校長の仕事【ショートショート】
キーンコーンカーンコーン。
4時間目の終わりを告げるチャイムと同時に、各教室から児童がわらわらと出てきた。
「俺、3階行くわ」
「あたし、今日は図工室にしようかしら」
「ボク、職員室の方使ってみるね」
友達どうしでそんな会話を交わしながら、子どもたちはてんでばらばらに校内を移動する。
彼らが向かう先にあるのは、蛇口。といっても、水が流れる「水道」ではない。音が流れる「音道(おんどう)」である。柔らかい、マカロニくらいの太さのチューブを耳に近づけて蛇口を捻ると、音楽が流れる。この捻り加減で、音量の調節ができる仕組みになっている。
30秒ほどの音源を聴いたあと、子どもたちは自分の教室へと帰り、給食の準備をするのだ。
遡ること4時間前、校長室では、校長と教頭がパソコンを睨んでいた。昨日のデータを観察するためだ。
「2階の家庭科室が人気だったようですね」
「そこはポップスのエリアだな。確かに、一番人が多いと出ている。逆に、6年の教室近くの音道には、さほど人が居なかったようだ」
「やはり、クラシックは人気がないんですね」
クラシック好きの教頭は、肩を落とした。それから、いつもと同じ質問を校長に投げかけた。
「本当に、給食前に音楽を聴くことに意味があるのでしょうか?」
「私だって分からんよ。ただ、文科省が言うには『音楽を聴いてから食事をすると、満足度が上昇し、食べ残しも削減される』とのことだ。実際に効果があるかないかは知らないが、上からの通達だから無視する訳にはいかない。逆らったところで、何一つ良いことはないからね」
校長は、諭すように語った。
「それは分かるのですが……」
「納得いかないんだろう? まあ、私らの子どもの頃には考えられない取り組みだから、そう思うのも無理はない」
キーンコーンカーンコーン。
ここで、1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
音が止んでから、校長は続ける。
「教頭先生、文句を垂れていてもしょうがないよ。モタモタしていると、あっという間に給食の時間になってしまう」
「そうですね」と、教頭はつまらなさそうに返事をした。
「では、今日流す音楽を順番にかけてくれ。一通り聴いて問題がなければ、どこで何を流すかの選定に移ろう」
「はい、分かりました」
その返事に校長は立ち上がり、一度部屋の外へ出る。ドアノブに下げているボードをひっくり返すと、教科書体で書かれた『検聴』の2文字が。
彼は「はー」と小さなため息をつき、再び校長室に入った。