人口こそ少ないが、南部に東シナ海を臨み、カツオの水揚げが全国有数規模の枕崎漁港を持つ。雲ひとつ無い晴天ともあって、潮風もすがすがしい。目前には、かすかな白波を立て凪いでいる、コバルトブルーの美しい海が広がっている。その風景に、5人は旅の疲れが癒されたような気分だった。水落圭介は事前に連絡を入れておいた、漁業組合のある建物に向かっ
2018年8月4日 16:58
枕崎漁港の界隈には、ホテル・旅館などの宿泊施設がわずか3軒しかなかった。その中で飛び込みに宿泊可能だったのは、『葉山旅館』だけだった。水落圭介、井沢悠斗、小手川浩の男性グループと、有田真由美、斐伊川紗枝の女性グループとに分かれて、それぞれ相部屋をとった。夕食は旅館が出した料理で済ませた。そして男性グループの部屋に5人は集まり、明日の行動を再確認することにした。 8
2018年8月5日 09:47
所沢宗一の漁船『はやぶさ丸は』白波を掻き分けながら、順調に進んだ。カツオ漁に使われている船とはいえ、所沢宗一の船は大型ではない。そのためか、時おり大きく上下に浮き沈みした。水落圭介と井沢悠斗はリュックを降ろして、船の後部にあぐらをかいて座っていた。枕崎漁港は次第に小さくなり、そして視界から消えた。有田真由美と斐伊川紗枝は、操舵室の側面にいた。真由美は操舵室にもたれ
2018年8月6日 20:46
「さっきまで、いい天気だったのに~」斐伊川紗枝のぼやく声が聞こえた。 まだ、ピクニック気分なのか。水落圭介は苦笑した。こっちは天候を理由に、港に引き返すと所沢宗一が言いかねないと思い、内心ひやひやしているというのに。次第に島の全体が見えてきた。幅500メートルほどのこじんまりした海岸が見える。さして奥行きはないが、きめ細かい粒の砂浜だ。漁師からも怖れられている、『名
2018年8月7日 13:49
まだ、夕刻には早いというのに、辺りは薄暗く感じる。陽光に照らされ、船上にいた時には濃かった姿を作っていた自分たちの影はかすんで、岩棚に映ったそれは、ほとんどその輪郭が判別できない。それに、いままで気づかなかったが、5人の誰もがかすかに生臭い風を、嗅覚と肌に感じた。 井沢悠斗は周囲を見渡した。一見、どこも断崖にしか見えない。素人目には、とても登れるような所は見当たらなか
2018年8月8日 00:35
水落圭介は腕時計を見る頻度が、増えていた。まるで、地下鉄のホームにいる時みたいだ・・・次の電車は何時だ?とでもいうように。水落圭介は、そんな自分を苦笑いをする。 井沢悠斗を先頭に森を進む一行は、いつ終わるともわからない歩みを続けていた。水落圭介自身も、疲労がつのっていた。日頃からジョギングやジムで体を鍛えるように心掛けてはいるが、舗装路と起伏の激しい場所とでは、疲
2018年8月8日 20:49
明朝6時、全員は起床した。井沢悠斗が、まだくすぶっている火種に小枝を追加して、炎を再び起こす。5人は彼が沸かした湯で、粉末のコーンスープをシェラカップで溶かし、パンと一緒に食べた。朝食を済ませると、小手川浩が疲れたような口調で言った。「すみませんが、僕はここで少し休みたいんですが・・・ 両足が張っちゃって、歩けそうも無いんです」そんな小手川のセリフを聞いた有田真由美は
2018年8月10日 19:02
水落圭介はもつれそうになる両足に、必死に力を込めて走った。右手には斐伊川紗枝の腕をつかんでいる。彼女がパニックを起こしているのは、明らかだった。断続的に悲鳴・・・いや奇声を上げている。圭介はその口を塞ぎたくてたまらなかったが、恐怖の方が、その衝動に勝っていた。 今は逃げるのが先だ―――。井沢も言っていたではないか、不測の事態が起これば、ベースキャンプに戻れと・・・
2018年8月12日 10:44
ベースキャンプから離れてしばらくすると、雨が降り出した。それも豪雨だ。水落圭介を先頭に小手川浩、斐伊川紗枝、そして有田真由美の順だ。4人は、ポンチョを被り、雨をしのぎながら東側の森をゆっくりと進んでいた。なるべく音を立てずに、慎重に。とはいっても、ポンチョに叩きつけられる雨が、やたらと大きい音に聞こえる。その音だけで、不安感をあおられるようだ。それに時々、濡れた地
2018年8月13日 07:23
洞窟―――というよりも坑道というべきか。マグライトの光に照らされたそれは、幅3メートル、高さ4メートルほどもあった。30メートルほど進むと、入り口近くにあった、コケ類や藻は次第に姿を消していき、コンクリートの地肌がむき出しになっている。 有田真由美も、頭部に付けるヘッドランプを点す。その両手には即席の槍を身構えた。水落圭介のマグライトと、彼女のヘッドランプの光が、