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【アカペラで歌ってみた】森高千里「渡良瀬橋」
森高千里さんの「渡良瀬橋」をアカペラで歌ってみました。
この歌を元に書いた短編「夕陽の思い出」は【切ない恋愛短編集 1】の3話になります。
作品を紹介します。
さらさらと音を立てる川面。時折吹く風が心地良い。遠くに見える陸橋の向こうに、今まさに夕陽が沈もうとしている。自然の芸術家は、辺り一面をオレンジ色に変えていく。
「わー、綺麗な夕陽だ。なんか懐かしいなー」
森川咲良は、軽のワンボックスを停めて窓を開けた。秋の風で長い黒髪を躍らせながら大きな瞳を軽く閉じると、心ときめかせたあの頃にタイムスリップしていた。
「僕はここから見る夕陽が一番好きなんだ」
「私も大好き」
土手に座る咲良の横では、色黒の梶原翔平が笑っている。彼の実家は東京で、大学入学と同時にこの街に移り住んだ。友人に紹介されて彼と初めて出会った時、咲良は一目で恋に落ちた。
眉が太くて目は大きな二重瞼、日本人離れした濃い顔の翔平は、沖縄出身の母の血を強く受け継いでいる。中学から始めた野球は、進学校だが甲子園を目指す高校でも続け、まさに文武両道だった。
咲良も、高校時代は野球部のマネージャーを務めていた。その事もあって、野球の話題で意気投合した二人。運命の赤い糸で結ばれていたかのように、急速に距離が近くなっていった。翔平もまた、咲良に一目惚れしていたのだ。
「さっきコンビニで買った肉まんだけど、食べる?」
「うん、ありがとう」
肉まんと缶コーヒーを買い、土手に座って夕陽を眺めながら食べる。それが二人のお決まりのデートだった。東京で小さな会社を経営している翔平の実家。業界全体が不景気の煽りを受けたため、学費以外は自分で稼ぐ生活をしていた。
咲良の実家は、全国でも有名な老舗の旅館。お金には不自由しないのに、翔平を気遣って質素なデートにも文句は言わない。二人で一緒の時間を過ごすだけで満足なのだ。
「大学を卒業したら、父の会社を手伝うよ」
咲良は一人娘。必然的に、実家の旅館を継ぐ事になる。両親がそれを期待しているし、自分もその期待を裏切ってはいけないと思ってきた。
だけど本当は、翔平に言いたかった。私と結婚して旅館を継いでほしい。借金まみれの会社より、全国的な知名度もある老舗旅館の跡取りになってほしい。その方が楽だし、翔平だって幸せになれるはず……。
「頑張ってね、応援する。私もこっちで頑張るから」
言えなかった……。翔平も一人息子。両親の期待を一身に背負う彼もまた、その期待を裏切るわけにはいかないのだ。
咲良はわかっていた。私も一緒に東京に行くと言ってほしかった事を。だけど、咲良の家の事情を思って言葉に出来ない翔平。あまりにも不器用な二人。話す言葉も見つからないまま、遠くに沈む夕陽をただ黙って眺めていた。
遠い昔の記憶を辿りながら、思いついたように携帯電話を取り出した。最近届いた翔平からのメールを読み返してみる。
お元気ですか?
君に遅れる事二年、僕もようやく結婚しました。
君が結婚したと聞いた時はショックでした。
でも、僕も良い人と巡り合う事が出来ました。
お互い、素敵な家庭を築いて幸せになりましょう。
お体大切にして、元気な赤ちゃんを産んでください。
待ってますよ、赤ちゃんの写真!
メールに添付されていたのは、結婚式で撮った二人の画像。純白のウェディングドレスで着飾った新婦の顔に、自分の顔を重ね合わせてみる。その瞬間、咲良の頬に一筋の涙が伝う。
「おめでとう、幸せになってね」
思い浮かべた自分の顔を涙で消して、二人の幸せを祈っていると、お腹の中で小さな足がポンと蹴った気がした。
「ごめん、風が冷たいよね。早く家に帰ろうね」
そう言って、大きくなったお腹をさすると、開けていた窓を閉めた。思い出の夕陽に別れを告げ、旅館で待つ愛する人の元へ車を走らせる。地平線に静かに消えていく夕陽は、あの日と同じ色だった……。
このお話のアフターストーリーはこちら。
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