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中途半端は、ほめ言葉!

こんにちは。音海奏乃です。

今日は金曜日。かなのわーずの日です。

今回のテーマは「中途半端」について。
私は長年、この中途半端、に悩まされていました。
あなたは、どうですか……?

中途半端=よくないこと

中途半端、という言葉は、いいイメージを持たれません

道路工事、ビル建設、農作業、家事、勉強……
途中で終わってしまっては、困るものが多い世の中です。
だから、そのイメージは、ごもっとも。

道路工事が半端なら、道が使いにくい、あるいは事故の原因に。
農家が半端に作業を終わらせては、野菜は届かない。
家事も、半端にしてしまうと後が大変なものが多い。
勉強も、半端な状態では、テストどころか知識にもならない。

年末から年度末は道路の工事が多い時期……

こういう書き方は、なんだか心がざわっとします。
「やりきることが大切である」
なんだか、そう言われている気持ちに。

私は、この風潮が苦手でした。

いつも、興味があちらこちらへ移動してしまう。
だから、一つのことをやり遂げることはまずありません。
(しいて言えば、生きていることぐらい)

学校を卒業する、とか、生きている、の単位。
そう分ければ、一つの期間、事においては続けられて、結果が出ています。
けれど、細分化してみると、あらふしぎ。
あちこち半端に手を出して、終わらないまま。
そんなこんなで、今日まで来ているのです。

一つのことをやり遂げることがいい、中途半端はよくない
そういう風に教えられて育ってきました。
「こんなダメな自分を変えたい」
「結局まだ一つも成し遂げてない、ダメな人間だ」
だから、ちょっと中途半端になると、そう思ってしまうことも。

しかしある日、雨さんたちの言葉で、はっと気づかされたのです。

やりかけている=まだ出来る!

セーブデータのあるゲームで遊んだことはありますか?
間違って電源を消してしまっても、途中できちんとセーブしておくと、そこから始められる、便利な機能

雨さんたちと話しているとき、中途半端は、そういう状態と近いんだ、と気づくことができました。

中途半端、それは、「いつでもそこから始められる」ということ
つまり、中途半端=再スタートなのです。

ゲームをセーブして、半年放置しても、何十年プレイしなくても、誰にも怒られません。遊びたくなったら、また続きから遊べばいいだけです。

セーブデータは何かしらの原因で消えてしまうかもしれません。
でも、人の知識は、経験は、そう簡単に消えません

あれこれとやりかけたことも、きっと同じ。
途中で終わってしまったもの、難しくてあきらめたもの。
そういうものに、再度触れて、新しいスタートを切るチャンスがある

そう思えば、中途半端が必ずしも悪いものではない気がしませんか

ほかの人は、きちんとやり遂げて、成果を出したかもしれません。
それはそれで、すごいことです。
けれど、その人はもう、その過程を歩むことはないのです。
もし、自分はまだその道を体験していなかったら?
それなら、あなたなりの感性で、その道を楽しめるということ

中途半端になっていることが多い。
それは、たくさんセーブデータがあるゲームと同じ。
自分がまた「やってみたいな」と思ったときに、始めればいい。

スタートが、たくさん選べる。
スタートが、いつからだってできる。
それこそが、中途半端の醍醐味

その発見が、次の学びへとつながっていきました。

人間、誰しも、中途半端!

よく、「完璧にならなければならないんだ」という言葉を見ます。
「そう考えなくてもいいよ」という言葉も、セットで。

ちゃんとやらなきゃ、そう思う気持ち、わかります。
その考えに至る過程は、人によって様々です。
でも、自分で思い込んでしまう気持ちは、よくわかります。

「そう考えなくてもいいよ」「思い込みは変えて」
と言われても、そう簡単には、切り替えられない。
それがずっと、「当たり前」で「求められてきた姿」なら、なおさら

前述したように、その考え方で、長い間、苦しんできました。
だからこそ、中途半端な自分が、嫌で、許せなかった

でも、雨さんたちの話を片隅に置きながら、テレビである人の人生を見ていて、気づいたことがあります。

それは、「人間、誰しも中途半端」ということです。

一芸に秀でていても、何かのトップに立っていても。
称賛される人も、日々を堅実に暮らしている人も。
みんなみんな、中途半端。

パッと見は、ちゃんとやり遂げているように見えるかもしれません。
でも、私はその人の「やり遂げている姿」しか見ていないと気づきます。

Aということをやり遂げて、極めている人。
でも、BやCは苦手で、中途半端な状態かもしれません。

Xということを獲得して、称賛されている人。
けれど、YやZを中途半端にしたまま、暮らしているかも。

だから、存在しないと気付いたのです。
「完全に、完璧な人」というのは……。

そう気づいてからは、自分と、周囲を見る目が少し変わりました。
中途半端な自分を責めなくなって、相手からの言葉も受け流せるように。
だって、「ちゃんとやれよ」という人も、半端なままかもしれないから。

「自分がやりたいときに再スタートするから、いいもん」

そのくらいの気持ちで、ふわっと軽く。
次のことへ気持ちを向けられるようになったのです。

仕事など、人に影響のあるものは、そうはいきません。
でも、困る人がいないのなら、それでいいと思うのです。

だって、みんな、中途半端だから
中途半端=楽しめることがたくさんある

その気持ちで見ると、少し気分が晴れませんか?

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今回は、中途半端、について記事にしました。

雨さんたちと一緒に、新しいことに気付いていける。
楽しんで、学んで、成長していける。
それも、私が中途半端だったから。

「中途半端がもたらす面白さ」を感じながら。
これからの人生も、楽しく学んでいきたいものです。


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