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短編小説 命の花

西暦2300年、とある山合いの村に、アイラとゴリラのララは暮らしていた。特殊《とくしゅ》なのは、アイラは「アンドロイド(ロボット)」で、ララはゴリラだということだ。


「ララ、おいで。食事の時間だよ」アイラは、ララのために果物、草、昆虫などをたくさん用意する。


カチカチカチカチ…キーボードの音が静寂《せいじゃく》の中、鳴り響く。

「リンゴ モット タベタイ」

ララは、コンピューターにむかったかと思うと、すばやく返信した。

「ララの食欲はすてきだよ。ただ今日はこれでおしまい。食費だってかかるのだから」


少し間があいた。


「ワカッタ」


ララは少し残念な顔をして、そうタイプした。

「ゴチソウサマデシタ」

ララは、食事を終えると歯をみがきはじめた。


「おはよう。アイラ、そして、ララ」

鳥が鳴き始め、太陽がのぼるころ、カチャリと扉があいた。訪問者は、金髪の女性メリーである。


メリーは、アイラをアンドロイドショップで手に入れた。アイラは古い型のロボットだった。メリーは、その一体しか市場に出まわっていないアイラにひとめぼれしたのである。

そして、一緒に暮らし、生活に必要なことを教えた。

食事(とはいっても、アイラはロボットなので、食事はしないが)

洗濯《せんたく》

買いもの

アイラがすぐに学習したかといえば、むしろメリーが根気強くアイラに接し、愛情を注いだためもあってか、頭脳明晰《ずのうめいせき》というより、人間の持っている「心」というものを学んでいった。


「何か変わったことはない?」

メリーがアイラとララにたずねた。

「大丈夫」

アイラは、即答したが、ララは、歯をみがくのをすぐにやめて、コンピューターに入力しはじめた。

「アイラ、カワイソウ トキドキ アタマ イタイ イウ」

「大丈夫、大丈夫」

アイラはくり返すが、ララはメリーにむかってうったえかけるような、表情をうかべている。


ララにタイピングを教えたのも、メリーだった。そのころ、メリーとララ、アイラは一緒に暮らしていた。ララはあっという間に、キーボードの配置を理解した。ゴリラは人間ほど発声器官が発達していないため、話すことはできないが、考えていることはかなり高度であるのではないかとメリーは感じていた。


ララは、工学部出身だ。ロボットのメカニズムは多少分かるが、アイラの回線は複雑すぎて、メリーには手に負えなかった。

メリーは迷ったあげく、アイラを1回、修理工場へ出すことにした。修理するにあたって、厄介《やっかい》なことに、アイラは、一点ものの古い型のロボットのため、修理をすると、記憶がすべて消去されて、すべて忘れてしまうことがあると告げられた。

メリーは、ララにこのことを打ち明けるべきか、悩みに悩んだ。

「メリー ナニカ カクシテル」

勘《かん》のするどいララは、メリーの心を見透かしているようだった。これ以上隠し通すのは無理だと判断したメリーはララに打ち明けることにした。

「アイラは、少し体が悪くて、その体を治すために修理が必要なの。ただ…」

メリーはそこから先、言葉につまってしまった。

「メリー ヒミツ ヨクナイ スベテ ハナス」

ララはまよわずそうタイプすると、ひややかな瞳で、メリーを見た。

「そうね。ただ…修理している過程で、アイラの記憶がすべてなくなるかもしれないの」

「アイラ ララヲ ワスレル? イヤ」

ララは、スラスラとタイプし、次の一文を考えていた。

「でも、アイラの痛みを救ってあげられるのは修理する他ないし、修理しなくてもいずれ寿命がくるわ」

アイラがそう言うと、ララは、ウーンウーンとこめかみのあたりをおさえ、新たな返事を考えていた。

「ダイジョウブ アイラ キット ブジニ カエッテクル」

ララの力強い決心のにじみ出た答えを聞き、メリーはアイラを修理に出すことを改めて決断したのである。


それから二週間後。アイラは記憶をなくすことなく、無事に戻ってきた。

「アイラハ カゾク イナクナッタラ サミシイ ヨカッタ」

ララはアイラを抱きしめると、アイラは照れくさそうに「ありがとう」とつぶやいた。


再び、ララとアイラの平穏な生活が続いていった。朝ご飯の準備の後、晴れた日は日課である散歩を楽しみ、昼はフカフカの芝生《しばふ》の上で寝そべったり、メリーに教えてもらいながら、家庭菜園もしていた。


アイラとララは庭先に植えた花々を特にかわいがっていた。

「ララ、花にとって水は命の源《みなもと》と一緒なのよ」

「愛情って分かるかしら?仲良くなれば、その人やものを大切にしたいと思うように、大切にしたいと思う気持ちが強ければ強いほど、花は、愛情にこたえて、きれいな花を咲《さ》かせてくれるわ」


春になると、アイラとララの庭は、沢山の花で色づいた。

ララは、うっとりするように花をながめていた。

「ララ、きれいでしょう。きっと私たちの愛情が届いたのね」

ララはアイラの言葉を聞くなり、手をたたいた。


しばらくすると、あんなに色鮮やかに彩《いろど》っていた庭も色を失った。花にも「終わり」があることを、ララは知った。


その日も朝早かった。ただ、いつもと違ったのは、アイラはいつまでたっても、起きてこなかった。ララは心配して見にいったが、アイラは仰《あお》向けになったまま、動いていなかった。

ララは精一杯アイラの体をゆすった。

アイラの反応はない。

少しして、玄関のドアがカチャリとあいた。メリーだ。メリーは、いつかアイラとの「別れ」がくることを予想していた。メリーがアイラを見た所、アイラの「心臓」の部分が動いていなかった。

「アイラハ カゾク ララ カナシイ」

ララはそうタイプすると、遠くを見てだまりこんだ。しばらくして、ララから嗚咽《おえつ》がもれた。

ララは、いつもよりうんと遅いスピードで、キーをたたいた。

「アイラ シヌ クルシミノナイ アナニ カエル」

メリーは、ララがアイラの死を理解し、とても悲しんでいること。この世の中に多くの悲しみが存在していること。生きているだけでもすごいということを考えていることに、とても驚いた。

「ララ、これからは私とまた一緒に、暮らさない?ララとアイラがしてきたみたいに、お互いカバーしながら、暮らしていけたらいいなと私は思っている」

ララは迷わずコクリとうなずいた。

一人と一匹の暮らしは大変なことも多いだろう。でも、ララと一緒ならどんなことがあっても、乗り切っていける。メリーは強くそう思った。


庭先の花が再び色づき始めていた。

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