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【どこへ行っても外国人】bicultural(バイカルチュラル)の苦悩

2か国の言語習慣道徳などを、その国の人と同レベルに身につけているさま。また、理解できるさま。

バイカルチュラルとは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp)

日米の文化のどちらがよいかという話ではないんです。

アメリカにいると、「アジア系外国人」。
日本いると「アメリカ帰りのズレた人」。

実際に私は、日本人でありながら日本の文化や日本の人の行動がよくわからないことがあり、それを楽しめるまでのレベルにまだ達していません。

疎外感や孤独感につながります。

私は帰国時には漢字や敬語を忘れてしまっていたため、本屋さんで本を買い勉強しました。

日本の人たちの輪の中にいると、「自分を抑えないと」というマインドが働きます。

それなのに、感動したりするとはしゃいだりしてしまって
「あ、あの人ちょっとヘンね。キャラ濃いね。。空気読めないのね…」という冷ややかな空気を読んでは、「またやってしまった…」と落ち込んだりしています。

  • なぜ本音を言わないの?

  • なぜそんなに大人しくしているの?

  • 建前の奥に、本当は何を感じているの?

理解したい…

日本の伝統的なメーカーで翻訳者として働き始めたころは、

  • 「君はアメリカ帰りだそうだけど、大丈夫?きちんと働いてくれるのか?」と50代くらいの同じ課の方が、私の席まで質問しに来られました。

きちんと働きましたよ。10年。
「アメリカ帰り=自由奔放で無責任」というイメージがあるのでしょうね。
アメリカ人やアメリカ帰りの多くが、自由が好きなのは事実だと思いますが。

それと、労働態度や勤務倫理(work ethic)とは別ですよ😊

  • 日本の人が自分の意見や本音を主張しないのは、平和や協調を重んじる日本の文化や、主張しなくても権利が手に入ったり奪われたりしない穏やかで母性的な国だからなのかなと考えます。

  • アメリカでは、「自分の意見を主張しない=何も考えがない」と捉えられるので、権利も奪われる可能性があるし、黙っていて勝手に登場するものではなかったりします。自分の力で獲得しにいく文化です。父性的な国です。(日本のお父さんたちが弱くなっているのでこの言葉はうまく伝わらないかな^^)

  • アメリカで、「察してよ」「何でわかってくれないの?」が通用しないのはこのためです。理解されたいなら自分で工夫して相手に伝わるように説明することが求められている文化の国です。

  • 日本の国語のテストでよくありがちな「作者はここで言わんとしていることは何か?」村上春樹さんによると、「そんなん本人でも知らんわ」(関西弁は私の脚色)ということだそうです。

  • アメリカでは、「あなたはこれについてどう思いますか?」と尋ねられます。

  • アメリカの大学の授業で特に印象に残っていることがあります。
    「女性とトラウマ」というクラス内で、「もしトラウマの記憶を消すことのできる薬があったら、あなたなら処方する?しない?」を、クラス半分前者派、残りを後者派にわけてディベートさせるんです。あれは面白かった(interestingの意味ね)です。
    日本の大学でもそういう発想ってあったりするのかな?

  • あとあれです!日本の人(男性も含む)は女性に年齢や、彼氏はいるのかとか、一人暮らしかとかフツウに聞いてしまっている人がいますが、これはもうアメリカではとんでもなくご法度です。プライバシーを侵害する質問ですのでね。ある程度の親密さがすでに生まれていないと、聞くのはよくないと思います(平林都先生と同じ考えです)。


biculturalまたはmulticulturalの方で、この「どこにいても外国人」疎外感がお分かりになる方、いらっしゃいませんか?

よろしかったらメッセージ残してくださいな。Thanks!

😊

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