名作選13「あの日の風景」
記憶の中にある風景がフラッシュバックするときがある。切り取られた風景が浮かび、そこに会いたい人が笑っている。懐かしくて切なくて、そして強烈な多幸感に包まれる瞬間。
季節の香りとそのときにしていた会話と笑い合っている空気感。もう二度と会えない人、風景がリアルに蘇る。
ときどき無性に帰りたくなる、あのときに。
ということが、あなたにもあるかもしれない。きっと誰にでもそういう瞬間はあるのだと思う。
セミの声を聴きながら小高い山の上にある神社まで散歩。そこからは夏の日差しに照らされた海が一望できる。木々の合間をぬって流れる風が心地いい。神社の社務所横のベンチに腰をかけ、ほんのひととき目をつぶる。あぁ、気持ちいい風。「昼には冷たいそうめんを用意しておくでな」と家を出るときにばあちゃんが言ってたっけ。そろそろ帰るか。帰り道の途中に、山からのキレイな水が流れてくる小川がある。そこに足をつけて「ひゃっこい」と言いながら坂を下っていく。
こんな夏の日の風景だったり。
大きな木が道の両端並んでいる昔ながらの街道。秋になると鮮やかに紅葉するその街道を抜けると畑が広がっていて、畑の端に無人野菜売場がある。採りたての新鮮さが売りで、季節ごとに色とりどりの野菜が並ぶ。スーパーで買う野菜より断然美味しくて、何よりここに母と手をつないで歩いていくのが好きだった。街道でキレイな落ち葉やどんぐりを拾ったり、畑のまわりに咲いている小さなお花を摘んだりして、おしゃべりしながら歩く道。土の香りがすると蘇ってくる風景。
こんな日常の風景だったり。
だから、この作品の冒頭部分はキュンとくる。ばあちゃんが住んでいた町。そして、もうばあちゃんがいない町。
二人でいつも歩いた道はどんな道だったのだろうか。その風景は分からないけれど、二人の笑顔とその空気感はしっかりと伝わってくる。その歩いた道に思い出がたくさんあって、ふとしたときに蘇ってくる。
もうばあちゃんがいないと分かっている思い出の場所。きっとずっと行けなかった。行きたくても、思い出があふれてしまうからずっと行っていなかった場所。
意を決して行ってみると、やはり懐かしい。ここそこにばあちゃんとの思い出がある。そのときの会話も思い出される。ばあちゃんのやさしさもよみがえって作者を包んだに違いない。
そして、もうここにはいないという喪失感。「会いたいよ会いたいよ会いたいよ」と泣きたくなる気持ちを抑えて、当時の風景を思い出していたのだろう。
しかし、私だけだろうか?ばあちゃんがそっと横に立っているような気がするのは。思い出の中では、永遠にばあちゃんの笑顔がそこにあり続ける。
このブログでは、「あの人との、ひとり言」コンクールの入賞作品の中からランダムにチョイスした名作たちを紹介して参ります。作者の心情に寄り添ったり、自分もこういうことがあったなと思い出を探してみたり、コンクール応募のきっかけにもなれば・・・という思いで、不定期に更新していきます。
ステキな作品に、どうぞ出会ってください。