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『桜制作委員会』

◎人物表

井の頭議員…(男・人間年齢25) 桜制作委員会の議員

○千鳥ヶ淵議長…(男・人間年齢58) 桜制作委員会の議長

○上野議員…(男・人間年齢45) 桜制作委員会の議員

○吉野議員…(男・人間年齢67) 桜制作委員会の議員

○高遠議員…(男・人間年齢31) 桜制作委員会の議員

○ミス・ポトマック大使…(女・人間年齢42) アメリカの桜外交大使

○花の帝(みかど)…(女・人間年齢35) 花の精の長

○春一番…(男・人間年齢42) 春、最初に吹く8メートル以上の南風

○染色工場班長…(男・人間年齢43) 桜の色を作っている染色工場の班長

○染色工場作業員A…(男・人間年齢32) 桜の色を作っている染色工場の作業員

○染色工場作業員B…(男・人間年齢30)  桜の色を作っている染色工場の作業員



○ソメイヨシノ・オペレーションルーム

  北の丸公園に生えている一本のソメイヨシノの幹の中。そこには日本中  
  のソメイヨシノを司るオペレーションルームがあり、その年の桜の開花    
  日や桜前線のスケジュールを決める会議がひらかれている。

上野議員「議長! 去年の開花日、一番を東京にしましたが、やはりちょっと無理があったと思います。天気予報士の考察がまちまちで、彼らに苦労をかけました。今年は無理なく九州でどうでしょう? 鹿児島とか」

千鳥ヶ淵議長「皆さんどうでしょう?」

一同、口々に異議なし!の声。

千鳥ヶ淵議長「では3月22日、鹿児島で開花ということでよろしいですか   
な…」

再び、一同、口々に「異議なし!」

千鳥ヶ淵議長「ではこれを春一番さんにも伝えておきます」

席を立とうとする委員たち。それを制して、

千鳥ヶ淵議長「ちょっと待ってください、皆さん。実は花の帝(みかど)さまからこんな勅書をいただいておりまして…」

上野議員「え、帝さまから!?」

   一同、驚いて動きを止める。勅書を読み上げる議長。

(勅書)「毎年の桜、ご苦労なことです。皆さんの尽力により、人々が毎年春に桜をめでる喜びを享受している事はとても喜ばしいことです。しかしながら、最近は少し花の精としての努力が足りないかとも懸念している次第であります」

   一同、驚いて目を見合わせる。

(勅書)「もはや人間にとって毎年、桜が満開になるのは当たり前の事になってしまったようです。我々が人間に喜んでもらうためにこれほどまでの苦労をしているとは夢にも思っていないでしょう。それどころか人間は桜さえも自分たちが咲かせているとでも勘違いしているような傲慢なふるまい、環境破壊は目を覆いたくなるほどです。それは何も人間だけのせいではなく、毎年、同じ時期に同じように咲かせてしまう我々にも考えるべきことがあるかもしれません。人間に多くの喜びを享受してもらうために、我々は桜を満開にしたのです。どうしたらさらに人間の心を動かすことができるのか。心が躍る、それが春の、そして我々花の精の使命なのです。どうか、そこをよく考えて、今年の桜の準備をしてください。もし例年と変わりがないようならば、来年の桜制作委員のメンバーを一新しようとも考えております」

   どよめく一同。不安げにキョロキョロ目を見合わせる。

千鳥ヶ淵議長「すみません、最初にお伝えすればよかったのですが…」

上野議員「まずいな、なんとかしなければ…」

吉野議員「じゃあ、今年は桜を咲かせないってことかい?」

上野議員「いや、それは良くないでしょう」

ポトマック大使「ワタシ、ナイスアイデア アリマス! オー、ゴッド! サカナイ!? ドーシテ? ミンナビックリ! カナシイ… デモGW二サク! サプライズ!」

千鳥ヶ淵議長「ああ、時期を変えるってことですか」

高遠議員「いや~ちょっと待ってください~、GWはチューリップさんやネモフィラさんとバッティングしちゃうんですよね、うんうんうん」

千鳥ヶ淵議長「おっしゃる通りで」

   下を向く一同。井の頭議員が顔を上げる。

井の頭議員「花弁の色を変えてみてはどうでしょう? いつもの薄いピンクではなく…」

   一同、顔を上げる。

上野議員「なるほど、それはいいかもしれない… 議長、色を変えるのは可能ですか?」

千鳥ヶ淵議長「はい、形は前年中に出来てしまいますが、色はこれから染色工場に掛け合えばなんとかなるでしょう」

吉野議員「おお、そうしよう!」

ポトマック大使「ワオ! ニューサクラ!」

上野議員「いや、でも、桜は薄いピンクってのがすでに定着した認識では…」

高遠議員「そうですよ、青空をバックに一番ハマるのが薄いピンクなんですから、うんうん」  

井の頭議員「いえ、曇った日はむしろ黄色の方が明るく映えると思います」

吉野議員「あ、確かに曇った日はその方が賑やかな感じがするねえ」

ポトマック議員「ワオ! ブルースカイ! イエローフラワー! ファンタスティック!」

高遠議員「いや~、ちょっと待ってください。でも、それは菜の花さんの役割でしょう、うんうん」

上野議員「ああ、そうか… 黄色にしたら菜の花連盟から苦情が来るなあ…」

井の頭議員「別に黄色じゃなくてもいいと思います」

上野議員「例えば?」

吉野議員「青とかどうだろう?」

ポトマック大使「ワオ! ブルースカイ&ブルーフラワー! イッツアメイジング!」

高遠議員「ちょっと待ってくださいよ、青空をバックに青ですか?」

吉野議員「青空にあえて青をかぶせる。そこが面白い。立体感を楽しむ、キュビズムの世界観だよ」

高遠議員「いやいや、そんなの巨大なアジサイみたいじゃないですか、うんうん」

ポトマック大使「オー! イッツ ハイドロンジア!ア、ハイドロンジア、ワカラナイデスカ? アジサイデスネ」

吉野議員「緑も面白い。葉の緑と微妙に違う薄緑… そのタッチの違いはまるで印象派のようだ」

高遠議員「いやいや、そんなの遠くからみたら樹が多少大きくなったように見えるだけですよ、うんうん」

   議長、皆を制して

千鳥ヶ淵議長「ちょっと待ってくださいよ。今までの薄いピンクを変えるということはですね、もう桜の花びらだけの問題ではなくなってくるんですよ。世の中にはすでに桜色というものが存在してる。それをどうすればいいと?」

上野議員「ああ、そうだ、例えば桜餅。あれが黄色や青や緑になったら…」

高遠議員「はいはい、緑になったら草餅ですね、うんうん」

上野議員「日本大学のタスキの色も変わっちゃうな、ほら、駅伝の…」

高遠議員「はいはい、青だったら神奈川大、緑だったら青山学院大とかぶっちゃいますね、黄色だったら城西大…うんうん」

千鳥ヶ淵議長「わかりました、皆さん。帝さまからのお達しなのだから、もうそこは人間にも多少犠牲になってもらいましょうか」

井の頭議員「例えば、ずっとその色に変えてしまうのではなく、年ごとに色を変えるってのはどうでしょう? 」

上野議員「おお、その手があったか!」

吉野議員「ああ、それはいいかもしれない。毎年、違う色の桜が楽しめる」

ポトマック大使「ワオ! サクラフェスティバル! エブリイヤァ!」

高遠議員「う~ん、まあ悪くはないかな~、予想屋なんかも出てきたり、咲いたら咲いたで今年の色はいい悪いの賛否両論、エキサイティングな春と言えば春だ、うんうん」

千鳥ヶ淵議長「おお、なるほど、それこそ帝さまがおっしゃっている、心躍る春にピッタリだ。では皆さん、今年は何色がいいでしょうか」

上野議員「私は白がいいと思う。やはり革新的な事よりも美しさを重視した方が。何より人間を混乱に貶めるのは帝さまの本意ではないでしょう」

吉野議員「地味だね、それじゃ変わったかどうかわからないよ。思い切って真っ赤はどうだろう。パッションだ!」

ポトマック大使「ワオッ! ワンダフル!」

上野議員「真っ赤とはうるさくないですか?」

吉野議員「どうせ長くて2週間のことじゃないか。じゃあそこに青を混ぜて紫は。情熱の赤に静寂の青。静と動が入り乱れたなまさに春を代表する花弁になる」

高遠議員「いやいや、紫も巨大なアジサイですよ、うんうん」

ポトマック大使「オオ… ビッグハイドロンジア… オーマイガッ」

   吉野議員、高遠議員に

吉野議員「じゃあ、君は何色がいいと思うのかね」

高遠議員「どうせなら金とかどうでしょう、うんうん」

ポトマック大使「ワオ! ゴージャス!」

吉野議員「ゴールドって、下品極まりないね」

議長、井の頭議員に

千鳥ヶ淵議長「あなたは何色がいいのかね?」

井の頭議員「私は何色でもいいです。そうだ、一年ずつ持ち回りにする手もありますね」

上野議員「いや、今年が重要ですよ。万が一、帝さまがその色をお気に召されなければ、我々全員クビですよ」

   再び下を向く一同、井の頭議員が顔を上げる。

井の頭議員「こういうのはどうでしょう…」


染色工場(一週間後)

   染料の入った大きな容器を棒でかき回す作業員たち。

作業員A「あれ、今年の色、なんか変だ… いつもよりだいぶ青みがかってるよな」

作業員B「あ、ホントだ、なんかキラキラしてるし…」

   ♪荘厳な鐘の音。

作業員A「この音は?」

作業員B「さあ?」

   班長が駆け込んでくる。

班長「おい! 大変だ! は、花の帝さまが…」

作業員A「え、帝さま!?」

作業員B「どうして帝さまが?」

班長「桜の色のチェックだって…」

   班長が染料の入った容器をのぞき込む。

班長「おい! いつもと色、違うじゃねえか! 何やってんだよ!」

作業員A「え、指示書通りの色と分量を入れただけですけど…(作業員Bに)なあ…」

作業員B「あ、はい…」

   門の扉が開き、工場長が先導して花の帝一行が染色工場に入って来る。

班長「ああ、どうすりゃいいんんだよ!」

   怯える班長と作業員A、B。


○ソメイヨシノ・オペレーションルーム(一週間前)

   井の頭議員の一言に驚く一同。

吉野議員「全部まぜるって? どんな色になるんだ?」

上野議員「白と赤でピンク。そこに紫を入れると青みがかったピンク。で、ゴールドで渋みがました青みがかったピンクにキラキラ…」

ポトマック大使「ファンタスティック!」

高遠議員「つかみどころがなさそうですね」

   議長、井の頭議員に

議長「君の見解は?」

井の頭議員「白も赤も、そして紫も、どの要素も今までの薄ピンクのクオリティを保つには必要だと思うんです。そしてゴールドは新しい要素で面白い。光とも相性がよくキラキラしそうで…。だから理論上はどれも必要な要素だと思うんです。もし帝さまがお気に召されないようならば私が全ての責任を負ってやめます」

千鳥ヶ淵議長「いや、君がやめる必要はない、まだ若いのだから。私が責任をとる」

上野議員「いや、責任はみんなで負おう」

吉野議員「白、赤、紫、ゴールド… 偉大な事を達成するのはいつも大胆な冒険家だ。ゴッホも、ゴーギャンも、ピカソも…」

ポトマック大使「アイ シンク ソー トゥー」

高遠議員「いつになくワクワクする春になりそうですね」

   一同、お互い目を見合わせ微笑みあう。


○同染色工場

班長、あわてて工場長の前に進み出て

班長「す、すみません! 作業員の手違いで、色が…(作業員A、Bに向かって)おい、お前たち説明しろ!」

   工場長は班長の進言に全く取り合わず、たくさんの侍従に囲まれた帝
   を容器のそばまで案内する。容器の中を覗く帝。眉をひそめる。


○帝の部屋

   窓の外を眺めながら話している帝と春一番。

春一番「ほう、帝ちゃんにしちゃ、珍しいな。風速制限なしとは… いつもはあんなにうるせえのによ、花散らさないでって… どうしたんだい?」

「桜の色をちょっと変えてみたの。紫に含まれる青みとゴールドが赤系の色にどう反応するか心配…」

春一番「じゃ、なんで色なんか変えるんだよ」

「今年はいつもと違う春にしたいの」

春一番「は?」

「もっとワクワクドキドキしたいのよ、だって春でしょ! 春は心躍らなきゃ!」

春一番「ふん、まあどっちでもいいけどな。でオレにお願いって何なんだよ」

「今年の桜の色、あわなかったり、人間たちに不評だったら遠慮なく吹き飛ばしちゃってくれない」

春一番「ええ、また人間達にオレが恨まれんのかよ」

「お願い!」

春一番「まあ、ぶっ飛ばすのは嫌いじゃねえけどな… ふふッ、今年の春は面白れえ春になりそうだぜ」

   裸の桜の木を眺め微笑む二人。

                                                      
                【完】




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