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思考パターンが変わる時
「思考パターン」というものは本人の性格にもよるだろうけれど、生育歴にも大きく影響を受けるものなのだとつくづく思い知らされる。
私にとって思考パターンを変えていくということは、母や姉、そして父親から刷り込まれた思い込みを手放す作業なのだと、書き換えるべき思考パターンに気づいた時にいつも思ってしまう。
例えば、
私は今年に入ってから自宅でできる軽い筋トレを始めた。
開始から二週間で体型が変わり始めた。
たるみはなくなったのだけれど、太さはそれほど変わってはいない。
初めてから一月経った今はTシャツの上腕のあたりの生地がピッタリとフィットしてきて方周りの筋肉がしっかりしてきた。
この体型は実家にいた頃、20代の体型ににてきたのだ。
それを自覚した時に頭によぎった言葉が、
「あんたは小こいのに肩とか胸とか太もも太いからデブに見えるねん」
と薄ら笑いを浮かへながら言った姉の言葉や、
「私は細いのになんであんたらはそんなにぶくぶく太るんやろうな。それは父親の家系やな」
と馬鹿にするように言っていた母の言葉だった。
その言葉を投げつけられた当時、自分の意思がかなり薄かった私は彼女らの否定的な言葉を間に受けて、
「太る私が悪い」
「女性としてみっともない」
と自分を責め、そして太っていくばかりの自分がみっともないと卑屈な気持ちになっていた。
けれど今は、
生理的に女性の肉体であるにしても、目的の筋肉をしっかりと鍛えて発達させることができ、さらにその形に満足し喜んでいる自分がいることを知っている。
つまりは、それこそが本来の私が持っている価値観であり、思考パターンなのだ。
こうして昔の思いみを思い出しながらも、現在は自分の価値観で判断し、喜びを感じられるように買われたことを嬉しく思える。
抜け出した思考パターンについて、思い出した時にいいやな気持ちは不思議と浮かばない。
姉や母についても恨みや憎しみが湧いてくることもない。
ただ「価値観が違う人たちだったから、一緒にいるには無理があった人たちなんだ」
と思うだけ。
今はもう両親も亡くなり、姉とも一切連絡をたっているので、会う必要のない人たちとなったからこういうふうに平静でいられるのかもしれないけれど。
自分の価値観をしっかりと認識できれば、自分を損なうような思考パターンはどんどんと書き換えができるんだろうな。
今回の筋トレによる体型変化で、そのことに気がつけたことは大きな一歩だと思う。