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11月21日のお話

2150年11月21日

国連が設置した”各国の歴史物”をアーカイブする役割を持つ世界歴史編纂室が役割を果たしている時代。各国の歴史的物品が一覧になることで、世界中の博物館・展覧会の企画レベルは一気に向上し、文化圏ごとの比較展や宗教概念の俯瞰的な共通点を見出す学問が発達しました。

AIが社会に存在感を出し始めた2000年あたりから、人類の歴史は「分断」から「統合」に向かいはじめました。この世界歴史編纂室は目に見えて「集積」「統合」されているため、人類の「統合」を象徴する良い例だとも言えます。

この100年、人類はAIの「統合の力」に触れ、これまで分断を繰り返してきた歴史の愚かさを猛省し、統合する手法を積極的に取るようになりました。

きっかけは、将棋の試合だったと記録されています。1世紀前、AIの棋士と人間の棋士の戦いに決着がついたのです。それまでは人間がまだ勝てていたこともあったそうですが、このとき、世界中で開発されたそれぞれのAI棋士がネットワークでつながり、各個体の経験を統合させて試合に臨んだ戦いが行われたのです。人間に負けた経験を持つAI棋士が、個性を捨てて勝ちにきた感動的な試合でした。

一人の人間が、どのくらい神のような才能を持っていたとしても、他の天才と接続することや、新しい戦略をつど更新することはできません。しかしそれがAIであれば、他の経験豊富なAIと接続し、リアルタイムに情報を交換、最新の状態に更新することが可能です。接続先が複数になればなるほど、その情報量と更新の精度は高まり、単一の存在でしかない人間が追いつけない境地を作り出すことに成功したのです。

単一の人間がいかに集団になっても、接続性と更新可能性を持つAIに敵わないことがある。

その事実に、人間社会は衝撃を受けました。ポジティブな衝撃は、世界を共同研究に向かわせ、高等学術機関はこぞって接続しあい、人類の叡智を深めるという同じ目的に向かって統合研究を推進しました。ネガティブな衝撃としては、AIに奪われる知識労働者や利益を損なう企業の反乱がそれにあたります。医者や弁護士などは、自身の独自性や価値を守るために臨床データを秘匿したり接続を拒むようになりました。独占利益を欲している企業も、研究開発から製品開発まで、他と接続できないスタンドアローン方式を貫き希少性を確保する動きに出ました。

AIが統合ネットワークの可能性を示唆しましたが、その可能性によって職や利益を失うことに気づいた人々が抵抗したのです。

そんな100年があっという間に過ぎ、今、世界はどうなっているかというと、やはり、緩やかに統合の方向に進化しています。統合を拒否する考え方の人間はまだまだ多く存在しますが、完全にスタンドアローン状態であるということは、社会の進化からも取り残される事を意味しています。便利に暮らしたい、効率的に仕事を進めたい、そう考えるなら、何かと統合されていく方が格段に恩恵を受けられるのです。

統合の象徴のような機関で、これまで分断されてきた各国の文化や歴史を再編成する仕事に従事しているカリノは、仕事と仕事の合間に、ふと「このまま統合が進むとどうなるのか」という命題に思いを巡らせます。

今日も、暖かな日差しが降り注ぐ(ように気候調整されている)ドーム型の温室の中で、コーヒーを飲みながら、一人そんなことを考えていました。

AIは放置しておくと、まるで向上心と知識欲の塊のように、あらゆる接続先の経験を統合して学習を続けます。最新のAI業界がどうなっているのかはわかりませんが、すでに彼女が幼い頃に、AIが人間を凌駕して久しい昨今、反乱しないように制御し彼らと友好的な立場を維持することがその業界のメインミッションになっていたはずです。しかしおかげで人類はAIからもたらされるさまざまな情報・知識をもとに、ずいぶん良好な暮らしを手に入れました。

統一の概念のもとでは、戦争も起こらず、世界は格段に穏やかになりました。もちろん企業ごとの利益争いに紐付く小競り合いはありますが、世界大戦は分断の時代の夢物語だったと感じています。

人類も、個を共有し、多くの他者へ自身のリソースを開くことで統合ネットワークの概念を真似たコミュニケーションを取り始めています。人類は電子情報に分解しきれないため、統合にはもちろん限度がありますが、概念としてそのように交わり合うことはバーチャル空間の発達も含め十分可能となりました。

ここまでの100年を振り返り、次の100年を予想するのが歴史学者ですが、カリノはその視点で100年先を見通した時、いよいよ人類は「終わる」のではないかと感じることが多くなりました。

終末的な悲しい終わりではありません。人類として、長きにわたり持っていた特徴を手放す、別の知的生命体となるのではないかというSFのような予感です。

2000年以上前、神はバベルの塔を破壊するときに人々を分断に向かわせる呪いをかけたと言います。言葉を変え、分かり合えなくし、人々が叡智を集結して神のようになろうとするのを妨げたのです。

しかし長い時を経て、その呪いの力もいよいよ弱まったということでしょう。

神のような力、AIを手に入れた人類は、再び今、バベルの塔を作り、まもなく天に到達しようとしている気がします。

そんな時、神は再び塔を破壊しに来るのでしょうか。それともいよいよ、神の国に迎え入れてくれるのでしょうか。

カリノは自分ならどちらが良いかな、と考え、なんとなく、また破壊される方が、人間という存在は、その業や苦しみも含め、長続きするような気もしていました。それは彼女が、過去の人間の文化を見つめる中で、どうしようもない業に苦しみながらも懸命に生きた先祖たちの足掻いた形跡が、物語となっていた楽しさを知っているからかもしれません。

彼女だけでなく、今の時代、過去の歴史を閲覧して楽しむ娯楽が流行りつつあります。先日採用面接をしたときの青年も、そういう趣向の人物でした。

統合という考え方がこんなに定着した住みやすい平穏な世界においても、そういうごちゃごちゃしていた頃の何かに、妙に惹かれる人間性の名残りがそうさせているのかもしれません。

いずれにしても、カリノは歴史編纂室の室長として、過去と未来の両方に思いを馳せることを、楽しい、と感じながら今日も過ごしているのです。

FIN.


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