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「トンと喚けばカラの体がトンと啼く」#02
【前書き】
皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
ふつふつと書いていた短編小説のお披露目です。
少しの間でも、お楽しみ頂けていることを願います。
【トンと喚けばカラの体がトンと啼く】
作:カナモノユウキ
登場人物紹介
◆ 西林(にしばやし) ― フリーライター、都市伝説「トンカラトン」を追う。
◆ 東和田(とうわだ) ― 怪談専門の記者、西林と共に調査を進める。
◆ 北海(きたうみ) ― 民俗学者、「トンカラトン」の噂を独自に調査していた。
◆ 南森(みなみもり) ― 地元の警官、製薬会社と関わりを持つ。
◆ 秋月製薬(あきづきせいやく) ― 頓殻病を極秘研究している製薬会社。
◆ 榊(さかき) ― 元・秋月製薬の研究員、過去の実験を知る。
◆ 北海の母親 ― 息子を探し続ける。
◆ 篠崎(しのざき) ― 村の住人、「トンカラトン」の噂に詳しい。
◆ 松浦武三郎(まつうらたけさぶろう) ― アイヌの伝承を記録した歴史上の人物。
【第一部:トンカラトンの噂、再び】
夜の静けさが、部屋を包み込んでいる。
時計の針は深夜1時を回っていた。
机の上に置いたスマホの画面が、青白く光る。
ニュースアプリを開くと、目を引く記事があった。
「トンカラトン、再び? 包帯姿の怪人、目撃情報相次ぐ」
――また、この噂か。
俺は指でスクロールしながら、記事を読み進める。
「深夜2時ごろ、駅前の商店街で、カラカラと音を鳴らしながら歩く包帯姿の影を見た」
「振り返ったら誰もいなかったのに、足音だけが聞こえ続けた」
証言者のコメントが、いくつも並んでいる。
スクロールを止め、画面をじっと見つめる。
目の奥がじんわりと痛む感覚がした。
"トンカラトン"――それは、俺が子どもの頃に遊び半分で試した、あの怪談だ。
"トン、カラ、トン"と喚いた、あの夜。
俺たちは、ただの遊びだと思っていた。
しかし――。
記憶の奥にある違和感が、ざわりと揺れた。
何かを忘れている気がする。
本当に、何も起こらなかったのか?
俺はスマホを置き、ノートパソコンを開いた。
検索窓に「トンカラトン 目撃」「トンカラトン 都市伝説」と打ち込む。
ヒットする記事は多い。
だが、どれも内容が曖昧だ。
SNSの投稿を覗くと、最近になって急激に噂が拡散している。
――「友達がトンカラトンを見たって言ってた」
――「なんか最近、夜道で変な音がする」
――「本当に呼んじゃったやつがいるんじゃね?」
……妙だな。
過去にはほとんど注目されていなかった噂が、ここにきて急に広がっている。
俺は椅子にもたれ、ふうっと息を吐いた。
偶然なのか?
それとも、本当に何かが起こっているのか?
――カタッ。
小さな音がした。
視線を机の上に落とす。
……いつの間にか、俺の指先が机を叩いていた。
――― トン、カラ、トン。
血の気が引く。
慌てて手を引っ込める。
俺は、そんなつもりはなかった。
なのに、無意識のうちに……。
――ただの偶然だ。
自分に言い聞かせる。
だが、喉の奥が妙に渇いていた。
静寂の中、時計の秒針だけが規則正しく音を刻む。
「トンカラトン」
その名前が、頭から離れなかった。
スマホの画面に目を戻す。
「目撃が集中するのは、深夜2時前後」
記事の一文が、異様に目についた。
今、時計は――1時48分。
俺は、思わず息をのんだ。
部屋の窓の向こう、街は静まり返っている。
……まさか。
何もない。そう思いたかった。
深夜1時50分。
スマホの画面に映る"トンカラトン"の文字を見つめていた俺は、突然の着信音に肩を跳ねさせた。
――東和田(トウワダ)。
ディスプレイに表示された名前を見て、軽く息をつく。
東和田とは、雑誌のライター仲間であり、ガキの頃からの腐れ縁だ。
通話ボタンを押すと、スピーカー越しに明るい声が響いた。
「よう、西林! 夜更かししてるか?」
「……お前、今何時だと思ってんだよ。」
「深夜のネタ探しに時間なんて関係ねえだろ?」
東和田の軽い調子は相変わらずだった。
だが、この時間の電話には違和感があった。
「で、なんの用だ?」
俺がそう尋ねると、彼はおもむろに本題を切り出した。
「トンカラトンの噂、追ってみないか?」
指先がぴくりと動く。
「……は?」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。
東和田は続ける。
「最近、やたら目撃情報が増えてるんだよ。
ただの都市伝説なら、こんな急に騒がれたりしないだろ?」
スマホを持つ手に、じんわりと汗が滲む。
「お前、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ? むしろ本気じゃなきゃ、こんな時間に電話しないって。」
そう言って、東和田はクツクツと笑った。
"トンカラトン"――
子どもの頃の遊びが、脳裏にちらつく。
"トン、カラ、トン"と夜の公園で喚いたあの日。
あのとき、何も起こらなかったはずなのに……。
"本当に、そうだったか?"
思考が深みに沈みそうになったとき、東和田の声が現実に引き戻した。
「……どうする、西林? 一緒にやるか?」
「……お前、トンカラトンって、実際に見たことあるのか?」
俺の問いに、東和田は一瞬言葉を詰まらせた。
電話越しに、微かな雑音が混じる。
「いや、直接はないけどな……。」
――カラ……カラ……
ノイズの奥で、何かが鳴っているような気がした。
「まあ、要するにさ、昔の怪談が現実になりつつあるわけよ。」
東和田が軽い口調で言う。
俺は深く息をついた。
「……取材の具体的な予定は?」
「とりあえず、目撃情報が多い商店街を回ろうぜ。」
東和田の提案に、俺は曖昧に頷いた。
"本当に行っていいのか?"
頭の片隅で、そんな声が囁いた。
「じゃあ決まりだな。明日の夕方、現地集合な。」
東和田が軽く言って、通話が切れる。
スマホを置き、額を押さえた。
なぜか、妙に疲れた気がする。
電話で話しただけなのに。
そして――
部屋に沈黙が戻ると、俺は気づいてしまった。
通話の間じゅう、心のどこかで"何か"を感じていたことに。
――――夕暮れの空が、街を薄橙色に染めている。
時計の針は午後6時を指していた。
俺と東和田は、目撃情報の多い商店街へ向かっていた。
「やっぱり9月の夕方は過ごしやすいな。」
東和田が腕を伸ばしながら呟く。
「でも、この時間にしては人通りが少なくないか?」
「確かにな……。」
普段なら夕飯時で賑わうはずの通りが、妙に静まり返っていた。
いつもなら、仕事帰りの人たちが行き交い、店先から賑やかな声が聞こえる時間帯。
なのに、今日は妙に閑散としている。
「……なんか、変じゃね?」
東和田が眉をひそめた。
「まだ夕方なのに、閉まってる店が多いな。」
シャッターが降りたままの店舗が目立つ。
その異様さが、静かに胸をざわつかせた。
俺たちは商店街の奥にある、小さな食堂へ足を踏み入れた。
カウンターの奥で、白髪混じりの店主が食器を拭いている。
「すみません、少しお話を聞かせてもらってもいいですか?」
東和田が声をかけると、店主はゆっくりと顔を上げた。
「……あんたら、記者か?」
「はい。最近、この辺りで"奇妙なもの"を見たという話を聞いたんですが……。」
店主は手を止め、渋い顔をした。
「その話か……好きだねみんな、聞いたら帰れよ。……あれはなぁ、数日前の夜だったかね。」
店主は腕を組み、遠い目をする。
「カラカラと変な音が聞こえてな。」
俺と東和田は顔を見合わせる。
店主は続ける。
「包帯ぐるぐる巻きのヤツが、こっちを見ながら歩いてたんだよ。」
「か、顔は?」
「よく見えなかった。けど、なんつーか……目だけは、こっちをじっと見てた。」
店主はそう言って、黙り込んだ。
「その後、そいつはどこへ?」
東和田が身を乗り出して尋ねる。
「……さあな。」
「見失ったんですか?」
店主は眉を寄せる。
「いや……見失ったんじゃなくて、気づいたらいなくなってたんだよ。」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
"何か"が、確かにそこにいたはずなのに、記憶が曖昧になる。
そんな現象が、本当にあるのか?
食堂を出ると、夕闇が街を包み始めていた。
「……どう思う?」
俺の問いに、東和田は肩をすくめる。
「まあ、都市伝説の影響で記憶が混濁したって可能性もあるよな。」
「……おい。」
俺は、ぞわりとした感覚に襲われ、思わず振り向いた。
まだ営業している店の明かりがある。
なのに、"何か"がそこにいる気がした。
「……お前、今何か感じたか?」
俺の言葉に、東和田は苦笑する。
「気のせいじゃね? 夕暮れ時は影が長くなるしな。」
その軽い口調が、逆に気になった。
「お前こそ、本当は何か感じてんじゃないのか?」
そう問いかけると、一瞬、東和田の表情が硬くなった。
だが、彼は何も言わなかった。
続く
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
昔見た、「トイレの花子さん」というアニメに出てきた〝トンカラトン〟が忘れられず書き始めました。
最後まで楽しんで頂けたら幸いです。
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
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