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【SF短編小説】 シルヴィオのおつかい

※約1600字です。

 衛星要塞都市ユニオノヴァを構成する衛星の中で一番大きい自然衛星、リューンの二番街に彫金師ミケーレの店はある。

 ドアベルが鳴り長身の男が姿を現すと、作業台のミケーレは顔を上げた。少し目を丸くしてから微笑み、挨拶を交わす。

「貴方はヴィクトル様のところの…」
「シルヴィオです。先日は簡単なご挨拶のみで失礼しました。」

 礼儀正しいが、汎用型ネウロノイドではない。オーナーであるヴィクトルの肌や瞳の特徴と同じに調整されていることが何よりの証拠だ。

 ミケーレが興味深げに眉を上げると、シルヴィオは目を細めた。

「お察しの通り、私は戦闘型です…主人が少々変わり者でして…」

 ヴィクトルが変わり者かどうかは別として、謎が多い人物としてはリューンでも有名だ。しかし、一彫金師としては顧客の噂話など、さして重要ではなかった。

 何より、預かった希少石リューンライトの原石の質の高さが、彼の地位を物語っていた。これほどの高純度の素材は滅多にない。さらにそれを託されたことは、まさに彫金師冥利に尽きる。

 ミケーレは店の奥から品物の入った箱を手に戻ると、恭しく開いて見せた。

 洗練された細工が施された指輪が一つ姿を現す。無色透明のベースに白銀色の煌めきと所々七色に光を放つその姿に、シルヴィオは目尻を下げた。

「素晴らしい出来です。」

 ミケーレは驚いたように目を丸くする。

「わかりますか?戦闘型とは思えませんね…」

 シルヴィオは「よく言われます」と言って口元に笑みを浮かべた。

「私は過去に何度かこの種の品を目にしているのです。」
「なるほど。」
「その中で、群を抜いて素晴らしい出来かと…この石の特徴をよく理解しているのが伝わります…ですが、疑問です…」

 シルヴィオは首を傾げる。これを受け取りに来ることに、何を躊躇うことがあるのだろうか。見たところ店主は噂話をするタイプにも見えない。

 シルヴィオの疑問にミケーレは穏やかな笑みを浮かべる。

「私は仕事柄、色々な方にお目にかかるので、ある程度想像できるのですが…」

 普通だったら客の話を第三者に伝えることはしない。

 だが、相手はネウロノイド。人間のような噂話はしない。更に目の前の彼は見るからに主人に誠実なのが明らかだ。

「ヴィクトル様は過去に何か大きなものを抱えていらっしゃる…そして、ご自身の出自に誇りをお持ちではないかもしれません。身分に対してもフラットな感覚をお持ちかと…でなければこのような小さな店に注文はなさらないでしょう。」

 シャンドラン家はユニオノヴァ創設に関わった名門の一つだ。だが、ヴィクトルだけが、一族の住む一番街から離れた五番街に居を構え、人身売買から保護された地上出身の少女と共同生活をしている。

 ヴィクトルが変わり者と噂される所以でもある。

「恐らく、誠実で繊細な方です。身分に関係なく、誰かに過去を聞かれれば嘘はつけない。しかし、それを語るには重すぎる。詮索すら避けたい。だから、表情一つ変えず、言葉も必要最低限…人を寄せ付けたくないし、自ら深入りしたくない…だから、あなたに品物の引き取りを依頼したのでしょう。」

 店主は指輪に視線を落とし、目元を優しく緩めた。

「…ですが、この指輪を贈られる方は…彼の人間関係の中で唯一、共にありたいと願うお相手なのでしょう。」

 ミケーレの回答はシルヴィオの好奇心を掻き立てた。

 一度会っただけで、言葉を交わしたのはほんの5分程度。彼には人工人体が持つようなデータベースはない。だが彼は、噂話と接客時の印象からヴィクトルの性質を正しく言い当てた。

「素晴らしい。確かなのは腕だけではない。人を見る目もお持ちだ。」
「変わってますね…戦闘型とは思えません。」

 ミケーレが微笑む。

「よく言われます…もう一つ、聞いても?」

 好奇心に抗えずシルヴィオの質問は続く。ミケーレは子供のような彼の質問に笑顔で答える。

 やがてドアベルが鳴り、新たな来客があるまで、二人の会話が尽きることはなかった。

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このエピソードは「ユニオノヴァ戦記はじまりの事件③」の中で少しだけ触れられている話の詳細です。

ユニオノヴァ戦記 はじまりの事件③ ↓

ユニオノヴァ戦記 本編 マガジン ↓

最後までお読みいただきありがとうございました。

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