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「丕緒の鳥」(十二国記)を読みました

今回はどこの国のお話かな〜と思っていたらまさかの短編集で「!?」となりました。メインストーリーの皆さんではなく、それぞれの国に暮らす官吏や民のお話ということで…
ていうか12年ぶり!!て書いてあったんですが12年間待ったんですね当時からの読者の皆さんは…干支一周。魔導祖師だったらあと1年で魏無羨が復活するほどの歳月だ…。

1.丕緒の鳥

中嶋さんが来る前後の慶国のお話ですね。
王が即位する際、陶器で作ったかささぎを射て割り、中から香りをさせたり割れた音で楽を奏でたりと、あまりにも風雅すぎて私には想像付かないんですが、
そういう「大射」というめでたい行事があり、そのための陶鵲を用意する羅氏の陶工、丕緒が主人公。
女王に恵まれなかった慶国に新たに女王が践祚した報せを受け、丕緒は陶鵲作りを命じられるんですが、予王の時代に女性が排除されたのは王宮周囲も同じで、かつてともに働いた丕緒の同僚の蕭蘭も排除されてしまった過去があり…。

丕緒が自身の意思を唯一王に伝えられる方法がこの大射での陶鵲なのが個人的にたまらなかったですね。それって普通に考えればものすごい賭けじゃないですか!?
そして丕緒自身が陶工として素晴らしい腕前がある分、予王の時に漸くそのさまが正しく映り、結果として「おそろしい」と伝わった瞬間の絶望って想像に余りある…。
この時に丕緒が感じた感情って誰にも共有出来るものじゃないですよね、ああ…となる。
賭けって確率どうあれ勝ちを期待するからやるもので、負けた時の喪失感は本当に言葉にし難い。ただ願うこととは違って、失うものがあるから賭けは恐ろしい…。

そしてこの丕緒が持った期待も、人々が王に求める希望の一端には違いなく、運命を背負いきれない王と期待を捨てられない人々って地獄すぎる。
で、絶望を経てからの中嶋さんとの邂逅ですよ…華々しい行事の話なのにこの二人の間に流れた会話が静謐なの本当にたまらなかった〜…すごく救いを感じました。
目を逸らさず、決意と自分の言葉で以て相手に何かを伝えようとする中嶋さんの誠実さよ…この子ほんまどんどん王なるやん…王ですやん…と、あまりのことに中身ゼロの言語しか話せない関西人になってしまいました。

2.落照の獄

うわあ最近沿岸に魔物が出る柳だ…
ということで柳の司法の長、瑛庚えいこうが大量殺人犯の狩獺しゅだつを死刑にするか否かに頭を悩ませる話なんですが。
お、面白かった…めちゃめちゃ面白かった…。そしてこの短編集で一番不穏でした。これから柳はどうなってしまうんでしょうか、助けてください小松さん…。
瑛庚の現在の奥さんとの対話では職と私、主に公私の分別について、
司法に関する他の役職の人との対話では、偉くなるほど職が国の意思に近付いていくという話でこの辺の立場による分別や認識の違いの話めちゃめちゃ面白かったです。

多方面から、現状形骸化している柳での死刑はどういうものなのかを論じ合うところ、全部にうんうんてなってしまいましたねダメじゃん…!
誰の言うことにも一理あるとき、人はどうやって結論を出したらいいんでしょうか…答えが無さすぎる。
最終的にそこに道を示してくれるのが狩獺なのがどうしようもなくて最高でした。しかもその道に一切光が差してない。でも進むしか無いんだ柳は…。
「絶対に悔い改めない」という一言よ…グェ〜最高で最悪です。柳はどうなってしまうんですか…北側荒れすぎじゃないですか!?
隣国の雁か恭が頑張るしか無いのか…あれその二国の王って小松さんと珠晶様?あっ…大丈夫そうかもな…話が飛びました。

前の奥さんが逆恨みに近い形で瑛庚の名を出し詐欺を行ってた話の中で、瑛庚自身が自分の世界から前妻を排除してしまっていたから、だから狩獺も同じくなのでは?
と気づきを得るところがあまりにも性善説で苦しく印象的でした。
読者もそうだそうだ!と信じたい気持ちを持ちながら読み進め、狩獺の一言によって瑛庚と一緒に救いを失う感じ、夕陽が差して真っ赤になる描写、不穏すぎてたまらなかったです。めちゃくちゃ好きですこの話。

3.青条の蘭

人が激減して盧は荒れ果て里木に身を寄せ、何にも気を払えなくなっている人々…!?雁!?と思いながら読み始め、終盤出てきた関弓と玄英宮という言葉で雁が確定し(あああこの希望の先に小松さんが居る…助かる…!!!!)となりめちゃめちゃ胸熱で最高でした。小松さんって存在あまりにも希望すぎて眩しい。
そしてそこに繋ぐまでの人々の想いの暖かさがたまらない〜〜…人々の願いの尊さよ…と思う気持ちと、やっぱり王に寄せられる希望の重たさに息が苦しくなる。でも小松さんはそれを背負える王なんですよね、王が王たる所以すぎる。最高です。
標仲と包荒に手を貸してくれるのが今まで作中で恐ろしい存在とか、群れないとか言われていた猟木師の興慶なのも良かったですね…。
興慶が手を貸してくれたのって包荒が興慶を蔑ろにせず、山で出会った同胞として見てくれたからなわけで…それを思うと信じたかったなあ狩獺の時も…狩獺がそうなってしまったきっかけって何なんだろうな…とつい柳に意識を持っていかれてしまいました。
あと、一人になった標仲が青条を抱え道を急ぐ最中、自分の思うこと、状況をどれだけ言葉を尽くしても伝わらないから、と諦めている姿から今度は丕緒のことを思い出し、丕緒の塞ぎ込んでいた胸中にもこれに近い諦念があったのかな…と過去編総おさらいみたいになってました。まだ最終話じゃないのに展開が胸熱すぎて勝手に最終回みたいな気持ちになりました。

どれほど胸熱だったか具体的に言うと、桜蘭高校ホスト部のアニメ最終話で環先輩が普通に車ガンガン走る道路に馬車で駆けつけた時くらいです。

4.風信

といえば慕情!?と反射的に思ってしまうんですが、それは全く別作品の私が好きなキャラですね。
中国語で「信」は手紙!「手紙」はトイレットペーパー!!中華ドラマのおかげで絶妙に中国語の語彙が増えています、怖いですね。
風の便り的なことか〜と思って読み始めたらぼ、冒頭から予王時代の慶〜〜〜…!!!
女性の排除ってどんなもんなのかなあってフワッとしていたのがここに来て具体的な描写があり、この話からまた冒頭の丕緒の鳥で起きたことの重みが増し最高です。めちゃめちゃ強硬手段の急襲で衝撃的でした、普通に虐殺じゃないですか。そりゃこんなの麒麟病みますわ…
家族を失った蓮花という女の子が主人公なんですが、凶事が起こる直前の時が止まったみたいに穏やかな描写が凄すぎる、母親の肘に伝う水、目に浮かぶようでしたが…!?

そこから一転し、農民向けの精緻な暦作りを行う保章氏の嘉慶のところに身を寄せることになるんですが
そこからの蓮花が暦作りに没頭する研究者の人々の浮世離れに苛立ったり、面白みを感じたり、忘れた頃にまた空行師に強襲され「もう忘れませんから」と内心で思いすがってその虚しさを感じたり、
最後に燕の雛が還った数でこれからの世は大丈夫と言い切る支僑の姿に希望感じたり…この短編集の中で一番感情が忙しい!同時に、生きてるって感情が忙しい状態を指すんだな…と思いました。この忙しい感情に左右されるからこそ蓮花さんはこれからも生きていけるんだろうなと…。

私も中学二年生の時蝉の抜け殻に固執してたので支僑さんのこと手伝えそうかも。急に何。

これからの慶国に読者が確信的に希望を持てるのは前回の中嶋さんたちの物語を読んだからなのも胸熱だ…。中嶋さん…本当にご立派になられて…!!


はあ〜…短編集ですが一話ごとに重みがあって面白かった…。

十二国記を読んでいるとよく思うのが「知らない」って状態が不和を生んでしまうし、人ってすごく思い込む生き物だなと…普段忘れてるんですが、言われてみればそうだなと…。

自分が「そうだ」と強く思い込んでいたことが間違っていた時、
そこでどの道採り、歩むのかというのをたくさん見せてもらってるような感覚になりますね。
そしてどの道を歩む人も、一つ一つの選択の理由がちゃんと書かれていて説得力がある…し、これだけのたくさんの人々について書かれていて、それが一つ一つ面白いのって改めてものすごい…。

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