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【秋田の神社めぐり3】太平山三吉神社 〜梵天奉納の道〜
神社めぐりも土日ですと、ちょっとロングなウォーキングができますので、自宅から5キロほど離れた大平山三吉神社まで行ってきました。
この神社は、毎年1月に「梵天まつり」があり、以前は毎年その奉納とご祈祷におとずれていた身近な神社です。
表紙写真は、里宮です。
1.大平山三吉神社とは
秋田市はずれにそびえる、霊峰太平山に合った三吉神社は女人禁制であったり、厳しい山岳にあったことから、この手形という町に建立したのがならわしのようです。(奥宮といいます)
今も、太平山山頂を含め5つの神社があります。
もとは、坂上田村麻呂が、戊辰戦争の戦勝祈願で建立したとのことです。
2.付近の様子
ちょうど、参拝に来た日は、老人クラブのウォーキング会かなんかがあり、とても騒がしく、厳かさを感じるためにはとても運が悪かったです。
ですが、私が祈祷したときに、ちょうど「朝のおつとめ」?のようなことを宮司さんがはじめていたので、それに合わせて神様に手を合わせることができたことはとても幸運でした。
この付近には、お寺さんも多くあります。
なんとなく、横道の向こうにお寺があるなあと気づいたとき。
「やっぱり、こういうときは行くべきなんだろうな」と足を踏み入れたお寺に巨大がご神木(お寺でもそう言うのかはわからず)があり、その迫力にしばし立ち尽くしました。
樹齢何年なのか、なんという種類かも残念ながら看板らしきものがなくわかりませんでしたが、この土地がとても歴史深い地であることがうかがえます。
付近には、秋田大学もあり、今じゃ学生街の様相の町。
所々に、見るからに学生向けアパート、という建物が垣間見え、いい雰囲気です。
3.由緒
以下、HPからの引用になります。
霊峰太平山(標高1,171m)山頂に奥宮、秋田市広面に里宮が祀られる太平山三吉神社は、天武天皇の白鳳2年(西暦646年)5月、役の行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延暦20年(801年)征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の際、戦勝を祈願して堂宇を建立、奉納された御鏑は神宝として今に伝えられています。
また戊辰の役では奥羽鎮撫総督九條道孝卿里宮に祈願されるなど、古くより勝利成功・事業繁栄の霊験高い守護神として崇敬を受けております。
秋田藩佐竹累代の藩主も崇敬篤く、第8代曙山義敦公は風光明媚な赤沼の地を賞し、雪見御殿を築かれました。
北海道から福島までの各地、またブラジルに祀られる三吉神社・太平山講・三吉講の総本宮として【みよしさん】【さんきちさん】の愛称で呼ばれ全国より崇敬者が訪れています。
平成19年10月には昭和天皇の第四皇女であらせられる伊勢の神宮祭主池田厚子様の御参拝を仰ぎました。
明治12年県社。別表神社。
奥宮が鎮座する太平山は秋田県のほぼ中央に位置し、古くから薬師の峰・修験の山として崇められ、県内外より多くの登拝者を迎えています。
毎年1月17日に行なわれる梵天祭は先陣を競う荒々しい神事で、俗に≪けんか梵天≫と呼ばれ、勇壮さ溢れる秋田の冬の風物詩として知られています。
秋田市でも有数のにぎやかな道路「横山金足線」からも近く、秋田市民にとっては、とても身近な来やすい神社です。