通院記録1

 通院記録を書くぞい! と乗り気だったんですけど、いざ書くかとパソコンを前にすると、面倒だな……今さら書いたところで自分の役に立つか……? 立たないな……という思いが間欠泉の如く湧いてきてですね、いやあ書かない書かない。
 もう週一とか決めないで好きな時に書くくらいでいいや! みたいな!

 昔はちまちま過去を振り返って、ああだった、こうだった、こうしてこうなった、ということをブログなんかにまとめていた時期があったのですが、なぜか今は腰が重い。
 もう過去どうでもいいな!! という気持ちが強いのかもしれません。大人になりました。つまりは……良くなっている……?
 なんてポジティブになったりしてますが、実際、楽しいこと以外考えたくないな、面倒だし。という心情なので、たぶん悪くはなっていないのでしょう。

 さてさて、メンタルクリニックのお話。
 初期の診察記録が残っていない(他人を信用していなかったので、へーふーんほーんくらいの気持ちで診察を受けていた)ので、大まかに、こんな流れで初回~しばらくはやっていたぜ! というのを今回は書いていこうと思います。たぶん。たぶんね!
 長くても5回で終わらせたいです。通院は現在進行形なのでどうなるかわからないですが。

 さてさてさて。
 初診時のヒアリングというのでしょうか、そのときのことをとてもよく憶えています。
 一時間くらいかな、精神保健福祉士さん(だと思う)と個室で話をしたのですが、開始一分で泣いてたんじゃないかな?
 あのとき初めて、自分は学校でいじめられていたということを口にしました。
 もうね、病院のティッシュが安物過ぎてもろもろになって顔に貼りつくんですよ……それくらい涙と鼻水まみれになったんですけど、それは今も変わらないので、そろそろ鼻セレブとか持参したほうがいいのかもしれない。
 私が通っている病院は精神科医が五人いて、そのヒアリングによって、誰を主治医にするかを決めているっぽいです。なので私の先生は若い患者さんが多い。あと一人一人の診察時間がとても長い。
 私も人のことは言えないんですけど、短い人でも十分は出てこないし、長いと一時間以上もよくある。待ち時間は暇だけど、丁寧に聴いているのだということで、まあよし。暇だし。くらいに思っています。

 診察といっても、ほとんどが雑談のようなもの。そこから、行動療法なんかを「やってみたら?」という軽い感じで言われたり、「こういう考えかたしてみたら?」とアドバイスをもらうことが多いです。このスタンスは今でも変わらないですね。推しの話をして帰る、なんてこともありました。えへへ。

 とはいえ当時の私は10メートル歩いたら息切れして死にそうになる。他人と喋れない。年に10回くらいしか外出しない。朝の5時に寝て夕方5時に起きる。食費が勿体無いから私にご飯を与えないでくれと母親に訴える(その割にめちゃくちゃ太っていた)という状態だったので、とりあえず投薬しような! という流れに当たり前のようになるわけです。
 ですが私もネット黎明期からワールドワイドウェブの海を漂っている人間。
 あれこれと検索しては余計な知識を仕入れて、薬を飲んだらもう一生薬漬けや……とか、この症状はこの病気に違いない……だからこっちの薬のほうがいいのでは……とか、そんな面倒臭いタイプの患者をやっていました(まるで今は面倒臭くない患者のようだ)。
 で、薬は……できれば……飲みたくないな……みたいなことをモジモジしながら訴えたものの、見事に説き伏せられて投薬開始。

 いやー、この薬がね、高いんですよ!! 価格が!!!! ジェネリックなんてないですし、一粒百円とかざらなんですけど、それを一日三錠とか言われるんですよ!!! これ前回も書きましたね!! ほんと高いんですわ!!!!!!
 当時は貯金すらなく、医療費はすべて親に払ってもらっていたのですが、その、高額な医療費、薬代を払ってもらっている……この役立たずで寝て起きて食ってしてるだけの私が……生きている価値のない私が……と、落ち込み、さらにそれで薬が増える、という悪循環。良くできたコントです。

 ちなみに今でも一番強い症状が、金銭不安です。自覚してても病状を訴える自分はそんなものお構いなしなので、ところかまわず出てきては不安で情緒がぐらぐら。
 母親と買い物をしているときなんかにふと不安を感じて、今日の晩御飯、おかずいらないんじゃない? と必死に縋りだしたりします。困ったものです。

 で、一度の診察で八千円とか、それくらい使っていた私が、金がかかるのがつらい……もう次の診察は来たくない……みたいなことを泣きながら医者に訴えたところ、こんなのがあるよ、と紹介されたのが自立支援医療。
 ありがてえ……でも……もっと……もっと早く教えて……。

 そんな感じで、通院にかかるお金が少しだけ減り、心に余裕が出てきたところで次に幅を利かせてきたのが被害妄想。
 外を歩くときは老若男女誰であろうと、すれ違いざまに殺しにかかってくるかもしれない……と思い、常に緊張状態でした。他人とすれ違うのを避けるために横道に逸れて迷子とかね! 筋トレして強くなればいいんじゃね? と閃き、ビリー隊長のアレをやっていた時期でもあります。結果はお察しください。


 ここまで書いて気付いたんですが、
 通院でどんな話をして、どんなことを考えて、どんなふうに変わってきたのかを振り返る予定だったにもかかわらず、ほとんど思い出話だけで終わってる。

 ので!
 次からはだいぶ時間が経過したあと、診察の記録を残しはじめた時期の話を、その記録を片手に振り返っていこうかなと。明日の自分のために。でも気が乗らなかったらこのままお蔵入りします。

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