「青春」とは、本当に爽やかで甘美な香りがするものだろうか①

中学時代の同窓会の招待が届いた。
最後にやったのは成人式の時以来だから、実に5~6年ぶり。
小学生だったら、入学して初恋の味を知りながら卒業する程の期間。

クラスメートの名簿を見て、色々と思い出していた。
明るいことばかりではなかった日々。
それでも今に通ずる出来事が沢山あった日々。

誰に頼まれたわけでもなく、
なんとなく幼少期を振り返ってみたくなった。


幼稚園。
ワニ組の先生は優しくて温かかった。
食べ物をボロボロとこぼし、
シャツがいつも汚れていた私を
先生は沢山抱きしめてくれた。

幼稚園バスに乗るとき、
母の傍を離れたくないと泣きじゃくる私の手を、
そっと握ってくれた。

積み木を高く積み上げたら褒めてくれた。
笑顔を見せたら喜んでくれた。
馬鹿にする子がいたら、
一生懸命私を守ってくれた。

廊下を走ったら叱られた。
膝を曲げて目線を合わせ、
私の両手を握りながら訴えてきた。
射貫くような視線と厳しい言葉、
それでいて懸命に向き合う熱意を
惜しむことなく注いでくれた。

「どうかこれからも、優しい人でいてね」
卒園の日、先生は一言と共に抱きしめてくれた。

20年以上たった今でも、
どこかで逢えたらと思ってしまう。



小学校。
大好きだった先生とお別れした。
抱きしめてくれる人はもういなくなった。
温かい時間は終わってしまった。

担任の先生の話を聞いていなければ、
クラス中に聞こえる声で怒鳴られた。

先生達が怖かった。
子供相手に威張り散らす大人達に腹が立った。
でも、無力だった。
何もやり返せなかった。

口数は次第に減っていった。
笑う回数も少なくなった。

勉強は嫌いだった。
勉強しないと親に怒られた。
いじめっこはもっと嫌いだった。
何をしても、何もしなくても、
彼らは私を馬鹿にしてきた。

毎日おなかが痛かった。
仮病を使おうとすれば親に怒られ、
トイレに行こうとすれば先生に怒られ、
やっとの思いで個室に籠れば、
いじめっ子達にドアを蹴られた。

足が遅くて笑われた。
頭が悪くて蔑まれた。
背が小さくて見下された。
力が弱くて舐められた。
気が弱くてからかわれた。

毎日の様に先生の怒鳴り声が響く教室。
返事の声が小さい。
授業中に話を聞かない。
いつまでも静かにならない。
些細なことでいつも怒られた。

気分を害したクラスメートの感情の矛先は、
決まって私ともう一人のいじめられっ子に向かった。

弱いということは、
良くないことだと悟った。
強くならねばと誓った。


中学校。
勉強を頑張った。
これ以上馬鹿にされたくない一心で、
必死に机に齧り付いた。

ある日、テストの順位でクラス一位になった。
周りの私を見る目が俄かに変わったのが分かった。
勉強で分からなくなったら彼に訊こう。
頼られる存在になれたのが嬉しかった。

運動を頑張った。
これ以上舐められたくない思いで、
部活に入って、毎日汗だくになって走った。
沢山食べて、必死にラケットを振り続けた。

結果、身長が随分伸びた。
大会レギュラーメンバーにも入れた。
チームメイトからの扱いが変わった。
練習相手を頼まれることが増えた。
もう今までみたいに練習場の隅っこでひとり、
壁に向かってボールを打ち続けなくていいと分かって嬉しかった。

大人に媚びた態度を取るようになった。
先生方にニコニコして話しかけるようにしたら、
露骨に機嫌が良くなっているのが分かった。
本当は分かっていることを質問しにいったりもした。
「しょうがないやつだなぁ」と、優しい口調で教えてくれた。

もう理不尽に怒鳴られなくて済む。
大人の権力を振りかざされなくて済む。
そう思えたときは、本当に嬉しかった。

それでも馬鹿にしてくるやつはいた。
とても悔しかった。

ある日、初めて人に暴力を振るった。
いつもの様に馬鹿にしてきた同級生の後頭部を、
卓球のラケットの側面で思いっきり殴った。

正直なところ、
その瞬間だけ記憶が無かった。

ただ、私の中でプツリと何かが切れた音がしたことだけは、
今でも何故か覚えている。

我に返ると、彼はその場にうずくまっていた。
頭を抑えながら、「痛い、痛い」と泣き叫んでいた。

「やってしまった」という後悔と恐れが一瞬脳内を巡った後、
今までにないくらいの高揚感と満足感で埋め尽くされた。

その後すぐさま起き上がった彼に、
馬乗りになって殴られ続けた。

何度も頭を床に叩きつけられた。

鼻血を出しながら、ただ痛みに耐えていた。
しかしその間、不思議と心は笑っていた。

もう私は、
一方的に虐げられて怯えるだけではない。
いざという時はやり返せばいい。

弱いことは、最も悪いこと。
強くなれば、誰も私をぞんざいには扱えない。

舐められないように努力しなければ。
見下されないように勝ち続けなければ。

当時の私の心には、
幼稚園の先生が最後に送ってくれた一言を、
反芻する余裕なんて一度もなかった。


続きはまたいずれ。
おやすみなさい。

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