見出し画像

僕の狂ったフェミ彼女

▌衝撃は1ページに書かれたメッセージ

「僕の狂ったフェミ彼女」は、主人公キム・スンジュンの視点でフェミニストである彼女との数ヶ月間を描いた非常に甘酸っぱい恋愛小説である。
しかしながら、1ページに書かれたメッセージは主人公の言葉ではなく、著者ミン・ジヒョンの言葉だ。
ノンフィクションの雰囲気をやんわりと感じさせながら始まる物語は、プロローグからあっという間に読者を引き込む。
そして、読み進めていくうちに1ページに書かれたメッセージの存在感が濃くなっていくのだ。

▌対立構造

登場人物になぞらえ、本書のジェンダー問題の構造をメモした。

一度上の構造をメモしたが下に訂正した。

中央の矢印はミクロのグラデーションで多種多様だ。性別や性的嗜好だけでなく、文化や慣習、教育や環境の四則演算による複雑な構造である。したがって問題解決の為にまずどこから手を付けるべきか判断しづらく「旗の振り方」や「目指す旗」を決めることが非常に困難だ。だからこそ、今始めるべきは配慮ある対話のための安心安全な場づくりなのだ。

▌印象に残ったシーン

印象に残っているエピソードの1つは、傘寿のお祝いで親戚が集う「8.家族のイベント」だ。この中で2つ印象に残ったシーンがある。
1つめは会の切り盛りだ。七十坪のリゾートを借り親戚四代が集うのだが、本家の叔父の強い主張で食事は各家庭から1品ずつ持ち寄ることになる。その準備や切り盛りは女性陣が行い男性陣は居間に輪になり曽孫の話題で盛り上がる。
法事等でよく見かける光景に作者は違和感の種を忍ばせている。
2つめは、末の叔父が登場する場面だ。未婚の叔父に対する各々の言動から結婚観への問題提起をし、彼女と主人公の電話の内容から性的嗜好と家事労働のアウトソーシングについて読者に議論のきっかけを与えてくれる。

▌変わったこと

以前からパートナーとジェンダーについて議論する機会が多かったのだが、本書を読んだことで具体的なシチュエーションを元に意見を交わすきっかけが増えた。近所の居酒屋で彼女とスンジュンと同じように焼酎(ソジュ)と焼き鳥を手に、体格や性格のセクシャリティの違いや、性的嗜好の多様性について議論し、時に互いの意見を受け入れ、時に交わらない会話に互いに嫌な気分になり話題を変える。こうした最小コミュニティーでの日々のディスカッションは小さな火種なのだ。気付けばそこかしこで灯り始めている。

▌著者の願い

著者の願いは本書に明確に記されている。

「ハッピーエンド」への向かうためのこの厳しい闘いの中で、この小説が、私たちが交わすべき無数の話を引き出すための小さな銃声になれるのなら、それ以上望むことはない。

僕の狂ったフェミ彼女 著者あとがき P.326

日本でもたくさんの読者の皆さんと出会い、より多くの議論と対話を引き出せる本になることを、心から願っています。

僕の狂ったフェミ彼女 日本の読者のみなさんへ P.330

著者は本作刊行直後のインタビューで、この小説の中に私たちが話し合うべき内容を盛り込んだと語りました。簡単にわかり合えなくても、対話を諦めないことが大切だという想いが伝わってきます。(略)本書を手にとってくださった皆さまには、ぜひそれを受け取って、気づき、考え、まわりの人とたくさん話をしてみていただきたいです。

僕の狂ったフェミ彼女 訳者あとがき P.334

▌おわりに

本書を手にするきっかけを与えてくれた尊敬すべきその人はスーパーイノベーターである。「私の残りの命をここに使います。」と言って、宇宙からでも見えるエキセントリックな旗を立て、地球中に対話のきっかけとなる種をまいた。すぐだ。この種はもう間もなく芽を出しあっという間に増殖する。不条理な差別をさえぎる見えない樹木となり地球を覆う。その日はすぐに来る。
あの大きくたなびく旗を目指して皆でいざ行かん、である。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集