ショートショート:「ガムシャラに泳ぐということ」
【前書き】
皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
今回は「水泳」というお題を頂き、僕の胸の内のモヤも吐き出すように書いてみました。
楽しんで頂けると幸いです。
【ガムシャラに泳ぐということ】
作:カナモノユウキ
〔登場人物〕
・原田倫典(はらだみちのり)
・田中友介(たなかゆうすけ)
プールサイドの端から端まで泳ぎ切った時のことは、よく覚えている。
満身創痍、そんな経験は生きて来た中でそうあるもんじゃない。
頑張ったって言い切れる数少ない瞬間だから、何度も思い返してしまう。
小学校四年の、忘れられない思い出。
…そう言えば、僕が何かをやり遂げる時はいつも…アイツが居たんだ。
馬鹿で図々しい、優しいアイツが…
―――「行ってきます。」
空っぽの部屋に響く、自分の声。
大学を出て就職をして、今では立派なサラリーマンの僕。
…って言いたいところだけど、今の現実は暗く重い闇そのものだ。
その原因は、会社での「いじめ」というものだろう。
出社して挨拶を終えれば、僕は影を失わせて存在も消す。
話しかけられることも無い、でも陰口は叩かれる。
仕事が遅いとか、邪魔だとか…聞こえる距離で、僕は聞こえないふりをする。
それなのに、上司は仕事を山の様に押し付けて来る。
下からは邪魔者扱い、上からはゴミ処理のシュレッダーの様な扱いを受ける毎日。
入社三年、歴と鬱憤だけが溜まった醜い透明人間…それが僕だ。
「いつから、こんな毎日になったんだろうな…。」
帰り道、夕焼けに染まる河川敷でこぼれ出た独り言に、返事が返ってきた。
「お前のせいじゃねーけど、お前のせいだろうな。」
「え?」…声の方に振り向くと、そこには見慣れた高校生が立っていた。
「よっ。何かお前やつれてね?」
「友介…なんでお前ここに居るんだよ。」
「ここに居るからだろ?何言ってんだよ倫典。」
「そう言う事じゃなくて!」
「なぁ、プール行こうぜ。ここ暑過ぎ、涼みてーよ。」
「プール?」
「そう!お前まだ泳げるんだろ?ほら!行くぞ!」
そう言って彼は近所の中学校へと向かい出した。
僕は混乱しながらも彼を追いかける。校舎は夏休みのせいか誰もいない。
「チャーンス!」としたり顔で忍び込み、縁もゆかりも無い校舎を探索してプールへ辿り着く。
「んー!なっつかしい!塩素と水の匂い!」
「何だよ、水の匂いって。」
「なんとなくわかんだろ?そこは伝われよ。」
「伝わらないし、僕はこの状況を理解できていない。」
「理解するな、感じるんだよ。」
「意味わからん。」
「そう状況を理解しようとするからいけないんだよ、お前は。」
「…理解することの何が悪いんだよ。」
「理解しようとすると、判断が鈍る。」
「判断て、なんのだよ。」
「人生の判断に決まってんだろ?」
「鈍ってる訳…無いだろ。」
「なら、勝負しようぜ。」
「何だよ、勝負って。」
「個人メドレー、四百メートルだ。」
「よ、よんひゃく!?無理だよ!」
「ほら、理解した。それだから駄目なんだよ、やってみなけりゃ分かんねーだろが!ホラ!ちゃっちゃと位置着けよ!」
そう言ってパンツ一丁になった友介が挑発してきた。
何だか分からない、けどここで引けば僕は駄目な気がした。
「やってやるよコノヤロー!」
「お前、少したるんだんじゃねーの?」
「うるせぇ!ちゃっちゃと構えろ!」
パンイチの男二人が、プールのスタート台に立つ。
呼吸を整え、数年ぶりに飛び込み姿勢を取る。
「行くぞ、倫典。」
「友介…。おう!」
「スタート!」
水に飛び込んだ瞬間、頭が真っ白になった。
まるで、何も考えずに居たあの頃の様に。
―――「友介、水泳部入るの?」
「おう!海行かなくても泳げるし、学校のプール使いたい放題なんだろ?パラダイスじゃん!」
「何だその理由、馬鹿だな。」
僕と友介は幼なじみで、いつも一緒に居た。
そしていつも振り回された。
小学校ではサッカーをやろうと言われて付き合わされ。
中学校ではバスケ、高校では水泳という訳だ。
「俺がやるんだし、お前もやるだろ?」
「やらせるために、僕に話したんでしょ。」
「分かってるねぇ〜、倫典くん!」
その時は、いつもの流だと受け入れて僕も水泳部を選んだが。
後に僕は後悔するんだ、ここでこの道を選ばない方が良かったと…。
―――バタフライを一周終えて、次は背泳ぎに入る。
友介はまだ余裕そうだ、僕も負けてられない。
―――「お前、水泳上手くね?」
「そう…かなぁ、そんなことないと思うけど。」
「いや!絶対上手い!…ちくしょ〜、俺も上手くなりてぇ!」
「友介も十分上手いよ、次の地区大会の選抜に選ばれてるんだし。」
「それはお前もだろ!?…よし、次の地区大会はお前より目立つ!」
水泳部に入って一年、実力の差が明確に見え始めた時期だった。
友介はいつも適当だったから、僕に対抗心を芽生えさせる程水泳にのめり込むとは思わなかった。
僕たちは親友という間柄から、ライバルになり。
ほぼ毎日練習をしては、お互いの実力を確かめ合っていた。
―――背泳ぎの終盤、友介がスピードを上げる。
今上げても後半のスタミナが持たないだろ!
なのに、何でまたガムシャラになる。
いつもそうやって、お前は失敗するじゃないか。
―――「なんで出だしでスパート掛けなかったんだよ!あそこで頑張ったら負けることなかったろ!」
「あの場面で掛けても後半持たなかった!…そんな考えなしにできるかよ。」
「お前まだ自分のこと分かってないな!倫典!お前は考え無しにガムシャラになんかやった方が上手くいくんだよ!
小学校のプールの授業で百メートル泳ぎ切ったときも!中学のバスケ大会で優勝したときも!お前は頭空っぽにして
全力だった!そんなお前が凄いんだ!お前は無駄に考え過ぎなんだよ!自分で自分殺してるんじゃねーよ!」
「お前に…、お前に何が分かるんだよ!」
「分かるよ!俺たち親友だろーが!!」
ここまでぶつかり合ったのは、きっと初めてだった。
地区大会の準決勝、僕は団体メドレーで足を引っ張り…敗退させてしまった。
それが強烈なトラウマになり、水泳部に顔を出すことが少なくなった…。
―――平泳ぎに入って、差がかなり開き始めた。
あの頃と変わらない、友介のままだ。
考え無し、無鉄砲…だけど僕はそこが大好きで。
友介の様になりたいと、いつも思っていたのを…今更思い出した。
―――「全国大会、お前出ないってどーいうことだよ。」
「言ったまんまの意味だよ、僕はもう泳がない。」
「ふざけんな!何一回負けたからってイジケてんだよ!ダサい!ダサ過ぎるぞお前!」
「何とでも言ってくれ、僕はもう…泳ぎたくないんだ。」
「もういい、お前何か居なくても…俺が勝ってみせるさ。」
…この会話が、友介との高校最後の会話だった。
―――平泳ぎが終わり、最後の自由形。
お互いに得意のクロールで攻める。
差が開らいた分はここで取り返さないと負けが確定する。
体力は限界に近い、だが負けるわけにはいかない。
泳ぎ切り、何で僕の前に現れたか聞かないといけない。
ここに居るはずのない、友介が現れた本当の理由を。
―――「なんで…嘘…だろ?」
全国大会決勝、友介は個人リレー中に溺れたと知らせが入った。
過度な練習で足を痛め、それを黙って大会に出たのが原因で溺れたと。
一時は呼吸が止まり、生死の境を彷徨って。
呼吸は戻ったが、意識は戻って来なかった。
そこから、今の今まで…友介の様態が回復した話は聞いていない…。
―――ずっと植物状態のお前が、何で僕の前に?
最後のコースに入り、考える余裕なども一切無くなり、僕はただひたすらに身体を運んだ。
スタート台に手を掛けたとき、先にゴールした友介が僕を引き上げた。
「ほら、泳ぎ切れた。んで、俺の勝ちだな倫典。」
「ハァ……久々に…満身創痍だよ。ってか泳ぎで、お前に負けたの、はじめてかもな…。」
「あ?んなことねーだろ?」
「いや、そうだって。友介馬鹿だから覚えてないだけだろ。」
「お前!勝者に向かって無礼だぞ!」
「何だよ無礼って。」
何だか、久々に人と会話してる気がする。
忘れてた、楽しいってこんな感じだったな…。
「よし!俺が勝ったし!お前は俺の言うことを聞け!」
「え?そういう話だったか?」
「忘れた!でもお前が負けたのは事実だ!」
「まぁ、そうだな…。」
「じゃあ、倫典。命令だ…俺に、会いに来てくれよ。」
「…やっぱりお前。」
「いいか!理由や理屈考えたらお前は駄目なんだよ!お前怖がりだからさ!怖がって、俺って現実受け止めないで!
逃げた先の現実でまた苦しんで、俺から逃げて会社から逃げないってどういう理屈だよ!ウジウジ考えないでさ、
苦しいなら何にも考えずに逃げろよ!俺から逃げたみたいに!んで…逃げたらまた、立ち向かってくれよ。
それでさ、会いに来てくれよ。俺、またお前に会えたなら…頑張れるからさ。ずっと待っていたんだぜ。
でも来ないから、こっちから来てやったんだよ。…お前のこと、もうムカついても居ないし、嫌いでもないから。
頼む、会いに来てくれよな。…俺、まだ待ってるからさ!」
「…友介。」
気付くと、プールサイドにはパンツ一丁の僕が、一人泣き崩れていた。
―――「……友介、来たぞ。」
数年ぶりに、友介の顔を見る。
あのプールで会った昔のままの友介とは違い、こっちはしっかり歳をとっていた。
「ほら、会いに来たんだからさ…さっさと起きろよ。なぁ、友介…頼むよ。」
スタート台で出迎えてくれたときよりもか細くなった手を握り、再度呼びかける。
「…友介、起きてくれよ。僕が来たら頑張れるんだろ…しっかりしろよ、友介!」
「……友介友介うるせーよ。」
か細い手が、僕の手を握り返してくれた。
「…お前…おせーって。」
「なんだよ、お前に言われたくねーよ。」
友介はそう言って、力いっぱいの笑顔で「おかえり。」と言ってくれた。
僕は「ごめん。」と「ありがとう。」を交互に伝えるしか出来なかった。
―――「んで?お前仕事どうしたんだよ?」
「辞めたよ、友介の見舞いに行った日にね。」
「え!?マジかよ、勿体ねー。」
「理由とか考えないで、逃げろって言ったのお前だろ。…だから逃げた。」
「ハハハ!そっかそっか。…うん、お前はそれでいいんだよ。」
「それでいいってなんだよ、お陰でこっちは無職なんだからな。」
「いいじゃねーか、あんなくそみたいな連中と縁切れたんだから。ほら、もっと俺に感謝していいんだぞ?」
「はぁ?誰が…ってなんでお前って僕の職場のこと分かんの?」
「何でって、見てたから。ずっと。」
「え?生霊として?」
「倫典がウジウジしているから、診兼ねて見守っていたんだろうが!」
「いやいやいや気持ち悪っ!」
「何だよそれ!勝者に対して失礼だぞ!」
「まだ言うか!あ!てかお前早くリハビリ終わらしてプール行くぞ!」
「え?何でまた。」
「お前に負けたままだったら釈然としないからな、もう一度勝負するぞ。」
「ほー!望むところだ!また勝っちゃうもんねー!」
「調子乗るのは本調子に戻ってからにしろよな、ほらリハビリ再開するぞ。」
「おう!早く回復して泳ぐぜー!」
親友に肩を貸せるのが、こんなに幸せなんだと涙が滲む。
この先を考えると怖いことだらけだけど、親友の教えを守って泳いでみようと思う。
この「今」という現実を、ガムシャラに泳ぎ切るために。
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
作品を書く切っ掛けとして、「くらげふぁくとりー」というユニットの相方しおんさんからお題を頂いて作品を書くという企画が発端でした。
男二人の友情というのは書き出す当初はあんまり考えて居なかったんですが、書き始めたときに少しプライベートで嫌なことが重なり、そのときに「言われたい言葉」が頭に浮かび書き出すことが出来ました。
逃げたいなら、全力で逃げろ。
つい、言われたいなぁと読み返しながら思いました。
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
【おまけ】
横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。
《作品利用について》
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