母の物忘れの話①
私は昨年の秋に体調を崩して、しばらく会社を休んだ。
一人暮らしで、生活ができないわけでもなかったが、
離れて暮らす両親にも、会社を休むことを伝えた。
そうすると、一週間ほどして父から「帰ってこい」の電話。
私の母は、コロナワクチン未摂取だったので二週間ほど自宅に篭った後、
私は実家で療養することになった。
コロナで約2年ぶりに実家に帰った。
両親はいつもと変わらない様子で、私を迎えてくれた。
ただ、ちょっと母の様子が2年前と少し違うようだった。
2年前も少し昔のことになると、記憶の入れ違いみたいな感じがあったのだけど、
なんだか、それが少し激しくなった感じがした。
昨日聞いたご近所さんの話を、また今日も同じように話してくる。
「それ、昨日も教えてくれたよね。」
って伝えると、ちょっと考える顔をして、
「そう?」
そんな会話が何度かあった。
私は、ちょうど、体しんどくて心に余裕がなかったのだけど
母の記憶力がかなり落ちていることはその時に感じ取った。
ただ、体調の悪い私におかゆや食べやすいおかずは作ってくれるし、
普段の生活にはさほど支障がない感じもあった。
私の気のせいか?
年齢的にはこうなのか?
2年も会ってなかったから余計に感じるのか?
そう疑問を感じていたところに、私が後数日で実家から自宅に戻るという
タイミングでのこと。
母の鏡台が置いてある部屋で私がテレビを見ながら横になっていると、
母が突然、
「もう、これお母さんは使わないし、もったいないから、
お姉ちゃん使って。あげるから持って帰って。お仕事で使えるでしょ」
と言って、鏡台に入っている、母の指輪やネックレス、ブローチを
次から次へと私に渡し始めた。
中には父との婚約指輪も・・・結婚20年目で父が買ってあげたネックレスも・・・
あまりに突然の行動に、私はただ受け取るしかなかった。
父との婚約指輪以外は・・・。
当時、母は何かを感じていたのだろうか・・・・
行動としては明らかにおかしかった。
もともと、コロナが始まって、高齢者からワクチン接種ができたのに
母は、なかなかワクチンを受けようとしなかった。
「どうせ、出かけると言っても家からスーパーだけだし、必要ないよ」
以前の母ならばこんなことはなかった。
ちょっと頑固になったな。年齢のせいかなとも思ったが、
さすがにちょっと様子がおかしい。
体調が優れない中でも、それは感じ取れた。
でも、父にいうべきかどうか迷ったが、高齢だしなということで
言葉を飲み込んだ。
そんな中、実家に帰っている間は、少しコロナが落ち着いていた時期でもあったので、体調を崩した娘を前にしても、高齢の両親は、旅行にいく予定の話を楽しそうにしている。
「いやいや、お母さん、そもそもワクチン受けてないから危険でしょう。」
「陰性証明出たら、旅行いけるでしょ。」
「旅行には行けるけど、お母さんワクチン受けてないんやから
コロナかかったらどうするん?人よりかかりやすいし、重症になりやすいんよ」
高齢者の旅行に行きたい欲・・・恐るべし。
体調を崩した娘を配慮してと書きたいところだが、きっと旅行に行きたい欲8割であっけなく、母はワクチンを接種した。
そして私が自宅に戻った後、両親は旅行に出掛けた。
まあ、いいだろう。ちょっと母の変化は気になったけど、
両親が楽しく過ごせているのだから。
そこからしばらく私は自宅で療養し、月日は年末になった。
年明けには、仕事復帰もみえてきたので、その報告もあるし
ということで私は再びお正月に実家に戻った。
母は、数ヶ月前、自分の娘が体調を崩して実家に帰っていたことを
すっかり忘れていた・・・・
「え?そんな時期、あんた帰ってきた?仕事はどうしたん?」
「え?お母さん?帰ってきたじゃん。私。おかゆ作ってくれたでしょ」
「そうだったかいね」
母は昔から家計簿をつけている。
家計簿の備考欄にちょっとした日記みたいなものをメモ書きしてる。
「家計簿見てごらんよ。」
「あら、ほんまじゃ。帰ってきとるね。なんで帰ってきたんかいね。」
自分の娘が寝伏せしていたことは一切覚えていなかった。
母にとってはある意味幸せなのかもしれない。と思った。
親にとって子供の苦しんでいる姿を見ることは辛いだろうから・・・
そして、私は苦しくなった。
母の物忘れがここまで進んでいるとは・・・
自分の親が覚えていないというのはこんなに辛いのか・・・・
これからどうなるのか・・・父はどう思っているのか・・・
でも母の目の前で父には言えない・・・
それが当時の私の心境だった。
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