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言葉の蛇口〜最も遠くの友〜敵をも友とする力

昔、ある国の王が3人の息子にこう言った。
「お前たちは戦乱の世を生き延びねばならない。
王となる者は、国の民を守る知恵と強さを備えていなければならない。
そこで、お前たちに命じる。
最も遠い友人の元を訪ね、友情の印となる品を交換して帰ってくるのだ。
その品を持って私の前に現れよ。」
長男は、山を2つ越えた村にいる武器商人の友人を訪ねた。
その友は、思いがけない王子の訪問を喜び、盛大な宴会を催してくれた。
宴会の席で王子は新しい上着を彼に与えた。
そして、返礼の品として、鉄製の武器を携えて帰ってきた。
王は、この品をとても喜んだ。
二人目の息子は、山を3つ越えた村にいる馬商人の友人を訪ねた
その友も、思いがけない王子の訪問を喜び、盛大な宴会を催してくれた。
宴会の席で王子は新しい履物を与えた。
そして、返礼の品として立派な軍馬を3頭携えて帰ってきた。
王は、この品をとても喜んだ。
三人目の息子は、王宮の門のすぐ近くで暮らす叔父の元を訪ねた。
叔父は、思いがけない王子の訪問に戸惑い、「何の用か?」と訝しんだ。
実は、この叔父は王である父親が仕掛けた戦に苦言を呈したことで役職を解かれ、王族でありながら、長い間、冷遇されていたのである。
王子は、叔父の前に首を垂れ、「あなたの力をお貸しください。」と願い出た。
叔父は、「何のために?王が私のことなど必要とするはずがない。」と怒って答えた。
王子は答えた。
「ご存じの通り、王の力は絶大で、数々の敵を討ち滅ぼし、領土を広げ、国は栄えました。周囲の国々も我々の力を恐れています。戦は、私たちの国に多くの富をもたらしました。しかし、戦はそれ以上に恐れと不安をもたらしました。戦に備える毎日、報復や侵略を恐れる毎日です。
 そして、誰もが王を恐れています。役職を解かれることを恐れて、誰も王に進言することができないのです。王はますます強権的になり、孤立を深めるばかりです。王ご自身もクーデターを恐れており、誰のことも信用していません。
 これでは私たちの国は力を失うばかりです。どうか、王の元に戻っていただけませんか。」
 王子は、携えてきた子羊と葡萄酒で宴会の席を設け、これまでの非礼を詫びた。
叔父は、しばらくの黙考の後でこう言った。
「私の人生の最後の仕事として、もう一度、王に仕えさせてただくとしよう。この国を愛する者として、また、王の友として。」
 王子は、叔父を連れて、二人で王の前に進み出た。王は、叔父の姿を見ると身を固くして訊ねた。
「息子よ、私は遠くの友人を訪ねるように命じたのだ。これは、すぐ近くで暮らすあの叔父ではないか。お前の兄たちは、遠くまで旅をして鉄製の武器や軍馬を持ち帰ったのだ。それに比べてお前は・・・」
 彼は答えた。
「恐れながら申し上げます。私は最も遠くの友を訪ねてまいりました。私にとって、何より、王にとって最も遠くの友とはこの叔父であると考えたからです。すぐに訪ねられる距離にありながら、この何年もお互いに訪ねることもしなかったお二人こそ、最も遠い関係にあったのではありませんか?王には叔父の存在が必要です。以前のように力を合わせて、私たちを率いていただけませんか?」
 王は答えた。
「この者は、私とは考え方が違い過ぎる。だから役職を解いたのだ。戦にも反対であったが、あの戦がなければ今のような繁栄はなかった。もしかしたら、敵に打ち負かされていたかも知れないのだ。」
 この言葉を聞いて叔父が答えた。
「恐れながら申し上げます。確かに、戦がなければこの繁栄はなかったでしょう。しかし、この繁栄を守るためにこれからも戦を続けてゆくおつもりでしょうか。周囲の国と敵対し、戦に備える日々が幸福だとは思えません。
 そのことは誰よりも王がご存知のはずです。
 思い出してください、王よ。本当の強さとは何であったか。かつて、お父上から教えられたことを。私たちが共に目指していたこの国の姿を。
 本当の強さとは、敵を打ち負かす力を持つことではございません。本当の強さとは、敵をも友とする知恵を持つこと、敵対する者と共に生きる術を見出す知恵を持つことです。王にはその力があります。近隣の国々と共存共栄する道を探してゆきましょう。そうすることで、この国は恐れと不安から解放されるのです。安心と希望の中で生きてゆけるのです。
 あなたの息子は、最も遠い関係にある私の元を訪ねてくれました。同じように、最も遠い関係にある国々を訪ねて、共に生きる道を探っていきましょう。それが、子供たちに対する私たちの責任でございましょう。」
 この言葉を聞いて、王は涙を流してこう言った。
「息子よ、お前のおかげで私は大切な友と、王として大切なことを取り戻すことができた。お前たちの言う通りだ。国は繁栄したが、周囲の国との関係は遠くなってしまった。家臣の心も、国民の心も私から離れてしまっている。
 何より、私自身の心が誰からも遠いところへと離れてしまっていたようだ。
 敵をも友とする力か・・・。
 それを取り戻すためにも、お前たち二人の知恵が必要だ。私の元で共に働いてくれないか。」


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