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漢方が世界に広まる日も近い?!


※この記事は、日本科学未来館で科学コミュニケーターとして活動しているときに執筆したブログ記事です。【2016年11月14日の投稿】を編集・追記。当時の活動を振り返る”編集後記”を載せて再掲載しています。

【編集後記】西洋医学と東洋医学は根本的な考え方や理論、そして得意分野が異なります。それぞれを補完し合いながら、その人にとってベストの医療を、適切なタイミングで、どこの病院でも受けられるといいなと思います。東洋医学は、学んで理論を習得できるので、セルフケア、セルフメディケーションとして自分や家族の健康管理に役立ちます。


漢方薬を飲んだことがありますか?

と聞かれたら、おそらく「YES!」という方が多いのではないでしょうか?

日本では、漢方薬は薬局やドラッグストアで入手できますし、病院で処方されることもあります。

私は慢性鼻炎なので鼻水がひどいときには「小青竜湯」を時々飲んでいます。また、季節の変わり目など悪寒がするときには、「葛根湯」を飲むので、漢方薬にはお世話になっている方かもしれません。

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誤解をしている方も多そうですが、漢方は日本の伝統医学です。そのルーツは古代中国の医学「中医学」にあります。5世紀に、中国の医学が朝鮮半島経由で日本に伝来して、日本人向けもしくは日本で使いやすいようにアレンジされたのが、漢方医学なのです。

"漢方"という呼び名は、中国の呼び名ではなく、その後、江戸時代に入ってきた蘭方(西洋医学)と区別するために、"漢方"と呼ぶようになりました。

西洋医学は、先進国を中心とした世界の医療での標準になっています。日本も西洋医学が入ってきてからは、こちらが主流になりました。

しかし近年、"西洋医学以外の伝統医療も重視しよう"とする流れが欧米を中心に出てきています。

現在、世界保健機関(WHO)で、国際疾病分類(ICD)という国際的に決めた病気の分類(呼び方)の改訂作業が進められています。その国際疾病分類に、漢方を含む東洋医学で使われる病気の呼び名を入れることが決まっています。先月(2016年10月)に東京で行われた、WHOの会議でも改めて報告されました。

国際疾病分類(ICD)は、様々な地域の死因や疾病データを記録し、比較する基礎になる分類です。「日本人の死因のうち、がんが3割を占める」、「日本はアメリカより、肺炎の死因割合が高い」など比較ができるのは、世界で病気の名前が統一されているからこそなのです。


●東洋医学ではどうやって病気を分類するのか?

葛根湯のパッケージの後ろを見てみると、以下のようなことが記載されています。

「体力中等度以上のものの次の諸症: 感冒の初期(汗をかいていないもの)、鼻かぜ、鼻炎、頭痛、肩こり、筋肉痛、手や肩の痛み」


補中益気湯のパッケージにはこんな記載。

「体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒」

当帰芍薬散のパッケージにはこんな記載。

「体力虚弱で、冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴えるものの次の諸症:月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい・立ちくらみ、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ、耳鳴り」


その人の体力や、体質、症状が記載されています。

「病気の分類はどれ?」と思えますが、パッケージには専門家の使う病気の分類を、私たちにも分かりやすい言葉に訳されて記載されています。

東洋医学独特の言葉を使えば、"体力虚弱"は"虚証"と、"体力中等度以上"は"実証"と、"貧血の傾向があり"は"血虚"と表します。

これらの言葉は、漢方薬だけではなく、鍼灸治療のときにも患者の状態を表す言葉として使われています。

このように東洋の医学では、症状だけではなく、その人の体力や体質によって状態を分類し、適切な治療を施すのが大きな特徴となっています。


●現代西洋医学と東洋医学の違い

東洋医学では、症状だけでなく、体力や体質も重視します。西洋医学との違いはほかにもあります。そもそもの病気や治療に対する根本的な考え方(哲学)も違えば、得意とする分野も異なっているのです。

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 これだけ違いがあるのに、WHOは東洋医学独特の呼び名(実証、虚証、血虚など)を新たに加えた国際疾病分類を2018年に承認、公表される予定にしているのです。そうすることで、医療の選択肢が増えるわけですが、それだけではありません。



●国際疾病分類に、漢方を始めとした東洋医学の分類が入ると何が変わるか?

これまで、世界的に呼び名の統一がされていなかったため、東洋医学では、どんな症状・体質の方に、何を施し、どんな漢方薬を処方したのか、統計をとることができませんでした。

統計を取ることができれば、今まで経験的に使われていた漢方薬の効果・効能なども疫学的に立証することができると期待されています。

一方で、懸念もあります。

漢方や中医で使う薬は、化学合成したものではなく、植物、動物、鉱物などの天然の材料(生薬)です。WHOが東洋の医学などの伝統医療を積極的に推進し、世界でも漢方の効果が注目されると、生薬の消費量が増え、価格高騰などを招く可能性があります。日本では、一部の生薬を国内で栽培していますが(国内消費量の13%)、大部分は中国からの輸入に頼っています。


●まとめ

科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine, EBM)が重視されている中、一部の漢方薬では科学的なメカニズムが明らかにされつつあります。

また、国際疾病分類にも導入され、統計的にも効果が明らかになる日も遠くないと思われます。

日本では、現代西洋医学と東洋医学の両方を保険適用している世界的にめずらしい国です。また最近、自分の症状や状況、体質に合わせて、西洋医学と東洋医学を組み合わせて治療を受けられる病院も増えてきています。

何か不調を感じたとき、治療の選択肢の一つとして検討してみてもいいかもしれません。

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