BizOpsとは?3つの分野と必要なスキル
BizOpsとは経営陣によるビジネス戦略(Biz)と現場のオペレーション(Ops)をつなぐことでオペレーショナル・エクセレンスを築く方法論です。
経営陣が描いた戦略を素早く正確に現場のオペレーションに反映する。そして、現場から得られた知見をデータで正しく経営にフィードバックする。
経営の意思決定は、正確な現場データを得ることでより効果的になり、説得力のあるものになるという好循環を目指します。
この記事では、このような抽象的なBizOps概念の解像度を上げるために、実際の求人票や実務経験を基に、帰納的にBizOpsの輪郭を明確にしてみたいと思います。
また、世の中にはXX-Opsという言葉があふれています。そしてこれらもその業務範囲の解釈は統一されてなく、境界線が曖昧です。今回はそれらXX-Opsの体系化も合わせて行いました。
BizOps業務に従事している方や、これからBizOps業務を目指したい方、そしてBizOps部門の設置を検討している経営者の方の、頭の整理にお役に立てば幸いです。
はじめに
私は株式会社hacomonoでBizOps部門の責任者をしています。2022年4月の部署設置当時は社員3名の組織でしたが、2024年6月現在は社員8名の組織になりました。
hacomonoは、SaaS製品を提供するシリーズCラウンドのスタートアップ企業です。2023年4月までに累計64.5億円の資金調達をし、これからぐっとビジネス体制を整備してスケールさせようとしている段階。その中で私は、経営が安心してアクセルを踏んでスケールできるための内部体制作りを専門としています。
まだまだ国内において認知が少ないBizOps業務。曖昧な業務分野だからこそ関わる経営陣や、営業・CS部門・コーポレート部門などのマネジャーとBizOpsがどのような役割を担う部署かの共通認識をつくり、上手に活用してもらうことが重要になります。
ここから、本題のBizOps業務の範囲について整理していきます。
BizOpsの業務範囲
はじめに実在する1つの求人票を紹介します。象徴的な例としてわかりやすい記述のあったGoogle社のBizOps求人をピックアップしました。そこに記載された期待役割を引用して意訳しますと、
"経営陣からのやっかいな課題(thorny business challenges)"という言葉が象徴的ですね。特定の部門に落とし込まれる前の、抽象度の高い複雑なイシューを扱うことがメインになるようです。
他の求人も複数調べてみて共通する要素としては、
抽象度が高く複雑なビジネス上の問題解決を担う
ステークホルダーを巻込み、コミュニケーションと合意形成を行う
現状を調査し、集めたデータを分析し、As isとTo beを描く
既存のオペレーション体制を見直し、生産性を改善する
社内向けコンサルタントでありピンチヒッターとして活動する
というような職務を担う役割として認識されているようです。
したがって海外に端を発する"BizOps"という業務は、一義的には経営陣からの、やっかいで抽象的で複雑な問題を解決する"よろず屋業務"を指すと言えます。
細分化される3つの専門BizOps
"よろず屋"がBizOps業務の本質だという理解の上で、世の中にたくさんのXX-Opsが生まれている通り、この"よろず屋"BizOpsは、得意分野を限定した専門職として大きく3カテゴリに細分化されている模様です。
攻めの分野を切り出したSalesOps、守りの分野を切り出したRevOps、そしてデータ活用を切り出したDataOpsです。
この細分化構造は、さながら管理部門における"総務"のようです。会社の規模が小さい(10数人程度)のうちは、総務は人事・経理・情シスなど全てを兼ねた超よろず屋部門です。そのうち、経理部門が独立し、人事部門が独立し、、と分割し、最終的には経理、財務、労務、採用、人材開発、情シス、法務、ファシリティ、内部監査、経営企画、IR、広報、、などと細分化され、総務には庶務機能だけを残すか、中核のよろず屋機能を残すかの変化を遂げていきます。
ちなみにXX-Opsでもう1つ有名な言葉としてDevOpsという概念があります。ただ私の知る限り、DevOpsは業務分野というよりは、ソフトウェア開発における方針です。コードを書く開発部門(Dev)とコードを本番環境にデプロイして運用する運用部門(Ops)で垣根を作らず、お互いの工程を意識した業務をしていきましょう、という"考え方"の側面が強いように思います。
DevOpsにセキュリティを足したDevSecOpsなどもしかり、ソフトウェア開発や組織作りにおける考え方や、その考え方の実践を支援するITツールのカテゴリ名を指しているように思います。
ですのでここでは取り上げず、業務分野として特定の業務や部門活動を指すXX-Ops類に絞って、ここからは3つの具体的な専門Opsについて掘り下げたいと思います。
攻めのBizOps : SalesOps
1つ目はSalesOpsです。こちらもまずは具体的な求人票を紹介します。バーティカルSaaSとして2021年9月にIPOした米国"Toast"社の求人に記載された期待役割を引用して意訳しますと、
この業務は、日本企業の従来の名称で言うと、営業企画、営業推進、営業支援などが担っているかと思います。The Model型の分業体制が広まるに連れて、この期待役割にあるような営業強化の役割は、日本でも海外に倣った名称の求人も多くなってきました。
攻めのBizOps、4つの小分類
攻めのBizOpsであるSalesOpsは、ブレイクダウンされた役割に固有の名前がついています。
ノウハウ型化やトレーニングに比重を置いたSalesEnablement
テック活用やデータ分析に比重を置いた狭義のSalesOps
リード獲得から商談化までのデマンドジェネレーションのプロセス整備に比重を置いたMarketingOps(M Ops)
カスタマーサクセスにおける活動の生産性工場に比重を置いたCS Ops
このあたり、日本でも書籍がどんどん出ていますし、各分野でソートリーダーシップを取ろうとする動きが強まっているように感じます。より具体的な業務範囲や解釈はそれらの方々にお任せして、ここでは概要をまとめると、
広義のSalesOps業務とは、営業の生産性を向上させ、会社のトップライン(売上)を最大化するための業務を担う業務であり、いわゆるSalesOpsやSalesEnablementとして更に細分化されている業務分野だと言えます。
守りのBizOps:RevOps
2つ目です。こちらもまずは具体的な求人票を紹介します。SaaS企業の代表として名高い米国Salesforce社の本社求人に記載された期待役割を引用して意訳しますと、
このRevOpsの解釈は特に幅広いです。SEOで上位にヒットする日本語のブログ記事を見ていると、レベニューオプスとはSalesOpsの拡張系として、マーケティング部門やCS部門までを巻き込んで収益最大化を担う役割という説明も多く出てきます。(どうもHubspotがそういった攻めのRevOps解釈の源流のような印象です)
そういった攻めの解釈で業務定義・組織運営されている会社もあると思います。一方で海外求人を網羅的に見てみると、共通して出現するのは攻めの要素よりもむしろ守りの要素です。攻めのSalesOpsとの対比を鮮明にするためにもここではRevOpsは守りの要素として解釈しています。
そして、RevOpsを象徴するキーワードが"Quote to Cash(QTC)"です。海外のRevOps求人には多くのケースでこのQTC業務が期待役割に含まれています。
Quote to Cash(QTC)とは
QTCとは法人向けのBtoBビジネスにおいて、見積もりから入金までの一連のプロセスをシステム化し、ガバナンスを聞かせ、効率化していく業務のことを指しています。
消費者向けのBtoCビジネスと異なり、BtoBビジネスは見積もりを提示してから入金するまでのプロセスが非常に複雑です。
一方、BtoCであればこのプロセスは比較的シンプルなものになります。例えばAmazonでの商品購入プロセスを想像してみますと、消費者は、AmazonのWebサイトに掲載された商品にアクセスし、誰にでも公平に公開されている販売価格を確認して注文ボタンを押し、配送先や支払い方法を決めたらその場で決済まで完了します。
この手続きは全てオンライン上で行われ、非常にシンプルでリードタイムが短いプロセスとなります。これら消費者向けのプロセスは"Order to Cash"と呼ばれて区別されます。
これに対しBtoBのQTCプロセスでは、はじめのQuoteの段階だけで十分に複雑です。この分野を支援するCPQというITツールが存在するくらいに。少し具体的に掘り下げてみます。
Quote業務を構成する"CPQ"
まず見積もり業務のはじめの要素として、製品構成(Configure)が複雑です。特にIT製品のような分野では、個別の会社ごとの要件に沿って提案する製品構成を変える運用が一般的です。
ここには通常、提供側の企業が定めたルールがあります。A商品を提供する際にはサブとしてB商品もつけなければならない、A商品とC商品は同時に提供できない。3種類の松竹梅なパッケージプランに加えて、期間限定のパッケージプランが、、などなど。
それに対応する価格(Price)も複雑です。多くの人が暗黙で知っている通り法人向けビジネスにおいて定価はあるようでありません。提供先の属性や交渉状況により値引き価格が調整され、その承認は値引率に応じて企業が定めた職位の役職者にて行われます。
どんな顧客に、どんな製品構成を提供するとき、どの職位が何%までの値引きができるのかを企業は定めますが、そのルールはビジネスが拡大するにつれて複雑になります。
最後に、その製品構成・価格に対応する取引条件を定めた見積もり(Quote)をドキュメントとして提示します。製品明細、単価、数量、価格だけが記載対象ならば話は早いのですが、そこに組み合わせに応じた取引条件や告知事項(通常、見積書の備考欄や別添の提案書、個別契約書に記載されます)があるため、ここも複雑になります。
ここまででようやくQTCのはじめのステップである"Quote"が完了。このあと、発注(Order)を受け、受注内容を製品部門(サービス部門、カスタマーサクセス部門)に正しく伝達して製品を納入し、請求(Bill)を行い、顧客が支払い(Pay)、入金管理を経て収益認識(Cash)となります。
この記事では深堀りしませんが、Quote以降も企業ごとに複雑な調整事項や事務手続きが入る分野です。この後半分野は"FinanceOps"として更に専門特化しているケースもあります。
Quote to Cash(QTC)とRevOpsのまとめ
まとめるとQTCとは、この一連の流れにおいて企業が許容した製品構成や価格、取引条件に沿って、営業が逸脱なく取引内容を設定し、効率的に顧客と認識の齟齬なく合意して入金してもらうまでのプロセス整備を行う業務を指します。その業務の性質上、ガバナンスや会計分野が隣接しますので、コーポレート部門との関わりも多くなります。
つまり守りのRevOpsとは、QTC業務に代表されるプロセス整備・ガバナンス強化など、組織が安心してスケールするためのガードレール整備の業務と言えます。
分析のBizOps:DataOps
最後の3つ目です。現代の企業活動において、データ活用の重要性は高まるばかりです。このデータ活用を担うのが分析のBizOpsであるDataOps業務です。
企業におけるデータ活用とは
データ活用の専門家であるブレインパッド社によると、データ活用は企業を人体に例えると、さながら"2つの神経"のようなものだと説明されています。
データによって、外界で起きている活動を企業が素早く正確に認識するための"感覚神経"が1つ。もう1つは、データから得た認識をもとに脳が判断したアクションを、素早く正確に外界に作用させるための"運動神経"。
更に踏み込むと、脳が個別の判断を必要としないような型化できるアクションはテクノロジーによって自動化されます。あたかも脊髄反射のように。感覚神経から直接運動神経を操作して、即座に適切なアクションを実行すると同時に、脳が処理する情報量を必要最小限にします。更にはいわゆる機械学習技術により、そのアクションの精度は学習され改善されていきます。
この2つの神経構築とデータ処理の高度化・自動化により、データが外界と企業間をなめらかに巡り、効果的なアクションが取られている状態を目指す取り組みを"データ活用"としています。
DataOpsの期待役割
このデータ活用の考え方を土台に、具体的な求人票の内容を見てみたいと思います。この分野のサンプルとしては、2021年時点で企業価値9,000億円を超えた急成長SaaS、ServiceTitanの求人票に記載された期待役割を引用して意訳しますと、
前述の比喩に当てはめると、"タイムリーな洞察ができる全社の業績測定システム"が感覚神経の整備、ファクトに基づいて"現場の運用を最適化してスケール可能にするオペレーション体制"が運動神経の整備、と言ったところでしょうか。
裾野が広がる一方で、高度化するDataOps
DataOps業務は、BizOps業務の土台となる取り組みです。そのため、先に挙げたSalesOpsやRevOpsにおいても部分的に関わることがあります。そして最近の法人向けシステムはカスタマイズが容易になっているため、このDataOps分野の主役はエンジニアだけではありません。
SalesforceやKintoneに代表される業務システム基盤を使えば、非エンジニアでもそれなりの集計表やダッシュボードを構築することができます。さらに、ChatGPTなどの生成AIを使えば、BigQueryにデータを定期アップロードし、複数のテーブルをかけ合わせたデータマートを作るようなクエリも生成してくれます。
BtoBビジネスのように、限定的なトラフィックしかないシンプルなビジネス構造であれば、エンジニアリングスキルが高くないビジネス系の人材でも少ない勉強量で一定のDataOps業務ができるようになっており、データ活用の裾野が大きく広がっています。
一方で、多くの消費者向けビジネスのようにデータ量が多く複雑な場合はそうはいきません。
顧客体験の大半がオンラインで行われるようになっているため、Webやアプリなどのフロントシステムを整備し、裏では複数のチャネルをまたぐ顧客行動を統合してデータ管理するCDPを構築し、個別の消費者の状況に応じて自動的にメールや通知を送り分けるMA系のシステムでオペレーションを組む。そういった大規模なシステムを構築するには高いスキルを持ったコンサルタントやSEが必要になります。
データ分析をするにもひと苦労。複数のシステムからSQLなどのコードを書いてデータを適切につなぎ合わせ、データフローを構築して定期的にデータを分析用の外部DBに取り出す設計をする。サーバ負荷やバッチサイズにも考慮して本番環境の負荷が大きくならないように配慮する。専用の分析環境を構築できるエンジニアが必要になります。
さらに、マシンラーニングやディープラーニングに代表される複雑なアルゴリズムを用いたデータ解析処理や、予測や数理最適化に代表される複雑な数理モデルを開発するような場合には、データサイエンティストや機械学習エンジニアと呼ばれる人工知能系のエンジニアが不可欠となります。
DataOpsの推進に求められるスキル分類
一般社団法人データサイエンティスト協会によるスキル定義によると、データサイエンティストに必要なスキルは3カテゴリに大別されます。
まとめると、分析のDataOpsとは、これらのデータサイエンティストスキルをバランス良く持ったチームを組成し、企業がデータ活用できる体制を整備する業務を担う、データ活用のプロフェッショナルとしての業務だと言えます。
国内におけるBizOps求人
海外においては、ここまで紹介したGoogle、Toast、Salesforce、ServiceTitanのみならず多数のBizOps求人が公開されています。
日本においてもBizOpsと明示された求人が増えてきました。このnote公開当時は4社ほどしかありませんでしたが、2024年6月現在は30社以上見つかります。
その中から特に、企業の上流から関われそうなハイレイヤーなポジションをいくつか紹介します。
BizOps屋に必要なスキル
最後に、BizOps業務を担う"BizOps屋"を目指す場合に、必要なスキルについて紹介します。こちらも、各社の求人表に記載されている内容をもとに共通点をまとめますと、
全てを兼ね備えている必要はないと思いますが、この中のいくつかに当てはまるスキルを持っている人は活躍のチャンスがあります。
BizOps屋に向いている性格・気質
もう1つの側面、スキル面とは別に"肌に合う"という観点で、経験上BizOps屋に向いてそうな人の性格や気質を挙げてみますと、
BizOps屋のキャリアアップ
ここまで見てきた通り、BizOps屋とは別の言い方をすると"ゼネラリストのスペシャリスト"とも言えます。
BizOpsでキャリアを積んだ先には、特定部門のマネジャー業務に就くのも良いですし、時にその業務役割からChief Other Officerとも呼ばれるCOO(Chief Operating Officer)としてCEOを支える組織の№2を目指すのも良いでしょう。テクニカル領域に長けた人であればCDO(Chief Digital Officer)を目指すこともありえます。
仮に転職するとしてもBizOpsで培ったこれらのスキルと経験があれば、事業会社でもコンサルティング会社でも高い需要があることは、直近で転職活動を身としても、強く確信を持っているところです。
BizOpsの仕事内容がもっとよくわかる弊社メンバーのnoteや記事
BizOps業務のまとめ
ビジネスパーソンとして一般的なキャリアは、特定の分野で経験を積み、特定の分野のプロフェッショナルになっていく道が多数派です。
特に転職による中途入社者が多くを占める会社では、職種別の採用を進めている結果、部門をまたぐ異動の機会は少なくなり、ゼネラリストの活躍の機会は一見して少なっているように見えます。
そのためジョブローテーションなどによって幅広い業務を経験したものの特定の専門性に自信が持てないゼネラリストの方は、「自分は何の専門家なんだろう」と不安になることもあるかもしれません。しかし、そういったゼネラリストの人だからこそ活躍できる分野として、大きなチャンスがあるのがBizOpsだと思っています。
今後、BizOpsの認知が高まり、実践例やノウハウやシェアされて流通し、書籍にまとめられていくことで、会社経営にとって強力なBizOps部隊がいることが重要だという認識が広まってくれたら、ゼネラリストの活躍機会はより広がるかもしれません。
私もBizOps業務に身を置くひとりとして、まずは"国内最強のBizOpsチームの1つはhacomonoだよね"と思ってもらえるようなインパクトのある仕事を重ね、得られた知見を世に公開していき、BizOps業務の認知向上に貢献していければと思っています。
世のゼネラリスト達が埋もれず、もっと活躍できますように!