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ショートショート:「朧夜屋捕物帳~断罪の骨董~」



【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノです。

個人的に好きなテイストのミステリーの続きを書いてみました。

少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。


【朧夜屋捕物帳~断罪の骨董~】

作:カナモノユウキ


《登場人物》
・横堀秀次(よこぼり しゅうじ)
── 贋作師として名を馳せた男。
"本物を殺した罪"を東風に査定され、究極の贋作として展示品にされる。
・東風(あゆ)
── 朧夜屋の店主。
"罪の査定人"として贋作師を追い詰め、「本物になる」という罰を与える。
妖艶で理知的な存在。

店に入った瞬間、空気が変わった。
湿度が違う。音が違う。光の質すら違うように思えた。
整然と並ぶ骨董の数々。
木の温もりが残る椅子や机、時間の重みを感じさせる陶器。

──すべてが、異様に「静か」だった。
その中央に、一人の女がいた。
青みがかった秘色色(ひそくいろ)の髪を結い上げ、深紅の着物を纏っている。
美しい。だが、それ以上に"何か"が違う。

──まるで、そこに「いない」かのように。
「あなたの罪を査定いたしましょう。」
女は微笑んだ。
その声音は、古い仏具が触れ合う音に似ていた。
「俺の罪?」
俺は笑う。面白いことを言う。
「俺は贋作を作っただけだ。それが罪だと?」
「ええ。」
女はすっと手を伸ばし、帳簿をめくる。
「贋作とは、何でしょう?」
「本物そっくりに作った"偽物"だろう?」
「では、本物とは?」
俺は鼻で笑う。
「それを決めるのは、持ち主だ。」
「つまり、人が〝本物だと信じたもの〟が本物?」
「ああ、そうだ。」
女は帳簿を閉じた。
「ならば、あなたの作品は〝本物〟ですね?」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
「……何が言いたい?」
「〝偽物〟と〝本物〟の境界を決めるのは、持ち主だとおっしゃいましたね。」
「そうだ。」
「ならば、あなたの作品が〝本物〟と信じられたなら、それは〝本物〟になる?」
「理屈としては、そうだな。」
「ならば、〝本物〟と〝偽物〟の境界など、初めから存在しないのでは?」
俺は眉をひそめる。
「……つまり?」
「あなたは"偽物を作った"のではありません。〝本物そのものを作り変えた〟のです。」
「……?」
「ですが―――」
女は微笑む。
「〝本物が二つ〟になった瞬間、どちらも〝偽物〟になる。」
「待て、それはおかしい。」
「そうでしょうか?」
「俺の作ったものが市場に出ても、誰も疑わなかった。それは"本物"だったからだ。」
「ならば、あなたの作った〝本物〟が増えるほど、元の〝本物〟はどうなるでしょう?」
俺は、言葉に詰まる。
「……価値が落ちる、か?」
「いいえ。〝本物である意味が消える〟のです。」
「……何?」
「〝本物〟とは、唯一無二のもの。〝唯一無二〟が二つあれば、それは〝本物〟ではない。」
俺は、手元の茶碗を見つめた。
「あなたは"偽物を作った罪"を背負っているのではありません。
あなたの作った〝本物〟は、元の〝本物〟を〝無価値〟に変えたのです。」
女は、ゆっくりと立ち上がる。
「つまり、〝本物を殺した罪〟を背負っているのです」
背筋に冷たいものが滴る。
「……俺は、ただ贋作を作っただけだ。」
「いいえ。あなたが作り続けたものは〝贋作〟ではありません。〝本物を無にする技術〟です。」
女の声が、耳に絡みつく。
「あなたの作品が市場に流れるたび、〝本物〟は消えました。」
「そんなこと、俺の知ったことじゃ──」
「では、あなたの〝本物〟も、今この瞬間、〝偽物〟になったら?」
女は、すっと手を差し出す。
「試してみましょう。」
女は、小さな箱を取り出した。
「ここに、あなたの作ったものがあります。」
俺は、その箱を受け取る。
蓋を開け、中を覗く。
そこには──見覚えのある品が並んでいた。
「……これは……。」
「あなたの作品です。」
俺は、陶器の一つを手に取る。
重さも、質感も、すべてが完璧だ。
だが──
「……俺が作ったのか?」
分からなかった。
「あなたの罪は〝贋作を作ったこと〟ではありません。」
女の声が響く。
「〝本物を殺し続けた結果、自分自身の本物も失ったこと〟です。」
俺の指が震える。
「あなたは今、〝自分の作品すら判別できない〟状態です。」
手にした陶器が、妙に冷たく感じた。
「あなた自身が、〝贋作〟になったのです。」
俺は、箱を乱暴に閉じた。
「……馬鹿な。」
女は微笑む。
「さぁ……査定を始めましょうか。」
「あなたは、〝本物を殺した〟。」
東風の言葉が、頭にこびりついて離れない。
「……戯れ言を。」
俺はそう呟いた。
「俺はただ、贋作を作っただけだ。誰かを殺したわけじゃない。」
「ええ、直接的には。」
東風は、ゆるりと扇を開く。
「ですが、あなたの〝贋作〟が市場に出回るたび、〝本物〟は消えていきました。」
「証拠でもあるのか?」
「もちろん。」
彼女は、ゆっくりと帳簿をめくる。
「では、ご覧に入れましょう。〝本物が死んだ証〟を。」
「あなたの贋作が市場に流れ始めたのは、十年前ですね?」
「……ああ。」
「最初に〝死んだ本物〟は、木乃屋の九谷焼でした。」
東風が扇で示す先に、一枚の書付が置かれている。
「木乃屋は、九谷焼の名工として知られていました。
彼の作品は高値で取引され、名士たちの間で〝最高の逸品〟と称されていた。」
「そんなことは知っている。」
「ええ。ですが、あなたの〝贋作〟が出回るとどうなったでしょう?」
俺は口を噤む。
「本物と見分けがつかないほど精巧な贋作が次々に流通し、木乃屋の作品は〝本物かどうか分からない〟
という理由で価値を失いました。」
「それは……。」
「彼は、店を畳みました。そして、一年後、自ら命を絶った。」
「……それは俺のせいじゃない。」
「では、続けましょう。」
東風は、次の書付をめくる。
「藤間の螺鈿細工、浜野の鉄瓶、鈴村の蒔絵…あなたの〝贋作〟が市場に出回るたび、〝本物〟は価値を失い、
職人たちは生計を立てられなくなった。」
「俺は……ただ、需要に応えただけだ。」
「ええ。その結果、彼らは職を失い、ある者は借金に追われ、ある者は破滅しました。」
東風は微笑む。
「あなたは、〝本物〟の職人たちを殺したのです。」
「違う……!」
「では、証明できますか?」
「あなたが〝本物〟を作ったのではなく、〝偽物を作った〟と?」
「当たり前だ!」
「では、あなたが作ったものを〝贋作〟だと証明してみせてください。」
東風は、帳簿を閉じる。
「本物と変わらぬ技術、本物と同じ素材、本物と同じ風合い……そして、本物よりも優れた技巧。」
「……。」
「あなたの〝贋作〟は、最早〝本物よりも本物らしい〟のです。」
俺の指が震える。
「つまり、あなたの作品が"本物"であるなら──」
「……。」
「〝本物〟は、不要ですね?」
「あなたは〝本物〟を作っていたのです。」
東風の声が静かに響く。
「だからこそ、〝元からあった本物〟は価値を失い、死んでいった。」
俺は、拳を握りしめた。
「俺は……ただ、良いものを作ろうと……。」
「ええ、あなたの技術は確かに素晴らしい。」
東風はゆっくりと立ち上がる。
「ですが、それが"本物の死"を招いたのです。」
俺の喉が、乾いていた。
「あなたの罪の価値、査定いたしましょうか。」
東風が、静かに微笑んだ。
その声は、すべてを見透かしているように響く。
俺は肩をすくめた。
「査定ね。骨董品の価値を決めるみたいに、人間の罪まで値付けできるってわけか。」
「ええ。罪にも価値がありますから。」
「なら、俺の罪はいくらだ?」
東風は扇を軽く振る。
「あなたは〝本物を殺した〟。その代償を、きちんと払っていただきます。」
「だが、俺の罪がどれほどの価値を持つかは、お前が決めることじゃない。」
「そうでしょうか?」
東風は、卓上の帳簿を指先でなぞる。
「あなたは、ただ〝良いものを作りたかった〟。違いますか?」
「……そうだ。」
「あなたの技術は、本物と見分けがつかないほど精巧でした。」
東風は、ゆっくりと目を細める。
「ですが、その精巧さが〝本物の死〟を招いたのです。」
俺は、無意識に拳を握る。
「俺は、職人たちの人生を奪うつもりなんてなかった。」
「では、結果がどうなろうと関係ないと?」
「……俺はただ、ものを作っただけだ。」
「ええ。ですが、その〝もの〟によって、何人の職人が職を失ったでしょう?」
「……。」
「あなたの贋作が流通するたびに、本物の工房は潰れ、本物の職人たちは手を止め、
本物の作品は無価値になった。」
東風の言葉が、ゆっくりと俺を締め上げる。
「あなたの罪は〝贋作を作ったこと〟ではないのです。」
「……。」
「〝本物の意味を奪い去ったこと〟。」
「そんな大げさな話じゃない。」
東風は、小さく息をつく。
「では、またひとつ試してみましょう。」
彼女は、卓上の他の小箱を開く。
中には、精巧な青磁の茶碗が収められていた。
「これは、あなたの作品ですね?」
俺は、茶碗を手に取る。
「……確かに、俺の作品だ。」
「本当に?」
東風は、すっと扇をかざす。
「それが〝本物〟である証拠は?」
俺は茶碗を見つめる。
細部の仕上げ、釉薬の流れ、指先の感触──すべてが間違いなく俺の仕事だ。
だが、それを口にしようとした瞬間、ふと疑念が生まれる。
「……待て。」
「これは……本当に俺が作ったものなのか?」
自分の作品に、自信が持てない。
「あなたは〝本物〟と〝贋作〟の境界を消し続けました。」
東風は微笑む。
「その結果、自分自身の〝本物〟も見失ったのです。」
俺の手が震える。
「つまり、あなた自身が〝贋作〟なのですよ。」
「……。」
「では、あなた自身の〝本物〟を証明していただきましょう。」
東風は静かに微笑んだ。
その声は、まるで既に結論が出ているかのようだった。
俺は喉を鳴らす。
「……証明?」
「ええ。あなたの作品が〝本物よりも本物らしい〟のなら、それを証明するのは簡単でしょう?」
「……。」
「どうしました?」
東風は、卓上の茶碗を指でなぞる。
「先ほど、あなたはこの作品が〝間違いなく自分のものだ〟と仰いましたね?」
「ああ。」
「では、〝あなたが本当に作った〟という証拠を、ここで示してください。」
「証拠?」
「ええ。〝本物である理由〟を語ればよいのです。」
俺は茶碗を手に取る。
何度見ても、何度触れても、これは間違いなく俺の作品だった。
「……指跡の位置、釉薬の流れ、焼きの加減、すべて俺の技だ。」
「素晴らしい。」
東風は扇を軽く振る。
「ですが、それはあなたが〝本物だと信じている〟だけでは?」
「何?」
「それを〝本物だ〟と証明する手立ては?」
「だから、これは……!」
「それが〝あなたの作品である〟と、誰が保証するのです?」
俺は言葉に詰まる。
「……。」
「あなたがどれほど〝自分のものだ〟と言い張ろうと、それを証明できなければ、
それは〝本物〟ではありません。」
東風の言葉が、じわりと絡みつく。
「あなたの作品は、すべて〝贋作として作られたもの〟です。
ならば、それを〝本物〟と呼ぶ資格は、あなたにありますか?」
「……俺は……。」
「〝本物とは何か〟──この問いに、答えられますか?」
俺は、手にした茶碗を見つめる。
「……なら、俺の作品は〝何〟なんだ?」
東風は、少しだけ目を細めた。
「あなたの作品は、〝無〟です。」
「……。」
「〝本物〟と〝贋作〟の境界を曖昧にした結果、あなたの作品は〝どちらでもないもの〟になった。」
「……違う。」
「いいえ、違いません。」
東風は、扇を閉じる。
「あなた自身が〝本物である証〟を見せられない限り、あなたの作品は〝ただの無価値な物〟なのです。」
「俺は……。」
声が、喉に張り付いたように出てこない。
「あなたは、〝あなた自身〟が何者なのか、今ここで証明できますか?」
「……俺は贋作師だ。」
「それは〝贋作を作る者〟というだけの役割ですね?」
「違う……俺は……!」
東風が、ゆっくりと俺に向き直る。
「あなたが〝本物〟である証拠は?」
俺の指が震える。
「あなたは〝贋作を作ること〟にのみ価値を見出し、〝本物〟を軽視し続けました。」
東風の声は、静かに、しかし確実に俺の心を締め付けていく。
「その結果、〝本物の価値〟が失われ、〝あなた自身の本物も消えた〟のです。」
「違う……俺は……!」
「では、あなた自身が〝本物である証〟を示してください。」
「そんなもの……!」
俺は声を上げかけて、言葉を失った。
何を証明すればいい?
俺が何者なのか?

俺が〝本物〟であることを、どうやって示せば?

俺の作品は?

俺の技術は?

俺の人生は?


「……。」
「お答えいただけませんか?」
東風の微笑みが、妙に遠く感じられた。
「あなたが〝本物である証〟を示してください。」
東風の声が、耳に絡みつくようだった。
俺の指先が冷える。
「俺は……贋作師だ。」
「それは〝贋作を作る者〟という役割ですね。」
「違う……俺は……!」
「では、あなた自身が〝本物〟である証拠は?」
俺は息を呑む。
「あなたは〝贋作とは何か〟を問い続けました。」
東風が、卓上の茶碗を指先で転がす。
「そして、その問いが、今や〝自分自身とは何か〟へと変わった。」
俺の心臓が、不規則に脈打つ。
「あなたの作品は、本物と見分けがつかないほど精巧でした。」
「……ああ。」
「ですが、その精巧さが、あなた自身を〝本物と偽物の境界〟に立たせたのです。」
俺は、無意識に拳を握る。
「つまり、あなたの存在自体が〝贋作〟になったのです。」
「……冗談だろう?」
東風は、静かに微笑む。
「あなたが作り上げたものは、どれも〝本物と同等〟の価値を持ちました。」
「だからこそ〝本物〟は不要になり、死んだ。」
「……。」
「ならば、あなた自身も、〝本物〟と区別がつかない贋作なのでは?」
「そんな馬鹿な話があるか……!」
俺は、卓上の茶碗を掴んだ。
「俺の作品は〝本物〟なんかじゃない。〝贋作〟だ。」
「ですが、それを〝本物〟として買った者がいます。」
東風の目が、俺を貫く。
「その者たちは、あなたの作品を〝本物〟だと信じて疑わなかった。」
「……。」
「ならば〝贋作とは何か?〟 そして、〝本物とは何か?〟」
「……。」
「あなた自身の存在が、〝本物の贋作〟になっているのです。」
俺の喉が、張り付いたように動かない。
「あなたの作ったものが〝本物〟を否定し続けた結果。」
東風が、扇をゆっくりと閉じる。
「あなた自身が、〝本物ではない何か〟になったのです。」
俺は、手のひらを見た。
指紋の感触、皮膚の皺、爪の先。
すべて、自分のもののはずなのに。
「俺は……本当に、俺なのか……?」
「あなたの罪の査定結果を、提示いたします。」
東風の言葉が、空気を切り裂いた。
「あなたは〝本物〟になります。」
俺は、息を呑んだ。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。」
東風の笑みが、深くなった。
「あなた自身が〝唯一無二〟の存在になればよいのです。」
俺の体が、嫌な予感に震えた。
「俺が……〝唯一無二〟?」
「ええ。それこそが、あなたの罪の清算方法です。」
「待て。」
胸がざわつく。
「俺の罪は、贋作を作ったことだ。」
「違いますね。」
東風の声は、確信に満ちていた。
「あなたの罪は、〝本物を殺したこと〟。」
「……。」
「ならば、あなたが〝新たな本物〟として存在すれば、罪は帳消しになるのです。」
「ふざけるな……!」
俺は拳を握る。
「俺は〝贋作を作る者〟であって、〝本物になる〟なんて意味がわからない!」
東風は静かに首を傾げた。
「では、あなたに問います。」
「……何だ。」
「〝本物〟とは何でしょう?」
「……唯一無二のもの。」
「その通りです。」
東風は微笑む。
「ならば、あなたが〝唯一無二〟になればよいのです。」
「だから、それがどういうことか聞いてるんだ……!」
東風は、すっと手を差し出した。
「この世に、〝本物のあなた〟がひとつしかない状態を作ればいいのです。」
俺の手が震えた。
「あなたは〝展示品〟になります。」
東風は淡々と言った。
「あなたは〝最高傑作の骨董品〟として、永遠に鑑賞されるのです。」
俺は、目を見開いた。
「……冗談だろ?」
「冗談ではありません。」
「俺は……人間だぞ……?」
「ええ。〝本物の贋作〟の人間です。」
「あなたは、自らの存在を〝唯一無二〟の作品として確立するのです。」
「そんなことが……。」
「可能ですよ。」
東風の微笑みが、妙に遠く感じられた。
「あなたが〝本物〟になることで、あなたの罪は完璧に清算されるのです。」
「……俺は……。」
逃げなければならない。
この場を離れなければならない。
だが──足が動かない。
「では、〝加工〟に入りますね。」
東風が、ゆっくりと扇を広げた。
それは、まるで儀式の始まりを告げる合図のようだった。
「待て……!」
俺は椅子を蹴り、立ち上がる。
「俺はまだ、納得していない!」
「ええ。」
東風は静かに頷いた。
「ですが、それは問題ではありません。」
「……何?」
「査定結果はすでに決まりました。」
「冗談じゃない……!」
足が震える。
この場から逃げなければならない。
だが──
俺の足は、一歩も動かなかった。
「……なぜ、動かない……?」
「当然です。」
東風の目が、夜の湖のように深く揺れる。
「あなたはすでに〝展示品〟になり始めています。」
「ふざけるな……!」
俺は叫ぶ。
「俺は人間だ! 展示品になるなんて、そんな馬鹿な話があるか!」
東風は微笑む。
「では、証明していただきましょう。」
「……何?」
「あなたが〝まだ人間である〟という証拠を。」
「……!」
「さあ、動いてみてください。」
東風の声が、背筋を撫でるように響く。
俺は、再び足に力を込めた。
だが──
足は床に貼りついたように動かなかった。
「……な、ぜ……。」
「あなたの〝本物化〟は、すでに始まっています。」
俺は目を見開く。
「あなたは〝唯一無二の贋作〟として、固定されるのです。」
東風は、指先で扇をなぞる。
「贋作は、本物の影にすぎません。」
「だが、〝贋作そのもの〟が本物になったとき──」
「あなたの存在は、〝固定された芸術品〟になるのです。」
俺の手が、冷たい。
「……俺は……人間だ……!」
「では、証明してください。」
「……!」
「〝あなたが本物の人間である〟という証拠を。」
俺は、言葉を失った。
「あなたは〝贋作師〟でしたね?」
東風が近づく。
「本物と同じものを作ることに、人生を捧げた。」
「……。」
「ならば、あなた自身が〝本物の贋作〟になるのは、当然の帰結では?」
「違う……!」
「いいえ、違いません。」
東風は、扇を閉じる。
「あなたは〝唯一無二の芸術品〟になります。」
視界がぼやける。
いや、違う。
俺の身体が、変化し始めているのだ。
皮膚が冷たい陶器のように硬化していく。
指先が、無機質な質感に変わる。
「……やめろ……!」
「おめでとうございます。」
東風は静かに言った。
「あなたは、〝完璧な贋作〟として、永遠に鑑賞されるのです。」
視界が揺れる。
まぶたの裏が、重い。
「……。」
口を開こうとするが、声が出ない。
俺の手は──まだ俺のものだろうか。
足は──俺の意志で動くだろうか。
「最後の問いをいたしましょう。」
東風の声が、耳元に絡みつくように響いた。
「あなたは、〝本物〟になります。」
彼女は、静かに微笑む。
「ですが、ここで選択肢を差し上げましょう。」
俺は、わずかに眉を動かした。
「選択肢……?」
「ええ。」
東風は、扇をゆっくりと閉じる。
「〝イエス〟なら、あなたはこのまま〝唯一無二の贋作〟として、永遠に展示されます。」
「……。」
「〝ノー〟なら……。」
彼女は、少し間を置いた。
「別の代償を支払っていただきます。」
「代償……?」
「ええ。〝贋作師としてのあなた〟を捨てていただきます。」
「それは……。」
「〝本物〟の意味を殺したあなたに残された道は、〝贋作の意味すらも失うこと〟。」
俺は息を呑む。
「〝本物〟にもなれず、〝贋作〟にもなれず──ただの〝無〟になるのです。」
「……。」
「あなたが〝本物の贋作〟として生きるか、それとも〝何者でもない存在〟として消えるか。」
「どちらを選びますか?」
喉が焼けつくように乾く。
俺は──何を選べばいい?
「あなたの作った贋作が、どれほど美しくとも。」
東風の声が、頭に響く。
「〝あなた自身の本物〟が失われていたのなら、それは何の意味も持ちません。」
「……。」
「あなたは、〝本物になりたい〟ですか?」
俺は、唇を噛んだ。
──〝本物になりたいか?〟
違う。
俺は〝本物になりたい〟わけではない。
俺が求めていたのは──。
「俺は……。」
声が、掠れる。
東風の瞳が、揺れる。
「答えを。」

俺は──。

「……イエス。」


その瞬間、俺の身体が、硬質なものへと変わっていく。
皮膚が陶器のように冷たく、指先の感覚が薄れていく。
光が当たると、わずかに艶めいた反射を見せる。
俺は、〝本物の贋作〟になった。
「ようこそ。〝展示品〟へ。」
東風の微笑みが、やけに遠く感じられた。
静寂の中、かすかに人の気配がする。
足音。
話し声。
俺を覗き込む、無数の視線。
彼らは、俺を見ている。
この美しき、〝完璧な贋作〟を。
「素晴らしい出来栄えだ。」
誰かの声が聞こえた。
俺は──。


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

今回も難しかったぁあああああああああああ!


では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


《作品利用について》

・もしもこちらの作品を読んで「朗読したい」「使いたい」
 そう思っていただける方が居ましたら喜んで「どうぞ」と言います。
 ただ〝お願いごと〟が3つほどございます。

  1. ご使用の際はメール又はコメントなどでお知らせください。
    ※事前報告、お願いいたします。

  2. 配信アプリなどで利用の際は【#カナモノさん】とタグをつけて頂きますようお願いいたします。

  3. 自作での発信とするのはおやめ下さい。

尚、一人称や日付の変更などは構いません。
内容変更の際はメールでのご相談お願いいたします。

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