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樫と葦

 「うん、そうだね」
 柳はいつだって誰の言うことにもそう答えていた。
 「いや、それはおかしい」
 同僚の松田は自分の意見をいつも主張していた。
 「今日は飲みに行かないか」
 「うん、そうだね」と柳は答えるが、「いや、まだ仕事が残っているのに飲みに行くなんておかしい」と松田は一言多い。
 次第に松田は誘われなくなる。

 「今日、飲みに行かないか」
 珍しく部長が部下たちに声をかけた。
 「はい、いいですね」柳は答える。
 「いや、この大事な時期に部長が酒を飲んでるなんて部下に示しがつきませんよ」松田はまた一言多い。
 それで飲み会に行かないならまだしも、のこのこ部長の飲み会にはついて行く。そこでまた一言多い発言が続く。
 こいつはだめだな。部長もそう思うようになっていった。

 いつもは意見を言わない部長が新しい提案をした。
 「はい、そうですね」柳はあまり考えもせず、部長の提案に賛成した。
 「いや、それはおかしいですよ」例によって松田は部長の提案に反対意見を述べる。
 いつも意見を言わない部長が、今回はと提案した意見を否定する。
 「部長、いつも意見をおっしゃらないから、時代と離れすぎた提案になっていますよ」松田は言わなくてもいいことまで言ってしまう。

 その後、松田は部長から嫌われ、居場所もなくなり会社をやめていった。
 柳は、「はい、そうですね」「うん、そうだね」と、上司にも同僚にも部下にも自分の意見を言うことがなかった。


 かしの木とあしが丈夫さを競った。
 強風の中であしは風に体をまかせ、しなりながら立っていた。強風がおさまると、かしの木は倒れていた。

 イソップ寓話の昔からある話だ。
 日本では「柳に雪折れなし」という言葉がある。
 柳の木は、風が吹くと風に身をまかせしなっている。雪がいくら積もっても、枝をしならせて雪の重みにたえる。丈夫な松の木は、大雪が積もると、あっけなく折れてしまった。
 いつから言われるようになった言葉か知らないが、人間が社会で生きるための一つの方法だ。
 長いものには巻かれる方がいい。


 柳は、葦のような、柳の木のような生き方をしていた。
 強いものにさからわず、いつもうまく世渡りをしているようにみえた柳だったが、ある日、特に何があったわけでもないのに、首をつって死んでしまった。

 誰にも柳の気持ちはわからなかった。
 


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