〖短編小説〗1月20日は「海外団体旅行の日」
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折り紙という言葉を始めて知ったのは、シカが教えてくれたから。最初はきれいなパンやおにぎりを折るのにも苦労した。不器用だと言われ、不器用の言葉の意味も分からずに、僕は褒められたと思いパンを片手に笑った。
そのうちに、鶴を折れるようになった。鶴をはじめて折ったときは、とても鶴には見えず、潰れたニワトリと笑われた。シカは手先が器用でなんでも折ることができた。ライオン、三角チョコパイ、白馬の王子、ガラスのハートなどなど。
僕は鶴と水を得た魚を折るのが精一杯。折り紙はやっぱり難しい。
あるとき、珍しくシカは鶴ばかり折っていた。羽の先端が針の先みたいに、くちばしの先端が尖ったナイフのように、子供が触ったら怪我しそうなくらいにそのどちらもが、異様に尖った鶴を沢山生んでいた。
「どうして鶴ばっか?」
鶴を折る、流れるような手さばきの合間に、顔は僕を、手は鶴を生む作業を止めることなくシカは答えてくれた。「千羽鶴作っているのよ」
「せんばづる?」鶴の親分のせんば・づるさんかと思いきや違うらしい。
「鶴を千羽折るのよ。お祈りしながらね」こんな短いやり取りの間にも、この世には既に、二羽の鶴が生まれていた。右がいばらで、左のは金太と名づけることにした。
「どんなお祈り?」
「それは、内緒」
「ふーん」
「鶴折れるようになったでしょ?手伝ってよ」
僕は、自分の鶴に自信がなかった。羽もくちばしも、シカが折ったようにピンとならない。返事を濁していると
「きみの鶴、好きだよ。君に似てなんだか頼りなさそうで」
それから僕は毎日のように鶴を折った。何を祈るか分からないから、とりあえず次にこの世に生まれる鶴が、ピンと元気な鶴でありますようにと祈りながら折った。
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鶴が完成すると、シカは一羽一羽丁寧にまとめた。それはまるで八重咲きの花のように美しくまとまった。一羽一羽の鶴の命がまとまり大きな一つの生命になるような気がした。
千羽鶴をもって、シカはしばらく旅行に行くと言った。鶴千羽と私で団体旅行さと笑った。どこに何しに行くのと聞いたが、キョクトウの島国へ鎮魂を届けにと難しい言葉が帰ってきた。
僕はなぜか、シカが旅に出たっきり帰ってこないのではという不安があった。そのことを結局誰にも言えなかった。でもシカが旅立った後も、鶴を折れば不思議と少し心が落ち着いた。
そしてシカの作った、いばらと金太の二羽は庭で楽しそうに遊んでいる。
1月20日は「海外団体旅行の日」