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へマムシ入道昔話③~天竺徳兵衛、大苫家に侵入し、藻の花の魂魄もまた泥九郎を追い
絵と文が一体となった黄表紙から発展した合巻は、文章が中心となり、挿絵は本文とは独立した内容となっていることも多い。
合巻「へマムシ入道昔話」(1813刊)、山東京伝(1761~1816)作、歌川国直(1793~1854)画は、和泉屋市兵衛から刊行された。
上中下三編六巻の現代語訳(意訳)を六回に分けて紹介する三回目。
天竺徳兵衛は、父の敵、足利義教を討つために、へマムシ入道から蝦蟇の術を授けられる。それを見ていた芝刈り男を斬り殺し、その娘を谷底に落とす。
話変わって、蝦蟇の術を完成するために必要な刀と鏡を持っている大苫さが次郎の家臣、天満由利右衛門の娘、お初は、粂野平内兵衛との縁談がまとまるが、もとより恋仲の平尾屋徳兵衛へ手紙を送る。
お初に横恋慕の油井駄平次は、泥九郎に命じて、手紙を奪わせる。腰元藻の花を殺して、泥九郎は手紙を奪うと……。
第三回
七
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前のつづき 黒雲起こるその中に、腰元藻の花の魂魄、池の中から鼈にとりつき現れ出でて、小さき鼈は泥九郎にとりつき、行かせまじとすれば、泥九郎は引き戻されて、たじたじと、体がすくんで弱りしが、刀を振り振り、ようやくその場を逃れ行き、かの手紙を駄平次に渡せば、駄平次は泥九郎に褒美の金を渡す。
藻の花の魂魄は、陰火となりて泥九郎の後を追う。
それはさておき、かねてから豊前の国の大苫軍領と、豊後の国の菊池判官とは、確執があり、たびたび合戦をし、勝負がつかなかったが、大苫軍領が病死し、今は大苫さが次郎の世となり、
「和睦を結ぶべし」
との足利義教公の命令により、双方、和睦整い、その印として、菊池判官の娘、粧姫を大苫さが次郎の妻とし、さが次郎は大苫家に伝わる名剣波切丸を判官方へ贈ることと決まったが、粧姫が輿入れする様子がないので、さが次郎は、家臣の粂野平内兵衛を使者として判官の館へつかわす。判官の館では、家臣尾形十郎真清と女房袖垣ともに粂野平内兵衛に対面し、平内兵衛が言いけるは、
「このたび、拙者が来たのは、粧姫との結婚がなぜ遅れているのか。約束を破られるのならば、足利義教公の命令に背くことになる。理由をしっかり聞いてこいとの主人からの申しつけによります」
と言えば、尾形十郎近く寄り、
「おっしゃることはごもっとも。約束違反ではございません。そこまで疑われるのであれば、申しましょう。この四五十日前より、姫は難病になり、姿が二つとなり、どちらが本物かわかりません。これは魂が分離するという離魂病、影の患いというものでしょう。そのため結婚を延ばしております。こう申すばかりでは 次へつづく
八
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つづき お疑いもありましょう。直接ご覧になってお帰りください」
と言うと、女房袖垣が御簾をあげれば、そこには美しき姫の姿が二つに見え、どちらがどちらと見分けがたく、粂野平内兵衛は肝をつぶし、
「これでは結婚が延びるのもごもっとも。疑いは晴れました」
と言いつつ、心の中で思うには、
「このごろ、天竺徳兵衛という者が、蝦蟇の仙術を行うと聞く。これもきっと天竺の仙術だろう」
と、心を残して帰りけり。
かくして粂野平内兵衛は館へ帰り、
「姫の結婚延期のわけはかようかよう」
と語りければ、大苫さが次郎は聞いて、おおいに驚き、
「それでは結婚は急にはできないだろう。こちらとしても、贈り物にすべき波切丸の刀が、先頃紛失したので、結婚の延期は幸いなり。姫の病気といい、波切丸の紛失といい、なにやら合点のゆかぬこと、両家の和睦をじゃまするくせ者の仕業だろうか」
と、主従物語していたおり、取り次ぎの者、やってきて、
「ただ今、急に、京都の武将、足利義教公の使者として雪岡宗観左衛門様がいらっしゃいました」
と知らせれば、大苫さが次郎と粂野平内兵衛、眉をひそめ、
「足利義教公より急な使者とは納得できず。何はともあれ、使者を歓迎する準備をせよ」
と命じ、さが次郎は礼服に着替え、平内兵衛、天満由利右衛門、油井駄平次とともに出迎えれば、雪岡宗観左衛門がやって来て、上座に座れば、さが次郎は頭を下げ、
「遠路のところ 次へ
九
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つづき ご使者、ご苦労千万」
と述べる。雪岡宗観左衛門は威儀を正し、
「このたび私が使者となったのは、和睦の印に菊池判官方へ贈る波切丸と、足利尊氏公より贈られた満月の鏡、この二品を確かめに行け、との足利義教公よりの命令、それを心得よ」
と言えば、大苫さが次郎は当惑し、
「波切丸の紛失を知ってやって来たのか。どうしたらよいだろう」
と思えば、粂野平内兵衛は、それを察して、主人に代わり進み出て、
「委細承知いたしました。ご使者には、まずご休憩なさってくださいませ」
と言って奥の部屋へ行き、歓迎の準備を言いつければ、たくさんの腰元が、美酒、珍味を持ってきて、使者の前に並べ、美人を選び、琴、三味線に木琴で演奏し、歌を歌わせ歓迎すれば、雪岡宗観左衛門は、その音曲に聞き入っている。
「時分はよし」
と、粂野平内兵衛が出てきて、木琴を真っ二つに切ると、木琴の中に入れておいたたくさんの小ヘビ、鎌首を立てて蛙をねらうかのように雪岡宗観左衛門に飛びつけば、宗観左衛門は、すくっと立ち上がる。大苫さが次郎ら主従四人は、左右よりつめ寄って、
「さてこそ、最前よりにせの使者と思っていたがそのとおり、汝はまさしく、このごろ諸国をさわがし蝦蟇の仙術を使う天竺徳兵衛であろう。 つぎへ
十
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つづき 神妙にしろ」
と叫べば、使者は、
「あら、こざかしや。いかにも天竺徳兵衛とは、わがことなり。こんなことでわが仙術に立ち向かうとは、おろかなり」
とあざけり笑い、小ヘビを捕っては残らず引き裂き、床の間に置いてあった満月の鏡を奪い取り、印を結んで呪文をとなえれば、みなみな動くことができず。そのすきに天竺徳兵衛は屋根の上に現れる。館の中は、上を下への大騒動、槍を持って屋根に登り、いくら突いても、天竺徳兵衛はなんとも思わず、また印を結んで呪文をとなえれば、兵隊たちは木の葉のごとく飛び散る。「矢を打て」と言っているうちに、天竺は大きな蝦蟇の姿となり、口に鏡をくわえ、黒雲に乗って、いづくともなく逃げ失せる。
大苫さが次郎は、どっかと座り、
「名刀波切丸紛失のうえに、また大切な鏡を奪われては、大苫の家は断絶。先祖に申し訳なし」
と、刀を抜いて腹に突き立てようとすれば、粂野平内兵衛、天満由利右衛門、駆け寄ってとどめるとき、またもや使者が来たとの連絡。是非なく切腹を思いとどまり、威儀を正して使者を迎える。
やって来た足利義教公の使者滝川左門之進一基、ゆうゆうとやって来て、大苫さが次郎に向かい、
「このたび足利義教公の命により、菊池、大苫の和睦の印の波切丸、紛失したとのこと、実にそうなのか確かめてこい、との仰せでやって来る途中、様子を聞けば、我より先に使者と偽ってやってきたくせ者、満月の鏡を奪い取って逃げ去ったとのこと、そのくせ者は、このごろ諸国を騒がす天竺徳兵衛に疑いなし。波切丸の紛失も、きやつの仕業と思われる。大切な二つの宝を奪われたのは、さが次郎殿の落ち度なれど、義教公に願い出て、百日の猶予をもらうので、その間 次へつづく
CM
山東京伝製 十三味薬 洗粉 水晶粉 一包壱匁二分 いかほど荒れ性にても、これを使えば、きめをこまかにし艶を出し、自然と色を白くす。常の洗粉の類にあらず、皹、霜焼、汗疹の類なおる御化粧必用の薬洗粉なり。 売所、京伝店
十一
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天竺徳兵衛、満月の鏡を奪い、大蝦蟇と化し、飛び去る。
大苫さが次郎、粂野平内兵衛、それを見送る。
十二
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つづき 草を分けても二品の宝をさがし、天竺徳兵衛を討ち取れば、その功によって、落ち度の申し開きとなるべし。さりながら、二品の宝が見つかるまでは、さが次郎殿は家にこもって謹慎なさりませ」
と、ありがたい言葉に、大苫さが次郎は生き返った心地となり、主従三人見送れば、滝川左門之進は、ゆっくり立ち上がり、別れを告げて帰りける。
CM
京伝作、豊国画 絵入よみ本 ○双蝶記 全六冊 一名、きりのまがき物語
うり出しおき申候。
京伝著 雑劇考古録 全五冊
芝居にかぎりたる古画古図をあつめ、それぞれに考をしるし、むかしの芝居を今見るごとき書なり。
近刻、近々発売
○京伝ずいひつ 骨董集 散ぺん四冊 来る酉の秋出板仕候
次回につづく、
手に汗握るドキドキ場面の途中でパッとCMが入る。京伝は店をやっていたので、自分の店の商品の宣伝や、自分の本の宣伝をしている。
蔦屋重三郎は出版界の革命児だが、山東京伝は作品中にCMを入れるというようなアイデアをたくさん出している。作者としての革命児でもあった。「解体新書」の解剖図なども作品に取り入れている。
本文の挿絵模写には文字を入れていないが、最終十二場面でいえば、画面下の文字は、全てCMとなっている。
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作中登場人物も、江戸の人々にとっては歌舞伎などで知っている名前が次々出てくる。大谷翔平がCMをやっているような感じで京伝店の宣伝を見ていたのだろう。