手際はともかく 赤坂の話がしたい 19
居酒屋「花丸」と並んで、僕の赤坂ライフを支えてくれているのは、仁村和代さんの「紫月」(しづき)というお店だ。赤坂の人々と僕が最初に会った時、つまりお花見が雨で流れた代わりに開かれたあの宴会で、「うちにおいでよ」と声をかけてくれた一人だ。
「紫月」は、よいお魚と、和ちゃんの手料理を提供するお店。ここもまた、赤坂の人々が常連で、一見さんはまず来ない。
ある時、和ちゃんが目の前で卵焼きを作っていた。溶いた卵汁に、水を加えている。強火で、手早い。……ふーむ。「ちょっと作り方を教えて」と和ちゃんに頼んだ。
東京に来た4年前。妻の言いつけ通り、「サトウのごはん」を買いだめて、時々は野菜炒めを作ったりという生活が始まった。
目玉焼きなら、学生時代も作っていた。フライパンに水を入れてフタをするんだ。ところが、まだ焼けていない状態で水を入れたものだから、卵の白身が水と一緒に沸騰して、ぶわーっと膨張。白いメレンゲのドーナツ状になってしまった。「俺は目玉焼きも作れんのかー」と落胆した。
これを聞いて笑ったのが、北海道放送の羽二生渉さん。僕と同様、全国の放送局から東京支社に赴任している、JNNニュースの仲間だ。料理が上手で、ふるさと納税で食材が届くと、自宅で手料理を振る舞ってくれる。北海シマエビを鍋にして、カラで味噌汁まで作ってくれた。
ああ、料理ができる人がうらやましい。
「紫月」から自宅に帰って、フライパンで卵焼きに挑戦してみた。が、だめだ、ぐずぐず。もう、スクランブルにしてしまえ。
ふと、玉子焼き器が必要なのではないか、と思った。妻からは「あなたはほんと、形から入る人だよね」とよく言われている。そうだ、まずは形からだ。剣道だって、そうじゃないか。バイクだってヘルメットは要る。
後日、ドン・キホーテで買ってきた卵焼き器を手に、勝負を始める。
卵汁の3分の1を焼き器に入れ、くるくる丸める。「後で整えるから、最初は崩れても全然かまわない」と和ちゃんは言っていた。気にしない、気にしない。
キッチンペーパーで油をしっかり敷き、2度目のくるくる。僕の手際では、強火だと焦がしてしまうので、中火で巻いてみた。おっと、できるではないか!
コンソメスープの作り方も、和ちゃんから教わった。セロリなんて、これまでの人生で一度も買ったことがないが、やってみる。……これは、簡単ではないか! それでいて、美味しい。
なんとなくできるようになると、欲が出る。「100均のスパイス3種だけで作る本格インドカレー」のレシピをネットで見つけてしまうと、挑戦したくなる。トマトと玉ねぎだけで、ルーは使わない。これも、美味しい。
ネットには、手際がわかる動画も出ているし、僕のような中年初心者にはありがたい。僕が料理を始めていることを知った群馬の実家から土鍋を送ってきたので、ご飯は自分で炊くことに。知り合いからいただいた味噌が放置してあったので、味噌汁も作ることにした。
で、この半年ほど、土日はなるべくご飯を炊き、一品作ってみている。
美味しくできたのは、肉じゃが、福岡の郷土料理がめ煮だ。女優の東ちづるさんがFacebookに投稿していた料理も試してみる。青梗菜とピーマンとパプリカを、鶏肉と同じ大きさに切るのだそうだ。色あいがきれいだ。
北海道放送の羽二生さんには「東京に来た時は神戸さん、目玉焼きもできなかったのに」とよく笑われた。
いまだに、手際は悪いことは自覚している。こんなに時間をかけていては、妻に呆れられるだろう。でも、福岡に戻ったら、ちょっとは赤坂でできるようになった料理を、家族に出してみたい。
Lineで妻に、作った料理の写真を送る。おずおずと、「少しは使えるようになっとかんと(笑)」と書いたら、「使えんし」の一言が返ってきた。
「何なら、台所ごと差し上げますが」だそうだ。さすがわが妻、よく僕のことを分かっている。
(2020年5月31日 FB投稿)