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11月18日のお話

冬だけ、雪の積もる軽井沢のある場所にレストランがオープンします。名前はRestrant_KUKU。毎冬、オーナーが腕利きの料理人をスカウトし、雪の間だけ店がオープンします。

このお店が人気店だと言われている背景には、予約困難店だという理由があります。予約が殺到しているから予約が取れない、という時期もありますが、3年後の予約まで埋まっています、というような店ではありません。予約するのが”大変な”店ということなのです。

Restrant_KUKUを予約するためには、まず、日程を仮押さえする必要があります。これは簡単です。WEB上に公開されている空き状況を確認し、WEB申請を行えば良いのです。ただし、1ヶ月先からしか申請できません。思い立ったら週末に、ということは受け付けてもらえないのです。

それには理由があります。日程を仮押さえをした後、実はここで、オーナーの”オンライン面談”が入ります。日程調整を行い、予約者は電話ではなく顔の見えるオンライン会議ツールでオーナーと1時間程度の会話を行う必要があるのです。その面談で「合格」となれば晴れて席の予約が完了しますし、「やり直し」になればさらに面談を重ね、「不合格」となれば仮押さえの日程はキャンセルされてしまいます。

不合格になる方はほとんどいらっしゃいませんが、やり直しばかりさせられて、途中で嫌になってしまうお客様は、月に数組、いらっしゃるのも事実です。しかし多くのお客様は、何度かやり直しになるくらいではめげず、むしろやり直すうちに尚更お店に行きたくなって、面談を頑張ります。

一体どういう面談をやっているか?気になる方も多くいらっしゃると思います。今回は特別に許可をいただいたお二組のお客様の、実際の予約がどう行われたか、具体的なエピソードとしてご紹介して参りたいと思います。

まず、一組目。30代半ばの共働きで忙しくしている夫婦の御予約です。お申し込みをいただいたのは、旦那様の方からでした。

「自分の仕事で振り回してしまった妻に、気持ちを伝えたい。」

当店をお選びくださった理由はそういうものでした。面談では、オーナーが旦那様のその思いを深く聞かせていただきます。

どんな気持ちをお伝えになりたいのか。謝りたい。そして愛している気持ちを伝えたい。それはなぜか、どうしてそういうことを伝えたい状況になっているのか。ヒアリングを続けていっても、最初の面談では、旦那様は「えー」とか「うーん」とか言うばかりで、その辺りは全く言語化できていませんでした。

そして、奥様はどう言う料理がお好みかと言う質問に対しても、「美味しいもの」「素材がちゃんとしているもの?」と言うざっくりとした回答しか出てこない状況です。

こうなると、この面談は”やり直し”です。日を改めて、それらの質問にしっかりと回答できるまで面談は繰り返されます。

「お客様、思い出すためには、過去の記録を振り返ることも大切です。」

やり直しの宿題にとオーナーがアドバイスをしたのは、奥様との思い出ややりとりを読み返すことでした。そう言うものを読んでいくと、何かのキーワードがきっかけになって、奥様のこと、自分の気持ちなどを表現する言葉が過去の記録に見つかることが少なくないのです。

現にこのお客様は、結婚式の準備をしているメールのやり取りから、奥様が披露宴の食事でこだわりを発揮していたこと、そのこだわりの中に、今は離れてしまった故郷への愛情があったこと、そして自分の故郷にも敬意を払ってくれる優しい人物だったことを思い出しました。

そう言うことを一つ思い出すと、日常の中でも、「あの頃」と今の違いに気付くようになります。得意だった自分の地元の郷土料理を作る回数が減った。そもそも自炊の回数が減り、一緒にゆっくり食事を取ることも最近では滅多になくなっていた。それは自分が「仕事があるからあとで食べる」と、彼女の食事の時間に合わせない態度をとっていたことが原因だとも気付きました。

結婚生活というものは、毎日の繰り返しになりますので、意外と気づかないうちにお互いに何か大切なものを忘れることがたくさんあるのです。そして、それが積み重なると致命的な離別のきっかけになります。

お二人は、そうなる手前で、お互いに忘れていたものにお気づきになる、そういうきっかけの日として、当店をご利用いただくという趣旨が決まりました。タコ飯の材料の仕入れ先を、どうしても譲れないからと相談してきた旦那様からは、最初にお電話をいただいた時以上の、奥様への愛情を感じました。旦那様自身、何度かの面談の中で、ご自身の奥様へのお気持ちをお確かめになられたのでしょう。あとはそれが、奥様に伝わるように。口下手な旦那様のサポートを、美味しい料理ができるようにする。

こうして一組目の面談エピソードは終わりです。

二組目は、母娘のお二人です。母の還暦の祝いを女同士でしたいのだと、お嬢様の方からお申し込みをいただきました。

こちらのお嬢様との面談は、実は1回で終わっています。余程、当店の面談を研究されていらしたのか、普段からお母様のこと、ご家族へのお気持ちを言語化されていらっしゃるのか。いずれにしても大変優秀なお嬢様でした。

お嬢様は、お母様のことが大好きで、子供の頃から反発はすれども、いつかは母のような女性になりたいと心の片隅でずっと思っていたような方だったと言います。しかし、お嬢様の天邪鬼な性格がそういったお気持ちをいつも邪魔してしまい、お母様に、素直に感謝や愛情を伝えることができないまま、大人に、お母様は還暦に、なってしまったというのです。

いつまでも言えないまま、万が一お母様が亡くなってしまうなどとなれば、きっと後悔してもしきれない、そう危機感を抱いたお嬢様は、当店をご活用なさることを思いつかれました。

母親への感謝と、愛情を料理に一貫して表現したい。その明確なオーダーは、ぶれることがなかったため、面談では、早速取り扱う食材と料理の相談になりました。お嬢様のリクエストは、全てのお皿に「そのお皿の話題」を仕込んでおきたい。その話題は母親の思い出か、母親と自分の思い出にしたい、というものです。オーナーからは、当店でその日程にご提供可能な食材をご案内し、エピソードを載せられそうかを確認します。逆にお嬢様からは、使って欲しい食材を挙げていただき、メニューのどの料理に組み込むかをオーナーとシェフで考えます。

そうして組み上げられたメニューと、その横には、お嬢様がお話するエピソードが台本のように準備されていきました。

とはいえ、これまで30年以上、言えないままだった本当のお気持ちです。お料理の展開は完璧でも、デザートまでに言えなければ、また機会を逃してしまうことになります。オーナーは、面談の最後にお嬢様にこう言いました。

「私たちは、ご依頼にたいして最善を尽くします。お客様も、どうか最善を尽くすとお約束いただけませんでしょうか。お料理と当店での時間が、お客様の背中を押すことができた時、お客様が、ちゃんと言葉でお母様に気持ちをお伝えできるように。最善を尽くすために練習を欠かさないというお約束をいただきたいのです。」

人は、どれだけ心の中で思っていたとしても、一度も口に出したことのない言葉はいざというときに絶対に出てきません。口に出すことに慣らしておく必要があります。何度も口が練習した言葉は、しかるべき時にちゃんと声になってくれます。伝えたいことは、おもうだけでなく、声に出して何度も練習するのが”最善を尽くす”です。

ご予約が確定してからは、当店のシェフとサービススタッフが頑張る番です。そしてその頑張りがうまくつながると、お客様の心に届き、お客様の心を動かしたり、押したり、そういうきっかけになることができます。

そのあとは、もちろんお客様次第です。

しかし、お聞きいただいたように、お二組の例を振り返っても、お客様ご自身も予約時の面談でひとまわりもふたまわりも成長されているケースがほとんどです。このお店で予約が”取れた”ということは、お客様が自分のありたい姿に近づいている証です。

だから、世間は当店のことをこう言います。「どんな人々も、この店に来れば、きた時よりも幸せになっている不思議なレストラン。」

皆様の、Restrant_KUKUへの今後の御予約のご参考になれば幸いです。

FIN.

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