「自己模倣に陥っているのでは」と手紙を出した小6の私に星新一さんは。
たとえば駅のホームが終わる前に、線路が「×」の印で終わる。高校まで過ごした長崎は、毎日どうしても「日本の端っこ」を強く意識する土地だった。そのさらに片田舎の、山や畑に囲まれた一軒家の2階の子供部屋、カエルの声だけが聞こえる真っ暗な夜は、「ぜつぼう」という言葉がぴったりだった。
私はやりたいことで頭がパンパンで、でも私はものすごく独りぼっちだった。日本の端っこで、誰にも知られず何もできず、このまま死んでしまうんじゃないか。窓から見える星空は、絶望的にでかすぎた。
■ 兄たちの書棚が「港」だった。
野望と絶望でぐるぐると焦る小学生に、「希望」を与えてくれたのは、子供部屋の本棚だった。もう東京に出た年の離れた兄たちが置いて行った本たちは、「ここではない・どこか広い場所」があることを教えてくれる、港のような存在だった。
『きまぐれロボット』だったんじゃないかな、最初に読んだのは。兄たちはSF好きで、本棚には小松左京も筒井康隆もアシモフもあったのだけど、私は文庫の表紙の絵とかタイトルとかで、まず、星新一の本を手に取った。
■ 「いま・ここ」じゃない世界があった。
わっ! と思った。なんだこれ! と思った。「いま・ここ」じゃない世界があった。でも、遠くから最後には自分の真ん中にズドンと落ちてきて、自分の「当たり前」がブルブル震わされる、そういう衝撃があった。
本棚にあった10数冊の星新一の本を、貪るように読みつくした。それから市内に2つしかない本屋に行く機会を見つけては、数百円のおこづかいを注ぎ込んで「まだ読んでない星新一」を買い続けた。やがて本棚の一列以上を星新一が占めるようになり、私は新刊の発売を心待ちにするようになった。
■ そんなわけはない、と思い、何度も読み返した。
そんなにも私は星新一の新刊を待っていたのだ。あまりお金がなかったので「りぼん」も買わず、匂いつき消しゴムも買わずに、本棚の既刊を何度も何度も読みながら、星新一が新刊で見せてくれるだろう新しい広い世界を待ち焦がれた。
小学校6年生の時、事件は起こった。新刊が、つまらなかったのだ。私は茫然とした。そんなわけはない、と思い、何度も読み返した。でも、つまらなかった。それからすごく悩んだのか、すぐだったかは、思い出せない。私は長い長い手紙を書いた。
■ 拝啓 星新一様
そこには私がどれだけ星新一さんのファンかということと、新刊への大いなる落胆と、そして「自己模倣に陥っているのではないか」ということを書いた。「自己模倣」という言葉を使うかどうか、めちゃめちゃに悩んだので、それだけは覚えている。手紙を入れた封筒の厚みも覚えている。あて先は、新潮社だったはずだ。
いま振り返ると、まあ、迷惑なファンです。失礼でもある。でも小学6年の私は、その時の自分の全存在を賭けるくらいの決死の覚悟で手紙を出した。それから、なんだか心の支えをなくしてしまったようなフワフワしたかんじで、しばらく過ごした。
■ 返事は来なかった……と思っていた。
かすかに、何か返事が来ることを期待していたような気がする。でもそんなことはなく、その年が終わった。お正月、学校の友達たちからの「おもちの食べすぎに注意」みたいな年賀状のなかに、いきなり町名から住所を書いたハガキが現れた。「へー、これで着くんだ」と思いながら裏返して、息を呑んだ。
星新一さんからだ! 星新一さんからだ!! 星新一さんからだ!!!
え? なにごと?? え? 意味がわからん。え? え??? 自筆?の署名も? えー??????
いま考えたら東京のご住所まで書いてあった。お礼状を出せよクソガキ。でも私はまったくそんなこと思いもつかず、ハガキを両手でもってワタワタ震えるだけだった。
■ 港は、たしかに外の世界につながっていた。
星新一さんからの年賀状は、なんだか微笑んでいるように見えた。「いいよ、ゆるすよ」と言ってくれているように思えた。
田舎町の小学生のきわめて閉ざされた世界にゆいいつ、「本棚」という外に開かれた港があった。私はそこに立って外の世界を想像することしかできなかった。星新一さんへの手紙だって、どうしようもない思いを、ビンに入れてそっと海に流したようなものだった。
だけど、返事が来た! 港は、たしかに外の世界につながっていたんだ!! そこのひとたちは、そのいちばん遠い「星」だって、世界の隅っこのひねこびた小学生にも、笑って手を差し伸べてくれるんだ! わあああああ!!
■ それは希望そのものだった。
なんと年賀状は、翌年も来た。なのに田舎のクソガキはお返事を書くなんて思いもつかず、だけど2通の年賀状を机のところに貼って、18でその家を出るまでずっと毎日眺めて過ごしていた。
それは灯台のあかりのようだった。それは希望そのものだった。
いま私は、社会や大人を信じられない悩める若い人たちに、「世の中そんな捨てたもんちゃうでー」と感じてもらいたい一心で事業をしている。それが星新一さんからいただいたギフトだからだ。あの灯りが人生を変えたというか、人生そのものを照らし続けてくれてます。
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