「誹風柳多留」六篇① ぶどう棚 なったと旦那 大さわぎ
江戸時代には、アサガオの栽培が盛んで、多くの品種が作られた。菊の品種もたくさん作られている。ブドウの木を植えている人もいただろう。戦争がなく、太平の世の中だからこそ、園芸もできるし演芸も盛んになる。そんな中で、世の中のちょっとしたことを五七五の言葉に乗せてぼやいてみる。それが川柳である。
16 こんじきの男 蜆に喰ひあきる いらぬものなりいらぬものなり
金色の男というのは黄疸になった男のこと。黄疸は、血液中のビリルビンという物質が増加し、皮膚や目が橙色~褐色に見える病気で、原因はいろいろあるが、シジミ汁は、古来より黄疸に効くといわれていた。だからシジミを食べているのだが、毎日シジミ汁では飽きてくる。
58 小判ではいやだとにげる つくし売 なぐさみにけりなぐさみにけり
村の子どもが小遣い稼ぎにツクシを売っている。1文か2文だろう(1両を13万円として計算すると、1文は32.5円くらい)。そのツクシに1両小判を出して、子どもをからかっている嫌な大人がいる。
26 ぶどう棚 なつたと旦那 大さわぎ たまりこそすれたまりこそすれ
当時から甲州ぶどうなどは有名だった。それを一般の家に植えている園芸趣味のダンナ。ビワとかミカン、柿に比べ、ぶどうを植えるのは珍しかった。
19 なんになりますと大工は切つてやり めんどうなことめんどうなこと
「ちょっと、これ、切ってください」と頼まれた大工が「何を作るんですか」と聞いている。お題が「めんどうなこと」。仕事の途中で関係ないことを頼まれればめんどうだ。
24 とむらいのあたまにしては光り過 是は是はと是は是はと
葬式の弔いに行くにしては、頭に油をたっぷりつけてオシャレしている。当時の火葬場は吉原の近くにあったので、葬式帰りに遊郭へ行こうとしているのだろう。普段会わない人とも葬式で出会い、交流ができる。ところが現在は、コロナ禍で葬式もできない。簡略化して、家族葬なども増えている。義理の参列は減るだろう。
163 おどり子の母 くどくのを聞て居る じだらくなことじだらくなこと
踊り子の母親はステージママで宴席について行き、客が娘をくどくのを隠れて聞いている。
88 金時は鬼が出ないと ねかしもの きのどくな事きのどくな事
金時は金太郎の成長した坂田金時。彼は酒呑童子の鬼退治で有名だが、鬼がいないと役に立たないもの(ねかしもの)だ。
38 麦秋に書出しを遣るかるい沢 たまりこそすれたまりこそすれ
「書出し」は請求書。麦秋の季節、麦が実る季節(夏)には、百姓の懐があたたかくなる。米は年貢で供給するけど、麦は自分らで食べたり売ったりできる。収入にもなる。そこで今までの請求書を出す。その場所が軽井沢。軽井沢は中山道の宿場町であり、女郎屋が多くある。女郎屋からの請求書。客には百姓も多かったのだろう。
76 妹の無げいは姉の ふらちゆへ きのどくな事きのどくな事
今の習い事のように、江戸時代も三味線とか琴を習うことがあるが、妹は何も習っていないので「無芸」だ。習わせてもらえなかった。それは、習いごとをしていた姉が、そこで男をつくるなどの「ふらち」をしたからだ。
94 女には いつそ目のある座頭の坊 ふかひことかなふかひことかな
盲目の座頭の妻は、美人が多い。目が見えないのに「目がある」という句。差別的。座頭は金貸しをするなど、けっこう金持ちが多い。作者は、それをやっかんでいる。相手を馬鹿にして差別するというより、うらやましがっている。江戸時代はそういう時代だった。そういう背景を全て「差別」の一言で片付けていいのだろうか。
109 へんな日に斗 髪ゆひ やすむなり つくりこそすれつくりこそすれ
髪結いは、男の髷を結う職人。一般の休みの日は稼ぎ時なので、休日が一般とは違ってくる。江戸の町には、今と同じような職業がすでにたくさんあった。