【本との出会い 9】俺のこころは旅をしたが、こころには帰る場所がある。しあわせな話やないか。「まぼろしのパン屋」松宮 宏
ときより、フランスパンが食べたくなります。
オリーブオイルに塩というシンプルな味付けで、飲みやすい赤ワインのつまみとしていただくと、とてもシンプルな食べ方です。
1.まぼろしのパン屋
偶然が重なり出世してしまうサラリーマンと、その事業上の利害関係のあるパン屋との時限を超えた出会い。
そのサラリーマンの奥さんのパン事業と、それが微妙に重なりながら、
あー、人生って、こういうのがいいよなぁ、というファイナルを迎える物語です。
とにかく、パンやワイン、料理の描写がたまらないのです。
サクッと嚙んだあとに広がる、いかにもフランスパンらしい味わい。軽いが、しっかりした口あたり。わずかな塩味に続く甘さ。バターでもジャムでも、ワインに合わせても絶品だ。女房も腕を上げているが、これは異次元の味わいである。
とても、読後感のすっきりするお話でした。
まぼろしのパン屋と、主人公のパンに関する会話も、これまた粋です。
「そうですか。それではありがたく」 私は紙袋を開けた。ひと握り大のフランスパンである。 「ブールです」 「ああ、バゲットの小さいものですね」 「素敵です。パンの種類をご存じでいらっしゃる」 「ブールはパン職人を表す『ブーランジェ』の語源でもありますね」
2.ホルモンと薔薇
ホルモン屋の常連たちの会話が、これまた「粋」です。
「少ない給料のくせに、ええかっこせんでええ」 「財布なくしたら幸せがやって来る言う人もおる。人はこころ次第や、な、オカン。ええことあるって」 加奈の目にみるみる涙があふれた。 「そうやな……母ちゃんもがんばるわ」
息子からもらった給料が入ったバックをひったくられた母さんに、息子がかけた言葉です。
泣かせます。
3.こころの帰る場所
作品中の食べ物は、おでん。
一人称語りの物語の主人公は、ヤンキー。
その母さんが、売れないおでん屋という設定です。
ネタバレなりますから、詳しく書けませんが、主人公のヤンキーと、それをとりまく人からたちのつながりが、ちょうどおでんという料理の素材のように組み合わされた、見事なシナリオでした。
私は、短編はあまり読まないのですが、好きな食べ物小説として、とても気に入りました。