【読書日記】5/12 私のところにも来てほしい。「貸本屋おせん/高瀬乃一」

貸本屋おせん
著 高瀬乃一 文藝春秋

時代は文化(11代将軍家斉の頃)、所は浅草、駆け出しの貸本屋、梅鉢屋おせん。
貸本屋とは、高荷に本を背負ってお得意様を回り、好みに合いそうな読み物や軍記、浄瑠璃本などを貸して貸し代を受け取る商いです。

おせんは24歳ですがこの時代の基準では行き遅れ。
「赤ん坊をおぶう年なのに、本なんぞ背負っている」や「本ばっかり読んでいる女は嫁にいけない」などと言われながらも、いつか表通りに「戯作者が本を書かせてくれと頭を下げてくるような粋と張りを通す本屋」を構えることを目標に励んでいます。

おせんは、顧客の求める本を仕入れるために奮闘しながら、本をめぐる様々な謎やもめごとに突当り、巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んでいきます。

人気戯作者・馬琴と挿絵・北斎の手掛ける1400人が亡くなった永代橋崩落事故を題材にした新作、千部振舞(ベストセラー)間違いなしの板木が盗まれてしまったからさあ大変、商売敵の横やりか?それとも?

道楽者の若旦那が、見初めた若後家を口説いたら亡き夫が持っていた「雲隠」を手に入れてほしい、と頼まれた。おせんは、若旦那から仲介を頼まれて源氏物語の幻の巻「雲隠」のことなら大発見、と逸りますが、その真相と若旦那の恋の行方は?

遊郭のお針子が店から逃げ出した。貸していた本を返してもらわなければ!と行方を探るが、彼女が逃げ出した裏には遊郭の抱える闇。遊郭の強面用心棒とも丁々発止と渡り合うその顛末は?
・・・等々

おせんが、なぜ貸本屋となったのか。腕の良い彫り師だった父親と寛政の改革がからんで興味深いのですが、それはさておき、貸本屋として歩き出す最初の一歩の場面が美しいです。

強い風に梅の花びらが舞う日、縁日に出かけたおせん。

ひときわ強い風が吹き、隣の店に並んでいた古本の丁をいっせいにめくったのである。花びらは本に吸い込まれるように消えていく。

貸本屋おせん/高瀬乃一

まだ肌寒い初春、梅の花びらが散る中、ぱらぱらとめくられていく本のページ。
さあ、こちらの世界においでなさい、と誘われているようではないですか。

その、散らばった本を集めるのを手伝ったおせんは、「源氏小鏡」という源氏物語のあらすじをわかりやすく書いた本を見つける。漢字が読めなかったおせんのためにかな文字で本を作ってくれていた父をしのびつつ、写本を作り、そして、奥付に「和漢貸本 梅鉢屋」と書き入れるのです。

この奥付、おせんはとても大事にしています。
今でも奥付はありますが、あまり意識したことはありませんでした。本書で、江戸時代から奥付が付されていたこと、また、そこに込めた出版に携わる人々の気概が込められていることを知りました。

読物や草双紙の最後の丁には、必ず奥付をつけるのが決まりごとだ。本屋がむやみやたらに不埒な本を作らないよう定められた触書のひとつだが、そこに名を連ねるものたちはせんにとっては憧憬の的でもある。
「奥付は、本を作りあげた者たちの誇り。作り物というまやかしを、この現の世に混ぜ合わせようとする抵抗の証だ。だから、あたいは奥付の名はぜんぶ覚えている」

貸本屋おせん

本書では、江戸の町の出版文化と幕府による統制の事情や、その中で本を作り、売り、読む人々の心意気などが描かれていて親近感を覚えます。江戸の読み本文化といえば、蔦屋重三郎(本書では直接は出てきません。本屋会の大立者として名前があがっているくらい。)ですが、再来年の大河ドラマに決まったそうですね。今から楽しみです。

この時代、江戸界隈に800もの貸本屋さんがいたそうです。
それだけ人々に親しまれていた商いなので、江戸時代を舞台にした小説にはよく貸本屋さんが登場します。
そのたびにこういう「廻りの本屋さん(貸本でも売本でもどちらも有)」、良いサービスだなあと夢想しています。
私にあったお勧め本やあらかじめ頼んでおいた本をもって定期的に訪ねてきてくれて、ひとしきり本の話につきあってくれる。
お休みの日に自宅に来てもらってゆったりと本談義も良いし、職場の休憩時間に寄ってもらってささっと気分転換をするのも良いなあ、と。
「あなたに合う本がありますよ」と自分を分かってほしいという欲求と本の好きな人と語りあいたいという欲求を同時に満たしてくれそうだなあ、と勝手に空想するのも楽しいものです。

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