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『線香花火』

                                  ◎人物表
古城凛(15歳) 古城家次女
古城美奈(19歳) 古城家長女
古城瑞枝(52歳) 古城家母親
古城初子(77歳) 古城家祖母
皆川あやか(32歳) テレビレポーター
山際拓也(48歳) 雑誌記者
火野洋二(45歳) ニュースキャスター
ドン汰阿磨夜(63歳) 花火評論家
Mr.トリック(66歳) マジシャン&自称超能力者
岡流宇斗(40歳) オカルト研究家
野次馬たち
警官3人

〇家の前の路上(夜)
   お盆の最終日。地面に置かれた花火セット、お菓子のアルミ缶の蓋の  
   上に立てられたロウソク、水の入ったバケツ。それらに囲まれて花火     
   をしている古城美奈(19歳)と古城凛(15歳)。凛が姉、美奈に線香花 
   火を渡す。

「お姉ちゃん、どっちが長くもつか勝負しない?」
美奈「え~ 私、線香花火好きじゃないんだよね」
「勝った方がファミマでハーゲンダッツとか」
美奈「シロクマの方がいい」
「じゃ、お姉ちゃんが勝ったらシロクマ買ってあげる。私が勝ったらハー 
ゲンダッツ買って」
美奈「あんたのが高いじゃん」
「いいじゃん、お姉ちゃん、バイト代入ったんでしょう?」
美奈「はいはい、1回だけね」
「じゃ、いくよ」
   線香花火の先を地面に置かれたローソクの火につける二人。両方の線
   香花火に火がつく。じわじわ丸い玉を形成、パチパチと火花を放つ二
   人の線香花火。じっと火花を見つめる二人。徐々にパチパチが弱まる
   凛の線香花火。
「え~」
   ガッカリする凛。ニンマリする美奈。パチパチがなくなり、丸い玉が
   一瞬大きく膨らみ、地面に落ちる凛の線香花火。「あ~あ」とため息
   の凛、「ど~よ」と美奈。一方、まだパチパチと勢いよく火花を散ら
   している美奈の線香花火。二人、目を見合わせる。
「なんで~ 長すぎない?」
美奈「何これ…」
   凛、美奈の線香花火をスマホで撮影しながら
「もう1分くらいになるよねえ」
美奈「全然弱まらないんだけど… これ普通の線香花火?」
「うん、あの花火セットの中に入ってた… 不良品かな… 爆発したりし 
て…」
美奈「ちょっと変なこと言わないでよ。どうすればいいのよ、これ?」
「…と、困っちゃってます」
   凛、撮った映像をインスタにアップ。
美奈「もういいよ、これ、捨てようか」
「あ、その前に! お母さん呼んでくる!」
   凛、玄関から家へ入っていく。美奈、一向におさまらない線香花火の
   火花を不思議そうに見つめる。
「お姉ちゃん、まだ大丈夫?」
   凛が背後から声をかける。凛の後から、母・瑞枝(52歳)と祖母・初 
   子(77歳)が家から出てくる。
「ほら、見て、お姉ちゃんの!」
瑞枝「へ~」
美奈「ねえ、これどうしたらいいの?」
初子「きれいだねえ」
美奈「おばあちゃん、感心してる場合じゃないって。ねえ、お母さん、どう 
すればいいの」
瑞枝「もう消しちゃいなよ。あんたも疲れたでしょ」
   スマホを見ながら凛が言う。
「ちょっと待って! さっきインスタにアップしたらもう1万再生いって
る!」
美奈「じゃあ、どうしたらいいのよ?」
   顔を見合わせる家族。

〇同路上(1時間後)
   凛の拡散したインスタによって集まってきた凛の友人や野次馬、マス 
   コミ、その騒ぎを聞きつけてきた近所の人々でごった返す古城家の玄
   関前。かわるがわる動画を撮影している野次馬たち。隣にいる凛に美
   奈がささやく。
美奈「ねえ、もう疲れたんだけど。トイレいきたいし」
「じゃあ私が代わってあげる」
美奈「ちょっと待って。でも凛が持ってる時落ちたら、なんか凛のせいみた 
いになっちゃうね」
「ホントだ… どうしよう… あ、そうだ!」
   ××××
   台所からフライパンを持ってきた凛。
「お姉ちゃん、このフライパンを線香花火の下にあてれば火花が落ちない 
でしょう。私がフライパン持つからトイレ行こう」
   立ち上がって観衆にお願いする凛。
「すみません! お姉ちゃん、トイレに行きたいそうなので、ちょっと失
礼します」
記者「あ、すみません、週刊文文の山際と申しますが、いったん家に入って 
しまうと、何か不正が行われていると言われかねませんが」
   横のテレビクルーのレポーターが前に出る。
レポーター「毎朝テレビ.・情報エブリデイの皆川あやかと申します、私ご一
緒しましょうか」

〇古城家トイレ
   皆川がフライパンで線香花火の火花をガードする中、用を足す美奈。
美奈「なんでこんなドーピング検査みたいなことしなきゃいけないのよ」
皆川「…すみません」

〇テレビ局スタジオ
   夜のニュース番組でこの線香花火騒動を伝えるキャスターの火野洋二 
   (45歳)。
火野「では現場から伝えていただきましょう。皆川さん」
皆川「はい、こちら、線香花火が燃え続けている現場からです。すでに線香 
花火に火がついてから3時間ということですが、依然、線香花火はパチパチと元気な火花を放ち続けております」
   美奈が持っている線香花火の映像が流れる。
皆川「線香花火を持っている女性の妹さんにお話をお聞きします」
   カメラは凛の顔をはずし、胸の部分に向けられている。
皆川「あなたとお姉さんの競争から始まったそうですが」
「はい、私のは10秒くらいで落ちちゃったんですが、お姉ちゃんのはす
ごくて」
皆川「あの花火はどこで買ったんですか?」
「確か去年の夏にお父さんがホームセンターで買った花火セットだと思い
ます」
皆川「持った時はどこか違うと感じましたか?」
「いえ、別に」
皆川「(凛に)ありがとうございました。花火を持った女性の妹さんにお話を
お聞きしました」
   画面がスタジオに切り替わる。
火野「スタジオには花火専門家のドン汰阿磨夜さんにお越しいただきまし
た、ドンさん、これはどういったことが考えられますか?」
ドン「火薬とかそういう問題ではないと思いますね。何かしらのトリックで
はないですかね」
火野「ではトリックではないかという観点から、スプーン曲げの元祖、M 
r.トリックさんにもお越しいただいております、トリックさんいかがでしょう?」
トリック「まあ、私のハンドパワーではこのくらいの事はできますが、これ
素人でしょう? 素人だとすると信じられませんね」
火野「オカルト研究家の岡流宇斗さん、いかがでしょうか?」
「花火には魂が宿るということがよくありましてね。この花火ははお父さ
んから貰ったようですね。そのお父さんは、今どちらにいらっしゃるんですかね」

〇同路上(5時間後)
   テレビ放映されたという事で、野次馬、マスコミでごった返す古城家
   周辺。警察が警備で出動する。線香花火を持ち、疲れ果てた様子の美
   奈。隣で美奈をうちわで仰ぐ凛。姉妹に母・瑞枝、祖母・初子が寄り
   添う。
瑞枝「もう終わりにしようね」
美奈「そんなことできるの?」
初子「私が言ってあげるから」
「おばあちゃんが?」
   初子、みんなの前に立ち、話し出す。
初子「皆さん、今日はお騒がせして申し訳ありません」
   騒然としている雑踏の中、初子の声が届かない。凛が初子の前に立
   つ。
「皆さん、聞いてください! おばあちゃんが話すから聞いてください! 
お願い!」
   野次馬たちが口々に「聞こう」と周りに呼びかけると群衆は静かにな
   る。
初子「私はこの子たちの祖母の古城初子と申します。今日はお騒がせしまし 
て本当に申し訳ございません。この花火は去年の夏前に、この子たちの父親が買っておいたものです。家族でこの花火を楽しみにしていたその父親… え~私の息子でありますが、それからまもなく急病で亡くなってしまいまして」
   息を飲む群衆。線香花火のパチパチがひっそりとその空間に響く。
初子「おそらくこの線香花火はあの子が初めてのお盆で帰ってきたものだと
思います。それがついつい子供たちの顔を見たら、帰れなくなってしまい、そのうち皆さんが会いに来てくれて、ますます…」
   言葉に詰まる初子。線香花火を持っている美奈の目からボタボタと涙
   が地面に落ちる。凛も瑞枝の胸で泣いている。
初子「お盆はまもなく終わってしまいます。それまでにあの子もあちらの世
界に戻らないといけないでしょう。私たち家族もあの子とこれからお別れしようと思います。どうか皆さんも、お引き取りいただければと思います」
瑞枝「皆さん、すみません、よろしくお願いいたします」
   レポーターの皆川が声をあげる。
皆川「わかりました。皆さん、引き上げましょう、(テレビクルーに)行きま 
しょう」
   戸惑うディレクター、カメラマン。「帰ろう」「ありがとうございま
   した」と家族に頭を下げ、立ち去る野次馬たち。
   週刊文文の山際が家族に詰め寄る。
山際「ちょっと待ってくださいよ。私たちは真相を伝える義務があるんです
よ」
   山際の腕をつかんで、いこういこうと立ち去る野次馬たち。警官が速
   やかにフォローし、帰り道を誘導する。
   ××××
   最後のマスコミの一団が立ち去るのを見守ると、3人の警官は古城家 
   の家族に頭を下げ、立ち去る。家族4人になった古城家。パチパチと
   線香花火の音だけがひっそりと響く。
「もうすぐ12時。早くしなきゃ」
   美奈を囲む凛、瑞枝、初子。線香花火の火花を見つめる。美奈、三人
   の顔を見て、一つうなずくと線香花火を見つめて、
美奈「お父さん、何やってるの。おおごとになっちゃったじゃない。でも来 
てくれてありがとう。会えてうれしかった」
   そういうと、火花のパチパチが弱くなり、やがて、赤い玉がちょっと 
   膨らむ。
美奈・凛「お父さん…」
   二人がそう言うと、赤い玉が地面に落ちる。
「また来年も来て!」
   地面に落ちた赤い玉はサッと白い灰になり、それを風がどこかに運ん
   でいく。
美奈「もう人騒がせなんだから…」
   
〇線香花火が落ちる瞬間のアップ映像
   美奈の最後の言葉を聞くと、ようやくホッとしたようにパチパチをや
   める線香花火。
線香花火「ふ~ッ やっと解放されるよ。お父さんじゃなくて申し訳ないけ
どさ。まあ、丸くおさまったようで… この美奈ちゃんて子のスカートの中が見えそうでさ、でもなかなか見えなくて、粘ってたらこんなことになっちゃったんだよね…」

〇同路上(深夜)
   花火の後片付け、道路の掃除をしている美奈。
美奈「あれ、凛どこ行っちゃったんだろう?」
   凛が帰って来る。
美奈「どこ行ってんのよ、さっさと掃除して寝るよ」
「はい、シロクマ」
   凛、シロクマのアイスを美奈に渡す。美奈、失笑して
美奈「ありがと」
「来年もやろうね」
美奈「…インスタはダメだよ」
「うん」
                                      【完】

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