【読書日記】11/18 大人の階段のぼる。「十一月の扉/高楼方子」
十一月の扉
高楼方子 著 新潮文庫
十一月荘、と名づけられた白い壁に赤い屋根の洋館。
ずんぐりした鉛筆形の看板の下げられた「文房具ラピス」で見つけたドードー鳥の細密画が型押しされたノート。
これらの道具立ては、かつての児童文学愛好家の心をそわそわと騒がせます。
中学二年生の爽子は、十一月の初め、親の転勤が決まったものの二学期が終わるまで、との約束で「十一月荘」に下宿することになりました。
約二か月の下宿生活の中で、爽子は家庭と学校を中心とした閉じた世界から一歩出た外の世界を知ります。
児童文学の王道「少年少女が冒険に出て、仲間に出会い、困難に立ち向かい、成長して戻ってくる」という型を踏まえた成長譚。
十一月荘に住んでいるのは、主である老婦人、閑(のどか)さん、下宿している苑子さんと馥子さんと馥子さんの娘のるみちゃん。
ご近所さんである文房具ラピスのご主人とその妹で野次馬気質の鹿島夫人。
閑さんに英語を習いに来る中学生の耿介(こうすけ)。
この人々と暮らす日々に何か目覚ましい事件が起こるわけではありませんが、他人の中で生活する、ということで今まで気付くことのない視点や思考を身につけていきます。
元英語教師の閑さんが十一月荘を建てた経緯
三十代半ばの建築士・苑子さんの学生時代
苑子さんの高校時代の同級生の馥子さんが夫と別れた理由
これらの話を聞くうちに、爽子は、新たな扉を開くように外の世界について考えるようになるのです。
爽子は自分の母親についても一人の人間として、やや批判的に見るようになります。しかし、同時に母の内面を考え理解しようとする気持ちも芽生えました。
さらに、爽子が下宿すると決めたことが水面にさざ波を起こすように母親の心にも影響を及ぼし、行動を変え、それがどこかしっくりとこなかった関係を再構築するきっかけとなるのです。
自分が中学生のころ、やはり親や先生など周りの大人たちが絶対的に正しく強い存在ではなく、欠点も弱点もある存在であることに気付いて複雑な気持ちだったことを思い出しました。
これもまた、大人になる大切な過程なのでしょう。
さて、本書の魅力のひとつは、爽子が「ドードーのノート」に綴る物語。
爽子は、十一月荘で出会った人々をモデルに、るみちゃんの可愛がっているぬいぐるみのねずみやカラスの活躍するくまのプーさんのような趣向の物語を書き始めます。
「ドードー森の物語」を書くことに没頭する様子、お話を書き上げたその充足感と高揚感は、私も爽子と同じくらいの年に気に入りのノートに自分だけの物語を綴っていたことがあるので、甘酸っぱく懐かしい思いを呼び起こさせるものでした。
爽子の書くドードー森の物語は、現実とシンクロしつつ幸せな大団円を迎えます。
同時に爽子は、一回り成長して家族のもとへと戻っていくのです。
さて、十一月荘の名前の由来は、終盤に閑さんに語られます。
あることをきっかけに閑さんは「十一月には扉を開け」という信念を持つようになりました。
判断に迷うことがあっても、それが十一月ならば前向きに受け止めて前へ進むのだ、と。
爽子は「そういう月が一つあるのっていいなあ」と言いますが、同感です。
お正月や年度初めの四月ではないところが、また、良いのです。
余談ですが、11月半ばを過ぎて、町はすっかりクリスマス仕様となりました。
もう少し11月というときを大事にすればよいのに、きらびやかなイルミネーションを見ながらそんなことを考えています。